138:不快な奴
「リン君、どうしたの?」
出て行こうとしていたシークォは俺が一向に動かないことに気付いて声をかけた。
これは実際に起こった記憶なのだろうか?占ってもらうまでは起こっていたとしても不自然ではない。
だがこうして降霊術が成功して、降りてきたのがネロなのは、俺とネロがこの過去を体験していないと起こるはずがない。
この出来事はボォクの記憶違いとも言えなくもない。
そもそも神が降りた身体に精霊が憑くなんてことがあるのかどうかも定かではない。
「やぁ、こんにちは、精霊さん」
俺の動揺はいざ知らず、シンは変な生き物になってしまったネロに話しかけた。
『こんにちは、シン=ワンドさん』
ネロは丁寧に挨拶を返した。
目や耳は無いようだが、シンの存在をしっかりと捉えている様子であった。
「君はどこから来たのかな?」
ネロ、喋るな。
『どこから?とは?』
そう頭の中で思ってもネロには伝わっていないようだった。
本当に俺から抜け出しているのか。
「うん?森とか、空とか、色々とあるじゃないか」
『ご主人からです』
「ご、ご主人?それは――リンさんのこと?」
「待った。それ以上俺の精霊と話すのは止めてもらおう」
これ以上追及されればネロがボロを出してしまう。
この未知数の状況な上にヘマをすれば、何か取り返しのつかない事になりかねない。
ボォクが大丈夫だと、心配ないと豪語しようが、あれを徹頭徹尾信用するのは無理だ。
悪い予感。
嫌な予感。
それは無意識化で経験と憶測が導き出した事象だと思う。
だから止めた。
「どうしてですか?これはただの占いですよ。
知られちゃまずいことがあるのだとしたら安心しください、守秘義務がありますので、規律を守らないと精霊とは話せませんからね。
破れば職を失ってしまいます」
「守秘義務は君にしか発生しない。
俺は、君に知られるのが・・・・嫌だ」
占い・・・占いだとしても、情報を引き出されるのが嫌で堪らない。
「嫌・・・ですか」
言われた言葉を受け入れられない様に呟いた。
ネロ、俺、後ろで静観しているシークォ達を見てからシンは意を決した。
「なら、分かりました。ここまでにしましょう。
お客様の本望に応えないのは商売人として失格ですからね」
グッと手を握り締めると目の前に見えていたネロは消えてしまった。
『帰って参りました。私の中にはあのような事象は記憶されていません。
不可思議な事もあるのですね』
今度は頭の中でネロの声がする。
いつもの感じだ。
「お代は要りませんよ」
シン=ワンドに得体の知れない気持ちを抱えて俺は席を立つ。
シークォとベリオルがいつでも攻撃できるような仕草であったのは立ってから気づいた。そこまで逼迫した状況にまでなっていたか。
入って来た時とは違い、シークォが最初に出た。
続いて出て行く為に背中を見せたところで、シンが別れの挨拶をした。
「また、未来で会いましょう」
その言葉で振り向くも、笑顔で手を振っているだけだった。
シンとしては占い師としての別れの挨拶であったのだろう。つまり、ジョーク。
だから俺の睨みを利かした振りむき様に驚いていた。
「何か問題かい?」
「いや、何でもない」
ベリオルが不思議そうに問うので、はぐらかして、今度こそ本当に占いの部屋を後にした。
「あの狼人、不快だよ」
通りへと降りてからシークォが表情に出しながらそう言った。
シークォが思っている事を表情に出すのは珍しいので、ベリオルが返した。
「どうして?」
「私のスキルの事を知っていた。
そしてあの上から目線、不快にならない要素がない。
あの狼人は自分が私よりも上だと誇示した上に、あろうことか、リーチファルトと縁切りするなどと嘯いた。
ここまで腸煮えくりかえったのは久しぶりだよ」
シークォのメインとして据えているスキルは自身を複製する。
猫分身体。(ナバター)
自身の髪の毛から生み出した分身体は本体のシークォと何から何まで瓜二つである。
感情も力もスキルまでもが使える。
ただ本体であるシークォが髭で制御しているので、穿った自我を持つことはない。
酒場で会うことになっていたのは先に潜入していた分身体である。
「分身体に何かあったのか」
「まぁね。消されたね。だから大衆酒場にはいかない」
「だとすれば、それを知り得ているあいつは間者じゃない?」
「その線だと思ったけど、違うみたい。
あの狼人が言った前から分身体には異変はあった。
言われてから確認して、消されたと認識できた。
予見の類か、知り得てなお嘘をついているかだろうね」
「だから確かめたわけか。結果は?」
「不快な奴だって事が分かった」
「それは個人的な所見だろう?」
「個人的にも、俯瞰的にも不快だよ。
間者であっても予見の類であっても、不快。見透かした気でいる奴は不快だよ」
「よっぽどだね。
ではどうする?分身は消されて、中の情報は一切ない。このままリーファ達を招いても仕方ない」
「はぁ・・・結局いつもの手段になるんだよね。
毛が逆立っているし憂さ晴らしには丁度いいのかも」
「そっちの方が明朗快活で僕は好きだ。準備運動と行こうか」
いつもの手段。
それはリーチファルトが最も得意とする手段である。
とぼとぼと歩いて街の真ん中までやってくる。
巨人族もそれ以外の種族も使用している憩いの広場。
そこでベリオルとシークォはフードを脱いだ。
二人が魔術を発動させる為に体内の魔力を高める。
その魔力が高まったのに気づいた衛兵である巨人族が明らかに不審に思って近づいてくる。
「おい、そこの小人共、抑えろ。それ以上やれば問答無用で潰すぞ」
最初に近づいてきた無骨な巨人が見下しながら言った。
あぁ、彼は気の毒な人物だ。
こうなった場合は戦闘に参加してくる奴を倒すのだ。
だから、彼は犠牲者一号なのだ。
「小人ね。懐かしいよ、そう呼ばれるのは」
「何を言ってやが――る?」
巨人は吹き飛んで行った。
まるで木の葉のように軽々と宙を舞い、遠くに見える遺跡の一部に激突した。
ベリオルがか細い腕で何倍もの大きさの巨人を片腕で投げ飛ばしたのだ。肉体強化の魔法であろう。
投げ飛ばしたことにより、開戦の狼煙が上がった。
いつもの手段。
暴力で解決する。
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