120:暗殺ギルド長
暗殺ギルドの面々が王城内へと侵入できたのはユララのおかげでもあるが、先駆けに潜入した暗殺ギルドのギルド長である男の功績が大きかった。
男はまず王城勤務兵である兵士を殺し、服装と身分証を奪い王城へと侵入した。
通常ならば魔遺物で看破され、拘束されるのがオチなのだが、男には看破されることのないスキルを保持しており何事もなくやり抜けた。
男がその脚で向かったのは王国の宝物庫。
金銀財宝や名のある陶器に絵画が保管されている他に、この王国が出来る以前にあった共和国が持っていた魔遺物。
中央遺物協会に提出したのは七割方であり、残りの三割はこの宝物庫に眠る。
そんな宝物庫の手前で男は足止めに合った。
目の前から歩いてきたのはカレイズ・デブレ・ラ・メラディシアン。
殺した常務兵の振りをして頭を下げて挨拶をして道を譲る。
カレイズが横を通り過ぎて、歩き出そうとしたところでだ。
カレイズが迅速に振り向いて無条件にも男の胴を横に斬り捨てた。
男の胴はバッサリと切り捨てられて身体は二分割された。
その時点で絶命したのは確定していた。
しかし男は臓物と血が飛び散る前に上半身と下半身をくっつけた。――と言っても斬られた場所からは血が滲み、吹き出し始めている。
「俺の腹を斬るとは誉れある武人だな」
「貴様は誉れさえもない俗物と見た」
「それはそれは真な審美眼であるな」
「どこの者だ、死ぬ前に言え」
「言っても信じようがないだろう。そも俺が死する前に本音を話す人物に見えるのか?」
「貴様の眼には大義が宿っている。そこだけは評価してやろう。だから話せ」
そう長くはない。とカレイズが言う。
そう言ってからカレイズは不思議に思ってしまった。
この男は銅を横に斬り捨てられたのにも関わらず、血を吐かずに流暢に話し続ける。
どれほどまでに鍛えられた精神と胆力であろうかと。
それ以前に死ぬのが遅すぎる。
「いい目だ」
「?」
カレイズの世界が反転する。
相手は何も動いていなかった。
所作、動作共に見逃してはいなかった。なにのも関わらず世界は反転する。
視界に映るはカレイズの死に様を最後まで見届けることの無い男の背中。
服に滲んでいた血さえもが無かったことになっている男の背中。
ドシャッ。
そんな自分の身体から湧き出た臓器と血の音が、カレイズが最後に聞いた音であった。
足止めにあってもなお男は宝物庫へと向かう。
宝物庫へ向かう目的は二つ。一つはこの国を破壊するための準備、もう一つは目当てである物を探し出す為。
人差し指と中指を宝物庫の鍵穴へと入れて鍵穴を回す。
実際はスキルで指を変形させて鍵を解除してから、腕力だけで宝物庫の鍵穴を回している。
この鍵穴に間違った鍵を入れた瞬間に防衛装置が起動して、宝物庫前に生存者はいなくなる。
そんなことを知りながらも男はしれっと指を突っ込んでいるのだ。
鍵は正常に開き、宝物庫の堅い扉は軋むような音をたてて開かれた。
宝物庫に入ってから男は空中に手で円をなぞる様に描く、すると円を描いた部分が黒く染まって、そこから人が一人現れた。
出で立ちは魔術師の装いをしている暗殺ギルドの一員、ソーリャ・ン・チャッタスである。
「ソーリャ、主の働き場ぞ」
「感謝する」
ソーリャは指を鳴らして術式を展開後に宝物庫に飾られている蝋燭へと火をつけた。
普通ならば目移りしてしまうほどの金銀財宝があるはずだったが、もぬけの殻であった。
ドレイズ王は秘かに宝物庫の金銀を資産運用に回しており、それに失敗して王国の家計は火の車であった。
知っているのは当の本人と息のかかった財務大臣だけである。
その財務大臣はドレイズ王が死ぬと同時に姿を消した。
「ユララの言った通りだな。何一つありゃせん。
一国の主がここまで無能なのは稀ぞ」
「どうせ死にゆく国、ならばすっぱりと介錯とやらをしてやるのがマスターの国のやり方なのだろう?」
「見苦しい死に様よりも腹を斬って潔く高潔に死ね・・・
確かにその価値観は間違いではないし、間違いでもあるな」
「どっちだ?」
「どっちでもいい。立っている場所にいる人間の問題だ。
今、この国に引導を渡してやるのがいいだろうがな。準備はできたぞ」
男がソーリャの手首へと自らのスキルで作り出した紐を結ぶ。
この紐は王国全体に広がっているゴミ処理パイプの中に埋め込まれたユララが作った廃棄予定の遺物人間達と繋がっている。
その遺物人間から魔力を抽出し、ソーリャへと送り込む。
さすれば極大魔術が発動する仕組み。
ソーリャは人差し指と親指を立て、他の指は組んだ印を作ってから、肩幅程度に脚を広げた型を作った。
「大仰にやってやれ」
ソーリャを中心に術式が展開される。
ここからでは見えないがこれで極大魔術が王国の上に発動された。
男は発動したのを確認すると、探しあてた代物を懐に入れて、宝物庫に鍵をかけてから来た道を戻る。
カレイズの死体が放置された道を通り過ぎようとした時に、またもや邪魔が入った。
突然の轟音に極大魔術の展開、その中で指揮をしながら兵団長である兄のカレイズを探していたジライズ・デブレ・ラ・メラディシアンだった。
ジライズはまず兄の亡骸を確認した。
胴を横に斬られて臓物をまき散らしてゴミのように死に絶えている。
そんな様子を心にも留めない王国兵士の装いをした人間が目の前にいる。
兄の殺害犯は目の前にいる。
それが敵である。
カレイズもジライズも判断を下すのは早計であった。
カレイズは目の前にいる敵が如何なる力を持つ者かと図れる術が少なかった。
だがジライズはコネ無しで兵団長にまで上り詰めたカレイズが相手に傷をつけることもなく両断されている。
そんな判断材料があった。――にも拘わらず、男へと攻撃してしまった。
ジライズにはスキルがあった。
反動という自分の周囲に反動物質を作り出すことができるスキル。
それを使えば剣速や身体の動きを急激に速める事が出来る。
知らないならば不可避の初撃を浴びせる事ができていた。
この反動を使った速度に対応できるのはこの国にはいないと自負している。
反動は兄のカレイズも持っていた。
反動を使って男を斬った。
判断材料は沢山あった。
活かせなかったのはジライズの経験不足。
「井の中の蛙大海を知らずだな」
「はっ!?」
男も同時にジライズと同じ速度で斬りかかった。
同じ速度で斬りかかったのにも関わらず、男の剣捌きは目に入らなかった。
抜いたのは確認できたが、斬られたのは確認できなかった。
ただ感覚だけで反動を使って避けていた。
見えていなくても攻撃を避けていた。
「お前何者だ」
「生憎死人に語る口は持っていなくてな」
「何を言ってい」
ゴトンとジライズの首が落ちた。
避けたと認識したのはジライズであり、攻撃は既に寸分の狂いなく当たっていた。
男はその脚で上の階にある暗殺向きと言われた部屋へと脚を運んだ。
感想、評価は継続する意志になります。
ブックマークして頂けると励みになり、更に面白くなります(個人差あります)。
何卒宜しくお願いいたします。




