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22:採光

 気が付いた時には牢屋の中であった。

 両腕両足に枷を付けられて、身動きがまともにできない。

 こんな鎖を引き千切る力も残っていなのに、相当警戒されているようだった。衣服は最小限のものさえもなく、全裸。

 羞恥の心が残っているのか当初は隠そうとしたが、無駄な抵抗と知り諦めた。


 目が覚めて初めてみた人間は検査機を持った研究員であった。

 注射器で採血をされた。四本もだ。頭の中がふわふわする。血を抜かれて過ぎたのだろう。

 研究員はそんな変化を意図もせずに下顎を持ち、口の中へと検棒を入れて口内をかき混ぜた。唾液のついた検棒を保存容器の中へと入れて、今度は紫色の液体が入った注射器を腕に刺した。


 血管内に紫色の液体が注入されていくのがハッキリと理解できる。血管を通じて体の中へと回り、スゥっと消えてなくなるのかと思ったが、全身を悶えたくなるような痛みが襲う。


「あっがっあああぁぁぁ!」


 歯を食いしばって耐えていたが痛みは尋常ではなく気を逸らす為に声を上げる。

 そのたびに鎖が擦れて音を鳴らす。


 痛みが治まってきて、肩で何度も大きく呼吸をしていると、研究員は「ふむ」と呟いてもう一本注射器を取り出して同じように紫色の液体を注入した。


 最初は何ともない、しかし数秒後には味わったことのない痛みが全身を襲う。

 声を荒げる拒絶反応だけでは収まらずに、失禁し、嘔吐する。貧血気味の状態であったせいで、また気を失った。


 次の日。いや、時間等と言う概念はこの牢屋では通用しなかった。窓もなく、定期的な何かもない。自分が次の日だと思えば次の日にもなってしまえた。


 目の前ゴキブリが這い、蛆の湧いた残飯が吊るされていた。飯というよりも餌。餌と言えるほど豪華でもないか。

 水は天井から滴る一滴一滴を必死に首を伸ばし、舌を伸ばして、喉を鳴らす。


 生きなければ。それだけの意志の元に屈辱も恥辱も痛みも耐えた。

 紫色の液体が入った注射を撃たれ、気絶。撃たれ、気絶。何回か繰り返したところで、研究員は次の段階へと入ったようだった。手に持つは糸鋸。


 それを見て流石に恐怖する。身体が震える。ガクガクと情けなく脚を震わせ、カチカチと歯が鳴る。


 研究員は腕の斬りやすい場所へと糸鋸の先端を当てた。


「や、やめ」


 静止の言葉も聞かずに腕の内部に刃の部分が侵入する。

 引いて、押す。引いて、押すの往復運動。それに合わせて絶叫する。

 何も考えられない。頭の中に、身体全体に痛みだけがある。

 熱い。斬られている部分が熱い。

 痛い。どちらもある。

 どうでもいい。ただ叫び続けて、叫び続けて、助けを求めた。謝罪した。誰に?目の前の人間に?これまでの自分に?親に?神に?何に?生まれた事に?生を与えられてしまった事に?生を実感したことに?生に執着したことに?わからない。分かり得ない。

 痛い。


 切断された腕は研究員の持つ保存容器へと丁寧に直された。

 腕からは血が滝のように流れている。だけれども次第に切断面は塞がっていき、血も流れ出なくなっていく。

 驚異的な治癒力とでも言えるのだろうか、腕は接合されたように治った。ただ、痛みだけは身体に残ったままだった。


 いつの間にか吐いていた。消化されていないゴキブリの甲殻や脚が混じった吐しゃ物が眼下に見える。

 研究員が麻酔も無しに腕を切断されて気絶しない自分を称賛していた。この世で最も意味のない行為だと思えた。


 そして今度は反対側の腕へと糸鋸の刃の部分を当てた。


 記憶が無い。

 思い出したくない。

 朦朧とした意識の間で誰かが去っていく気配だけを感じていた。


 何も喉を通らない。

 何もする気が起きない。

 これ以上生きていたく無くなる程の苦痛。生を享受したからこその苦痛を受けて、折れにくかった心はボロボロになり、軽く押されるだけで折れそうであった。支えてくれているのはただただ弟と妹達への思いだけ。


 研究員が現れる。酩酊するかのような意識で、初めて研究員と目と目が合った。


「ユララ・マックス・ドゥ・ラインハルト!」


「はぁい。そうだよぉ。ユララちゃん☆だよ~」


 私は声を荒げて彼女の名を呼んだ。何故今まで気づかなかったのか、何故今まで気づけなかったのか。恐らくは認識阻害の魔遺物を使用されていた。


「腕は頑張ってねぇ。ユララちゃん☆見ていてゾクゾクしちゃったよ。

 バンキッシュちゃん◇のあんな顔見れるんだもの。やっぱりこの仕事を続けて正解だよ。

 あのキモイデブに仕える価値はこのためにあるものね。あ、これオフレコね」


 彼女はいつもと同じ口調で私と喋る。

 そうして感じるのは只管に狂気。狂っている。人の痛みを知って悦に浸る真正のサディスト。

 人体解剖は十八番であり、その人体解剖で自分の熱狂的信者である人間を遺物人間へと改造し、作り上げてきた。

 その改造手術に至るまでにどれだけの戸籍の無い民間人や、拉致された健康な人間がいたのかは明確な数字は知らない。噂程度の情報。


 この王国は終わっている。いや、どこの国も終わっている。

 進化の前に犠牲は致し方ない。その道理がまかり通って、弱者は強者に淘汰されていく。私もその一部であり、そうしなければ弟と妹達を守れなかった。

 言い訳上等、世界はそう回っているのだ。誰が上に立ち、誰が下で藻掻くかだ。


 私は下に落ちた。


「次はね、脚を貰うよ。我慢できるかなぁ?」


 この女は敢えて麻酔を打たないのだ。

 私が死なない事を理解しているから、私が折れない事を信じているから。

 バンキッシュ・フォン・キャスタインが辛抱強い人間だと信頼しているから、惨い拷問が出来るのだ。


 私は絶叫した。涙も涎も鼻水も小便も血も流し切ったと思ったのに溢れ出た。

 それでも折れない。挫けない。砕かれない。何としてでもこの場所から這い上がってやる。その意志だけを心に残して両脚を切断された。


「きゃっきゃっ、達磨バンキッシュちゃん〇の完成~。あとはキモデブの慰み者になるだけだよ。一生ね」


 呼吸をようやく整えてはしゃいでいるユララを睨みつける。


「おぉ、その反抗的な目。そそる、そそるよバンキッシュちゃん〇。あぁ、駄目。心を折りたい。私に屈服させたい。絶望させたいよ」


 ユララは身体をくねらせて人差し指を噛んだ。


「もう我慢できないよ。明日にしようと思っていたけど、今ご褒美を上げるね。

 はい。バンキッシュちゃん〇。これまで王国に尽くしてくれたご褒美だよ」


 ユララは牢屋の外に置いていた鞄の中から革袋の中に入った手のひらサイズの球体を七個取り出した。


「あ・・・あぁ・・・あああああ!」


 私の中にある支えが砕けた。


 ユララが取り出したのは弟と妹達の頭であった。それが糞尿塗れの床へとゴミのように並べられた。


「カイン。スリャナル。ベラトーチカ。ギルト。ピューラ。モモ。ザドゥ」


 それぞれの頭部を指差して悪魔のような笑顔でユララは言う。


「お人形遊びが好きなんだねバンキッシュちゃん〇。

 試験で亡くなった弟や妹達の名前を人形につけて御家で遊ぶなんて健気だよ。

 ユララちゃん☆はさ、そーいうのさ、見ているとさ、ぶっ壊したくなるの。

 そして今のその顔が見たいの。もっと見せて、もっと目に焼き付けさせて、もっと興奮させて、もっと絶頂させて、もっともっとユララちゃん☆を愉しませて!」


 私の弟と妹はもういない。

 違う、いる!

 いないのが現実でずっと人形に名を付けて接していた。

 家に帰れば迎えてくれた!おかえりと言ってくれていた!

 無念の死を迎えた彼ら彼女らの為に私は王国騎士団で成り上がった。そして彼ら彼女らの無念を晴らす為にこの腐った国に仕えた。

 生きている。今も、こうやって、目の前で、首を揃えて、笑ってくれている。

 あぁ。どうして私はこんなにも愚かなのだろうか。姉として気丈に振舞ってきた。人として家族を守ってきた。

 はずだった。私は弟や妹達の為と言い張り、自分を偽ってきた。結局は自分が生き残る為に、壊れない為に利用しただけだった。


 既に私は人でなし。


 この体は指輪の仕様で魔族に成り代わり、私は心身ともに人ではなかったのだ。


「あぁ、凄い。短時間で四回は初めてだよ。これだから熟した果実を摘み取るのはやめられない。病みつきだよ」


 股間を押さえながらユララが何かを言っていたが、どうでも良かった。


 生に執着は無くなった。何でもない私は死人同然だ。


「ふふふ、次の目標は赤毛のあの娘かなぁ。

 純粋無垢なあの娘をどう壊して遊ぼうかな。ふふふ、愉しみだな。

 あ、じゃあね。お人形さん、楽しかったよ」


 そう言って放心状態の私を置いてユララは牢屋の扉を閉めた。


 ガシャン!と音が鳴った。


 それを合図に私は起きた。


 ポトリと額の上に乗っていた水タオルが掛け毛布の上に落ちた。


 夢?


 辺りを見回すとどこかの洞窟の中であった。薄暗いが、天井の隙間からは太陽光が差し込んで、緑と土ばった匂いが鼻腔を擽った。肌に湿っ気も感じる。


 私は切り作った石が土台になった簡易的なベッドに寝かされていた。

 この落ちたタオルと枕元に置かれていた水の張った桶を見る限り、誰かが私を看病していたようであった。

 今さっきの現実的な拷問と、現実的な失望感がまだ残っている。あれが夢だとは到底思えない。


 しかしこの状況も現実的で、タオルの温さに、息を大きく吸った時の清涼感。手に力を入れた時の筋肉の締め付け。頬をつねった痛み。どれもこれもが現実であった。


 訳も分からず状況を整理していると、背後から誰かが言い争う声が近づいてくる。


「もうリヴェンさんは入っちゃダメって言ったじゃないですか!キャスタインさんは女性なんですよ!」


「イリヤだけじゃ看てられないだろ?夜普通に寝落ちとかしているし」


「うっ・・・だって」


「まぁあれだけ毎日こってりガラルドに絞られれば体力も無くなるよな」


「リ、リヴェンさんのせいでもあるんですからね」


「だから俺も叱られているだろ。なんなら俺は監視魔遺物までつけられているんだぞ?こんなプライバシーのへったくれもない、監視社会は俺は苦手だなぁ。お?起きたの?おはよう」


 私の視線に気づいたのは宿屋で出会った。魔遺物を身体に宿したとのたうった青年だった。名はリヴェン。変わらずフード付きの黒ローブを着た、見た目好青年。その隣には赤毛でイリヤと呼ばれる少女。


 イリヤは私の前へと、とてとてと可愛い擬音がなるかのように近づいてきて、小さな手で私の手を握り締めた。イリヤの手は赤く腫れていて、指が所々あかぎれしていた。


「お体大丈夫ですか?どこか痛くないですか?」


 そして心配そうな目でそう問うのだ。


 泣きたくなったのはなぜだろうか。感動したのはいつぶりだろうか。心が動かされたのは初めてであろうか。


 小さな、とても小さく微かな温もりを持った小さな手を私は空いた手を重ねて、眩しいくらいの光を瞳に入れて、数十年ぶりに心から笑顔を作ってイリヤに答えた。


「大丈夫ですよ。私は、大丈夫です」

 

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