37:バンキッシュは命を遂行します
ジタバタするイリヤを掴んで、空中で気絶しているハジメも掴んだ。
「なんで飛び込んできたの?自殺願望?」
「はぁ!あーしが助けられるからに決まってるからじゃん!」
「どうやって助けるのさ」
「おっさんあーしの肩に乗せて、あんたは腰に手を回す、あんたはこいつの腰にしっかりとしがみつく。で、あーしがこの落下傘を起動するから、踏ん張る、オッケー!?」
「オッケー!」
言われた通りにハジメをジュリの肩に乗せて、リヴェンがジュリの腰に手を回す。
そのリヴェンにイリヤが身体全部でしがみついた。
ジュリが落下傘型魔遺物に魔力を込めて起動する。
ジュリの身体にベストが着用されて、ベストから糸が伸びて繋がっている丸まった布が射出された。
布が傘型に展開し、大きく身体に反動を受けて落下速度が安定する。
「これで安心ね」
プツン。
ジュリがそう言った瞬間に糸が切れる音がした。
四人の重さに耐えきれずに糸が切れてしまったのだ。
彼等は再び落ちて行く。
落ちて、落ちて、ようやく見えた地の底に成すすべもなく、叩きつけられた。
グチャッ。
バンキッシュは衝撃と共に目を覚ました。
どうやら前日の疲れと、まだこの体が慣れていないせいか、惰眠を貪っていたようだった。
あの追体験をしたかのような夢が頭から離れない。
最初は自分がユララに拷問される夢だった。あれもまた現実的であった、が、夢であった。
あれが夢でよかったと、まだ胸を撫で下ろせる。
夢は夢である。
と、割り切れるが、肌に伝わる感触、痛覚を共有しているかのように、起床後もビリビリと痛みを残す。感覚全てが夢であった事実を記憶している気がするのだ。
バンキッシュは、あれは夢ではなく、起こりえる現実ではないかと仮説を立てていた。
正確なスキル詳細を調べるには神官が必要なので、妄想の域なのだが、魔族になったことにより、既に所持していたスキル逸嗅覚が変化した。もしくはスキルが追加された。
試しに採寸の途中でリヴェンの匂いを、目を瞑っても寝ていても思い出せるように記憶してみた結果。自分ではなく、リヴェンの夢をみた。
妄想は現実味を帯びて来ていた。
だとすれば今、リヴェン達は何か窮地に陥っている可能性がある。
本人は余裕綽々としていたが、他のギルド員達を巻き込んでしまうのは不本意であろう。
今の夢がもう起こりえる現実であれば、進行している現実はまた違ったものになっている可能性がある。
その進行がどこで、何が起因しているかはまだ理解し得ないが、未来予知の類だと仮定して、行動する。
バンキッシュは椅子から腰を上げる。
玉座は無事であり、惰眠の代償は、時間が分からない位であった。
足音が近づいてくる。
腰に銃を携えている事を確認しながら、足音の主を待つ。
足音がバンキッシュのいる客室の前で止まり、扉をノックした。
「悪い知らせだ」
その声はユジャのものであった。バンキッシュは仮面をつけてから返答する。
「なんでしょうか」
「魔窟の入り口が塞がった。さっきの振動はそれだ」
報告を聞きき、扉を開けてユジャと目を合わせる。
やはり悪い方向に物事が動き始めているようだった。
「誰の仕業なのです?」
「俺達ではない。族長はギルド商会の奴らでもないと言っている」
その発言を鵜呑みにするほどバンキッシュは馬鹿ではない。
仕事柄、全てを疑ってかかるので、正確な情報でさえも疑ってしまうのが悪い点であった。
結局誰の仕業なのかはハッキリとはしていない。第三者の介入。
だとすればガラルド達が言っていた王国軍の仕業だろうか。
「入り口は復旧できるんですか?」
「時間がかかるな。あいつらが無事に戻ってくる頃には出来そうだが」
「なら心配することではありませんね・・・なんですか?」
バンキッシュの発言が冷たく言い放ったと思い、ユジャは呆気にとられ目叩いていた。
そのユジャの気持ちを読み取れず、見つめてくるユジャに対して問う。
「従者のくせに、えらく淡白なんだな」
「その程度では死にもしないと理解していますからね」
これを信頼と呼べるかは分からない。バンキッシュ個人は忠誠心だと思っていた。
この背後にある玉座を守っておけばリヴェンの命が尽きることは無いと、教えられている。
命に代えてでも守り通したいところだが、命を懸けてしまうと、結果リヴェンが死んでしまう。
彼等と接してからは、それは本望ではなくなった。
「まぁ確かに軽くくたばるタマではなさそうだな」
ユジャは共感をするも、冗談めかしく言っていた。
「要件はそれだけでしょうか?」
「あと一つ、飯なんだが、苦手な物はないよな?」
「食事は無害であり、お腹を満たせれば何でも摂れます」
「虫や蛇に魔物でもか?」
「えぇ。どれも栄養源じゃないですか」
ユジャが揶揄って言ったのに対して、真面目なトーンで返すバンキッシュ。
ユジャは魔物も食すと言われて若干不快感を表情に出した。
「おたくらと関わると気味が悪いよ」
そう言い残して部屋から立ち去ろうとした時に、砦内に設置された警報が耳を劈く。
耳につけた報告用の魔遺物で、状況を聞き取っているユジャ。その間にバンキッシュはスキルで嫌な臭いを嗅ぎ取った。
「王国軍が攻めてきた。お前はここにいろ。族長に会ってくる。直ぐ戻るからな」
ユジャは落ち着いた様子でドズのいる場所へと向かった。
玉座を守る為にも、この部屋から動かないのが一番であるが、状況を確認する為にも、一度外へ出なければならなかった。
バンキッシュは自分の技量であればいつでも容易くこの部屋から脱出できる。
その証に子供程度が通り抜けれる程小さな窓から身を出して外へと出た。
砦の四階部分の壁面の僅かな窪みを掴みながら、煙が立ち上る入口方面を見る。
焦げた臭いに、微かな魔力、そして悪臭。この悪臭、忘れるわけがない。ユララ・マックス・ドゥ・ラインハルトのもの。
あの女が来ている。
前線に微かにユララの臭いが漂うのは、ユララの部隊だからであろう。
あの女の臭いはもっと鼻を摘まみたくなるような腐敗臭に近い。
彼女が前線に出てくるならば、止められるのは手の内を少しでも知っている自分だけだろう。
目線を下に降ろすとドズの配下達が武器を持って出陣していくところだった。
臭いの数が少ないので、ここへの攻撃はユララ個人で動いていると推測する。
なら彼らと、この拠点性能であれば、ここまで辿り着かれることは無いであろう。
客室へと戻り、窓を閉めると、再び足音が近づいてきた。
ノックされる前に扉を開けると、ユジャは驚きながら言葉を発した。
「どこから情報が漏れたのか、目的はあんたの主人のようだ」
「そうですか。私はどうしておけばいいですか?」
「奴らの前に出るな。存在を証明させるな。との命令だ」
「守ってくれるのですね」
「客人だからな。っ!」
客人だからとは尤もな意見であるが、自分たちの手の中にリヴェンを納めておきたいだけであろう。
またも激しい揺れが起きて、砦全体を揺らす。
「くそっ!今度は何だ!なにぃ?後方!?」
落ち着いた様子とは一変して取り乱すユジャ。前方から攻め込まれるのは事前に情報があったのであろう。後方からは予想外だったようだ。
この砦に進行してくるのであれば、打って出なければいけないが、あの女のことなので、今は撹乱して、こちら側が動揺しているのを笑って観ているはずだ。
本当に危険なのは一度、攻撃が収まった瞬間であろう。
それまでは玉座を誰からも守ることに徹しよう。
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