149:バルディリス連邦
人は、どうしてここまで愚かになれるのだろう?
手に石を持ち、木を待ち、それを意思と気持ちで体現する。
古来から闘争本能と逃走本能を備え持つ愚かな人間。
これまでも、これからも、そうである人間。
今も正に、正当な理由をつけて行軍し、蹂躙し、占拠しようとしている。
俺は背中の肩甲骨あたりからスキルで得た鷲のような羽を使ってただ上から眼下に広がる帆船団と、バルディリス連邦の東コツタリアの海岸から上陸していく兵士達を見下ろしている。
各々の武器を持ち、ピリピリとしたひりついた雰囲気で同じ人間である人間を殺しにいくのだ。
大義のため、国のため、家族のため、自分のために。
俺もその中の一人。
愚かな人間を助長させるために遣わされる存在。
全てはリーチファルトの為。
「おい、そろそろ降りて来いよ!」
呼ばれたので真下を見ると熊の毛皮を羽織った信久だった。
聞こえないから空中で大きくため息をついてから降下して信久の前まで降りる。
「なに黄昏てんだ、暇ならもう一回付き合え」
そう言って、毛皮を脱いで半裸になる。
傷だらけの上半身に筋肉の鎧。
挿している刀を抜いて上段にどっしりと構える。
間合いに入れば昨日のようになるだろう。
「やだ、無駄な魔力を消費したくない」
「あ〜?つまんねぇこと言うなよ。
昨日はあんなに激しくやりあったじゃねぇかよ」
「やめろ、誤解されることを言うな。
君と俺は殺し合っただけだ」
昨日、出会ったのが酒の場だった。
だから酔った勢いで俺は信久に勝負を挑まれた。
今のような上段の構えから、一振り、目にも止まらぬ速さで振り下ろす洗礼されているが、どこか荒々しい技。
右肩をバッサリと斬られたがすぐに治して、天幕外へと右ストレートで吹き飛ばした。
一般人だったら死んでいる威力だけど、頬が腫れるだけだった。
しかも殴られて笑っていた。
その様を見て、この男が人間らしいと思った。
欲に忠実で、生きがいを生き様にしている。
と、まあ、その後は頭に血が昇ったのか本気で斬りかかられて、魔遺物をだして帆船事破壊しようとした時に、信久の右腕である天幕に一緒にいた女性。ハナワタリ•風香に止められた。
風香のおかげで落ち着いた信久には腕試しで認められて、なんなら好かれてしまった。
「照れてんのか?可愛いところがあるんだな」
「嫌ってるんだよ。もっと人の表情を見なよ。ほら、いーっ」
「綺麗な歯をしているなら。それなら喉笛を噛みきれそうだ」
欲に忠実で全てが戦闘に変換される馬鹿につける薬はなさそうだ。
唾でもつけてやりたいが、つけられているのは俺だった。
「信久さん。第一軍がヘナペナへと到着したようです」
「おう、そうか。じゃあお前の出番だな」
「まだ俺は行くとは言ってないけど?」
日出軍は東コツタリアで魔遺物を作っている街を狙っている。
本来国取りとしては貧弱な場所を突いていくのが定石だが、今回俺が中から破壊する為に、重警備な魔遺物を生産している街を狙うことにしているようだ。
そうでなくとも、圧倒的な人数で制圧は出来るだろう。
狙う街はヘナペナ、ロダン、クワッカマリル。そして東コツタリアの中心コツタリア。
これらを制圧すればコツタリアは制圧したも同然である。
西コツタリアは魔遺物よりも、作物に優れているため今回は第七軍を西と東の国境に送り既に供給を絶っている。らしい。
バルディリス連邦の中核バルディリスは制圧するまでもなく、まず手が出せない。
バルディリス連邦は日出から見て順に東コツタリア、西コツタリア、バルディリス、ワルシェアの国々からなる連邦。バルディリス連邦を上空からみると地形として半月のような形になっており、西コツタリアとバルディリスの間には湾があり陸移動の手段が西コツタリアの北からしかない。
信長と勇者が争っている最中にバルディリスがコツタリアに戦争をしかけたのが事の始まりであり、二百年経った今でも確執があり、連邦内でも不可侵協定がある――不可侵協定程信じられない協定もないと思うが。
更には中央遺物協会の中の派閥やらもあり、バルディリスは直ぐに援軍を出せないのが知りも知られた現状。
纏まっているようで纏まっていない。
「なんだつまらん。中継でお前が蹂躙する様を見れるようにしたのだがな」
日出はどの国よりも魔遺物の開発が優れており、映像中継機なるものを持っている。
どうやって作ったかと訊いてもワタ=シィの恩恵としか教えてもらえない。秘密保持契約でもすれば教えてくれるかもしれないな。
メラディシアンでは見なかった翼竜も飼い慣らしているようだし、ただの戦力だけで見ても、世界を牛耳るに値する国だとは思う。
今の今まで何もしなかったのではなく、蓄えていた、備えたのであろう。
俺のような期を待っていたのだろう。
信長は前のゲームの勝者でもある。また同じようなゲームが起きることを確信していて、子等に備え蓄えを促していてもおかしくはない。
映像中継機だけではなく、この帆船は潜水艇にもなり、更には魔力で駆動しているのにも関わらず感知阻害も備わっている。
他の国々の諜報員が日出国内にいようとも、日出国内から数十キロは通信魔遺物の周波数(厳密には魔力の密度らしい)が違うので報告が遅れる。だからメラディシアン王国へと本報告は今頃になっているはずだ。
バルディリス連邦は援軍を送る。大体三万くらい。との少ない情報しか日出側に与えてもらえず、実際に来たのは二十万の大軍なのだから開いた口は塞がらないだろう。
が、東コツタリアの守りはそれなりに厚い。
西コツタリアが実質バルディリスの支配下に置かれているので、反乱分子が多めの東コツタリアはいつでも反旗を翻せるように主要都市の守りを厚くしている。
メラディシアンのような巨大な魔遺物でてきた壁はないが、堅固な壁で囲まれ、その上には無論防衛用魔遺物があり、常に見張り番がいる。
中位の軍事国家が東コツタリア。
シンクロウ曰くそんなイメージでいいらしい。
バンキッシュ先生の他にも、歴史を見てきたシンクロウ先生に色々と教えてもらったのでざっくりと事情は把握している。
「俺が君達の軍を殺してしまってもいいなら行くけど」
「なんだ?そんなことか?
俺達の軍は敵と戦って死んだのならば誉れであると教えてきた。
戦人になったのならば戦人のまま死ねと教えてきた。
だからお前に殺されてもあいつらは誉である。なんたって戦場で死ねるんだからな!」
そう豪快に笑う信久。
信久は大体二十代から三十代の人相をしているが、傘寿を超えている。
信定に至っては卒寿を超え、百を超えている始末。
これが信長から授かった延命長寿の力。
その力で戦場で旧友だった人間の子から孫にまで己の理念を押し付けることができており、織田家の支配は三百年で完成しつつあると言える。
そもそも俺は足踏みしている訳ではない。
ヘナペナ制圧に俺が出現したところで俺の利益は何もない。信久の好感度があがるくらいだろう。
だから俺は一足お先に首都コツタリアに行くのだ。
それを踏まえて信久に告げる。
「じゃあ邪魔する者には容赦なし、で」
「では俺が邪魔者になれば」
「君は邪魔者扱いしない。腫れ物だ」
今にも戦いたそうだったので言い捨ててから昨晩映像で見せてもらった首都コツタリアへと移動した。
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