141:浮かれていた
リーチファルトの一撃はゴルバディの上半身を消し飛ばした。
魔法で傷ついた身体のせいもあってなのか、上限を超えたゴルバディの身体はいともあっさりと破壊された。
もしかしたら浄瑠璃の楔とやらはゴルバディに対しては発動していなかったのかもしれない。
はたまた加減の訊かないリーチファルトの一撃が重すぎたのかもしれない。
マクスウェルは有言実行をしたのか、逃げていた。
何にせよ、遺跡街は半壊し、多数の死傷者を出して、牙城は崩された。
七巨人の一人を殺したことにより、巨人族内での力の均衡が崩れ、ドルツァーリから目をつけられることになるのは明確であった。
それは未来の話であり、現状の俺には関係ない話である。
魔王の一撃を放ったリーチファルトは加減を忘れたせいで、魔力を失ったようで、俺に得意げな顔をしてから気を失った。
だから今は俺の背中で寝ている。
何やら俺の身体で魔力補給するのが、相性が良いらしく、密着していなければならないようで。
もう一人気絶仲間のベリオルはギースに背負われている。
シークォは荷物があるので背負えない。
現在は帰り道、ギースの時とは違い、難民を連れている訳じゃなく、今回は来た時と同じ四人である。
リーチファルトが何かを救う時は魔王になってからだ。
いや、魔王になってからも付随して誰かが助かっているだけだったかもしれない。
俺はリーチファルトを贔屓目で見ているから、第三者視点から見れば、かなりの悪役だろう。
そもそも魔族は、こういった国盗りや民族間の争いは日常茶飯事だから、殆どが気にも留めない。 文句があるならば力を使って抵抗すればいいとの実力主義な民族なのだ。
ベリオルみたいなのがいても年功序列の欠片も感じないのは、そういうことである。
帰る道なのだが、勝者の凱旋というよりも、狐の嫁入りのようなしんと重い空気感だった。
「行きとは違う道だけど」
暫く歩いたところで、先頭で先導するシークォに訊ねる。
「んー、あぁ、リン君には言っていなかったっけ。
今回はね、弔い合戦なんだよ。あのゴルバディはリーチファルトの肉親を殺した張本人なんだよね。
だからね、今から向かっているところは、その殺害現場だよ。お墓はフォウィアーにあるけどね」
リーチファルトがどういった経緯で半殺しにされたのかは知らない。
だけども、肉親までもを殺された事実がある。黙って何もしないような奴ではない。
抵抗して半殺しにされた。そう考えるのが妥当だろう。
『返答します。その当時、魔王様は抵抗する力は無く、抵抗されたのは弟君でした。
抵抗した際に弟君は荒れる海へと流されて所在が知れず、魔王様は甚振られました。
それからガンヴァルス候に助けて頂いたのです』
そこの記憶は引き継いでいるんだな。
『一部だけですが』
相当悔しかったんだろうな。計り知れないくらい辛かったんだろうな。男勝りな性格になったのも、もしかしたらゴルバディのせいなのかもしれないな。
『元から無頓着だったようです』
だろうな!元来からこんな性格だろうね。
「ゴルバディはどうしてリーチファルトの肉親を狙ったの?」
「その頃の魔鬼はね、勢力をつけていたんだよ。
いずれは巨人族を凌駕する勢力になりかねないと思った慎重なゴルバディはドルツァーリの意とは違う行動をとったのさ。
あいつくらいだよ、今まで真面に私達を敵視していたのはね」
ゴルバディの独断専行か。
だとすれば納得は行くけど、どこか心に引っ掛かりがある。
その引っ掛かりが何かは分からない。
判然としないまま、ようやくその凄惨な殺害現場であった場所へと辿り着いた。
移動期間に四日はかかった。
四日もかかればこの二人は起きると思いきや、どちらも起きなかった。
本気を出し過ぎて回復時間が長いのだ。
辿り着いた場所はスヴェンダ大陸だった。
スヴェンダ大陸の北東海に位置する場所。
そこは色鮮やかな花々が咲き、真っ赤に燃える紅葉と、目がさえる程の黄色の銀杏の葉が生い茂っており、足元にそれらの葉が落ち始めていた。
彩り豊かな森。ボォクが言っていたその言葉が頭に過った。
あぁ、ではここが――ここが終着点か。
シークォは赤と黄色が降り注ぐ落ち葉道を歩いてゆき、俺達はその背中について歩いて行くだけ。 落ち葉道の途中に落ち葉が一切落ちていない場所があり、その場所の前でシークォは止まった。
『ご主人』
どうかしたのか?また追手か?
『いえ、そうではありません。ただ、ご挨拶をと』
挨拶?何を言っているんだ?
『暫しの別れになりますので、挨拶をするのは礼儀かと』
別れだって?まぁ確かにこの過去とはここでお別れだが、お前と別れるなんてことはないだろう?
ネロは返答しなかった。
ネロは自身の都合が悪い時は返答をしない。
そこで浮かれていた事に気が付いた。
感慨深く、しんみりと過去と決別している場合ではないのだと気が付いたのだ。
――なんじゃ分かっておるのか、肩透かしじゃの・・・
ボォクはあの時そう言った。
その直前の質問、過去の記憶から帰ってくる方法。
それは俺がしっかりと答えていたではないか。死んだら帰って来られると。
比喩として捕らえていた訳でもない、実際ボォクが死ぬのだから。
俺が思っていたのは映像が終わるように勝手に終わって帰って来られると言う楽観的な帰還。
なぜ、そこで共に死ぬと思えなかったのか。
痛みがある世界で、感覚が共有している世界で、なぜボォクの死という事象に引きずられないと思わなかったのだろうか。
俺は浮かれていたのだ。
過去の映像を懐かしんでいたのだ。
知らないリーチファルトの一面を見られて、この四か月間を楽しんでいたのだ。
現実を見ていなかった。
だからこそ、俺の変わりに現実を見ていたのがネロだった。
最初から、ここにやってくる時から、こうなることを予見していたに違いない。
この結果になると知っていたに違いない。
思い返すと臭わす発言をしていた気がする。
『ご主人の思っている通り、この過去の死は、現実の死に引きずられます。
それはボォク様自身が言い澱んでいましたので、確定しています』
俺の頭の中を読めると言う事は、同じ体にいたボォクの思考も手に取る様にわかる。
だから事前に知っている。
どうして言わなかった?
『円滑に物事を進める為、引いてはご主人の為に申し上げませんでした。
私一人が死に引きずられれば、結果、ご主人は元の世界で身体を取り戻せます』
俺がそれを望むような性格か?
『僭越ながら、肯定します』
そうか。
「リン君。ここがその場所だよ。
魔鬼が死んだ場所はこういった不毛な地になるんだよ。だからお墓もたてられないのさ。
今日はここに祈る為にやってきたんだ。祈り方は分るよね?」
シークォにそう言われて黙って頷く。
祈り。それは屈み、手を組んで、目を瞑り、思い馳せる行為。
目を瞑った。
真っ暗である。
今の状況とボォクと話していた時から、今までの四天王達との会話がフラッシュバックする。
・・・そうだな。
『ご挨拶をよろしいですか?』
いいよ。
『では。ご主人、また未来で会いましょう』
ネロの声がした瞬間に意識は現実世界へと引き戻された。
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