187:来る
「カイ!っ!ここは…王都か」
送られたのは天畔教を制圧していた騎士団達がいる内紛の最前線、王都凱旋広場。
「キュプレイナさん!どうやってここへ!」
ちょうど指揮をしていたキュレイズが突然現れた人間達に戸惑い、見知った顔を見つけて駆け寄ってくる。ギルド員の登場によって一旦全員の戦闘の手が止まり膠着状態になった。
「カイの馬鹿が送ったのだが、月の位置から見るに深夜だな。
私達がエルゴンにいた時は昼間だったのだが…キュレイズ殿今は何日か?」
「今は八の日だが」
「二日、二日経っているのか……」
カイの使った移動スキルはカイ本人が行き来した場所で、カイ本人の脚で辿り着いた時間をかけて移動するスキル。馬車を乗り継いで三日かけて移動する距離を本気のカイなら二日で移動できた。
「状況を」
「イリヤ王女がご帰還なされて、暴徒鎮圧の為に私に指揮系統を一括し、ご自身は座を取り返しに行かれた」
「……分かった。私達も助太刀しよう」
エルゴンの方はカイが何とかしてくれよう。
相手が織田信長でも、不可能を可能にする男なのだから。私達がイリヤ王女を守るためにここへと送り出したのだ。
「日出軍が攻めてきたぞ!」
少し静まった戦場にそんな言葉が響いた。
そんな馬鹿な話があるかと全員が頭の一番上に湧き出た。この王都へまで攻め込むまでに、どれだけの街があり、攻め落とされないように対策をしているのか。
場を乱す作戦かどうかを見極める為にキュプレイナは高い屋根へと登って双眼鏡を除いて三百六十度見渡す。
隠者の森から一番近い壁から灯りをつけた長蛇の列が王都中心へと向かってきているのを確認した事で嘘ではないと判明する。
神獣に攻められたと同時にはいなかったからエルゴン経由ではない。
しかし隠者の森側の入り口からならエルゴンを通らなければ……。
屋根から降りてキュプレイナは考えに考えて答えを導き出す。そこへアッシュとイブレオが寄ってきた。
「隠者の森を抜けてきたのか」
「そんな馬鹿な、日出からなら南からしか入れません、あそこは魔物の巣窟ですよ」
「神獣の存在に気づいて森の魔物の殆どが逃げ出していたとしたら、どうだろうか?実際に魔窟から魔物が消えたからイブレオは調査に行っていただろう?」
「そう…ですね。それならば……質によっては来れるかもしれませんが」
「奴らは来ている。話術交渉ではなく、武力でこの国を落とす為にな。
ギルド商会としてそれは見過ごせない、ここで止めるぞ!
イブレオは逸れたギルド員をまとめてキュレイズ殿と天畔教の制圧、残ったギルド員は私とアッシュは日出軍の進軍を止める!」
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「かーっ興醒めも興醒めだったが、どうやら手に入ったようだな。
しかも都合のいいことに、王都にまで飛ばしてくれた。俺も運がいいな。なぁ貴様らもそう思わないか?」
キュプレイナ達よりも遅れて飛ばされてきた信長は、自分を見つけ次第、仲間が集まるまで後をつけて、そしてゆっくりと包囲してくる集団に向けて語りかける。
「貴様の運は当に尽きた。私達の怒りを買ったのだからな」
包囲が完了したことにより、集団の矢面に立ったのはハクザ•ウォーカーであった。
他にもキヤナ•アウトバーンにペコリソ•ラリリンも包囲に加わっていた。
「私達魔術教会は貴様らを人とはみなさない。
よって、この場で全て葬り去ることが決定した。貴様はその異教徒の首魁であり、事の元凶の一人である」
「ふむ。言いたいことは単純だな。
やるか、やられるか。生き残るか、淘汰させるかだな」
「貴様らは淘汰される側だがな!」
信長と魔術教会と天畔教にルドウィン教会にギルド商会と王国軍に日出軍がこの王都に集まった。
それはワタ=シィの策でもあった。
この王国を魔遺物にしたしめたのは理の力である。ボォクとオーレに勝つために、日々研究と勉強していたワタ=シィは何となくそうではないかと勘づいた。
だが確証を得るには一度に大量の魂が必要だった。
だからこそ王都を陥落させる時に極大魔術を使って実験しようとした。
しかしそれはリヴェン達によって阻まれた。
そして今、ワタ=シィを信奉する天畔教の大司祭であるダントが初めて起動した。
王城の玉座の間が光り輝き、その光が生者の魂を発見次第に取り込んで、魔遺物の発動を促す。
そして起動した魔遺物は更に理を強くし、強固に成るはずだった。
そうすればそれを制している天畔教が天下を治めるのは時間の問題だった。
玉座の間から漏れる光は徐々に輝きを失い、消えてしまった。
「な、何だったんだ?」
「分からんがイリヤ王女が何かをしたのだろう。あちらはあちらに任せておけばいい」
キュプレイナとアッシュはイリヤを信じて日出軍を出迎える。
「あれも貴様の策か?」
「あぁそうだ。俺たちの策だ。失敗に終わったようだがな」
ハクザと信長が軽い会話をした後にお互いに飛びがかった。
「兄様!あれは何でありましょう?」
「あれは、龍か…」
信千代と信定は行軍する上空を龍が泳いでいくのを見上げていた。
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「な、何をした!イリヤ!何をした!」
「優位に立っていた人間が狼狽する様はいつ見ても腹を抱えて笑えますね」
キュプレイナ、信長よりも遅れて王都へと到着したガストが送り込まれたのは、丁度ダントが全員に説明していた時の玉座の間の死角となる場所であった。
ガストはカイに言われた通りに運勢操作を使い、自分に精霊がつくか、つかないかを試した。
結果。運良く精霊達がガストにたどり着いた。
精霊。勇者、魔法使い、神官、錬金術師、そして戦士。その魂が揃ったことにより、理は起動する前に顕現した。
だが目の前にある理に誰も反応しなかった。
理は目に見えて、目に見えない。非実在性の存在。顕現したとしても誰の目にも映らない。
神も人も、そこは予想外だった。
そして更に予想外なことが起こった。
理はイリヤの背後に移動し、イリヤの幸運スキルを進化させた。
これにより、イリヤの幸運スキルは絶幸運となり、万物万象の運を自分に向けることができるようになった。
だがこれは存在があやふやなものしか把握していない。
「ガストさん!」
「理を起動するためのものが全て揃ったなら、理を停止させるものもここに揃った。
そして私はイリヤさんにオールインしただけです」
「な、わ、私達の理はどこに!」
「さぁ?存在なんてしていなかったんじゃないんですか?
何にせよ、貴方の目論見は破産しました。
護衛の方も使い物にならないようですし、どうしますか?自決でもしますか?」
ダントの目の前では一番最初に理の光を浴びたモモが倒れていた。
ダント自身も戦いに備えていたが、この人数差、そして計画の破産により、次計画に移行することを決断した。
煙幕を投げてから、ジェットパック型の魔遺物を起動して月明かり射す天窓を割って上空へと逃げ去った。
「ふむ、潔い逃げっぷりですね」
「ガストさん。本当はどうやったんですか?」
自分達は何もしていない、ガストが何かをしたからこそあの状況で助かったのはイリヤでも分かった。
「…理はイリヤさんの元にあるようですよ」
「えっと……ええぇ!?」
神も人も予想外だったが、精霊達にとっては予想の範疇であった。
理の贄となった魂が、理が生まれた場所に集まったことにより、理を認識し、制御することができた。
これにより、俗世で一番最初に理を手にしたのはイリヤとなった。
「モモ!」
バンキッシュが倒れたモモの生死確認をしていると、モモが目を開けた。
「お姉ちゃん?」
冷たかった瞳に宿った炎は消えて、年頃の女子のような顔つきになったモモがバンキッシュに問う。
「本当に、本当にモモなんですね」
「お姉ちゃんこそ、どうして?あれ?私は一体何を?ここは、どこ?うぅっ頭が……痛い」
「軽い治癒魔術なら僕が使えます」
モンドが気の抜けたモモを信用して、リヴェンの為に必死で習得した治癒魔術をかけた。
「イリヤちゃん。宣言をして内紛をお止めになってくださいまし」
「そ、そうでしたね!えぇっと、このモニターのスピーカーを使いましょう!」
理が自分の元にある事を現実的に実感していなくても、ここでガストが冗談を言うはずもないので、とりあえず納得してからイリヤがモニターを出力している魔遺物を弄り、いざ内紛を止めようとした瞬間だった。
王都にいる全員が反射的に上空を見上げた。
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「何んだ!この異様な気は。何かが来る!」
ハクザは悪意ある異常な魔力を敵と捉えて上を向く。
「この魔力の感じ、まさか……」
キュプレイナは親しみと恐怖を感じながら、日出軍と戦っている最中に空を見た。
「やはり来てしまうのか……」
信定は落胆と称賛の合間の感情で、また辿り着かない凱旋広場の上を見上げた。
「くそくそ!私たちの計画はまだある!まだあるのだ!まだ奴は来て…いな……い」
ダントは上空からの類似魔力反応を感知して絶望して、空を見ることをしなかった。
「やっとご登場だよ」
シークォは呆れながらも白龍よりも更に上空を見上げる。
「来よる!来よる!来よるぞ!」
信長は期待の目で好敵手が降りてくるのを白い歯見せて天を見上げながら待っていた。
「帰って、来ます!」
イリヤはモニターの視点を上空へ向けて、期待と喜びを込めて言った。
遥か上空。この世界の成層圏と言える位置から、巨大な魔力を帯びた者が一人、落下してきた。
その人物はメラディシアン王国の王都の内紛状態となっている凱旋広場の中心に降り立った。
混沌とした広場に混沌が降り立った瞬間であった。
ある者はその者の気に触れ、雄叫びを上げた。
ある者はその者の気に触れ、悲鳴を上げた。
ある者はその者の気に触れ、生きる意味を失った。
ある者ははその者の気に触れ、無意識にこう口にした。
「魔王だ」
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