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31:服を作りましょう

「動かないでください」


 両手を広げている俺の胴回りへとバンキッシュが手を回す。

 ふわりとイリヤとは違う爽やかな香りが漂ってきた。

 騎士団の制服を着ていた時はスラッとして細身の印象だったけど、着痩せするタイプのようだ。

 イリヤが廃品の中から探してきたのを治した服越しに柔らかいものがお腹に当たっている。


 バンキッシュは何とも思っていない顔で採寸を続けているので、あんまり意識しないでおこう。


 帰還してから事の顛末を伝えたら装備を整えましょうとの話になった。

 なんでも王国騎士団の制服には耐魔、耐刃、耐火、耐水、耐衝撃が備わっているらしく、その騎士団制服を元に俺の魔窟用の服を作ってくれるようで、採寸されている。


 バンキッシュに足払いをした時、なぜ脚がもぎ取れなかったのかを納得した。

 ただ相当痛かったと、笑顔で恨み言を言われた。本人は冗談のつもりだったのだけど、目が笑ってないのでイリヤは怖がっていた。


 隣で見物していたイリヤが、胸が当たっているのに気づいて言おうか言うまいかおどおどとしていた。


「何か問題があった?」


 胴回りの採寸が腕の採寸時間よりも長かったので訊ねると、澄ました顔で「いえ」と言い、次の採寸場所へと移った。何だったんだ?


「そういえば相手は人数を指定してこなかったんだけど、二人共どうする?」


 契約書には指定された人数が書かれていなかったのでこの二人を連れて行っても大丈夫だろう。

 バンキッシュは全快とは言わないが、調子は戻ったようなので連れていける。

 連れて行ってしまうとイリヤが一人になってしまうので、イリヤも必然的に連れて行かなければならない。

 それをガラルドが許可してくれるか・・・くれないよな。


「私はお二人にお仕えする立場ですから、命令していただければ、死地にでも喜んでついて行きます」


「駄目です。バンキッシュさんは私とのんびり暮らすんです。

 でも・・・魔窟には行きたいです。けど、ガラ爺が絶対許してくれませんから、我慢ですね。

 リヴェンさん一人で行ってきてください。あ、お土産お願いしますね」


 この減らず口の愛らしいお嬢さんをどう苛めてあげようかな。


 頭の中でイリヤをどう苛めようかと計画を立てていると、複数の気配を察知する。

 バンキッシュも少し遅れてから気づいたが、俺と同じように、警戒するに値しない人間だと理解して、採寸を続ける。


「行きたいなら行ってもいいがな」


 やってきたのはガラルドとベランだった。

 ガラルド集落の人間達には、この洞窟の存在を明かしている。この二人がここへ来るのは初めてか、あと来ていないのはナゴだけだな。


 ダントは明かしたと同日に付いてきて洞窟見学して帰って行った。

 目を離さずに一挙一動見ていたので悪いことはしていない。あっさり見学だけ、なんて腹ではないないだろう。

 隠した玉座の場所を探ろうとしていた。玉座の存在も知らないはずなのに、勘で動いている。怖い男だ。


「え?いいの?」


「必ず守る。そうだよな?」


「そうだけど、心変わり?あれだけイリヤを箱入りお嬢様扱いしていたのに」


 ヨーグジャの奴らとは会わせたくない、危険地帯には連れて行きたくないとつい先日まで豪語していたのに、とんだ心変わり用である。


「可愛い娘には旅をさせろって言うだろ。

 それに一端の廃品回収隠者に成るなら魔窟探索は経験しておかないとな」


 心変わりと言うよりも、諦念か。

 この後何か頼まれそうなので、これ以上は軽口を叩かずに話を合わせておく。


「だってイリヤ、準備してこなくていいの?」


「え?でも、本当に?」


 イリヤもまた信じられていない様子だった。

 当然だろうな、今まで近辺しか散策させてもらえなかったのに急にヨーグジャ部族の集落にまで行って、魔窟探索まで許しがでるなんて夢でも見ているようなのだろう。


 心配そうなイリヤの目を見てガラルドは頷く。

 やっとイリヤは笑顔になって。


「やったぁ!じゃあ準備しなきゃ!

 まだ服を作っていますよね。ね、ね。

 待っていてくださいね、置いて行かないでくださいね!」


 ご機嫌になって洞窟を走って出て行ってしまう。ベランも小走りでイリヤの後を追った。

 こうなることを予期して、イリヤの護衛としてやってきていたのだろうな。


「魔窟探索ってそんな遠足みたいなテンションで行くものなの?」


「いえ、命の危険が伴うので、誰もが毛嫌いしていましたね」


「イリヤは生粋の隠者だよ。誰に似たんだが知らねぇがな。

 で?お前らさっきから何やってんだ?」


「見て分かるでしょ?」


「採寸なのは分かるが、そいつの手が止まっているんだよ」


「え?そうなの?」


 注視して見ていなかったのでバンキッシュに問うと、仕事中はしている眼鏡を光らせて返答した。


「私は丁寧に測っているだけです。変な言いがかりはやめてください。

 それよりも本当にイリヤさんを魔窟探索へ同行させる気ですか?正気の沙汰とは思えませんが」


 今、バンキッシュは嘘をついた。二人っきりなったら問い詰めなきゃな。


 バンキッシュの正体をガラルドは知っている。

 一緒にいると伝えた時は警戒心が高かったが、今はそれなり程度に下がった。

 そりゃあ数日前までは王国騎士団の参謀だったのが、今では俺に忠誠を誓う魔族ですって話を鵜呑みにする方が馬鹿げている。警戒して当たり前だ。


 ガラルドは王国を目の敵にしているし、イリヤを危険に晒す俺も目の敵にされている。

 なのに、魔窟探索の許可を出した。


「信頼できる王国にいる知り合いがな、近々軍がここら一体を管理下におくって言うんでな」


「そう・・・ですか」


 軍を編成して雪崩れ込まれたら盤石に構えていても、小さい集落が墜とされるのは時間の問題だろう。

 だからイリヤを魔窟探索と称して、この集落から遠ざけるのが目的。俺とバンキッシュに護られていた方がまだ安全と考えたのか。


 ここら一体に王国軍が侵攻してくるならば、この洞窟からも移動しなければならないな。

 ヨーグジャ部族に世話になるか。ううむ、玉座を持っていくのが憚られるが、置いておくのもまずいだろう。

 そもそもここを追われれば当分あちらに世話になってしまう。そういう状況だ。


「ガラルド達はどうするの?」


「俺達も逃げる準備は出来ている。

 ヨーグジャの奴らの世話にはなりたくないから、森を出るつもりだ」


 どうしてこんなにも人は易々と嘘をつけるのだろうか。


「ずっとイリヤを俺に預けるの?ガラルドが育ててきたんでしょ?」


「・・・俺はお前が嫌いだ」


「最高の評価をどうも。

 決意はまだ固くないでしょ。今ならまだ考え直せるよ。言った通りの行動をした方がいい。子にとって親っていうのは一生親なんだよ。血が繋がっていなかったとしてもね」


「・・・・」


 ガラルドは何か強い言葉を言いたそうにしているが歯を食いしばって堪えている。

 ガラルド自身も限られた時間で考え抜いて辿り着いた決断だろう。だけどその決断に諦めきれないでいる。

 イリヤを預けて、自分達はここに残る決断を。

 残れば最悪死ぬ。では逃げればいい。

 俺は最善とは言えないが後者を推すね。


「俺はイリヤの親じゃなくて、良き友人だよ。

 ガラルドの言う通り魔窟へは連れて行く、必ず守るつもりだ。

 魔窟探索が終わったら、また迎えに来て欲しい。ヨーグジャの件は俺がなんとかしておく」


 苦虫を嚙み潰したような顔で俺と見つめ合う。

 真剣差が伝わったか、ベランのように大きく鼻息を吹き出した。


「わかった。一週間は身を潜める。それ以降にヨーグジャの奴らのところへ行く」


「うん。そうしてよ」


「たく、お前が来てから平和が終わったよ」


「魔王だし安寧は破壊するよね」


 俺のブラックジョークに笑いもせずに洞窟から出て行った。


「終わりました。お疲れ様です」


 ガラルドを見送ると、バンキッシュが立ち上がって、さっそく簡易机の上に置かれた用紙にパターンを描き始めた。後ろ姿がセクシーで何より。


「ねぇなんでさっき嘘ついたの?」


「嘘とは?」


 こちらを振り返ることなく手を止めずに訊かれた。

 隠すわけだ。俺は性格が悪いから暴いちゃうぞ。


「丁寧に測ってくれたのは有難いけど、丁寧過ぎない?俺の身体なんか変だった?」


「いえ背中の穴以外は人間に近いかと」


「何かいい匂いがした?」


「落ち着く匂いでしたが、普通でしたよ」


 落ち着く匂い。さっきハーブティーを飲んだからだろうか。

 試しに匂ってみてもハーブの匂いは薄っすらとしかしなかった。


「言っていませんでしたが、私はスキルを持っています」


「へぇ、どんなスキル?」


「てっきり驚かれるかと思っていました」


「別に大したものじゃなくない?滅茶苦茶有用なスキルだったり、昔の俺みたいに千個持っていたりしてないんでしょ?」


「私のスキルは逸嗅覚と言って、獣以上に鼻が効きます。

 魔力の残滓をにおいで判別できます。そうやってリヴェンさんを追ったんですよ。

 個人的には有用だと思っていますよ。

 しかし千個もスキル保有していたのは流石に冗談ですよね?」


 あそこまで早い追跡はやっぱりバンキッシュが優秀だったんだな。

 スキル千個は冗談と思われるか。大体皆多くて五十くらいで打ち止めだったもんな。


「冗談ではないよ。むしろバンキッシュがスキルを一つしか持っていない方が冗談かと思うけど」


 定規の上を走らせていたペンの音が止まる。バンキッシュはペンを置いてこちらを振り向いた。


「リヴェンさん。私の逸嗅覚は四代前の祖先から受け継いでいると聞いています。

 スキルと言うのは祖先から受け継ぐもので、持っていたとしても一人一つです。

 それも年々持っている人間は少なくなり、統計では裕福な人間が持っていたりしますね。

 なので千個を持っていると仰ったのを冗談と思いましたが、そうではないのですね」


「人族も魔族もどちらもスキルを複十数は所持していたよ。

 魔遺物の普及で魔術のようにスキルが消えた?って事かな?」


 魔術は鍛錬の賜物。

 スキルも伸ばそうとすれば鍛錬がいるが、基本的に授かりものだからな。

 魔遺物の普及では消え無さそうだけども。謎である。


 そうなるとイリヤがスキルを持っているのも頷けるな。

 王族であるならば、先祖からスキルを受け継いでいるのだ。

 ・・・・奇跡スキルを持つ先祖って俺が知る限りはあの野郎しかいないし、そいつが今のドレイズ王の先祖だし。

 つまりイリヤは勇者の子孫!


 んな分けないか。あいつと瓜二つのイリヤが糞野郎の子孫であってたまるか。

 もしそうであれば卒倒しちゃうね。

 俺が知らないところで奇跡スキルを持っていた奴がイリヤの先祖で王族である。この話終わり。


「その説が正しいかもしれませんね。人間は依存対象を変えただけですよ。

 出来上がりました。次はイリヤさんの型も必要ですね」


 考えている内に作業を再開していて、終わらせていた。


 仕事早いし、まだ仕事をするつもりなのか。

 バンキッシュは魔族になっても根っこは変わらないようだ。


 翌日。俺とイリヤの魔窟用の服は出来上がった。

 俺のは黒がメインで白地が所々にある騎士団の制服のような服。背中の部分にボタンが付いてあり、外すと穴にチューブを接続できるようになっていた。あとフード付き。


 イリヤのも同じようなもので、服の縫い目にピンク色があしらわれていた。


 一日で二着も作り上げるバンキッシュの手際の良さに引いた。何が彼女をここまで突き立てるんだろうね。

 これに関しては俺には到底理解することが出来ないだろう。


感想、評価等々お待ちしております。生きる糧になります。

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何卒宜しくお願いいたします。


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