23:洞窟へ帰還しました
彼女の名前はバンキッシュ・フォン・キャスタイン。王国騎士団の参謀を務めていた。元、人間だ。
彼女が何故、俺が拠点としている洞窟にいるのかと説明するとなると、俺の首が胴体と離れる死闘の顛末から話さなければならなかった。
あのあと指輪と彼女の指を腹の中に収めた俺は即時に自分の首と胴体を魔分子修復で繋げた。
死ななかったのは俺が魔遺物だからなのか、それともイリヤが願って起こした奇跡なのかは計り知れなかったが、玉座が言うには身体機能が停止するのは魔力が尽きた時と、コアが破壊された時らしい。
コアは玉座の中にあるらしい。言うならば玉座が破壊されず、魔力が尽きなければ破損はするけど、死にはしないらしい。
当初の予想通り生け捕りされるのと、玉座に被害が及ぶのだけは避けなければいけないようだった。
魔力元を断ったことにより、バンキッシュの身体は元へと戻り、意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫なんですか!」
「平気だよ、兵器だもん」
そう言うとイリヤに泣かれた。謝って、あやしつけて、涙を拭ってやり、背中を擦ってやった。今日一番の刺激的な映像をみせたせいで堰が切れてしまったらしい。
年相応にえんえんと泣くイリヤを見て俺はどこか安心していた。
「がふっ」
バンキッシュが突然咳き込んで口から血を吐いた。
おぉ、そうだ、結構傷つけたから治さないと。彼女に触れて魔分子修復を使用するも、表面の傷は癒えた。たが咳き込んで血を吐き続ける。
「た、助けてあげてください」
「そうしているんだが」
何度やっても彼女は苦しそうに吐血し続ける。次第に顔は青ざめていく。
「無理ですよ」
今まで背後にいた怪盗が会話に入ってきた。可愛い声をしていることで。
「知っていることを話してくれないか?無償とは言わない、俺を調べてくれても構わない」
「・・・まぁいいよ。彼女の身体を変えていた魔遺物は一度使用すれば、その魔力が体を蝕んでいくんだ。蝕まれた人間は、時間と共に体内の構造を変化させられて、魔族となって死ぬ。常人では一分も持たずに死ぬだろうね。悪魔よりも恐ろしい人間が開発した遺物だよ」
成程な。成程な。虫唾が走る。
人間を魔族に変えて、その死体を魔遺物として使用するって魂胆だ。
人道的ではない、非道である。俺も真っ当な魔族とは言えないが、吐き気を催す程の屑ではない。これを作った奴は屑だ。
「あっれ~バンキッシュちゃん◇やられてるじゃ~ん」
甘ったるい声がした方向を向くと、月をバックに現代世界のアイドルが着るような服へと改造された騎士団の制服を着た女が屋敷の屋根の上に立っていた。
怪盗の表情が強張ったので、あの女も手強い相手なのだろうと予想できた。
「うーんその様子だと上げた指輪使っちゃったか。じゃあ壊れちゃったんだね。ざーんねん」
破棄捨てるかのように、吐き捨てた。
自分と同じ王国騎士団員だろう?自分と同じ人間だろう?苦楽を共にした仲間なのじゃないのか?ジャモラの記憶がフラッシュバックしていて、酷く感傷的になっている俺は怒りが湧きあがるのを止められなかった。
「うーん。普通に違う。美味しそうだけど違う。
おっ、おぉ。王室までリューベルト君△を吹き飛ばしたのも、バンキッシュちゃんを壊したのも、君だね」
指で眼鏡を作って女は俺を指して笑った。平凡な笑顔ではなく、俺がよくする業務的な笑顔。
なのに受ける印象は恐怖。相手を圧迫するための笑顔。委縮させ、自分が上だと象徴するかのような笑顔。
女は楽しむように俺の頭の先から足の爪先まで選定する。
この女は確かにまずい。強い強くないよりも、性格がマズい。執着心が強く、愉悦に浸るタイプ。率先して人を蔑み、甚振り、愉しむ人間。外道の言葉が当てはまる人間だ。
会話するまでもなく、眼を見れば真面ではないことはわかっていた。
「こ、この人を治してください!今すぐ治療できる場所へ移動させないと!」
「え?何で?」
イリヤが涙目で懇願すると女はきょとんとした顔で返した。
「何でって・・・」
言わなくてもわかるだろう。と言いたげなイリヤはまだ対話した事もない人間であろう女を前にして言葉を詰まらせる。
「バンキッシュちゃんは壊れちゃったんだよ。壊れた玩具は捨てるでしょ?
あ、もしかして壊れても使う貧乏性なのかな?」
人を玩具と言う人間。俺に口で勝てないイリヤが道理の通じない人間に持つ言葉もなく。何も言わなかった。
それが正解だ。心の平静を保つには、この手の人間とは関わり合いにならない方がいい。
俺はイリヤを怪盗の方へと下がらせてから、横たわっているバンキッシュを持ち上げる。
ぐったりと体重が乗っているはずだが、鞄を持つように軽い。
怪盗の説明が正しいとして仮説を立てる。
彼女の身体が狼型の獣人の魔力に侵され、体内構造を変化させられて魔族になると言うならば、俺の中にある魔力を彼女に分け与えればいいのではないだろうか?
俺の魔力と魔王の魔力。特に魔王の魔力は体内構造の変化に補助として作用するだろう。あいつはそういう分け与えるのが得意だったからな。
しかし分け与えれば彼女は二度と人間には戻れないだろう。魔族になってまで生きたいのか、なんて問うても答えは帰って来ない。俺とイリヤのエゴで生きながらえてもらう。
俺は彼女の口に唇を当てて魔力を注ぎ込んだ。
あいつが俺にしたように真似て魔力を注ぎ込んでみた。
すると咳き込んでいたバンキッシュは次第に落ち着きを取り戻して、寝息をたてる呼吸に戻って、青ざめていた顔も少し血色良くなった。成功と言っていいのだろう。
「わぁお。凄い。君、何者?
私はユララ・マックス・ドゥ・ラインハルト。気軽にユララちゃん☆って呼んでね」
ユララと名乗った女は空虚な拍手をする。
名乗らないでおこうと思っていたが、名乗っておこう。
「俺はリヴェン・ゾディアック。魔族を導く者だ」
言ってしまった。後で冷静になって後悔するだろうが、言ってしまいたかった。
バンキッシュのような犠牲者を減らす為に、ゾディアック性を名乗り、ここで宣言したかった。
ユララは大きく目を見開いた後に、両の口角をこれでもかと言う位につりあげた。
月明かりが助長して、それはさながら悪魔のような笑顔であった。
「いいよぉ。いい。あっあっあぁ!・・・最高。
うん。今は見逃してあげる。もっと全力で愉しませてくれるようになっておいで。いつでも待っているからさ」
手を振ってから屋根伝いに飛んで暗闇へとユララは消えて行った。
イリヤは腰が抜けたのかへたり込んでしまった。
怪盗はそれを察して、「失礼」と声をかけてから、俺と同じようにイリヤをお姫様抱っこした。
「逃げるのですよね?」
怪盗は状況を読んで言う。騒ぎを聞きつけて人が集まり始めている。
このままでは魔術教会の人間や軍に囲まれてしまう。ユララが見逃したと言えども、それはユララ個人が見逃しただけである。
「逃げる。けど、馬がないし、検問所も通れるかどうか怪しい。王都を出れば、隠れられる場所があるんけど」
「だと思いました。脚には自信はありますか?なんて愚問でしょうか?」
「そうだな。付いて行けばいいか?」
「えぇ、壁の外まで案内しますよ。それからは逆に案内してください」
「任せてくれ」
え?え?と言っているイリヤをほったらかしにして話は進み、俺と怪盗はイリヤとバンキッシュを抱えながら王都を脱出して、隠者の森の洞窟へと帰還したのであった。
洞窟回りは荒らされた形跡があったが、しっかりと隠しておいたので中までは侵入されていなかった。
洞窟内の壁を壊して手刀で石を切って、木の葉を集めて簡易ベッドを作る。
その上にバンキッシュを寝かせてやる。
まだ顔色は良くないのを見て、イリヤは怪盗に礼を言ってから泉の方へと走って行った。望遠で見ると、自分の衣服を破いて濡れタオルを作って、泉の近くに放置されていた桶に水を溜めていた。どうやら介抱するようだ。
俺は目の前にいる身長百六十センチ代の怪盗服を着た女性と対面する。
そう、この怪盗の性別は女性である。見た目や仕草は紳士的な男性そのものであるが、喉仏を見ればどっちの性別かは判別がつきやすい。
「どうぞ、なんなりと。イリヤも守ってもらったから隅々まで調べてもらっても結構だよ」
怪盗は無類の魔遺物好きである。
兵士三人組からそう聞いていたので、俺は手を広げて身を差し出す。
「調べたいのも山々ですが、それよりも僕は確かめたいことがあります」
「出血大サービスで一つだけ質問に答えてあげるよ」
「君は。貴方はリーチファルト・ゾディアックの親族ですか?」
たったったとイリヤが横を駆けて行った。
ちゃぷちゃぷと桶の中にある水面が揺れ、水滴が滴る。俺と怪盗の時だけが止まったかのように見つめ合ったままであった。
「違う。俺はリーチファルト・ゾディアックに最後の意志を託された、しがない魔族であったモノだ」
嘘をつく必要もなかった。
怪盗の瞳と表情筋から読み取れるのは純然たる疑問。好奇心からくる疑問ではなくて、使命感のような感じだ。
怪盗は感極まった表情へと顔を変えた。そして俺の前で片膝をついて頭を下げた。
「そう、ですか。そう、なのですね。
僕はお待ちしていました。貴方が現れるのを、ずっとお待ちしておりました。
僕の名はモンド・A・ヤクモ、貴方の側に仕える為に生を受けた者です」
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