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180:ワタシを連れて行って

 黒い雲は晴れ、雨は止み、空には勝利を祝うかの如く虹が幾つもかかる。

 足場は辛うじて残っており、俺は二本足で立ち、ワタ=シィは下半身を欠損させながら鯨の死骸の腹の上横たわっていた。


「あー負けた負けた」


 近づくと天を仰ぎながらそう潔く認めた。


「これは返してもらうよ」


 ワタ=シィが捨てていたボォクの身体は偽物だったので、本物のボォクの身体を胸の谷間から抜き取る。


「やーん。エッチだ」


「随分と元気だね」


「……これでももう目は霞んできているし、耳も遠くなってきているよ」


 死ぬ前の空元気というわけか。

 戦っている最中に疑問があったので天に召される前に訊いておこう。今ならすんなり答えてくれるかもしれないしな。


「君は天神であった。魔力もそれなりにあり、スキルも使えたはずだ。

 だが魔遺物に頼り、戒律神として俺と対峙した。――天神の力はどこにやった?」


 段々と白くなっていく片目が細くなる。

 血色が良かった唇が紫に変わっていく中、あの時のような三日月のような笑顔になる。


「奪われちゃった」


 奪われた。

 あげたとかではなく、奪われたと言ったか。

 誰に?明白だろう。駒である者にだ。

 他のオーレや、シークォではない。ルール違反を犯してまでも天神の力は必要ないだろうからな。


 天神の力はワタ=シィの駒である男に継承されたか。


「ワタシはワタシの我を通した。

 ボォクを勝利させないために、手を尽くした。

 これで悔いなく……悔いはあるかも。ねぇリヴェン、ワタシを食べて、それでワタシも連れて行って。ワタシもリヴェンの中にいたいな」


 このまま死ねばワタ=シィも魔遺物になる。それを糧として連れて行けと……。


 もう片方の目も白くなっていくのを見下しながら返答する。


「あいにく俺の中は魔族専用でね。だから君の席はないよ」


 そう言うとワタ=シィは今まで見せたことのなかった付き物が落ちたような優しい顔で笑った。


「フられちゃった」


 その言葉を最後にワタ=シィの目から光が消え、微かに動いていた身体も動かなくなり、生命活動を停止した。


 直後に死体が発光して魔遺物へと変化した。


「ぬふふ、いやーワタ=シィの奴いい気味じゃの!

 げぇむ開始前に退場とは三神の風上にもおけんやつじゃ!

 これで余らの勝ちは濃厚になってきたの!……と、言いたいところじゃが一人かけてもうたの」


 ワタ=シィの戒律と俺の魔王神の一撃の余波はどうやら相当な被害を作っていたようだった。


 ボォクは魔遺物となったワタ=シィを拾った後に己がいた背後を見た。

 背後ではアマネが呆然と腰を落としていながら、倒れているシンクロウを見ていた。


 ワタ=シィのことはボォクに任せて俺はシンクロウへと近寄る。


 息は一応あるが翼は使い物にならないほどに無くなり、背中の肉が見えて、身体には船の残骸や骨が突き刺さっていた。一見するだけでこれはもう長くないと素人目にもわかるだろう。だがしかし、治すのは簡単だ。


「リヴェンさん、シンクロウさんが私とボォク様を庇って………早く治してあげてください。ほらちょちょいのちょーいって」


 アマネがそう言うも俺は治す動作をしない。ただ見ているだけ。


「え?何を突っ立っているんですか?

 早く治さないと死んじゃいますよ?

 あ、忘れちゃったんですか?こうやって手を持っていってー」


 俺の腕をアマネは引っ張ろうとするのをシンクロウが腕を掴んで止めた。


「駄目……です……。これで……いいん…です」


 臓器をやられているので血を吐きながらもシンクロウはアマネを諭す。

 しかしアマネが納得するわけもない。


「いやいや意味わかりませんから怪我したら治すでしょう?

 そうしなきゃ死ぬんですよ……え?まさか」


 魔遺物関連になると通常時より頭の回転が良くなるのはアマネの利点だ。


「シンクロウはここで死ぬ」


 それが決定されていた未来。この確定した未来は本人にも伝えてあり了承済みだ。


「シンクロウさんが、それでいいなら私はいいのですが……」


 どうせ庇ってもらって自分のせいで人が死ぬのは寝覚が悪いから早く治せと集っていたのだ。

 だからイリヤのように食い気味に来ることはない。

 シンクロウの死をきっぱりと受け入れている。俺にとってはいいビジネスパートナーだよ。


「ゲホッゲホッ……ボォク様っ…リヴェン様……お使えできて光栄でした」


 シンクロウの黒い瞳が紳士的に微笑む。


「うむ。逝くがよい」


 いつの間にかこちらに来ていたボォクが胸を張って言った後にシンクロウは疲れたように目を閉じた。


「アマネ、シンクロウを魔遺物にしろ」


「へっ?えっと、だって、たった今」


「お願いしているんじゃない。命令している。やれ」


「は、はいぃ!」


 アマネは涙目になりながらシンクロウを魔遺物にするのに取り掛かった。少し気を向けすぎたが、気付には良かっただろう。


 シンクロウはワタ=シィと違って俺の中で眠る。安らかにとはいかないがな。


「余は気がかりなことがある」


 アマネの作業が終わるまで暇になったので、今後の展開を考えていると、ボォクが隣で腕を組みながら言う。


「珍しいね。とりあえず聞こうか」


「奴は何故余らの動向を知っておった?」


「それがわかれば苦労しない。と言いたいけど、今の戦いでワタ=シィの性格をしっかりと把握できたから答えられる。

 ワタ=シィはただ予想と努力をしただけ」


「うん?」


 ボォクは訳がわからぬとばかりに首を傾げた。


「天神は魔神や普遍神のような魔力やスキルと言った取り柄はない。

 だからそれを補うために弛まぬ努力をした。

 戒律を学び、歴史を知り、人間を扇動し、道具を発展させ、ボォクやオーレをプロファイリングして、決戦に挑んだ」


「して敗北しておるのじゃから無駄な努力ご苦労様々じゃの」


 まだ始まってもいないのに勝った気でいるボォクは高笑いする。


「俺はそこが引っかかっている。

 ワタ=シィは天神の力を奪われていた。だけどそれを胸のつっかえのように感じている様子はなかった。

 なんならそうなる事が当たり前のような言い方だったね。だから俺に負けるのは想定内な気がする」


 無駄な努力。

 神の前では努力なんて無駄だけど、神前に赴くまでの努力は必要である。

 一つ一つ所作を学び、礼を学び、神と出会っても恥ずかしくない努力。


 ワタ=シィは人間味があるからこそ、そこを怠っていなかった。


 無駄なことは一切ないはずだ。

 あの神は無駄なことは一切していない。対峙して心を掴んだからこそ言える信頼できる言葉。


「じゃて、あやつの思惑はまだ終わっておらんと言う事か?」


「あぁそうなる。おそらくは駒である男にオールインしているはずだ」


 この戦いはワタ=シィにとっては前哨戦でユララにとっては決戦だったのだろう。


「ま、余の最後の身体を保有すれば負けなしじゃろ」


 ボォクの最後の身体。


 俺の最後に持つスキル。


 反魔告天道。


 これを使うのはゲームが始まる時だ。


 その時がもう直前まで迫っていた。

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