179:海獣墓場で喧嘩して
ワタ=シィは戒律の札を構える。あれがボォクが留意せよと言っていた戒律か。
戒律。
外の世界の神が持っていた代物。分かりにくいなら外の世界の別の理だと言われた。
それがいつの間にかこの世界に落ちて、紛れ込んでいた。最初に目につけたのはワタ=シィで、当時ボォクはそんなのがあるのか程度の情報しか知らなかったが、ここ半月で戒律の事を調べてきたようで……まぁ俺が調べにいくように諭し命令したのだけども。
戒律を発動するには呪文と札が必要である。
呪文を唱えて札を空中へかざすだけ、それだけで札と呪文に対応した一から百八までの戒律が発動する。
一から百八の戒律を覚えるのは俺の頭では苦労などしなかった。
ただどの番号がなんの戒律かを理解しているだけで、呪文を把握していないし、札がどうやって作られているかを知り得ていない。だから俺やボォクは戒律が使えない。
「これで対等に闘えるよ」
人間に興味がないのは確かだ。
だが俺は現在介添神であり、駒は後ろにいるボォクなのだ。
だから俺はユララである内は本気で存在を抹消することができなかった。
その旨をヒントを与えながら相手にわからせた。自分から駒をバラすなんてゲームの興が逸れるってものだ。
「雷は我が天啓。
肉薄する帝の交わり。
燦々たる物語。
綴れや綴れ。戒律七十三番、唸れ来来豪帝」
ピシャン!と札に雷が落ちて一瞬の白光と豪雷の後に札は雷を纏った槍に変わっていた。
その槍を手に持って俺の方に向けた。
雷の速さは目で追えるものではない。
発生した瞬間に光の一線が見える程度、その時には直撃している。
槍の先から雷が発生して、俺へと直撃する。
だが俺にはダメージはない。雷の電圧さえも通さないほどの魔力球を作り出して、雷をその魔力球の糧とした。
どうやら戒律も魔力を元にしているのは変わりないらしい。
しかし吸収するのはよしておこう、体に悪そうだ。
ネロに教わるはずであった魔力球は自力で会得した。
会得したからと言ってもベリオルのように常に纏いつつ、魔法を使えたりはしていない。
魔力球を使っているときは魔力球だけしか使えない。
制約とかではなく、慣れの問題。
たった半年で魔力球を自力で作り出すのがそもそも化け物なのだから。息をするように、自分の身体のように仕上がらなかったのは俺が化け物の中でも凡だったから。
卑下はよそう。
「我が子を捧げ、ワインを一杯呑み干す。
鷹の爪を皮切りに、香具師が高笑う。
懺悔せよ、首を差し出せや。戒律三十三番、荒れよ急急如律令!」
今度は札が棒へと変化する。
ワタ=シィはその棒を空中へと蹴って一回転してから、棒を俺の方へと向けて蹴り飛ばしてきた。
なんの変哲もない棒。棍棒のようにも見える。
ふと、既視感を覚えるのは何故か、頭の中で見たことあると警告を鳴らしていのは何か。
空中にある棒が魔力球に触れた瞬間に、消し炭にならずに魔力球を貫いて俺の心臓を狙ってくる。
魔力球の濃度をあげても勢いは止まらない。これは突き抜けているんじゃないな。消し済みになりながらも、そこから再生して伸びてきている。
既視感の正体は如意棒か。
あれは伸縮自在だが、これは成長速度での伸びる速度が異常だ。
対魔力球の為の戒律か。
心臓を狙いに来てるのは分かるのでワタ=シィが蹴った場所と同じ場所を爪先で蹴り上げる。
「む」
どうやら蹴る場所が少しズレていたようで爪先でが抉り取られていた。
しかも血がドバドバと出て治らない。治りにくいとかではなく、攻撃として通用している。
やはり他の接触面は危険であったな。魔力を媒体にしているが、神の性質も含んでいるので俺に有効ってことだな。
「まだまだ行くよ。
御心は透き通る。
ケセラセラの産声。
水面の上の松毬。
遺恨が叫び、日損で首を吊る。戒律五十四番喰らえ田泥太郎」
「林檎を啜り、種が無くなれば、男が廃り、群れから旅立つ。
ネームレスの虜。
瘡蓋が癒えず、泣き上戸。戒律四十番刻めウルフェンリュート」
「新居の招き。
友の囀り。
手乗り傀儡のタップダンス。
小道具が罅割れ、仮面を剥ぎ取る。
残酷な豚のセレナーデ。戒律二十七番羽ばたけワラキアの宵闇」
戒律五十四番は人型の泥でてきた何か。
泥がファウンテンのように頭の先から流れて頭部は、目鼻耳の輪郭が、分かるくらいだ。体型はぽっちゃりとは言えないな。
四十番はガラスのように透明な狼。
体躯は二メートル程で、不気味なほどに落ち着いた様子。この世界の伝説の狼。
二十七番は黒い塊に小さな蝙蝠の羽が生えた物体。
ワラキアと言うのもあるし、蝙蝠の羽がその正体を示唆している。
他の召喚系の戒律はシークォに使われているみたいだ。
召喚したそれらが襲いかかってくる。
前例からしてこの召喚された奴らの攻撃もまた俺にとっては致命的な攻撃になるはずだ。
ウルフェンリュートが俊敏な動きで距離を詰めてくる。
それに対して魔力球を解いて何も攻撃しない。
ウルフェンリュートが大きく口を開ける。
口撃かと思ったが、透明な口の奥に人間の腕二本すっぽりと入っていて、その腕が俺の腕を掴んだ。
透明なのは表面だけでウルフェンリュートの喉の奥は暗闇が広がっている。
一説によればこの狼の口に呑まれれば出口のない闇に囚わるらしい。その後のことは知らない。
俺も身体を強く引っ張られて、その闇へと引きずり込まれそうになるが、腕が咄嗟に俺の腕を手放した。
「ぎゃん!」
ウルフェンリュートが痛みを含んだ鳴き声をあげてのたうち回る。
ガラスの身体がみるみる変色していき、銅色になり、動かなくなった。
ぬるりと首筋に生温かさを感じる。液体が滴る感覚だった。
前にいたワラキアの宵闇がいなくなっているのでそいつの体液だろう。
俺の何か、恐らく生命力とか機能不全に陥いる何かを吸い取ろうとしている。
見なくても気配が僅かにある。
その気配に向かって拳を叩き込む。
一発、二発、三発、四発。魔王の一撃の半分の力をのせて確実に顔面を砕いた。
「手癖が悪いね」
ワタ=シィが自分の足元を一瞥してから言った。
田泥太郎に向けて指で形作った銃を向ける。
「手先が器用と言って欲しいね」
極小の魔力球を指先に作り出して、それを放った。
魔力球は田泥太郎の八割方を消し去って、田泥太郎の背後の廃船や魔物の死骸さえも消し炭にして彼方に消えていった。
ウルフェンリュートをやったのはギースの毒の力。
全身から放つ毒。神の性質を持つ毒を体内に取り入れようとしたウルフェンリュートは咄嗟に離した。だが触れた時点で浸食が始まっていたので手遅れだ。
ワラキアは宵闇をやったのはガンヴァルスの四つの拳。
背中から生える腕がワラキアの宵闇を精確に捉えて、神の力を乗せた拳で顔面を破壊した。
田泥太郎をやったのはベリオルの力。
ベリオルの不死力と魔力の精度向上のおかげでベリオルの力を使っているときだけ魔力球を使える。しかも纏う以外に放つまでも補助してくれる。
これらの魔遺物を手元に持って来れたのは、使用者が目視した状態で対象者が所有権を放棄した魔遺物を手元に引き寄せる魔遺物をアマネに作らせていたから。
その力で最初の戒律の呪文を唱えている時に引き寄せおいた。
あとは食べるのは掌に口とか作ればいいだけ。身体のどこかに引っ付けば魔遺物を食べられ、それが消化器官へといくように身体を弄った。
こいつを使うのは癪だが、ワタ=シィにこれ以上邪魔をされるよりかは合理的だ。
ルール外の喧嘩になったのは俺の口八丁のおかげでもあるが、起動して最初に目をつけられていたおかげもある。
信じたくないが、運命のようなものかもしれないな。
もう一人の俺を作り出す。これはシークォの魔遺物の力だ。
切り離した肉体のように一瞬だけの動作をするだけじゃなく、本体のよう振舞い続ける。
作った俺はベリオルの力を使って魔力球を作り出す。
放つ魔力球は大きくなるほど補助も効かなくなる。拳サイズの魔力球を分身体に作らせ維持させる。
当の俺は補助のおかげでまともな魔王の一撃を放てる姿勢なっていた。
「喧嘩って嫌いなんだよね」
空気が鳴く。
黒い雨が過度な魔力に反応して俺の付近を避ける。
足場の鯨の死骸が生きているかのように潮を吹く。
「そうなんだ口喧嘩とか好きそうなのにね」
魔族でいた時は喧嘩尽くしだった。
暴力的な喧嘩は殆どと言って勝てなかったので嫌な思い出もあるが、ワタ=シィの言う通り口喧嘩は負けなしだった。
ただ誰かと喧嘩するのはただただ虚しかった。
「口喧嘩は好きさ。でも暴力的な喧嘩はやっぱり好きになれない」
「なんで?」
悔しそうな顔さえもせずに、いつものようにニヤけたような表情で訪ねてくる。
「話にならないから」
わかっているはずだ。
俺とワタ=シィの力が同等ではない事を。
戒律という理から外れた代物に頼らなければ対等に戦えない。そんな人間味が強い受肉した身体では到底敵わない。
「打つよ」
せめてもの慈悲であった。同質としての慈悲である。
ワタ=シィは札を十枚取り出して大きくて両手を広げる。
「来なよ」
覚悟。そんなものは神に必要ない。
神に必要なのは信仰だけだ。信じさせ、祈らせ、崇めさせるのだ。
絶対的な信仰心。つまりは心。
神の弱点とは信仰心であり、心である。
神の心を掴んだ時点で、その勝負の勝敗は決まったも同然なのである。
「半々羽織が空に、二人羽織が海に、風の街の風土病、豊穣の屏風、人の波、魔力の反映。
戒律神ワタ=シィが命ずる。天から堕ちよ、私利私欲」
分身体が作っている魔力球に魔王の一撃を全力でぶつける。
これが神という化け物になった俺の神を屠る一撃。
「魔王神の一撃」
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