33:魔窟探索・序
再びユジャに連れられて戻ってくると、先程まではいなかった六人の男女が会議室の椅子に座っていた。
二人はヨーグジャの砦に常駐しているのかは知らないが、この前砦で出会った奴ら。
他の四人は見た目年齢性別もバラバラであったが、ヨーグジャの人間に警戒心を持っていることで、ギルド商会からやってきた人間と理解する。
ドズに目線で座れと促されて、ギルド商会の人間達と対面するように空いている椅子に座った。
「揃ったな。個人的に知っている顔がいるが、自己紹介をしておくか。
俺はドズ・ズール。知っている通り、ここヨーグジャを纏めている人間だ。
こっちの鼻に傷があるのがバビンスキーで、右耳がないのがエリンコだ。
こいつらは開拓している道中の案内人だ。未開拓地である深部からは護衛になる。深部からはギルド商会が先導する契約だ。くれぐれも無茶はしないでくれよな」
ドズが紹介したとおりに鼻に傷がある人相の悪い細身のバビンスキーが小さく手を上げ、右耳がなくふくよかな頬を弛ませてエリンコが頷く。
この二人は好戦的な廃品回収隠者の称号に相応しい見た目だ。
無茶はするなって魔窟の未開拓地に入る事自体が無茶なのでは?と口を挟みたかったが、空気を読んでおく。
ドズが言いたいのは、お前らの目的が違うのも知っているし、無理して深部まで入って行き、俺の部下殺すなよ?と釘を刺しているのだ。
「俺はギルド商会所属のワワ・ゲイザー拳闘士だ。
今回の魔窟探索のリーダーを任されている。深部に到達すれば俺が指示を出すから、そこのところはよろしく頼む」
ギルド商会の制服なのか、それとも俺とイリヤが着ている魔窟用の服なのかは分かり得ないが、その服を肩に羽織っているタンクトップ姿で筋肉質なワワ。
両手の拳の骨が平たくなっているあたり、一朝一夕の拳闘士ではないことが見受けられる。
「宝田肇・・・です。魔窟調査員です。よろしくお願いします」
目線を泳がせながら自己紹介をする小太りの男ハジメ。
姓名の順序が逆なのはスヴェンダ大陸出身か、または転生者か。バンキッシュに教えてもらった。 どちらにせよ、覇気がなく、敵意もない。注意する人物とは思えなかった。
「クルル・ペコです。塗装屋です。皆さんの魔防塗装を請け負います。どうぞよろしくお願いします」
碧眼の瞳をキラリと輝かして薄っぺらい笑顔で挨拶するクルル。
脅威や敵意は感じないけど、どこか違和感がある。ハッキリとは言えないので、注意だけはしておく。
「ジュリ・カンロヅキ。剣士。よろ」
ネイリングされた指輪を鑑賞しながら詰まらなそうに自己紹介を終えるジュリ。
一番若く、戦闘力もそれなりにあるせいで、自己中心的な少女。
他の三人、特にハジメの事を苦手意識しているな。ワワはジュリを制御するための緩衝材でもあるのかな?
初見の感想はこんなものである。
命が危険に晒される為にチームワークが大事とされる魔窟調査だと言うのに、微妙な関係の四人だ。
ま、でも仕事ってそんなもんか。編成した上司も敢え無くこの編成にしたのだろう。なんたって、俺の調査も兼ねているのだからね。
「俺はリヴェン。魔遺物のエキスパート。戦闘に補助になんでもござれ。
ドズとは仕事仲間だから、うんと警戒してくれて大丈夫だよ」
空気が固まる。
クルルは焦っており、ハジメは更に目を泳がす。ジュリは睨んできて、ワワは引きつった笑いをしてしまう。
ドズも眉間に皺を寄せてため息をついていた。バビンスキーとエリンコは愉快そうに小さく笑っていた。
「で、こっちが助手のイリヤ。戦闘も補助もからっきし、知識と可愛さに全振りの御姫様だから皆で守ってあげるように」
ほんわかした空気を作ってあげようとしたのに、イリヤに脇腹に拳を入れられる。
「イリヤです。足手まといになるかもしれませんが、頑張ります」
両の拳を胸の前で握って自己紹介をするイリヤ。
さっき睨まれたジュリが怖いのか目線で確認すると、また睨まれていた。
「ヴィッシュです。リヴェンさんのお付きです。
魔窟探索には参加しませんが、お見知りおきを」
冷たく透き通るような声でバンキッシュは短く自己紹介を終える。
誰もが仮面に注目しているが、訊く人間はいなかった。バンキッシュが触れるなと雰囲気を出しているから。
俺だったら触れるけどね。
バンキッシュは服を作れなかったから魔窟調査に付いてこない訳ではない。
彼女にはここへ置いていく玉座を守る超重要任務を与えてあるのだ。
玉座が破壊されれば、俺も破壊される事と同義。更にはドズに略奪されかねないので、一人は腕が立つ人間を置いておきたかった。
先日までは俺一人で何とかその場しのぎの対応をしなければならなかったので、仲間というのは有難いものだ。
「魔窟の中は地上とは違う、逸れれば自力で帰るのには無理に等しい。
今回の目的は未開拓地の偵察。魔遺物を見つけようが、新種の何かを見つけようが手は出すな。記録するだけだ。
理解したか?理解したなら早速出発してくれ。
戻るのは十四時間後、誤差は二時間だ。それ以上過ぎると何かあったと捉えるからな」
「心得ている。案内してくれ」
ワワの合図で全員が立ち上がって会議室を後にしていく。
最後に出ようとした俺はドズに呼び止められた。
「貴様、何を企んでやがる。自分から言う奴があるか」
「企む?何それ?美味しいのかな?
俺はお互い親睦を深め合おうかなって思っただけだよ。猜疑心抱えたまま、命預けたくないしね」
「預けるつもりもねぇ癖によ。で?実際どうやってやり過ごす気なんだ?」
「さぁね」
「さぁねって貴様、ギルド商会は俺達よりも優しくはないぞ。
上が決めた業務なら熟してくる冷血人間達だぞ」
まるで自分は冷血人間じゃないと言った言い方だ。
ドズも十分優しくないし、上の決定に逆らえない性格のくせに、自分の事を棚に上げて、こんな言い草ができるのは脱帽である。
「俺も温かい色の血は流れていないよ。
質問があるんだけどさ、魔窟内で不慮の事故が起こったら責任の所在はどうなるのかな?」
「あ?・・・あぁ。
明確な理由がなければ、責任はない。理由がない場合なんて全員が戻らないとかだけどな。
人災ならば起こした側だし、天災なら起因になった場所、場面を正確に求められる。そんなところだな」
「なるほどね。俺が留守の間は全てヴィッシュに任せてあるから、用が合ったら彼女に言ってね。じゃ」
聞きたいことだけを聞いて有無を言わさず会議室を後にする。
出ると、扉の隣でバンキッシュが待っていた。仮面の奥の瞳はドズが考えている事を本気で実行するのかと訴えている。
「聞いてたの?」
「えぇ」
「イリヤは?」
「部屋に忘れ物を取りに行きました」
それを聞いて部屋の方へと歩き始める。
この砦はどこで話を聞かれているかが分からないので、バンキッシュが心配している事だけを言っておく。
「俺は人を傷つけるけど、よっぽどのことがない限り命は奪わないよ」
バンキッシュ自身も身に染みている魔力で理解できているからこそ、それ以上は何も言わなかった。
部屋へと行くとイリヤが自分の大き目の鞄の中を探っていた。
「何してるの?置いて行かれるよ?」
「あ、すみません記録媒体型魔遺物を入れるのを忘れていまして」
そう言いながら豆粒程の大きさの魔遺物を棒状の魔遺物に嵌め込んで、立ち上がる。
「お待たせしました。バ・・・ヴィッシュさん行ってきますね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
丁寧なお辞儀をするバンキッシュを尻目に、俺とイリヤは砦の一階のホールで待っていてくれていた全員と合流してから魔窟の入り口まで移動するのであった。
感想、評価等々お待ちしております。生きる糧になります。
ブックマークして頂けると励みになります。
何卒宜しくお願いいたします。




