26:拝命
「で、ガラルドから出された条件はこの腕輪型探知魔遺物を付けて暮らして、イリヤの側に必ずいること。
俺の位置はガラルド達には筒抜けだから、他の脅威が集落に攻めてきたら俺を売ればいい。そうすればリスクは多少減るでしょ」
俺は玉座に座りながら、二日間も寝ていた病み上がりのバンキッシュにこれまでの経緯を説明し終える。モンドは既に旅立った後である。
バンキッシュは上体を起こして、姿勢を正しながら黙って話を聞いていた。
そして閉じていた口を開いた。
「幾つか質問しても構いませんか?」
「どうぞ」
「私は、魔族になった。という事でいいのでしょうか?」
「見た目に関しては人間そのものだけど、身体の性質は魔族になったと言っていいね。
戻してと言われても戻せないよ」
「いえ、戻りたいとも思いませんから」
影を落とした言い方である。
起きてイリヤと接してからのバンキッシュは最初に出会った時よりもどこか憑き物が落ちたような感じがした。
「私の身体に何かした――これでは抽象的過ぎますね。違法性のある魔植物や幻覚剤を投与しましたか?」
「いやしてないよ。俺がしたのは傷ついた身体を治して、キスで魔力を送り込んだだけ。そんな症状が出ているの?」
「・・・」
バンキッシュは考え込むように黙ってしまった。キスをした事実が衝撃過ぎて固まった。って感じの性格ではなさそうだが。
「リ、リヴェンさんと、キキキ、キッスするなんて、嫌ですよね」
キスも恥ずかしくて言えない初心なイリヤは妙な笑い方をする小悪魔みたいだった。
「私は気にしていませんよ。私の命を救ってくださる為にしてくださった行為ですから。人工呼吸みたいなものですよ」
柔和な笑顔でイリヤに言うバンキッシュ。大人な対応にイリヤは恥ずかしそうに口を窄めて下を向いた。
「根に持っていないなら俺も後ろめたさはなくなるね」
こんな美人に下心持って口付けしたとなれば、魔族を導く者としての尊厳が無くなる。
うん?逆に美人をはべらかす事によって尊厳を維持できるのでは?いやいや、それでは俺が思い描くものとは違い過ぎる。却下。
『返答。両手に花も乙なものかと』
却下って言っただろ。
「これからどうするの?王国騎士団とかに戻らなくていいの?家柄とかもあるんじゃないの?そもそも俺達敵同士でしょ?」
と言うとバンキッシュに呆気にとられたような顔をされてしまった。
わかっていて訊いているの。決して気遣って言っているわけじゃないからね。
『返答。これがツンデレという奴ですね。記憶しました』
要らない知識はつけなくていいから。
「あの魔遺物を使った私は死亡者扱いでしょう。前例を知っています。
家には何の思い入れもありません。王国とは縁が切れたので敵ですらありません。
私は貴方方に助けて頂いた、ただの孤独な魔族です。どこかでのらりくらりと死を待ちながら暮らすつもりです」
「バンキッシュさん」
「どうしましたかイリヤさん」
今にも泣きそうなイリヤは胸の前に拳を作って震えた声で伝えた。
「そんな悲しいことを言わないでください。私と、私達と暮らしましょう。
その日暮らしですけど、楽しいはずです。いえ、楽しくしてみせます。一緒にご飯を食べたり、一緒に魔遺物の研究をしたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしましょう」
「私がいたら迷惑をかけてしまいます。私は魔族ですよ?」
「迷惑はそこの人が一番かけているから大丈夫です。
それに魔族だったらリヴェンさんが何とかしてくれます。なんたって魔族を導く者ですからね。ですよね」
「あぁ。魔族なら大歓迎だ」
「ですが・・・」
イリヤにこうまで言われてもバンキッシュは浮かない顔であった。
今まで自分を何かで縛り上げ、誰かに頼る等したことがなかった。縛りが解けた今、人に頼る方法を持ち合わせていないから戸惑っているのだ。このまま彼女を放っておく訳にもいかない。
接続を解除してバンキッシュの前まで行き、片膝をついて同じ目線に顔を持っていく。
「君は今何でもない無色透明だ。君の言ったように、どこかで慎ましく暮らす事も出来るし、イリヤの提案を呑むこともできる。
しかし俺の見立て上、君は生きようとしていないね。死に場所を探している」
「そんなことは」
「あるね。このご時世魔族になった以上慎ましく生きて死ぬなんてできない。かと言って人と暮らす事もできない。
本当はイリヤの提案を呑みたいんだろうが、自分のせいで、何かを失うのが怖いんだ。大切なものを失うのが怖いんだ」
イリヤが口を挟みたそうだったが、イリヤの口に人差し指を当てて黙らせる。
「何か大切なものをつくるのは間違いじゃない。
失ったとして、それは過ちであるが、間違いじゃない。
傷つくならば最初からなければよかった、なんて物事はない。物事があったから傷つくんだ。過ちが出来たから成長するんだよ」
「しかし、リヴェンさんとイリヤさんを失ってしまったら」
「そんな事にはならないよ」
「どうして言い切れるのですか?私だけが取り残されることもあるでしょう。そしてまた」
バンキッシュは辛い思い出を思い出したのか表情を暗くさせる。イリヤと彼女の手の上に俺の手を重ね、笑顔で言う。
「ならないね。そんな状況になればその前に君が俺達を守って死ぬからさ」
イリヤが絶句していた。バンキッシュもまた面をくらっていた。
イリヤに強めに肘で小突かれた後にバンキッシュは行動を起こした。
バンキッシュは上体だけ起こしていたのだが、脚を曲げ、ベッドの上に正座した。
「私は魔族です。名はバンキッシュ。
これからは私に生を与えてくださったリヴェン様とイリヤさんの為にこの第二の命果てるまで尽くすことをここに誓います。
ですので、どうか、御側で仕えさせてください」
そう言って頭を下げたのだった。イリヤに目線で問うと小さく何度も頷いた。
「バンキッシュ汝を我の側近に任命する」
「有難く拝命致します」
「なーんて畏まらなくてもいいよ。肩書は肩書。実際はイリヤの面倒を見てくれればいいから」
「バンキッシュさん、よろしくお願いしますね!お身体が回復したら集落に案内しますね。というか、リヴェンさんまた子供扱いしましたね!」
「だーかーら、お姫様扱いしかしないってば」
「また嘯きますか!お口縫いますよ!」
イリヤはぷんぷんと怒りを顕わにしながら手を上げたので、子供のように逃げると、追いかけてきた。そんな光景を見てバンキッシュは笑顔をこぼしていた。
まぁ、概ねよしと言ったところかな。これから解していこう。人付き合いってそんなんじゃないか。面倒くさいけどさ。
俺はイリヤにもバンキッシュにもモンドにも言っていない秘密を抱えている。
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「それを実行するのにはお互い信頼がいるよね。
俺は俺の正体を包み隠さずガラルドに明かすから。ガラルドはまだ俺に隠しているイリヤの秘密を教えて」
ガラルドの形相がこれでもかと言うほどに変わった。その表情は親が子を守ると誓った獣に似ていた。
しかし手をあげることはしない。逆にマチェットを握る手が緩んだ。
「何回も言うけど敵じゃない。イリヤを守る上で知っておかないと思ったから尋ねているだけだよ。
はぐらかしてもいいし、嘘をついてもいいよ、なんなら黙ってもいい。俺と目を見て話してくれたらいいよ」
ガラルドと目を合わせる。俺が問うて、目の動き、筋肉の動き、表情の変わり目。
それらを観察し、推測するだけ。わからない手強い相手もいるけども、大体それでわかる。なので、ガラルドが観念したのも理解できた。
「これからいう事は真実。まぁ気が狂っていると捉えられても仕方ないかも。
俺は三百年前に生きていた魔族で、魔王によって封印されていた。封印が解けたら俺自身が魔遺物になっていて、イリヤはその封印を解いてくれた女神様。
それで話した通り魔遺物を吸収して魔遺物を使用できる身体であり、魔遺物である為に魔力が必要だったので王国まで行った。色々と脅威が現れたのは俺の不注意だから、そこは責めてもらっても構わない。
これもまた何回も言うけど、俺の封印を解いてくれたイリヤは命に代えてでも守るよ。失うのはこりごりだからね」
目と目を見て会話する。人と人との会話。お互いをよく知れる会話方法。嘘偽りがあったとしても、無かったとしても、目と目を見て会話をすれば互いが見空けるのだ。
「癪に障る」
半ば諦めたような言い方でガラルドはそう呟いてから続けた。
「俺とお前だけの話で留めておけ。決して漏らすなよ」
「うん。約束する」
薄氷のような約束である。秘密ってのは誰にも言わないから秘密なのだ。誰かに伝えてしまえば波紋のように伝播していく。
ガラルドも承知の上での発言なのだろう。だからこれは約束なんて優しいものではない。
ガラルドから俺に対しての脅迫なのだ。
「イリヤは王族だ」
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