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166:確定する未来

「イリヤは寝た?」


 俺が勝手に自室にした部屋で今後の展開を想像していると、自室の前にバンキッシュの気配が現れたのでノックされる前に扉を開けてそう訊ねた。


 バンキッシュは目を見開いて驚いていたが、直ぐに元の調子に戻って答えた。


「心身ともにお疲れでしたので就寝いたしましたよ」


 バンキッシュのことを姉の様に慕い、家族同様に敬愛してならないイリヤ。

 家族を家族に殺されて身を引き裂かれたような痛みを感じているだろうイリヤを癒せるのは同じ属性を持つ者でありバンキッシュだ。

 なのでバンキッシュはイリヤを寝かしつけてくれていた。


「大変な役目を任せてすまないね」


「いえ、私はイリヤさんの事が大切ですし、私がしたいからただの自己満足です」


「俺にはできないからね」


「できますよ。イリヤさんはリヴェンさんの事がとっても大好きなのですから」


「それは、どうもありがたいことだね。立ち話も何だし入りなよ」


 バンキッシュを招き入れて今自分の中の流行りの紅茶を出す。


 イリヤを寝かしつけました。との報告は正直な話必要ない。

 そもそも寝たとしても朝まで側にいてやるのが道理である。現在のイリヤに消失を味合わせてはいけないのだ。


 そのことを分かっているバンキッシュが、抜け出てでも俺の元にやってくる理由は一つだろう。


「何か嫌な夢でも見たのかな?」


 のらりくらり雑談をしても良かったが、単刀直入に本題へと入る。


「……流石はリヴェンさん……お見通しなのですね」


 イリヤを寝かしつけている最中に自分も少しだけ眠ってしまった。

 そして未来予見が発動した。そんなところだろう。


「未来予見に関してリヴェンさんに教えていない事があります。

 ……未来予見は見た未来を対象人物に教えた場合にのみ確定した未来になります。

 私は未来を見ました。イリヤさんが見るはずの未来を……」


 バンキッシュは俺と目を合わせる。ずっと合わせていたが真に迫る様であった。


「どこにも……行かないでください」


 辛そうに、泣きそうに、崩れ落ちそうな声で、喉を締めながら、精一杯掠り出た声だった。


 あの殆ど感情を表に出さないバンキッシュが、イリヤのように悲嘆に暮れる表情で俺にそう言ったのだ。


 だから未来予見の内容が俺にとっても、バンキッシュにとっても悲惨なものなのだろうと予想できた。


 最悪な事柄が頭の中に流れ込んでくる。


 脳がそれを処理した後に俺は一度湯気の立つ紅茶に視線を移して、水面に映る自身の顔を確認した。


 魔族の時と何ら変哲のない自分。

 ただ中身はもう機械仕掛けの人形で、人々からは化物だと言われる。


 心はまだ人間だろうか?温かい血が通った、温もりのある手を持った人間だろうか?


 人を殺し、廃人にし、家族を奪い、命を奪い、居場所を奪った。

 振り返れば血だらけの道がある。

 同族の血、家族の血、人間の血。血溜まりの中に俺はいる。


 もう戻れないのだ。


 イリヤ達と家族ごっこや、ギルドごっこをしていられないのだ。


 俺はバンキッシュが見た未来を作り上げなければならない。


 そう未来が確定した。


 俺が好奇心でバンキッシュの頭の中を覗いてしまったせいで、だ。


 あの猫は笑っている。

 今も楽しそうに下等な生命を踏み潰して闘争を煽ってオーレと共に笑っている。


 ワタ=シィも笑っている。

 人間がもがく様を見られるから、陰のフィクサーを気取って暗殺ギルド長と共に高らかに笑っている。


 水面に映った俺は笑っていた。


「……肉を媒介にして眷属を作り出す、反魔告天道だよ」


「……え?」


「バンキッシュ、君が見たスキルの名前だ」


「っ!……どうして!どうやって!」


 俺の胸ぐらに掴みかからんとの勢いで立ち上がった。


「俺には人の記憶を見るスキルが追加されているんだ。申し訳ないがそれで見た。

 だから、どうか、自分を責めないでくれ、これは俺が勝手にやらかした事だ」


 バンキッシュは俺をここから行かせまいと袖を掴もうとする。

 俺はその手を振り払ってからバンキッシュを抱きしめた。


 バンキッシュからは人の温もりが伝わってきた。

 だがバンキッシュは俺の温もりは感じられないだろう。

 俺の身体は急速に体温を失い始めて、自分でもわかる程に冷え切っている。


 バンキッシュも理解して頬から涙を流す。


「そんな……まだ…何か別の未来を……」


「君が未来予見の抜け道を知っているなら、もう提言しているだろう?

 いいんだよ、俺は最終的にはああなる予定だったってだけさ」


 耳元で言ってからバンキッシュから離れようとするも、力強く抱き返して俺を行かせまいとする。


「貴方とイリヤさんを先に逝かせはしません。

 そういう約束でしたでしょう」


 バンキッシュが魔族になった時に引き留めた言葉だった。


「ごめんね。俺が持てる約束は一つまでなんだよ」


 冷たい手でバンキッシュの両の頬を手で触れて、眠気を促すスキルで優しくバンキッシュの意識を奪う。

 カクリと力が抜けたバンキッシュを抱えて自室を出る。


 自室を出てイリヤの寝ている部屋に行く途中にミストルティアナに出会った。


「リヴェン様!ど、どうされたのですか!バンキッシュさんが何か悪い物にでもお当りになりまして!」


「まぁ…そんなところ。ミストルティアナ、ちょっと、こっちに来て」


「な、何でしょう?」


 優しい笑顔でミストルティアナを呼ぶと訝しげに近づいてきた。


「もっと近く」


「ひゃわわ、これ以上近くは接吻の距離ですことよ!」


「そうだよ」


 ミストルティアナに半ば強引に不意打ちなキスをする。

 ずっと欲しがっていたし、こうすることで事態は収縮する。


「きゅう」


 と言って顔を真っ赤にしてミストルティアナはその場に倒れてしまった。

 今度はミストルティアナをおぶる。


 ミストルティアナをミストルティアナの自室へ戻した後に、バンキッシュをイリヤの寝ているベッドに寝かせる。


 イリヤは頬に涙の跡を作りながら寝息を立てていた。


 その跡を指で優しく拭ってやり、額にキスをした。


「イリヤ、君は君の道を行け。俺は俺の道を行くよ」


 それから俺はツィグバーツカ家を後にした。

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