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124:これから俺は

「おはようございます。リヴェン様」


 瞼を開けて自分の眼で真っ黒いシンクロウを捉えると、軽く頭を下げて朝の挨拶をしていた。

 目覚めた部屋は王城のどこかの部屋である。装飾や調度が殆ど変わっていない。

 約束通り部屋にはシンクロウ一人だけのようなので俺は挨拶を返す。


「おはようシンクロウ、半年ぶりかな?」


「えぇ半年ぶりでございますね。リヴェン様がお変わりなくてオレは心から嬉しく思います」


「まぁ積もる話はあるだろうけど、とりあえず行こうか」


「・・・・止めるつもりはありませんが、本当によろしいのです?」


「既にボォクが言った通りだよ。

 これは俺だけの問題だし、俺が決着をつけなければいけない事柄だ。

 仲間達は関わるべきではない。

 君は神官だから付いて来てもらわなくてはいけないけどね」


「オレでよければどこでもお供をしますよ」


「そう言ってくれるとありがたいよ。じゃあ行くよ」


 俺は小さな手でシンクロウの手を握って、ユーフォリビアが持っていたコンパクトから得たスキル転移鵡方を使って目的地へと転移した。

 この転移鵡方は触れた対象と自分を、自分が認識している場所へと転移できる便利な移動スキルである。

 便利なのはいいが、欠点として転移距離が長いと魔力消費が激しい。

 そもそもボォクの魔遺物全てが魔力消費が激しい。

 あの魔神は通常時、無尽蔵に魔力を生成できるので魔力消費を気にしたことが無いようで、その性格が魔遺物に顕著に現れて俺が割を食っている。


 今はそんなことを気にしなくてもいい身体なのだけれども。


 俺達が転移した場所は雲海に囲まれた山頂に作られた石造りの塔の前である。

 ここはオリュンデス山というこの世界で一番標高が高い山。

 山頂付近には人も魔族も魔物も動植物も生きられる環境ではない為に、あるのは無機質な岩や石や砂だけ。


 転移する前に術式を展開して空気を生成する魔術を発動し、その空気を操って身体の全体に覆っている。

 シンクロウにも同じことをしているので、酸素が無くなることはない。


 魔術が呼吸をするように使えるのは楽しいものだな。


 俺が塔へと向かって歩き始めると、数歩遅れてシンクロウがついてくる。


 オリュンデス山には神が降りると伝承されている。

 その神は山頂にある塔へと降りて来て、そこから下界へとやってくる。

 そんな伝承。

 しかしこの場所は自然の驚異により人間や魔族が踏み入る事の出来ない場所。

 そんな場所なのに伝承があるのは可笑しなことなのだが、この伝承を広めたのはその神である本人であった。

 無論、自身を誇示したがるのは俺の介添神であるボォクしかいない。


 暫くの間あの俺の心が作り上げた魔王城でボォクと話して気づいた。

 ボォクが負け惜しみで言うことは嘘ではない。

 こんな場所にいるのもボォクの負け惜しみからの発言であり、それが発端である。


 この目の前の塔は神のいる世界に最も近く、神が肉体を宿す場所である。

 塔は神の世界とこちらの世界を繋ぐための受信塔。

 その受信塔に入る。入った瞬間に身体を覆っていた魔術が強制的に解除された。


 入ってみればわかるってこういうことか。


 塔の中には十分な空気があり、過ごすにしては地上と何ら変わらなかった。

 強いて言うならばほんの少しだけ気温が低いだけ。


 この塔の構造は中に入らないと分からなかったが、どうやら二重螺旋構造のようだ。

 入った時点では二つの階段が目に入るだけ、装飾品もなければ案内人もいない。

 目的はこの塔を昇った先にあるのだ。


 外で吹く風が塔を揺らす。

 そんな音と俺達が階段を上がっていく足音だけが塔内に響く。


 塔の高さはそれ程にもなく、障害物も無く、障害になる者もいなく、すんなりと最上階まで辿り着けた。


 最上階にはこれまた石造りの井戸のようなものに水が張ってあった。

 井戸としては機能していないのは知っている。

 そもそもようなものである。

 水が張ってあるが、塔が揺れているにも関わらず波紋を発生させない。

 実に奇妙な水だ。


「さて、と」


 一息をついてから俺は着ていた上着を脱ぐ。

 シンクロウが手を差し出したので渡しておく。

 服のポケットから髪留めを二つ取り出して長ったらしい前髪を真ん中で分けるようにして髪留めを使用する。


「流石はオレが見繕った品、可愛らしいですね」


「いいセンスだね」


 どうやらこの髪留めはシンクロウが入れてくれていたもののようだ。

 碧髪に生えるピンク色が強めな髪留め。少し子供っぽいが、顔に似合っているので良しとしよう。


「再度確認しますが、本当によろしいのですね?」


 俺の準備が終わったところでシンクロウはもう一度問うてきた。


 シンクロウがここまで確認してくるのは、今からする行いが、それ程までに危険であり、危害を加える行為であるからである。

 最初の問いはシンクロウ自身の問い。

 今は神官としての問いである。


 それでも俺は変わらず間を置かずに答える。


「後悔は後になってするものだよ」


 後になって悔やむ。

 俺は幾度も幾度もしてきた。

 友が死んだとき、友軍が死んだとき、師が死んだとき、そして愛する者を守れなかったとき。

 後悔が積もり積もって、凝り固まっている。

 それを持って。

 それを思って。

 俺は前へと歩を進めなければいけない。


 前へ進むためならば俺は何だってしよう。


 目的を果たせるならばなんだってしよう。


 しかし今回は前へ進むために歩んできた歩を後ろへと戻すのだ。


 軽口を叩くとシンクロウは何も言わなかった。なので出発する。


「じゃあ行ってくるよ」


 水を覗き込むと自分の顔が移り、底が見える程に透明であった。

 美しい海を彷彿とさせる碧色に燃えるような赤色のメッシュが入った髪の毛。

 子供ながらの愛くるしい丸顔に端整な顔立ち。

 俺の子供の頃に似ているようで似ていない、鏡では見慣れていない顔。


 小さな両手で水を掬い、その水をそのまま顔へと持っていく。


 ――顔を洗うのじゃ、そうすればじゃな。


 ボォクの言っていたことが頭に過る。

 過った思い事洗い流す為に針を刺すかのように冷たい水を顔へとつけた。

 そのまま朝起きた時と同じような要領で顔を洗った。

 言われた通りに、言う通りに、俺は顔を洗った。


 ――さすればじゃな!出直すことが出来るのじゃよ!


 頭が痛くなるようなジョークだ。


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