24:言ってなかった
モンド・A・ヤクモ。どこをとっても聞き覚えの無い名前であった。
モンドを見やるに冗談で言っている様子もなく、至って真剣に俺に頭を垂れているのである。
「俺はお前を知らないんだ。説明して貰えるか?」
「はい。今から二百九十年前、ここから南方にある島国キキタラに、ある魔族が流れ着きました。
その魔族は非常に弱っており海岸で倒れているところをキキタラ島の島長である。キリュウ・A・ヤクモに保護されました。
島長の丁寧な介抱のおかげで魔族は日が経つ事に回復していきました。その魔族に害意は無く、友好的に接した結果。恋をし、子を孕み、家族になりました。
それが半魔族としてのヤクモ家の始まりです」
「ちょっと嗅がせてもらってもいいか?」
「どうぞ」
了承を得たのでモンドの首元まで顔を近づけて嗅ぐ。
男性物の香水の匂いの中に僅かに魔族のにおいがした。そのにおいのする魔族を頭の中で検索する。検索にヒットした魔族の名前を呟いた。
「夢魔か」
魔王城の侍女として夢魔がいた。全員の名前も頭に入っている。
戦闘をしない侍女は先に避難させたから、その中の誰かがモンドの祖先なのだろう。
「ご明察の通り、僕は夢魔の血を引いております。高祖母は主食である人の精を吸いませんでした。
そのせいで魔族にしては早くに亡くなりました。人として生き、人として亡くなりました。
高祖母は、魔王様は復活して各地に散らばった魔族を率いてくれると言っていました。僕はお婆ちゃん子だったので色々と話を聞きました。
そして心残りで亡くなった高祖母の意志を継ぐためにキキタラ島を出たのです」
「高祖父母の名前は?」
「ラヴィアンです」
「ラヴィアンか。彼女の淹れた紅茶は美味かったろ?」
「えぇ。えぇ、とても美味しかったです」
モンドは涙ぐんで答えた。
ラヴィアンは侍女の中でも天下一品に紅茶を入れるのが巧かった。湯の温度、ティーカップの温度、部屋の湿度、相手の体調に気分、それを全部見抜いて紅茶選定して淹れるのだ。
どうやっているのか気になったので教えを乞うたが、性交したら教えてやると、色気ではぐらかされたのを思い出せる。
俺は彼女を偲ぶ。
逃げ延びて、幸せに暮らしてくれていたのだと感謝する。
俺と魔王や魔族が取った行動は無駄ではなかったのだと、今、初めて報われた気がした。
「あ、あのぉちょっといいです?」
騎士団の制服の胸元をあけ、タオルで汗を拭き終わってから、新たに絞ったタオルをバンキッシュの額に置いて、イリヤがおどおどと小さな手をあげた。
「どうした?眠くなったか?」
「目は冴えてます。リヴェンさんって、魔族だったんですか?」
「そうだぞ。言ってなかったか?
そもそも魔遺物は魔族の一部から出来ているからな。俺が魔族でもおかしくないだろ」
「言ってませんよ、聞いてませんよ!ってなんて言いました?」
「これも言ってなかった気がするな」
「故意犯じゃないですか!
えぇっと魔遺物は魔族の一部って事は、あれもそれもこれもどれも魔族さんの身体?でもでもそうなると出力機構が訳の分からない事になって、うーんと」
と、腕を組みながら自分の世界に入ってブツブツと言い出したのでモンドへと向き直る。
「同族を解放する為に怪盗に?」
「概ねはそうですね。
僕も魔遺物が何なのかは高祖母から聞いていたので先ずは魔遺物の出所を調べました。
どうやって魔遺物が開発されているのか、どうやって供給されているのか、真相までには辿り着けませんでしたが、根源は見つけました」
「中央遺物協会か」
「えぇ。中央遺物協会が拠点としている、バルディリス連邦全域から八割方が輸出されています。
あそこは僕の力量では踏み込めないので、古物となっている魔遺物を回収しているんです」
魔族を導くにあたって、モンドの言う魔遺物の問題はいずれ直面する問題だろう。
魔遺物が魔族の一部であるなら、今もなお供給されている魔遺物はどこで、どうやって作られているのか。魔族は実験動物のように生かされていると予想できる。しかしその前に。
「そのバルディリス連邦に行きたいが、先ずは力をつける事が優先だ。モンド、君が盗んだ魔遺物はどこにある?」
「とある場所に隠してあります。ですが、口に出す事はできません」
「口に出さなくていいよ。いざとなれば探し当てられる自信があるから。
その前に説明ね。俺は魔遺物を口から飲み込む事によって、その魔遺物をスキルとして使用することができる。腹の中に納まれば魔遺物は消えてしまうが。それでも同胞達の力を使って、俺は魔族を導きたいと思っている」
「え?それって私があげた魔遺物も消えたんです?」
「食べたら消化されるのが道理だろ?言っていなかったか?」
「故!意!犯!」
「まぁまぁイリヤちゃん。リヴェン様が取り込む前に色々と見せてあげるからさ。
各地の博物館から沢山頂戴してきたからね。目くらましに盗った宝石とかならあげるよ」
「あ、や、はい・・・」
モンドには強く当たれないようでイリヤは大人しくなった。
俺に強く当たるのは愛情があるからだと思うんだよね。決して、不快感の現れではない。
それにしてもリヴェン“様”か。懐かしい響きだ。
魔王と四天王以外にはそう呼ばれていたな。気の合う奴らにはリヴェンと呼び捨てにさせていたけども。
しかし今は魔族を導く者として主従関係をハッキリとしておかないといかないのだろう。だからいくら様付けがもどかしくてもモンドに訂正もさせない。
「隠している場所へ行くことは可能?」
「手前程度ならば辿り着けますが、そこからは無理ですね。
魔遺物に関しては僕が取りに行きます。何事もなければ往復で十六日程はかかりますがよろしいですかね?」
「そうだな。そうしてもらうか。
どうにせよ、彼女が起きない限り俺は動けないしな。な、イリヤ」
「え?なんで私に振るんです?」
「だって看病するんだろ?俺はイリヤを守るって約束したからな」
それにどうせ王国では指名手配犯になっているだろうしな。今頃上に報告が行って血眼になって探しているころか。
結局はイリヤが危惧していた通りの事態に陥った。そうならざる負えなかったのだけれども。
「リヴェン様とイリヤちゃんは、どういった仲なんですか?兄妹ではないんですよね?」
「友達であり保護対象」
「人生で最も嫌いな友人です」
「は、はぁ。成程」
モンドは釈然としない声で頷いた。
俺はモンドにここまでの経緯を話してやる。
「魔力が尽きれば行動できなくなると。では僕の魔結晶を献上いたします」
モンドは怪盗マントの裏に隠れていたポシェットから魔結晶を取り出した。
「いいのか?」
「えぇ僕の所有物はリヴェン様の所有物でもあるので。それになによりリヴェン様第一ですから」
「じゃあ遠慮なく」
魔結晶に向かって魔力吸収する。五回くらいしたら魔結晶は光を失い、ただの結晶になってしまった。
これはこれで削り、研磨すれば価値があるのでモンドはポシェットに直した。
「お話を聞く限りイリヤちゃんは集落に帰らなくて大丈夫なんでしょうか?
リヴェン様の魔力を感知したのが王国ヨーグジャ部族者ならば、そこ近辺にあるイリヤちゃんの集落は疑いをかけられると思うのですが」
「あぁ、そうだな」
「あぁ、そうだな。
じゃないですよ!ガラ爺達の身が危険って事じゃないですか!今すぐ行かないと!」
呑気にも俺の声真似てみせてから慌て始める。
「行ってらっしゃい」
「約束は!」
「ピンチには駆け付けるから安心して」
「あ~もう他人事だと思って!先に行ってますからね!」
イリヤは俺に指差してから洞窟から慌ただしく出て行った。忙しい子だこと。
ガラルド達の集落にヨーグジャ部族の奴らは来ていただろう。
この洞窟へと辿り着くまでの道すがら、そういった輩はいなかったが、いた形跡はあった。
ただ、既に帰還したと思われる。魔力反応も、近くに気配もなかった。もしもガラルド達の集落内で虐殺があったなら、血生臭さが漂ってくるだろう。
それもないので、殆ど何事もなかったと推測できる。
「王国とヨーグジャ部族と魔術教会。他に捕捉できそうな国や団体は分かる?」
「バルディリス連邦は間違いなく捕捉していますね。
あとは日出国でしょうか。申し訳ございません。僕が想像できるのはこれくらいです」
「何も気負うことは無いよ、ありがとう。参考にさせてもらうよ」
「有難う御座います」
モンドを労ったところで、とりあえずは帰還したら先ずやらなければいけなかったことをしよう。
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