184:怨
ジャバウォックは千年戒律の中に封印されていた。
そもそもこの世界のものではない存在であり、ボォクが違う世界から玩具として持ってきた小さな蛇がこの世界の魔力に当てられて変異し、伝説と呼ばれるまで成長した。ボォクはその事を知る由もない。
ジャバウォックはボォクの事を憎み、ボォクの信仰で溢れた世界を破壊しようと試みた。
だがそこにまた、どこからかこの世界に侵入した戒律という物を使用する人物によって封印された。
解き放たれた今、ジャバウォックは封印前と同じ感情を抱いていた。
ただこの世界を破壊する。
そうすることにオーレは微塵も興味はなかった。
ボォクとワタ=シィに勝利し、その先の未来、ジャバウォックに人々が滅ぼされようが、それはそれで普遍的な出来事なので、どうでもいいのだ。
世界の普遍が自分への力なのだから。信仰心は人だけから生まれるわけではないのだから。
黄色い瞳に映る世界は怨嗟で赤く燃え、そこに蠢く者達はただの路傍の虫。
何をしようが、何をなそうが、ジャバウォックの変異した鱗は傷つかない。
潰し、潰し、潰す。ジャバウォックが通った先には瓦礫しか残らない。
誰も進行を止められない。
だから伝説。
だが、伝説を撃ち破る規格外の人間が一人。
ジャバウォックの鱗を傷つけ、打撃を通し、斬撃を通す。精神的な痛みは千年にわたって受けてきたが、肉体的な痛みは千年ぶりに受けた。
怨嗟に満ちた世界に痛みが広がる。
ちょこまかと逃げ回ることはせずに、傲岸不遜にも立ち向かってくる。まるでジャバウォックを討伐するのが当たり前のように。
視界が無くなる。そんなもの元から無いものだ。
器官で相手を見つけるのが主だ。変異したせいで視覚に頼っていた。これが本来の蛇なのだ。
痛みが激しくなる。胴体のどの部分も痛みと熱さしかない。
次第に身体は冷えてきて、派手に動かしていた身体が動かなくなってくる。
頭部が地面に叩きつけられ、何も考えられなくなってくる。
怨嗟。怒り。痛み。この世を怨みながらジャバウォックは意識を天に委ねた。
「きさんらぁ!」
巨大な槌が耳を劈く怒号と共に飛んでくる。信長とカイは軽々と避けてみせた。
槌は地面にめり込んで刺さる。
投擲したのはジャバウォックよりも前方にいたドルツァーリだった。
ドルツァーリの肉体は全盛期よりは劣るが、当時のどの精鋭部隊の巨人よりも頭ひとつ抜けて、目を見張るような肉体を取り戻していた。
ドルツァーリは地を揺らしながら駆けてくる。
手を伸ばすと、槌が呼応しておのずからドルツァーリの手へと飛んでいき収まる。
ドルツァーリの持つスキル撞着動地は巨大な槌を作り出し、その槌は使用者の意思のままに投げたとしても手元に戻ってくる。
この槌はスキルとドルツァーリの魔力で作られており、耐久面はドルツァーリの身体同様かなりのものである。
槌を信長に向かって叩き落とす。
普通なら潰れるのだろうが、信長は傷物語で強化された腕で止めてみせた。
この程度で潰れる矮小な存在だとはドルツァーリもリーチファルトと出会ってからは思っていない。
信長の眼力を使用して、自分の眼から放つ衝撃波のようなもので攻撃する。
眼力はドルツァーリの顔面に当たったが顎が少し上がるだけの衝撃を与えただけであった。
互いに小手調、戦士同士の挨拶。
槌を押し込む力を入れると信長の足首までが地面にまでめり込む。
信長はニタリと笑った。
ドルツァーリはその顔に既視感を覚えたが潰すことを念頭において、更に力を込める。
ぐしゃりと潰れた。しかし手応えがないのは槌から伝わる感触で理解していた。
目で追うのでは無く、魔力と気配で信長を追う。
信長は毒主婦で分身を作り出して、影大臣で槌の影に潜り移動していた。
影のなかから出る際に未確認信仰中を使って得意でも何でも無い風魔術を暴風のように発動させて、ドルツァーリの顔面まで飛び上がる。
お互いに存在を感知している。
だから既に信長の目の前にはドルツァーリのスキル戦人で強化された拳が待ち構えており、信長は反動物質を作り出す反動を使って初めて自分の刀を抜いて拳にぶつける。
巨大な拳と刀匠が打った刀がぶつかったのにも関わらず甲高い金属音が鳴る。
ただの刀ではない。
スキルで助長されているとはいえ、皺と筋肉と筋張ったドルツァーリの拳に斬り込みが入る。
信長が日出を統治していた時に、ワタ=シィを介して鉋切長光に似せて作らせた天下一品物の刀。神の力が備わっており、聖遺物となっている。
「図体がでかいだけじゃなさそうだな!」
「きさんも、矮小なだけやなさげやの!」
本気なんて出していないが、どちらも首を取る一撃。命を取る一撃で攻撃している。
「俺は本気だけどな」
ジャバウォックを弔う作業をしていて遅れたカイは、どちらも殺す為に存在さえも抹消する為に、写暦福慧眼を使って新たに遺物を作り出した。
写歴福慧眼は精霊、勇者の力を分け与えてもらう事で聖遺物を複製する事ができる。
カイの手には勇者グランベルが使用していた聖剣が握られ、二人へと向けて振りかざしていた。
「俺流!グランべライザー!」
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