150:工場
コツタリアは煉瓦造りの建造物が多く、どの建物にも防犯目的として魔遺物が取り付けられている。
近くまで日出軍が来ていることもあって、街は騒々しく、慌ただしかった。
そんな中でもレストランは開いていて、展望席でも人はご飯を食べていた。
観光に行けばそこのご当地食を食べるのが趣味だが、今はそんなことをしている場合ではない。
「ねえ、そこの人」
展望席の一番手前にいた男性に尋ねると、呼び掛けられたのが自分だと理解したのか食べる手を止めて、こちらを向いた。
「魔遺物作ってる工場ってどこかな?観光しに来たんだけどー」
「あー観光客か、残念だけど今は工場区画は出入り禁止だ。
区画に入れば殺されるから気を付けろよ」
「えー、それは危ないところだね。
どこがその区画か教えてくれる?観光ガイドブックも買うお金がないんだよ」
「んー……そうだな。じゃあ俺が連れて行ってやるよ」
男性は展望席から飛び降りて俺の前に着地した。
黒髪でぴょんと頭の先に寝癖が跳ねている男。爽やかでもなきゃ、陰湿でもない。特徴はそのアホ毛と、ただ清潔感があるだけ。――なのにこの男は警戒しろと、俺の経験が告げている。
最大の理由は。
「連れて行く?案内してくれるってこと?」
「そうだぜ。俺も工場区画に用があるからな」
「危険なんじゃ?」
「あー……俺のセンサーが反応してるからな!なんかお前を放って置けないんだよ。
いや、言い方がおかしいかもしれない。お前を放って置いたら駄目な気がする。
おう、これが正しいな」
「ふーん。まあ案内してくれるなら、それでいいよ。行こう、一早く工場が見たいんだ」
個性的な人間に声をかけてしまったが、利用してから捨てればいい。
信久達がこの首都に辿り着くまでは時間がかかるはず。それまでに魔遺物をゴッソリと頂く。狡いと言われようが取り分が無ければいけない。
「急いでるんなら走るか」
軽い身のこなしで屋根の上に乗った。
馬車や人がいる道を走るのではなく屋根の上を走る。成る程ね、考え方は同じのようだ。
俺も男の後ろをついて行く。
「お?やっぱついて来れるんだな」
「まあこれくらいなら誰だってできるよね」
「確かにな」
屋根から屋根へと飛び移りながら会話をする。
下にいる人達は影ができから上を見上げたりをするも、俺達はすでに通り過ぎている。この男、見つからないことも考慮しているのか。
男に案内してもらってバリケードが立ち並び、立ち入り厳禁と書かれた住宅街へと来た。
工場のようなものは見えない。
「ここがその区画だな。ほら見ろ、あそこの家の中に兵士がいるだろう?」
指差す民家の中には外を警戒するように兵士がいた。
「工場は見当たらないけど」
「工場は地下にあるんだよ。あそこから入る」
「ふぅん。じゃあここまでだね」
「あ、おい」
俺が移動する瞬間に肩を掴まれた。
おかげで男も一緒に入り口まで移動してしまった。
入り口の前には警備兵がいて、突然現れた二人の男に声をあげようとしたが、目にも止まらぬ速さで首元へと触れると、その場に倒れた。
「何をしたんだ?」
「入り口前に移動して、麻酔針を打っただけ、君はもう帰っていいよ。殺されちゃうよ?」
「何言ってんだ?俺も用があるからって言っただろう?着いて行くに決まっているだろう」
当たり前のように男は言う。
倒れた物音を聞いたのか男の後ろからもう一人兵士が現れるが男の魔遺物が起動し、兵士の眉間を素早く触れて気絶させてしまう。
ん?魔遺物を起動するときに何も魔力を感じなかったが……。
「えーっと証明書と指と眼球っと」
男は堕ちた兵士の首根っこを持って入り口の認証魔遺物へとくっつける。
ブーっと否定的な音が鳴って遺物に認証不可と出て、困ったように頭をかく。
「警戒レベル三か。こりゃ将校を探さないと入れないな。しゃーない」
俺は扉を蹴破ってしまう。
将校なんて探している暇はない。扉は蹴破るものだ。
蹴破ると中にあった防犯魔遺物の銃口がこちらを向く。
俺を不法侵入として見つめているが、魔力吸収をすると直ぐにその首が下がる。
ついでに後ろの男にもしてやった。
「お前スゲェな、俺がやろうとした事を考えも無しにできるんだな」
しかし男はピンピンと立っていた。やっぱり只者じゃないな。
まぁ邪魔して来ないなら事を構える必要もない。が、ここで撒いておけば邪魔にもならない。
煙玉と閃光炸裂玉を持って下へと投げつける。視界を遮る煙と眩い光が足元から発生した瞬間に駆ける。
鉄条網のような地面を踏んで、鉄の壁を蹴って曲がり、階段を一段も踏まずに飛び降りる。
感じる。ひしひしと。
この下に行けば求めているものに出会える。
求めているものを得ることができる。
魔遺物を無効化して、研究者には麻酔針を打って、兵士は全て気絶させる。
階下へ、階下へと駆け下りて行く。
そして辿り着いた。
薄暗く、頼りになる光は整列するかのように並べられた培養カプセルから漏れる蛍光色だけの場所。
培養カプセルの中は気泡だらけで中を覗くことはできない。
培養カプセルの下には猫族と書かれていた。
あぁ、やはり、こういった風な状態なのか。
頭ではしっかりとイメージしていた。イメージしていたからこそ、現実の有様は酷く冷たく、イメージ通りすぎた。
「いやー、いつ見てもこれは慣れねぇよな」
さっきの男の声。あの速さで移動しても撒けないか。
倒した兵士を進行方向とは違う方へと放り投げて撹乱もしたのだけどな。
「君はこれをどう思う?」
「非人道的。っていって欲しいのか?」
「単純に君の意見が聞きたいだけ」
「ん。だったら忌憚ない意見を言う。感謝している」
「……感謝」
「そう感謝。
魔族達は身を持って俺達人間に技術と力を与えてくれた。
それが人間の欲から始まったとしても、俺はその後に生まれ、こうやって力の恩恵を受けながら共に生きてきた。
だから、これからも、これまでも、感謝している」
感謝か。
これがオーレが創った理で、それを利用して勇者が開発して、この世の普遍になった。
罪は当時の人間にあり、罰を与えるのも当時の人間。
だが世間一般が、虐げられた魔族がそれを受け入れるか?
置き換えて考えて仕方がないと割り切れるか?
俺は無理だ。
このカプセルの中に自分の大切な者が入っていると想像するだけで憎悪が湧いてくる。
やはり人間はツケを払わなければいけない。
「まあこれはすべての生命に思っている事だけどな。んで?どうするんだ?」
「君はこれを魔遺物にする方法が分かるかい?」
「あー……分かるには分かるな……やれってか?」
俺は目で指示する。
「……いいぜ。その方が楽しそうだ」
そう言うと男は培養カプセルとは反対側へと歩いて行き、壁にある基板の蓋をこじ開けてから、基板に指を突っ込んだ。
電気が走り、蛍光色が明滅する。
培養液の気泡が激しくなり、中は気泡だらけになり、上の方から液体が蒸発している。
液体は音を立てて無くなっていき、培養カプセル等の中に残されたのは小さな魔遺物だけになった。
「ほらよ。おあがりよ」
指を引っこ抜いてから男は言う。
「なんだ、俺のことを知っているんだ。
そんな君も立場上ここにいていいの?捕まるよ?」
「お前も俺をこと知ってんじゃねぇか。捕まらなきゃいい話だ」
知っていたわけではない。
俺が魔遺物を食べると知っているのは数少ない。
それにこの横暴な行いはワワから感じた組織の厄介者の気配。
この男はメラディシアンギルド副支部長のカイ•マンダイン•フェルナンデス•ゴフェルアーキマンだ。
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