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188:魔王と魔王

「よぉ、この世界の魔王。随分と遅い登場じゃねぇか」


 準備を万全に終えた俺の前に最初に立ち憚ったのは織田信長であった。

 あの時とは違うラフな格好ではなく、奇抜な甲冑を着込んだ戦いにおける正装であった。


「昔の自分に自慢してやりたいよ。俺はかの織田信長と会敵するんだぞってね」


「今は自慢でもないって?評価が落ちたものだな」


「まあ、所詮は人間だからね」


 つまらなそうに言ってやった。

 信長は格下に見られる事が酷く気に入らない性格だろう。

 安い挑発だけども、こういった気取った輩には安い挑発の方が効く。それは信長の介添神のワタ=シィから学んだ術である。恨むならユララを恨め。


 甲冑に生えている動物の毛がぞわぞわと剃りたった。怒髪天と言うところか。


「これ以上言葉は要らんよなあ、魔王!」


「戦場では力で語り合うものなんでしょ。じゃ、始めようか」


 ゴプッと俺の半身が溶ける。半身はドロドロと液状化して、俺の体積を超えた範囲に広がり、死屍累々の死体の下に広がっていく。


 液体の広がりは信長の前で止まる。


「魔王を倒したいならば、眷属を屠って、ここまで来なよ」


 殺した死体の血肉を触媒にして、反魔告天道ロストインパラダイスを発動する。

 幸いここは多くの者の死地、触媒には困らない。


 液状化した俺の中に人間の血肉が飲み込まれて行き、液体の中から肉を貪り食う音、血を啜る音、骨を噛み砕く音が、そこら中で鳴り響く。

 さっきまで俺を囲んで雄叫びを上げていた王国軍に日出軍にギルド商会員にルドウィン教会に魔術教会に天畔教の奴らは恐怖が顔面に張り付いて言葉を、音を発せていなかった。

 生存本能さえも抵抗しなかった。ただ見届ける形になった。


 食事を終え受肉した眷属達は、崖から這い上がってくるように俺の中から出てきた。

 肉体に欠けている部分はあるが、眷属達は魔遺物という柵から解き放たれた魔族であった。


 魂は。魔遺物の中にあった魂は戦いの前に俺が送った。

 これは俺のエゴであり、俺だけの闘いなのだ。こいつらは関係ない。

 だが俺の中に残った魂の残滓だけは使わせてもらう。


 この眷属達は生きていた頃、死の間際に起きた行動を電気信号のように捉えて、それだけの為に行動する。

 どれもが勇者に凄惨に殺された魔族。欲するは命。我武者羅に対面する相手の命を欲する。


「ありえん!ありえん!ありえん!」


 天畔教の司教服を着ているダントが顔を青ざめさせて叫んでいる。


「う、うわあああああああ」


 周りの群衆から悲鳴が上がる。それは次第に大きくなり、波のように広がっていく。病のように伝播していく。

 まるで奏でている。地獄の有様を。


 眷属達は周りの人間達の命を奪っていく。

 腕を掴み首から肩を噛みちぎる狼人族。

 肉を引き裂いて臓物を浴びる猫人族。

 獲物を尻尾で捕らえてから火炎袋に溜まった炎で生きながら焼き尽くす竜人族。

 脳天を串刺しにする蠍族。

 毒素を注入して肉体であったものに変える蛇族。

 鋭利な羽で肉体を捌く鳥人族。

 肉塊を作り上げる巨人族。


 恐怖に縛り上げられている人間共は抵抗虚しく死んでいく。

 そんなものか?そうやって抵抗もせずに、怯え竦み泣き喚きながら死ぬのが人間か?


 俺の知っている人間は。


 信長の前にも現れた俺の眷属の狼人が牙を剥き出しにして噛みつこうとした。

 しかし、信長に一刀両断され、牙は届く事なく、上半身は崩れ落ちる。


「かっかっかっか」


 信長は笑っていた。その渇いた笑いは、地獄のワルツの間の中に自然に入ってきた。


「いいな。生を感じるぞ」


 ブンと、刀を払って血を払う。その行動で隣で襲われていたギルド員諸共切り捨てた。


 これが人間だ。


 畏怖せずして、笑って立ち向かってくる。一本ネジが飛んでいる。


 それでこそ人間だ。


 それが人間だ。


「堪能しなよ。始まったばかりだ」


 殺した人間を更に触媒にして次々と眷属を作り上げる。

 眷属が前へ前へと行軍していけば、その都度液状化した俺の身体を広げていく。

 俺という魔王神の下に復活した魔族で地獄を作り上げていく。


「怯むな!所詮は魔族!我ら魔術師の前で……は……」


 魔術教会を率いているハクザは怖気付いた仲間を鼓舞していた。

 その鼓舞さえも止まる特別に強いのを目の前に送り込んでおいた。


「貴様、そこまで堕ちたか。そこまで堕ちれたか!」


 何か吠えているけど進化を辞めた者には興味はない。

 俺が相手するまでもない。だからシンクロウを送り込んでおいた。


「自分の神官を喰ったのか!そこまでして!そうまでして、この世の王の座が欲しいのか!」


 ハクザはどうやらゲームの事を知っているようだが、興味すらない。

 シンクロウにはトゥナイトも持たせてあるから十分な働きをしてくれるだろう。ハクザ程度ならば殺せる。


 俺が会話する事なく横目でハクザを見ると、歯を食いしばって、怒りの感情を表に出していた。


 何も感じない。ただ吠えている動物がいる程度。羽虫でもいい。少しばかり鬱陶しいだけ。


 視線を信長へと戻すと、爆発音が聞こえた。


「悪魔が!悪魔が!悪魔が!!!私が!人間が貴様を殺す!」


 魔術師如きが鬱陶しいな。


「壇上まで上がってきなよ。そうしたら話くらいは聞いてあげるよ」


 憤慨の爆発が発生するも、視線は既に信長であった。


 信長は雄叫びを上げながら眷属達をなぎ倒し俺へと向かってきている。

 魔術も使えない、ただ己の武力とワタ=シィや他の人間から奪ったスキルを駆使して前進してくる。やはり駒としては申し分ない男だ。



   _________________________________________________________




「な、なんですか、コレ」


 イリヤは眼前に広がる地獄のような有様を目の当たりにして言葉をなくしそうになる。


 リヴェンが帰ってきた。帰還に喜びの感情を出せていたのは一瞬たった。

 遠目からでも明らかに以前の飄々とした剽軽なリヴェンとは違い、まるで得体の知らない別人がその場にいると感じた。


「反魔告天道………」


「バンキッシュさん、知っているんですか!」


「え、ええ、リヴェンさんが教えてくださいました。

 あれは自分が食べた魔遺物の魂に肉体を宿す禁術ですと」


「肉体って、そんなのどうやって」


「恐らくは、戦場にある肉体かと」


「っ!そんなのって!………リヴェンさんらしくないです………」


「そうですね。出会った時とは大違いです。

 ですが、目の当たりにしている現状が、リヴェンさんが選んだ選択です」


「イ、イリヤちゃん、リヴェン様はきっと私達のことを思ってしてくださってるのですわよ」


 でなければ整合性が取れない。ミストルティアナだけではなく、この場にいる全員そう思っていた。


「確かめる。それは無しですよ。私達はイリヤさんの安全を確証していなければ、彼に合わせる顔がないのですよ」


 今にも動き出しそうなイリヤをガストは止めた。ガストの意見に同意するようにパミュラも頷く。


 あの時カイとの約束がガストを動かしていた。


「私はまた、見守ることしかできないんですか………」


「いいえ、イリヤさん。貴方が最後の砦なのです。

 あそこにいる味方の全員が負ければ、どの勢力にも対抗できるのは貴方だけなんです。

 皆、貴方に命を預けています。それを無下にしろと、ガラルドさんから教わったんですか?」


 狡く、亡きガラルドの名前を出してでもイリヤをここに縛る為にバンキッシュは現実を突きつける。


 キュプレイナも、アッシュも、ギュレイズも、誰も彼もが勇者の子孫であり、王女であるイリヤを最終兵器として、そして理の守護者としてここに置いている。


 絶幸運の持ち主のイリヤだからこそ安心して死地に赴けるのだ。


 イリヤも重々理解していた。

 だけどリヴェンが現れて敵であった勢力を相手取るのは分かるのだが、仲間のはずの連合軍までもを手に掛けているせいでこの場を離れたくて堪らなかった。


「私だって」


 分かっている。

 言葉にするのは簡単なはずなのに言葉にすることができなかった。

 ここに来てイリヤは葛藤を始めていた。


 魔族を取り戻す為に戦っているはずのリヴェン。

 世界を再び手中に納めんとする織田信長。

 己の信じる理念と、神の為に戦う教会の人々。

 空の彼方に浮かぶ白龍の上から演し物を観るかのように拍手を送るシークォ。


 どれもが、誰もが、何の為に、何が故に、こうなってしまったのか。


 イリヤの信じる正義はどこであったかを見失いそうになっていた。

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