174:先生は
「今、さようならと、そう言いましたか?」
老齢にも関わらず透き通るような声。
ハクザの声が風のない空間で聞こえ、ソーリャの耳にまで伝わった。
真空状態を作り出している。なのにもだ。
ハクザの声が聞こえてきて、ハクザがソーリャの言ったことを理解している。
読唇術とかできて当たり前とか言いそうだが、問題はそこじゃなく、音が伝わったところなのであった。
完全な真空状態でないと風ノ噂は発動しない。
ソーリャの周りには大気のように風の膜があり、音が聞こえたとしても、その膜の中だけである。 真空状態の中にいるハクザの声が聞こえるということは、その場所は真空状態ではないということだ。
では、なぜ?
ハクザは考える暇を与えない。
一撃で奪りにきている。
左からの対子、右からの本体、四本の腕がソーリャのどこかに狙いを定めている。
目で追っても、本体の左手だけが喉を狙っているのしかわかり得ない。
それ以外は体のどの部位かさえも掴まさせない動きと目線。
自分が完全に有利な立ち位置にいた者にとっては想定外の事態で動揺するだろう。
払拭。
ソーリャは考えを払拭する。
何故何自分が不利になったかを考えている時間は戦闘においては少ない。
魔術師同士の戦いなんて初見の一撃で決まることが多い。だから予想して対策対抗手段を多く用いておくのが常識。
ことハクザ•ウォーカーの手札が割れているとしても、卓越した技術、超越した肉体、踰越する精神。それらがアドバンテージとして立ち憚る。
だからソーリャはハクザの弱点であり、人間の欠点である部分を刺激することにした。
「大師範の元に送ってあげますよ」
激越。
感情を昂らせ、無駄な魔力を放出させる。
真空状態が不完全であるならば、相手の魔力を極限まで高まらせる方の縛りを強めればいい。
ハクザは芯を傷つけられれば激昂する。
誰もが核心である芯の部分を虚仮にされれば嫌な気持ちになるだろう。
ハクザもそうだ。それが一番人間らしい。
ソーリャは知っていた。弟子であるが故に知っていた。
だけども、ソーリャは自分自身が言った言葉を体験する。
ぬるりとハクザの手がソーリャの左手を握る。
首ではない。
怒りで我を忘れて一撃必殺を狙ってくるはずだった。魔力を高めるはずであった。
魔術師は成長するものである。
ハクザは初めての敗北を喫してから、煽られれば煽られる程に冷静になるようになった。
その内包された怒りは魔力に変換され、身体の隅々にまで運ばれて行く。なので魔力は高まるのではなく、洗礼され純粋な魔力に成り代わる。
純粋な魔力は魔族以外には毒である。
しかしハクザはその純粋な魔力を元の魔力量のまま、人間の体には無害にして置換できるのを遺伝で自動的に行っていた。
これは魔術師が魔法使いに至るために必要な生理的な現象であった。
そのことには魔法使いに至った人間は誰も気が付いていない。
掴まれていた腕が爆発する。
それと同時に対子を風柳で切り裂く。
対子は胴体が真っ二つに裂かれるも、人間ではないので上半身が顔面を覆い隠すように前のめりに、下半身は足の裏で膝を狙って来る。
左側は激痛と爆風、正面は迫る両手、狭い視界の中でソーリャは次の手を打っていた。
自分の周りに纏っている風の膜を放出する術式を発動。
この魔術は既に魔力を放出しているので術式が発動したかどうかは判別し辛い。
何処吹風。
発動した瞬間に真空状態を解除、視覚ではない空気圧の強い壁が対子とハクザを押し退ける。
ハクザはこの魔術を即座に理解する。
魔力の総量関係なく身体が押し戻される。
ソーリャを中心に風の壁が発生している。
更にはこの壁は物理的に押しのけているのではなく、魔力あるものを押しのけている。
魔術を否定するソーリャらしい魔術である。と、理解し、この魔術の弱点にも見破った。
「魔力を持つものを否定するならば貴方は今魔力を保持していませんね」
ハクザが魔力を無にして壁に突っ込んで行く。
人間には血液と共に魔力が流れている。
その魔力を無しにして行動できるのか?
答えはハクザ•ウォーカーならばできるである。
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