132:四天王
男に連れられて泊り宿にしていた廃屋と同じような家へとやってきた。
強めの魔力が宿った縄で腕と脚を無抵抗虚しく緊縛され、埃一つ無い床に座らせられた。
男はそこでようやく男の顔を正面から見れた。
顎髭が目立ち、険呑な目付きをした男。見た目は普通の人間である。
「これでも食ってろ」
膝にシークォが作る料理よりも美味しそうな出来栄えのチキン料理が入った皿を置かれる。
「ねぇ」
「なんだ?飲み物も必要か?」
ワイングラスに注がれた水が、そっと置かれる。
「いや、そうじゃなくて」
「あぁ、ナイフとフォークだな。俺としたことが失念していた」
銀で出来たナイフとフォークが紙ナプキンの上に乗ってこれまた膝の上に置かれる。
「手を縛られていたら使いようがないよ」
「む、では俺が食べさせてやる。ほら、食え」
ナイフで切ってフォークで刺したのを差し出される。
毒が入っていようがなかろうが関係ないので、食べる。
「うん、美味しい」
「だろう?俺が作ったものは美味くなる法則だ」
「料理上手なんだね。でもどうしていきなり?」
「お前飯前だっただろう?
飯は三食食わなければいけねぇからな。
それが鉄則だ」
人質にこんな豪華な料理を用意している辺りで勘付いていたけど、この男、人質の扱い方が下手である。
この優しさで心を開かせようとしているならば引っ掛かる奴もいるかもしれないが、単純で純粋な優しさが垣間見える。
「君はリーチファルトに何の恨みがあるのかな?」
今まできた連中は打算的な奴らと、俺のように喧嘩を売られて重傷から完治した者達が襲いかかって来ていた。
この男もそのどちらかの口だろうと思い質問する。
「恨みか、恨みは無いな」
「じゃあ魔王の使いってことか」
「まぁ・・・一応はそうなるな」
「嫌そうだね」
「わかるか?
てかお前子供の割には達観した喋り方をしているな。リーチファルトの子供だろう?」
「見た目は似ていても姉弟でも子供でもないよ。ただの他人さ」
「・・・嘘はついていないな。
じゃあ奴らが噂しているのは噂ってことか」
「噂って?」
「お前がリーチファルトの子供って事だよ。
確かにあの暴力馬鹿から、こんな利発そうな子供が生まれる訳ないよな。
となると、お前は何なんだ?あのリーチファルト・ゾディアックとつるめる奴なんて早々いないぞ」
「まぁ俺はリーチファルトより強いからね、今はリーチファルトを師事させてもらっているよ」
「・・・ほう、面白い冗談を言えるんだな。
気に入ったお前なんて名前だ?」
「リン。君は?」
「俺はギース=アシッドライム=ベガルタだ」
これがギースであったか。
つまりこれからギースは仲間になるってことでいいのか?
そんなことを考えながらギースに飯を食べさせて貰っていると、リーチファルトの魔力を感知した。
感知した時にはリーチファルトは廃屋の壁を突き破って、こちらへ突貫し、ギースの顔面を殴り抜けた。
左から右へと殴り抜けられたギースの顔は変形して殴られた左側が無くなってしまったのを見てしまった。
ご飯食べていたのにいきなりグロテスクなシーンを見せるな。
「おいなに掴まってんだリン!」
そんな気も知らずにリーチファルトは俺の前で指差して叫んだ。
「だって動くなって言われたから」
「素直か!お前私と戦える力があるだろう!
あれくらいの雑魚は自分で対処しろよな!毎回毎回私に任せやがって!」
「だって君を狙っているんだから、君が対処するのが当たり前でしょ?
それともあの程度の雑魚を手伝わないといけないのかい?
俺の見立てでは君はそこまで弱くないと思わないんだけども」
「ぐっ・・・ああいえばこういう奴だなお前って奴は」
「どうやらまだ終わってないようだよ?」
リーチファルトがギースを殴った手にはべっとりと紫の粘液が付着していて、リーチファルトの皮膚を溶かしていた。
ギースの種族名はアシッドライム。
毒粘着物質である。
皮が剥げて中に会った紫色の粘液が顔を覗かせている。
思いっきり殴り抜けられていたが、ダメージは吸収したようだ。
スライム系統の魔族には打撃、斬撃、刺撃、銃撃と言った物理的な攻撃は魔力が帯びていたとしても効果は薄い。
その柔らかな見た目に衝撃は吸収され、魔術に対しても耐性を持っていて、全魔族の中で防御面だけを見れば最強の一角を誇れる種族。
攻撃面では粘着物質である自身の身体を相手に付着させることで溶かすことができる。
何ともまぁ弱点のない胃袋みたいなのがスライム族だ。
「ちょっと効いたぜ」
ぷるぷるとした表面を触りながらギースは言った。
「スライムか面倒な奴が相手にきたもんだ」
「面倒だな、本当に」
お互いがお互いを面倒な奴と認めたところで黙った。
巻き込まれるのが嫌なので縛られている縄を魔術で切っておく。
ギースはいつでも迎撃できるように腕を曲げて、両手の拳を目線よりちょっと下においた構えをしている。
ステップは踏んでいないが、あれはボクシングの構えに似ているな。
何が起ころうが、何が起きようが、俺には関係ない出来事なので黙って傍観をしておきたかったが、ギースの態度からして彼はこの状況を好んでいない。
そもそも現魔王を好んでいない。
仕事だからやっている節がある。
「ねぇギース、どうしてリーチファルトを狙うの?」
「それが俺の仕事だからだ」
「それが君の言い分ならば尊重するけど、脅されているでしょ?」
ギースの構えが緩む。
戦いにおいて卑怯という文字を知らないリーチファルトはそれを隙だととって魔術を発動する。
人が話している最中に何撃ってんだこの大馬鹿野郎と叫びたかったが、叫ぶ前に俺も同じくらいの強さの魔術を放って打ち消した。
「何してんだ!」
「それはこっちの台詞だよ。
今ギースと会話していたでしょ?」
「は?油断させていたんじゃないのかよ」
「リーチファルトが武において長けているのは知っていたけど、情がないのが分かったよ」
「な、なんだと」
情が無いと言われてショックを受けているリーチファルトを無視してギースに視線を戻す。
「それでギース、実際のところどうなんだい?」
「そうだな。俺の一族が人質にとられている。
仕方ないから俺は従っているだけだ。
それを伝えたことろでお前に何が出来る?」
「ほら、あいつもああ言っているじゃねぇか」
「お前はもうちょっと情に厚い奴だと思っていたが、違うのか。
まぁいい、これ食べてみなよ」
「な、なんだよ、それ。んむぐっ」
残っていた料理を無理やりリーチファルトの口に突っ込んでやる。
毒は入っていなかったし、入っていたとしてもリーチファルトに対しては無害。
リーチファルトは咀嚼して飲み込んだ。
「う・・・美味いな!
なんだこれ、シークォが作る料理より美味い!
お前か?お前が作ったのか!?」
「あ、あぁ、そうだが」
あまりものリーチファルトの変わりようにギースはたじろいでいる。
ギースの顔や性格は知らないが魔王軍四天王でどの位置にいたのかは知っている。
ギース=アシッドライム=ベガルタは魔王軍の兵糧を担っている料理長である。
しかも戦いにおいては四天王最強であった。
欲しいものは絶対手に入れる性格をしているリーチファルトをその気にさせるには、相手を欲しいものにすればいい。
丁度今リーチファルトは腹が減っている。
空腹は最高のスパイスだと言う。そうでもなくとも舌鼓を打つ程にギースの料理は美味しいのだけども。
何にせよリーチファルトをその気にさせた。
おそらくだが、ボォクもギースの料理を食べたくなったのであろう。
この料理が毎日食べられるならば、魔王と敵対してもいいと思えるほどの腕。
だからリーチファルトは拳を収めて言い放つ。
「よし、私はお前を助ける事にするぞ」
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