115:一刀両断
全員が全員蛇の瞳、つまるところミストルティアナの瞳であった。その一瞬だけ見て、直感的に視線を逸らしたアッシュだけが石化を免れていた。
「お前は確か、あのリヴェンとかいう奴の仲間か、何がどうなっている?」
「あら、もしかして私を敵と思っていらっしゃいます?」
「俺は説明を求めている。でなければ敵とみなす」
「助けたのにその言い草はどうかと思いますわよ。
まぁ私も手に負えない状況になれば目を使えとしか指示を受けていないので、説明を求められても困りますわ」
「何の根拠もなくこれをやったのか?」
「根拠は仲間である一人が助言したからですわ。それだけで十分ですの。
そもそも貴方は今、殺されそうになっていましたわよね?
なのに貴方が出した指示は不殺で行動せよでしたわね。その指示に至った貴方の見聞も訊きたいですわね」
「・・・いいだろう。最初はこいつが裏切ったのかと思った。
が、こいつは義に欠ける行動は慎む性格だ。
それに今はこいつの目の上の瘤はいないから、裏切る理由が無い。
だとすればこいつは最初から操られていた・・・のかもしれない。
だから俺達が殺せばそれこそ問題になる。王族であり王位継承権を持つ者には致しかなかったとの言い訳は通用しない。
イリヤ殿下の為にも波風を立たせるつもりはない」
それがギルド商会の方針である。――と付け足す。
「成程ですわね。
ではこの状況で操っていた人物はどこにいらっしゃるかは見当はついていませんと」
「俺が俺の意思を持っているだけで操られている可能性はあるだろうな。
ただ間違いなく言えるのは操るのは多対象ではなく個対象だな」
「ですわね。そう思って貴方だけを残したのですわ」
ミストルティアナの魔眼は相手が目を背けたとしても、ミストルティアナ自身が目で捉えた時点で発動する。
「遠隔で操っているようには思えなかったがな」
人を操る魔物や魔遺物を見た事があるアッシュはそう述べる。
「ではどこに潜んでいると仰いますの?私の瞳は貴方以外を石にしましたわよ?」
「視界に入っていない場所だろうな」
訓練所には物影が無く人が隠れられる場所など見当たらない。
上を向いてもさんさんと太陽が訓練場を照らしているだけ。
とても人一人が隠れられるような場所はない。
今の今まで訓練所の入り口から観察していたミストルティアナもそこは理解している。
だからこそ、アッシュ一人を残したのだ。
アッシュは上を見てから自分の足元を見る。
訓練所の地面の上には自分の影だけがあった。
ごく自然であった。
自然な光景であった。
真上に太陽があるというのに自分の影がミストルティアナの方へと伸びていなければ、自然であった。
即座に判断してその影へと剣を突き刺す。
影へと突き刺さる瞬間に影が剥がれて地上へと湧き出した。
それは人の形をしており、日の光に当たっていると影の黒に罅が入って、影がひび割れ落ちていく。
剥がれ落ちた中から現れたのは子供のような体系をしているにも関わらずに手がゴツゴツとしており、一目では子供だと思うが、注意深く観察すれば大人であるとわかる。
ザイバックは子供の頃から成長個所を包帯で巻かれて矯正されていた過去があり、こんな姿になっている。
「おい姉ちゃん、なぜこいつは石化しない」
「もう既に実行していますわ」
「なら何かしらの力が働いているんだな。
ともかくこいつは影に擬態、もしくは他人の影の中を出入りできるようだな。
合点がいった。ワイリーからジョナサンへと飛び移り、飛び上がって全員の視線を上へと集めている最中にキュレイズに移動したのか」
ザイバックは黙ってもう一度黒を纏う。
とぷんと音を立てて石になっている人間の影の中へと隠れてしまった。
目で追ってもザイバックがどこにいるかも分からなくなってしまう。
ザイバックは石になった人間の影から影へと移動してミストルティアナの近くまで移動する。
ミストルティアナもアッシュと同じようにザイバックを探すも見つけられずにいた。
まずは厄介なスキルを持つこの女を殺すのが先決。
それからならばキュレイズを殺すのは容易い。
ザイバックはミストルティアナの喉を掻っ切れる間合いへと入った。
とった。
喉を掻っ切る為に影の中から姿を出す。
ザイバックのスキルは自分の影を纏って、相手の影の中に入って相手を操る影大臣、影に入った時点で相手の行動力を奪い、意志以外の全権をザイバックのものとする。
操られた人物は、意志はあるのに違う行動をする。その意志を伝えることも出来ずに、ジョナサンとワイリーは絶命した。
影大臣を纏っている間はスキルは無効化される代わりに視界が塞がれる。
元々白内障を患っているザイバックには必要のないことであった。
桁外れに優れた聴覚があり、操っている人間の視界を使えば良かった。
ザイバックが飛び出た位置はミストルティアナがいる場所とは見当違いの場所であった。
聴覚に頼ってもまるで暗闇の中にいるように無音。
変わりに嗅覚に頼ると、ミストルティアナではない、今まで臭わせなかった存在がいる。
脇腹に猛烈な痛みと衝撃が襲った。
接触した瞬間に何か大きな鞭で叩かれたような衝撃と痛みと理解する。
実際はミストルティアナの尻尾がザイバックを襲ったのだが、それを知る術もない。
聴覚を奪われたザイバックは慌てて影の中へと入ろうと試みるも、飛ばされたことによって今の今まであった場所が分からずに、人間が石になっているせいで臭い感知もできなく、影大臣を纏うだけの形になってしまっていた。
「リヴェン様は仰っていましたわ。
スキルや魔遺物での戦いになった場合は相性が左右する。――と、ですから多人数を抑えられる私とモンドさんがいらしてよ。
・・・と言っても聞こえていませんでしたのね」
訓練所にはもう一人潜んでいた人物がいる。
それがモンドである。
モンドはカンテラ型の魔遺物と杖状の魔遺物を両方使いながらザイバックのスキルと特技を打ち消した。
あとは捕縛か、止めを持つスキルか魔遺物があれば良かったのだが、どちらもそれを持っていない。
だからアッシュが立ち尽くしるザイバックへ向けて短刀を投げた。
状況が把握できないザイバックは背中に短刀が突き刺さる。
アッシュも音のない世界と、近づけば自分の影に入られる危険があるので、短刀を投げるのが精一杯の攻撃であった。
そのせいでザイバックはアッシュの位置を把握し、頭の中に存在する意思の位置と照らし合わせ、再び石の影へと入る。
ただそれはその場凌ぎにしかならない。
このまま時間が立てば確実に止めをさせられる。
ザイバックにとってはその場凌ぎでよかった。
今、殺されるよりも時間を稼ぐのが大事である。
音のない世界の外へと移動して視線を感じたのはアッシュであった。
首元へとひりつくような透明な殺意が向けられている。
ミストルティアナとモンドはそれに気付けていない。
ブデストが言ったようにヴェルファーレは毒爪を持った近接戦闘は専門としていない。
どちらかと言うならばザイバックがそちらの専門である。
その為に皮を使った変身をお手のものとしている。
ヴェルファーレが得意とするのは狙撃。
素早い身のこなしで狙撃位置に移動して、標的を撃ち抜く。
ヴェルファーレの持つ狙撃銃型魔遺物のスコープにはモンドが写っていた。
「スキルと魔遺物の戦いは相性ネ」
城の外から訓練場が見える位置から引鉄を引いた。
ミストルティアナが音で反応して石に変えても威力は落ちない。
モンドは音のない世界にいるので発砲音にさえも気づけていない。
一早く殺気に気付いて、大凡の位置に当たりをつけて、ヴェルファーレが引き金を引いたと同時に発砲された弾を視認する。
すでに剣は抜いており、後は視認してドンピシャのタイミングで振り下ろすだけ。
だけなのだが、振り下ろす位置、剣の硬度、弾丸の威力、それらが噛み合ってなお難しい技である。
それでも成し遂げた。
抜いた剣でモンドの頭に放たれた銃弾を一刀両断してみせたのだ。
アッシュ・ノクストはカウンター型の剣士。
見てから攻撃するのに特化しており、人間業じゃないこの技も成し遂げることが出来るのだ。
「ありがとうございます」
今の瞬間にザイバックが逃げたのを見たモンドは魔遺物を解いて礼を言った。
一撃外したことと、ザイバックを援護し終えたので次の場所へと移動したヴェルファーレがいないことをアッシュは確認して言った。
「何、お互い様だろう」
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