28:試し合い
ドズの体格は脂肪を徹底的に除去したゴリゴリのマッチョであった。着ている服がパツパツで筋肉の形が浮き上がっている。しかも身長が座っているにも関わらずに俺との目線がそこまで変わらない、高身長。単に座高が高いだけかと思ったが、そうでもない。
門で見た足跡はドズのものだと確定した瞬間であった。
スキンヘッドで、強面で、巨漢。
普通の人間であれば怯え竦むだろうが、俺は飄々としたいつもの態度で対応する。
「うん。もう足がくたくたでさぁ。お湯貰える?お茶を淹れたくてさ」
ドズと対面できる素朴な椅子に座りながら、革袋の中で保存に包み込んだ状態の、モンドが俺の為に置いて行ってくれた茶器を取り出して、ドズの前で保存を解いて見せる。
想像通りにドズは食いつくように見ていた。
「おい、用意してやれ」
俺の後ろにいた男に指示すると男はドズの背後のラックの上にある、円盤型の魔遺物の上に水を淹れた金属製のコップを置いた。
指で起動ボタンのようなのを押すと、コップの中にある水が、ぐつぐつと熱を持ち始めていた。
「それがお前の力か?」
「うーん、お互い名前を知っているけど礼儀作法はしっかりとしておこうか。
俺はリヴェン。リヴェン・ゾディアック。
今日はヨーグジャ部族の族長であるドズ・ズールさんに御呼ばれして”対談”しに来ました。よろしく」
ニコリと笑顔を作る。水が沸騰し始めて、加湿器のように湯気をたてていた。
ふん、と鼻を鳴らしてからドズは返答する。
「俺はこの誇り高きヨーグジャ部族の族長のドズ・ズールだ。
招いた理由は単に興味があったからだ。斥候を半殺しにした件は何も関係ないから安心しろ」
半殺しにされたのは覚えているのか。
ま、半殺しと言うけども、あのまま放っておいたら死んでいたし、その事に関して追求してくるならば言い負かす準備はできていた。
だけど水に流してくれるようで、一応胸をなでおろしておく。
「で?身体の魔遺物を埋め込んだと吹聴する貴様の力はそれだけか?」
お前から貴様にグレードアップしたのはいいけど、値踏みされているのがたまらなく不快であった。
「どう思う?」
「そうだな。貴様が保存容器を自由自在に扱えるだけならば、ここには招待しなかっただろうな。
貴様の知る通りの俺ならば、ここで迎撃用の魔遺物を貴様の頭に突き付けて起動させるだろうが、俺は衝動で動くような人間ではない」
あぁ、あれ聞かれていたのね。
案内役の男から魔威力反応は手袋くらいだけだったから、盗聴に優れた魔遺物を持っている人間が、検知されずにいたのか。雨だから気配も経ちやすかったと考えれば合点がいく。
「自分の性格を理解していると思っている人程、自分の性格を理解していないんだよ。知っていた?」
ダン!と俺の前に熱々のお湯が入ったコップが叩きつけるように置かれる。
部下が衝動で動いていて、それを律しない辺り、組織の長としては、少々欠落している。
にしてもお湯が零れて手にかかっても治してあげないよ。火傷ってじわじわと痛いし、痕も残って辛い思いするのを知らないのかな?
害された気分を払うために湯を茶器の中に入れて、茶葉の入ったボール型茶こしを上下に振る。
茶葉から出た成分が湯に滲み、色と香りを付けてゆく。
「ズールさんの分は淹れるとして、君は飲むのかな?」
茶をこしながら問うとそっぽを向かれた。要らないと受け取っておく。
二分経ったので小火で程よく温めておいたティーカップを掌から突然現れたようにみせて出して、出来上がった紅茶を淹れる。
淡いオレンジ色の湯がティーカップに注ぎ込まれ、湯気と共に青々とした匂いが鼻の奥を刺激する。
自分の分ではなく、まずドズに振舞う為に、待機している男にティーカップと受け皿を差し出す。 男はドズの前まで持っていってくれた。その間に自分の分を淹れる。
「込み入った話には紅茶が無いとダメなんだよ。付き合ってくれるかな?」
小指を立ててティーカップを持つ。ドズは目の前に置かれたティーカップから、ゆっくりと俺に目線を戻した。
「ゼロミィのファーストフラッシュだな」
「当たり。匂いと見た目だけで判るって、さては通だね」
「紅茶よりもコーヒーの方が好みだが、何事も知っていて損はないからな」
「激しく同意するよ」
そう言って俺は紅茶に口をつける。程好い渋みが口の中を支配する。
ゼロミィ山脈で摘まれたゼロミィのファーストフラッシュ。味が近いと言えばダージリンかな。
モンドは複数種の茶葉を持っているようで、高祖母から受け継いだお茶好きのノウハウを活かして、今の時期に合った茶葉をくれた。
俺も紅茶は嗜む程度だけど好きなので、その贈り物は嬉しかった。
「質問に答える気になったか?」
「まぁ、そうだね。話そうかな。
さっきからやっているように、俺は掌サイズの物を出し入れできる。どうやっているかは教えない。
後は、こんな風に蛇腹剣も出せるし、魔力も感知できちゃう。どう凄いでしょ?」
出し入れしているのは嘘。保存を使った手品である。
手品って相手を騙す為にあるからなんら問題行動はしていない。
俺にとって手品は娯楽というよりも生きる術だったので身体に沁みついてしまっている。手癖でやってしまう時もあるし、もはや職業病である。
しかし蛇腹剣を出した瞬間に殺気が立っている男の他に二つも現れたんだけど、壁に耳あり障子に目ありを痛感するよ。
「他には何ができる?」
「これは俺の地力だから魔遺物は関係ないけど。失礼」
その殺気のあった場所の壁を殴る。
砦全体が振動した。壁はひび割れて、ひびの割れ目からギョロッとした目の男が顔を覗かせた。
「こんにちは。君もお茶いる?」
ギョロ目の男は静かに首を振って、壁の中にあった通路から退散した。
もう一つの殺気があった場所の気配も同時に消えたので、正真正銘ドズと男だけになったようだ。
「あと、術式は使えないけど魔術の基礎が出来たりするかな、見たい?」
「いやいい。砦を壊されてはかなわんからな」
俺が剛力で壁を破壊しても、ギョロ目の男が現れた時も、ドズは動じていなかった。
どちらも既に知っていたから動じることは無い。単なる手品も、蛇腹剣も、魔力を感知することも全て知っている。
あと一つ。知っていて確認したい事実を俺は言っていない。だからドズは面白くなさそうにしている。
「不服そうだね」
「そう見えるのか?」
「かなりね」
子供のように駄々をこねる行為はしないし、殆ど態度に出ていないものの、俺にはひしひしと伝わってくる。
「俺は紅茶を飲んでのらりくらりと会話を楽しむのが好きだけど、紅茶を飲まないで、利己的な考えを押し付けられるのが嫌いなんだよね」
「言っただろう。紅茶は好きではない。
それにいつ俺が貴様に考えを押し付けた?貴様は俺の頭の中が読めるのか?」
「うん、まぁ、大凡は読めるね」
そう言うとドズに大きく鼻で笑われた。
外の雨音だけが会議室に響き、少ししてからドズは大きな手に見合わないティーカップに手をつけて、紅茶を酒でも飲むかのように飲み干した。
男が止めようとしていたが、間に合わなかった。
「やはり美味くはないな」
「味覚に関しては人それぞれだからね。ねぇ、壁はこれでいいかな?」
ようやくドズが面をくらってくれた。
紅茶を飲み干している間に壁を魔分子修復で治しておいた。男もドズに視線が行っていたし、誰にも見られていない。
別にみられてもいいのだけども、交渉材料である為に、どうやって治したかははぐらかしておく。
「どうやった?」
「ん?教えない」
「教えなければ痛い思いをする事になるかもしれないんだぞ?
俺達はガラルド程お人好しでもないし、時間の大切さも理解している」
笑いそうになったけど我慢した。時間の大切さを理解しているなら、手っ取り早く行動に移せばいいのに、とは口が裂けても言えない。
「ここは君達の集落だ。俺は部外者であり、長の気分によって客人ではなくなる。
痛い目を見るし、下手したら死ぬかもしれない。だが教えない。これはプライドだよ」
「ちっぽけな自尊心で死んでもいいと言うのか?」
「死なないよ。そんなに見たいならば、身体で味わえばいいよ。
前にも伝えたように、俺が全て相手するからさ」
体内にある保存を解いて、魔力を放出する。
自分では分からないけども、外からみた魔力感知は大変なことになっているのだろう。
それも目的の一つである。
俺がここへやってきた目的は二つある。
一つは中央遺物協会の庇護下にあるヨーグジャ部族と関りを持ち、現状の問題を解決すること。
そしてあわよくば魔遺物がどうやって作らているかを知る。
二つ目はここヨーグジャ部族の集落で俺の魔力反応を出す。
まぁこれが撒き餌になって、面倒事をこちらに引き付けられる。
バンキッシュが言うには俺程の魔力反応が定期的に存在している事実は、一国ならず、周辺諸国を巻き込んだ問題になるらしい。
その魔力反応が移動し、今度はヨーグジャ部族の集落内にあったら、中央遺物協会の仕業だと思うだろう。
俺がしたいのはこいつらをスケープゴートにすることだ。それまで色々と仲良くしておきたいな。
ドズ、男共に攻撃行動に転じれば、こちらもそれに応対するつもりである。
しかし危機感を持っているのは男だけで、ドズは余裕を持ち合わせている。
俺もドズもお互い試し合っていた。
「魔力を押さえてくれて、貴様のプライドは受け入れよう。こちらも対談が目的だからな」
「そう。それは良かった。じゃあお互いに小手調べは終わりで本題に入ろうよ」
保存で魔力を凝縮するも、ひりついた空気は戻らなかった。
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