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30:エルゴンの人々

 リヴェンが王都内で騒ぎを起こした日から三日。

 王都から数千キロ離れた第二の王都と言われるエルゴンにある、ギルド商会メラディシアン支部の支部長室に数人のギルド員集められていた。


 リクライニングチェアに大きく背中を預けて、煙草に火をつけようと、燃料切れ間近の点火装置型魔遺物を何度も起動させようとしている浅黒い肌の女性。


 彼女の名はキュプレイナ・ワイナイナ。ギルド商会メラディシアン支部の支部長である。

 彼女はギルド商会からの内部依頼を強制的に受注させられ、苛立ちを隠せていなかった。何もかもに苛立ち、ついには点火装置型魔遺物を目の前の机へと諦めて放り投げた。

 こうやって依頼も放り投げたいものだが・・・と憂鬱になりながら、目の前で整列している四人を見やる。


 己が金髪を活発そうなポニーテールにしてシュシュで纏め、煌びやかな自分のネイルを気にしているジュリ・カンロヅキ。

 冒険者ギルドのルーキーである。周りとの協調性はなく、粗相が目立つ人間。若人ならではの美貌と元気で粗相を補っている。問題児と言う訳でもないが、扱いにくいであろう。


 中肉中背で物珍しい名前のタカラダ・ハジメ。

 魔窟ギルドの調査員。調査員は魔窟探索における、魔窟内での誘導や危機察知といった大事な役目を担う。のだが、ことタカラダ・ハジメにおいては、調査員の中でもポンコツで有名である。この時期に他の調査員が全員依頼中とは不幸過ぎる。

 この男は勇者や転移征服者と同じ他の世界からの転移者であるのだが、そいつらと比べるのは烏滸がましい。


 年中タンクトップで外の国で流行っているジーパンとやらを穿いている筋肉質の男、ワワ・ゲイザー。

 拳闘士ギルドの熟練ギルド員。魔術教会の奴らにギルド員を奪われた数少ない拳闘士ギルドの一員。元魔術教会の信者だったが、正気に戻り、脱会して故郷であるエラゴンのギルドに仕えている。豊富な経験値を持っているので人選に組み込んだ。カンロヅキを抑えてくれていればいい。そうすれば仲間内の不和は少ないだろう。


 最後に、おどおどとしつつ私に点火装置型魔遺物を貸してくれた優男、クルル・ペコ。塗装ギルドの魔防塗装が得意なギルド員。魔窟内での魔力に中てられない為に、定期的に装備を塗装していく、これも大事な役目だ。


 煙草に火をつけ、礼を言ってペコへと点火装置型魔遺物を返してから、大きく煙草を吹かす。

 ジジジと先が色を変えて熱を持ち、灰化してゆく。

 下を向いて煙を輩出させてから、鋭い目つきで四人を見つめなおす。


「お前達にはヨーグジャの奴らと共に魔窟捜査を行ってもらう。が、これは表向きの依頼だ。

 本部からの依頼は、昨日隠者の森内で発生した魔力反応源である人物を特定し、調査せよ。とのことだ。

 昨日の魔力反応の事は知っている人間もいると思うが、調査対象に気付かれれば最悪死ぬ場合もある。その為、現状出せる精鋭を人選したつもりだ」


 ハジメが更に肩身狭そうにした。


「クラスとしてSランクがつけられる、この依頼に私も付いて行きたいところだが、あの馬鹿が逃亡中だから付いて行けない。恨むならあの馬鹿を恨んでくれ」


 馬鹿とはメラディシアン支部副支部長である男の事だ。

 雑務、業務、ありとあらゆる仕事に興味がなく、自分が面白いと思った依頼しか受注しない自由奔放で業務規程違反しか侵さない馬鹿。親の七光りと類まれない実力で副支部長の椅子に座っているのが、頭痛の種であった。


「つーか、魔力源って人なんですかー?兵器だって訊いてましたけど」


「王都に現れたのは男だと報告を受けている。その実態も含めての調査だな」


「だっる」


 カンロヅキは露骨に嫌な表情で舌打ちをしてから視線を落とした。


「支部長。そいつと戦闘に陥ってしまった場合どうすればいい?」


「現場の判断に任せると言われた。私としては対話が出来るならして欲しい。

 もしもできない場合は、お前に任せる。お前が今回の依頼のリーダーだからな」


「了解。他に質問あるやつは今言っとけよ、後でゴネても論破されるだけだぞ~」


 ワワは私の事を理解しているが故に、他の二人に促す。

 タカラダは視線を右へ左へと移動させて、誰かが行動を起こすのを待っている。受け身で誰かの案に乗っかってくる普通の人間性を持った、つまらん奴だ。だが集団行動においてはそれが丸い行いだ。


「副支部長が来ることはあるんですか?」


 ペコが小さく手を上げて質問したので、一旦煙草を吸うのを止めて答える。


「一応は連絡したが、いつも通り保留機能で伝言だけ残しておいた。

 あいつが食いつく案件だから、伝言に気付けば、何処にいるかは知らないがすっ飛んでくるだろうな。そうなる事を祈ってくれ」


「あーしは来てほしくないですけど、現場荒らされそうじゃん?」


「あぁ、権力を振りかざして来たらワワに頼れ。現場での権力はワワが上になっている。

 それでも言う事を聞かなければ、私の名前を出して一ヵ月拘留するとでも言っておけばいい」


 私がお前を徹底的に探し出して、本当に牢屋にぶち込む。との意味を含めているので、流石のあの馬鹿でも従う。

 私の持つ魔遺物がどんなのかを知っていれば、そう言われて従わない奴はギルド内にはいない。


 他に意見を唱える者はいないようだ。

 この内部依頼は通常の魔窟探索よりも生還率が低そうだ。

 しかも相手が人である以上大人数で行って警戒させることはできない。少数精鋭で熟さなければならない困難な任務。頼りたくはないが、あの馬鹿が来ることを願うばかりだ。


「質問はないな。では向かってくれ。諸君らの帰還を心から願っている」


 それぞれの行動で私に挨拶をして四人は支部長室を出て行った。

 短くなった煙草をフィルターギリギリまで燃やし尽くす。

 シャキッとしていた背筋を丸めて、空虚な空間へと煙を吐き捨てて、煙草の評価を呟くのであった。


「まっず」



      _________________________________________________________




 メラディシアン支部を出てすぐのエルゴンの大通りで黙っていたジュリはため息交じりに言葉を発した。


「あーあ、なんであーしがこんなオッサン達と魔窟調査しないといけないわけ?」


 ハジメも、クルルも反論せずに、下を向いて申し訳なさそうな雰囲気を作り出すだけ。


「確かにカンロヅキからしたら、むさ苦しいな。だが何事も経験だ。経験は自分を裏切らないぞ」


「はぁ」


 そういうこと言ってんじゃないんだよなぁ。と大きくため息をついて背後にストーカーのように付いてくるハジメを睨みつける。

 視線に気づいたハジメはクルルの背後へと移動した。


「きっも」


「経験豊富な女性になれば、支部長みたいになれるぞ」


 まだ何か言っているよ、このオッサン。と、思いつつ自分の嫌味言から始まった会話なので、面倒だが会話を続けるジュリ。


「それセクハラ?奥さんにチクるよ。若い女性のギルド員ナンパしたって。てか支部長みたいにはなりたくないっての」


 あんな仕事や責任に追われる女性に憧れるわけない。まぁお洒落のセンスは買っているけども。


「ま、俺もあそこまで仕事に追われるのは嫌だがな。それにカイの御守も御免だ」


 セクハラの件は無視かよ。愛妻家で通っているし、現に浮いた話もないから、セクハラだと言い張っても誰も信じないだろうから、苛々して難癖付けだけだし、どうでもよかった。

 でも無視されるのはムカつく。


「あーしあいつ嫌い。自分の才能を鼻にかけてるところとか、ほんと無理」


 カイ・マンダイン・フェルナンデス・ゴフェルアーキマン。

 副支部長の名前である。なげぇよ王様かよ。と、ジュリは心の中でツッコミを入れる。

 冒険者ギルドの中でも強さにおいては右に出るものは少なく、カイの埋め合わせにこの依頼に組み込まれたと思っているジュリは、この状況を楽しく思っていなかった。


 ふと、喧騒の中にリズムの良い音が耳についた。その音に惹かれるようにジュリは足を止め、耳を傾けた。


 テンポも良く、心の奥底を慰めてくれるようなリズム。苛々していた気持ちが、少しだけ治まっていくように感じた。


「でだな。おい、どこ行く?馬車乗り場はあっちだぞ」


 蘊蓄を語っていたワワを無視してジュリは音の方へと歩み寄る。

 音を発生させている場所は人だかりが出来ていて、その場所にいる全員が片腕を上げたり、身体を揺らしたり、その場で小躍りしたりと、ノリにノッていた。


「言ってやったぜ、これバカゲー。

 こんな沼には嵌らねぇ。

 対面男は目叩け。

 ディーラー焦燥、怒り上昇、俺暴走。

 相手は後攻、テーブル翻し、つかの間の安寧。

 行くぜ顔面に、拳の歓声」


 人だかりの中心人物となっている男が、自らが演奏する音楽機材であろう楽器型魔遺物を手さばきよく鳴らして歌っていた。

 男の見た目はドレッドヘアーをツーブロックに分けた有隣目のような目が特徴的だった。

 その隣には演奏している男と酷似している辮髪の男が音楽に合わせて踊っていた。


 音楽も踊りも見ているだけで、心を湧き立たせてくれて、まるでこれからの任務に祝福あれと賛歌してくれているようだった。


「ねぇ、あれ何?」


 追いついた三人に問うと、予想外の人物が答えた。


「ヴィーゼル兄弟のラップダンスですね。

 DJミキサーを使用してラップを披露しているのが兄のウィン・ヴィーゼルで、旅の演奏家として王国外では有名です。

 今、ブレイクダンスをしているのが弟のウォン・ヴィーゼルです。舞踏家として有名で、異世界の踊りを取り入れて、それを昇華させています。

 彼等の踊りと演奏と歌は人々を魅了し、元気を与えてくれるんです。あ、私も円盤を持っていて」


「教えてくれたのは感謝するけどあんたの話はどうでもいい。あと、その興味がある話題の時だけ早口なんのキモイよ」


「えっあっ、すみません」


 ハジメに謝られたことにより苛立たしさが戻ってきて、現実に引き戻された。

 ジュリは舌打ちしてから大きくため息をついた。


「彼等の歌う歌詞、踊り、共にいいですね。

 ただ、ここって営業をしてはいけなんではなかったですか?」


 クルルが隣に設置されてある物販スペースを指差して言った。


「楽しんでいるところ無粋な事はしたくないがルールはルールだしな。

 ま、俺達は重要な任務があるからどうすることもできないから連絡だけ入れておこう。

 ほら、急ぐぞ。ってカンロヅキは?」


 ワワがジュリの不在に気づく。


「あ、先に係留場の方へと行きました」


「たっく、じゃじゃ馬ちゃんめ」


 ワワとクルルの後を追う為に歩き始めたところで、ハジメは一人の若い男とぶつかって尻もちをついた。


「ご、ごめんなさい」


「いえ、僕の方こそ余所見をしていました。どこかお怪我はありませんか?」


 羨むほど美形の青年であった。その青年が申し訳なさそうに、ハジメに手を伸ばしていた。

 美醜ここに極まれり、と身体と心に衝撃を受けたハジメは、その手を取ることなく、立ち上がって尻を払って謝った。


「大丈夫です」


「よかったです。では、失礼しました」


 尻すぼみの声をちゃんと聞き取った青年は頭を下げて、ハジメの隣を通り抜けた。

 ハジメは青年の背中を見送った後に、現実に打ちひしがれながら係留所へと歩き始める。


 青年はかなり警戒していたのに、ここ四日で同じシチュエーションが二回も起きるとは不思議な事があるものだと考える。今回に関しては、あの音楽のせいでもあるが、あれは・・・。

 いやそんなことよりも目的を達成することが大事だ。と、忠誠を誓ったリヴェンの存在と、高祖母の遺言で上書きして、目的地であるエルフ族の里へと足を速めるのであった。


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