29:契約書
「俺達は貴様の中にある魔遺物の正体が知りたい。貴様は俺達に何を求める?」
「君達はガラルド達と不戦の契りを交わしている。俺も大凡同じことをしたい」
「ほう」
「そんなことでいいの?と思った?俺は不戦に加えて、そちらの情報提供も求める」
「情報提供ね。
具体的に言ってもらえるか?そうすれば出来る提供と出来ない提供を区別つけられる」
「先ずは俺を追ってくる組織の動向かな。ついこの前王国で騒ぎを起こしちゃってさ」
「知っている。誰もがお前を狙っているからな」
「君もその一人。だけど他の奴らとは違う点がある。それは君が俺に友好的だと言うこと。
これからも追手の情報を提供してくれるなら、君が望む、俺の中にある魔遺物の正体を説明してあげよう」
ドズは逡巡せずに返答する。
「いいだろう。王都の動向を教えてやる。
騎士団の参謀が殉職したおかげで騎士団中枢は統率が取れにくくなっている。あの参謀は現騎士団の要石だったからな。王都の奴らは俺達を嫌っているから、ここへ侵入する大義名分を得ているが、当分は入って来ない。
もしかしたら強行してくるかもしれないが、俺はあの王が、そこまでの世間知らずの馬鹿とは思いたくないがな」
事前にバンキッシュと会話していたのだが、ドレイズ王は何かにつけて隠者の森を敵視していた。 その理由は判然としないのだが、留め金であったバンキッシュがいなくなった今、隠者の森を燃やす可能性も無きにしも非ずとのこと。ドズのドレイズ王への見解は概ね当たるだろう。
次の情報はまだか?と目線で語っているとドズは続けた。
「・・・魔術教会とも揉めたらしいな」
「それも一方的に攻撃されただけ、殺されそうになったから自己防衛しただけだよ」
「師範代を十キロ以上も離れた王城へと吹き飛ばしておいて何言ってやがる。
おかげで魔術教会の奴らはカンカンだ。あのハクザ・ウォーカーがこちらへと向かっているらしいしな」
誰それ。なんて言えないので事前に俺を狙う組織の中で注意すべき人物をバンキッシュに教えてもらっていた。ちなみにバンキッシュには言った。
現魔術教会の師範。最も魔法使いに近い男、ハクザ・ウォーカー。
正義の執行人とか人類の調停者とか大層な色んな渾名があるようで。彼の前で魔遺物を流布しようものなら、制裁をくらう。しかも食らわさられても、相手はお咎めなし。悪い意味で顔が知れ渡っている。
そんな男が俺へと近づいてきている事実は、流石の俺でも焦る。
「他の師範は?」
「ハクザ・ウォーカーは誰とも組まない。師範の中でも嫌われているからな」
「そうなんだ。可哀そうに、俺みたいに人付き合いが得意じゃないんだ」
男が何を言っているんだこいつとの表情で俺を見ていた。
「メラディシアン周辺の国は抑えがきく。そもそも貴様を目的としてならば介入はして来られないだろうな。
残る問題はギルド商会と王国と交友国である日出国だな。
日出は情報が入りにくいが、何か動きはあるはずだ。あったら伝える。
でだ、ギルド商会は既に動き始めている。三日後に名分では魔窟調査にここへとやってくることになっているが、目的としては魔力源である貴様の調査だ」
はい。バンキッシュ先生に教えてもらっていなかったら恥をかく単語が一つ出ました。
魔窟。主に古代の遺跡の中をそう呼称する。遺跡内部では人間には害悪な自然発生した魔力が漂っており、それに中てられた魔物たちもうようよといる化物の巣窟。
魔遺物の俺にとっては天国のような場所。
魔族にとっては・・・魔族と言うも沢山の種族がいるから一概に言えないから、まぁ空気が薄い山頂にいると錯覚するだろうな。俺はそうだった。貧弱体質だったからかもしれないが。
魔窟の中には宝が眠っている。魔遺物になる源や魔結晶、珍しい魔物の戦利品等々、どれもこれもが人類に恩恵を与えてくれるものばかり。
魔窟自体は三百年前からある。俺が封印される前の親しんだ名称はダンジョンってやつだな。
現代に倣って魔窟と呼ぶことにしたけど。
もう一つ、過去からずっとある名称。ギルド商会。
商工業者間で作られた組合。冒険者ギルドとか、商人ギルドとか、まぁそれはそれは沢山のギルドが集まっている。あの、糞勇者も元々はギルド商会に属していたし、何かと縁がある。
ガラルドとバンキッシュを交えて事前に情報交換をしていたので、ドズの言い分はあらかた予想出来ていた。
ドズは俺の中にある魔分子修復を目当てにしている。
そして俺と言う存在を天敵である魔術教会に当てて、更にはギルド商会に恩を作ろうとしている。それを事前に理解しておいてされるがままな訳がない。
「それは困ったね。ただでさえ秘密主義者の俺が調査なんてされた日には首を吊っちゃうよ」
「首を吊られてはこちらとしても困るし、貴様も本望ではないだろう?貴様が俺達の庇護下に入れば」
「あ、それは無理。
俺は誰かの下に就いて守られる気はない。火の粉は自分で振り払う。出していい条件は共に歩むか、俺の下に就くか」
「お前個人で何とか出来ると思っているのか!」
「まぁ待て」
堪え性の無い男が斧を持って襲い掛かってきそうだったが、ドズは初めて男を窘めた。
「大層な発言じゃねぇか。自分が如何に強い人間かと自覚しているようだな」
「その通りだからね。で?どうしたい?」
男の言う通りで個人ではどうにもできない。
だからこそここにいる。情報の見返りとして魔分子修復の魔遺物の情報を渡す。それで終わり?そんな訳ない。こいつらの喉元に噛みついてでも、中央遺物協会への足掛かりを作る。
どうする?ではなく、どうしたい?と問うたことにより、ドズは自分に流れが悪いことを悟る。
硬い表情を崩さずに何も言わない。何も言わない事こそが、内心焦っているのを俺に見透かされていることまでは理解できていないだろう
「では、頼みごとをしよう。貴様に我々とギルド員と共に魔窟調査に向かって貰いたい。
報酬は貴様の望む、この土地での行動権だ。監視がいる限りは、ある程度の場所での行動を許そう」
これがお互いの妥協点。最大の譲歩。これ以上も、これ以下もない。対談は名ばかりの交渉だ。
それも終わりを迎えた。
ティーカップの取っ手を外してしまう。
陶器なのでパッキリと折れれば、接着剤でもない限り戻りはしない。
取っ手とカップの折った部分をなぞると同時に魔分子修復を発動して治す。ドズと男は見入っていた。
「俺が触れた部分を魔力で治す力だ。これで壁も治したし、君達の仲間を傷つけたのを治した」
詳しくは俺の魔力で欠けた部分を補填している、だ。
だが、物を治す力だと認識させておく方がいい。欠片から元の大きさに復元できるなど話してみろ、拘束されるのが目に見える。
「重畳だ」
ドズが小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
ドズは後ろのラックにあった用紙一枚とペンを取って、スラスラと用紙に書き綴っていく。
「契約書だ。中央遺物協会の契約書だ、意味、解るな?」
ドズが裏切れない用紙でもあり、俺が裏切れば中央遺物協会を全面的に敵に回す用紙でもある。
契約用紙の文を読み落とさずに速読し、ペンを借りて名前を記入する。記入した用紙をドズに返すと、ドズも契約用紙を再び読んでから、頷いた。
「契約完了だな。三日後だが、どうする?帰るのか?滞在するなら持て成すが」
契約したことで本当に客人になったようだった。
どんな持て成しをしてくれるのか楽しみだけども、バンキッシュとイリヤに報告しなければいけないので。
「帰るよ。三日後には必ず来るから、心配なら見張りでもつける?」
「契約したから心配はしていない。貴様は契約を守る人間だろうからな」
「ご明察だね。じゃあ帰るよ」
素朴な椅子を引くと、安っぽい音がした。
行きは扉を開けてくれたのに、帰りは扉を開けてくれなかった。
結局男は最後まで名前を教えてくれなかった。次来た時は名前を当ててやろう。多分ヤ行から始まるんだよなぁ。なんだろうなぁ。と、帰りの道すがら時間つぶしに考えて、また半日かけて帰還したのであった。
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