170:詠む
「これで終わりか?お前らのどちらかを殺せばもう少し楽しめるか?」
リェンゲルスは地に伏せているウィンの頭部を片手で持ち上げた。
皮が剥がれ、素顔である細長い蜥蜴顔。
力が漲っているリェンゲルスの掌が力を入れれば頭部粉砕は簡単なことだった。
「暗殺者は寝首かくんが主やろが、なんちゅうパワーや」
「俺は暗殺者だぞ。
出現して一撃で仕留める。
全員殺すから顔さえも覚えられない。
な、理にかなっているだろう?」
「冗談きついわ」
「こうやって話していても、もう一人は動こうともしないな。
お前ら確か兄弟なんだよな?俺には兄弟がいねぇからわかんねぇけど、どっちかが死んだら、どんだけ苦しんでくれる?」
「阿保言え、わてらは死なへん兄弟にまた会わなあかんからな」
「そうか。あの世で会えたらいいな」
リェンゲルスがウィンの頭部を握りつぶすために握力を入れた瞬間に、ウィンはスキル紅蓮刃を発動させてリェンゲルスの両腕を切り落とした。
百二十もの自己ベストを記録した数値を叩き出し、どんな鉱石よりも硬い皮膚や肉に骨までもを切り裂いてしまう。
「むぅ!」
切断された両腕が明らかにリェンゲルスの意思でウィンの頭を掴んだままで潰しにかかる。
再生力の高まりで蜥蜴の尻尾のように切られたとしても事前に起こしていた行動を起こすことができる。
そこでリェンゲルスは腐った桃を潰すと同様な感触を味わえずに、手に収まらない岩を握っているような感触を味わっていることに気がついた。
腕をくっつけて力を入れると斬られた腕は癒着し再生する。
しかして、どれだけ握力を込めてもウィンの頭を潰せなかった。
「……待……ど」
「何を言っている?」
ウィンが拳の中で何かを言っていた。握撃を続けながら耳を澄ます。
「彼方の主、狭間に消えゆ、また明日に、合間見えると、言えずに去りぬ」
「何だ?それ?詩か?」
「短歌や」
ウィンではなく、未だに立てずにいるウォンが答えた。
「わてらはラップっちゅう外の知識を取り入れてスキルに加えた。
やけどな、本来はな、短歌を詠むことで力をつけるんや。
わてには才能が無かった。
身体を動かすことと、曲を作ることだけや。
でもな、兄ちゃんは才能の塊や。詩に短歌にラップも全て人一倍、いや何倍もの才能の持ち主や。 せやからスキルの恩恵も何倍も受ける。
想い知るとええわ、わてらの一族の神童言われた、わての大好きな兄ちゃんをな!」
鼓吹は歌で身体を強化する。
その歌の出来にもよるが、ヴィーゼル兄弟の根に詰まった短歌を詠めばそれ以上のものを発揮すると言ったのが正式な鼓吹の能力。
ウィンは短歌を詠みつつ、耳の中で鳴る昨夜に作曲した音楽に乗せて詠んでいるので、通常の鼓吹の百倍、四十秒だけ使える鼓吹の十倍。
ラップバトルをしたときの三倍の強さで肉体が強化されていた。
その肉体強化はリェンゲルスの硬さを超えているのは紅蓮刃の切れ味からして一目瞭然であった。
「そうか!なら中から破壊するだけだ!」
ウィンを高く上空へと放り投げてからウィンの方へと素早く拳を突き出しす。
空気が振動して、その振動がウィンの体内にある臓器全てに襲いかかる。
「なにっ!」
ウィンは振動して空中で肉塊になるはずだったが、何故か生き残っていた。
そればかりか、まだ短歌を詠んでいる。
このままでは決定打に欠け、時間を浪費すれば相手の力が増すだけ。
本気。
一点に自分の魔力と力を集中させる。
リェンゲルスは直感的に一点集中型の魔術を使った。
これはリェンゲルスのスキルのおかげであり、事前に魔術の天才的な素養を持つものが近くにいたからでもある。
「死に晒せ!」
洗礼された魔力の塊をウィンへと向かって飛ばす。
ようやくウィンは瞑っていた目を開ける。
ウィンの持つ紅蓮刃はボォクの力で根底に眠っていたものを引き出した。
そのおかけで鼓吹、鼓舞の効果量がかなり引き上げられて、どちらのスキルも紅蓮刃に上乗せされる。
ヴィーゼル兄弟の紅蓮刃はリヴェンが使う紅蓮刃とは少し違い、切った部分から炎が出る。
リェンゲルスに対しては肉眼では火は見えなかったが、細胞は炎症を起こし続けていた。
だから一点集中型の魔術も、百二十の最大威力とは言えなかった。
ウィンは空気を蹴って一点集中型の魔術に突っ込み、紅蓮刃で切り裂いてしまう。
そしてその勢いのまま、リェンゲルスを縦に一刀両断した。
「へっ、こんな程度再生するぜ」
「せやろか?」
「……何でだ?」
斬られた部分は炎症を起こしている。
先程の紅蓮刃よりもスキル効果が乗った攻撃なので炎症を治すために再生力がそちらに力を割いて、体をくっつけられないのであった。
「がっ――やる…じゃ……ねぇか」
体を真っ二つにされたリェンゲルスは血溜まりを作って倒れた。
評価にブックマークありがとうございます!
生きる糧とやる気になって続けられています!
お手間でしょうが、感想もお待ちしております!




