175:ズルいです
魔力を無くしながら何処吹風の中を駆ける。
「先生なら突き進んでくると思っていましたよ」
風柳、風乃噂、何処吹風は状況を作り上げる魔術である。
順に発動し、順に状況を作り上げ、そして次の魔術に繋げる。
風薊破風。
これは何処吹風の中に侵入できる人間だけに発動する術。
中にいる人間は魔力が不足しているので、それに作用する風の魔術を対象者の体の中に流し込む、風を発生させる。
その風は肺呼吸はおろかありとあらゆる呼吸法で体の内部に侵入する。そして体の内部から純粋毒である空気を混入させ壊死させていく。
唯一の対抗手段は封だが、封を使おうにも使った時点で外へと弾き出される。
ハクザが中に入った時点で外には風柳が展開されており、封を使って抜けることもできない。
ソーリャはそれすらも予想している。
ただ予想外だったのは、ハクザが皮膚さえも口と同じように閉じることができたことであった。
ハクザはソーリャの眼前まで迫る。
爆風で追い風もないのにただの身体能力だけでも、この速さ。
ソーリャはつくづく思う。これが人間でなるものか。
「風薊•雅風」
順序良くやってきた連続魔術の最後の魔術。
ただ風の玉を放つだけ。
この玉は無味無臭で透明で極々薄い魔力で浮遊している。術者も発動させたのは理解しているものの、それがどこに存在しているかを認識できない。
これはハクザも同様である。
「先生、胸に風穴開いていますよ」
痛みもなく、通過した感覚もなく、ハクザの胸にはぽっかりと子供の細腕が通りそうな穴が空いていた。
「僕の魔術風薊•雅風は超回転力を持った風の玉をを作り出し、魔力のない者へと吸い付く魔術。
先生は僕に魔力が無いとお思いでしょうが、僕の風の膜は二重になっているんですよ。
そしてその玉は五感や魔力では感知できません。
先生貴方の負けですよ。あともう少しで僕を殺せたのに残念でしたね」
「そうですね。貴方は思いやりがある人間だった。
なのに貴方はどうしてそこまで堕ちれたのか。
私は貴方が人間になれると信じていた」
「何を意味をわからないことを血を失いすぎまし…」
ソーリャが言葉によって教えたことでハクザが自分の傷を認知する。
すると身体が反応して血が噴き出すはずだった。
だがしかし、現場前にいるハクザは大凡人間の肉体と言える物を持っていなかった。
「貴方は私の領域まで辿り着けた。
互いに高め合い人間になれるはずだった。
それだけが残念でならない」
目の前にいるのは対子。
対子はさっき半分に切り裂いて消したし、そもそもこの空間は魔力あるものは入れない。
魔力がないからこそ風薊•雅風が狙いをつけて、胸に風穴を開けている。
同じ領域。
ソーリャはハクザよりも優れている点があった。
それは魔力を感知させずに魔術を使えることだ。それだけがハクザよりも長けていた。
過去形である。
魔術師は日々鍛え、日々進歩し、日々進境する。そういう生き物。
それが人間という生物。
進化を怠った時点で人間失格であった。
ハクザは魔力を血と同じように変換して、魔術とさえも判別できない魔術を作り上げることができるようになっていた。
それは魔術を愛し、魔術を信仰するハクザへと魔神から無意識の内に与えられたスキル魔解者。
魔術を会得するために直向きに努力し、己の人生を捧げ、肉体を魔術に適したものへと捧げた者に応えるスキル。
魔神への祈りもあれば更に向上するのだが、魔神への信仰心は一切なかった。
ソーリャもワタ=シィからスキル未確認信仰中のおかけで魔術師としての実力を上げたが、魔神の加護スキルを持ち、才能と経験の差が深い溝のようにあるハクザには付け焼き刃でしかなかった。
「皆と同じところには行けませんが、いつか私が貴方を迎えに行きましょう。
それが先に生き、死を与える者の定めです」
対子は自身と全く同じ人間爆弾を二つ作り出す魔術。
その対子へと爆発の合図を送る術式、刻子をようやく山頂へと登って来た本体であるハクザが発動する。
元から対子だけでソーリャと戦っていた。
本体と思わせていたのも、対子で作ったものだった。それを遠隔で険しい山を登りながら操作していた。
眼前のハクザが眩く発光する。この距離での爆発は流石に五体満足でいられないし、もう一枚の膜を防御に回したとしても、ハクザの魔力総量を考えれば防御をしても無駄だし、ここまで縛りを使い本気で戦ってきた為、余力の魔力がない。
完全に自分の負けを悟ったソーリャは鼻で大きくため息を吐く。
「やっぱり先生はズルイや」
ユクタム山頂に爆発音が響き渡った。
砂煙が山頂の風に吹かれ、爆発した場所にはただクレーターと焦げたソーリャであったどこかの部位が残されていた。
ハクザは黙ってそれらを丁寧に拾い集めてから、素手で穴を掘って、その穴の中に入れて土をかけ、小枝を力強く差し込んだ。
そして昔ソーリャから貰った指輪を小枝の上に立てかけてから、来た道を追い風と共に降りて行くのであった。
「こうなった原因は全て――あの男のせいですね」
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