114:訓練所
ギルド商会は騎士団と共に訓練場で共同訓練をしている。
それを統括するのは騎士団長のキュレイズである。
ギルド商会側の統率者は剣士ギルドの副ギルド長であるアッシュ・ノクストと、本来ならば統率力はないが実力での影響が大いにあるジュリがいるはずだった。
ギルド商会側の内訳として剣士ギルド七割、冒険者ギルド三割のジュリを抜いた計九人。
「お前のところのギルド員は太刀筋が良いな」
「そうだろう、私が鍛えているからな。
お前の騎士団員は・・・そうだな、何人かは見込みのあるやつがいたな。この場にはいないが」
アッシュ・ノクストはジュリと同じ程の戦績を持っている中年に差し掛かる年代の男。
キュレイズとは剣繋がりで旧知の仲であった。
「共同訓練に出ているようではな。まぁそれを見ている我らも何も言えないがな」
「確かにな。だが、まぁ、お前もこれから苦労するだろうな」
「散々苦労してきたさ、それが積もるだけだ」
キュプレイナの思惑はこの共同訓練でキュレイズを少しでもイリヤ側へと寄せておこうという考えがある。
そんなことをせずともキュレイズはイリヤの肩を持つのだが、その思いはキュレイズの胸中に収まっている。
「なぁ、あいつ、少しやりすぎていないか?」
アッシュが模擬戦闘訓練中の剣士ギルドの男へと騎士団員が模造刀と言えども危険な攻撃を仕掛けているのを見て顎で指して言う。
「ん?・・・確かに、今のはかなり際どかったな。
あいつはそんなことをする人間ではないのだが、そこまでだ!」
剣士ギルドの男の模造刀が手から弾き飛ばされたのにも関わらず、闘争心剥き出しで騎士団員は剣士ギルドの男の喉を突こうとする。
キュレイズの怒号にも聞こえる静止の声も聞こえていない。
剣士ギルドの男は狙って来ている場所を定めて無手で模造等を持ち、首横へと逸らせてから騎士団員の懐に入って腹部を殴る。
腹部を殴られてもなお怯みはするが、攻撃を仕掛けようとする異常さを感じ取って剣士ギルドの男は組み伏せる。
周りもその異常に気付いて、騎士団員が渦中の騎士団員を取り押さえる。
「何をやっているんだ、ワイリー、おい。ワイリー」
複数の騎士団員がやっとのことで羽交い絞めにして捕えているも、ワイリーと呼ばれた騎士団員はまるで獣のように視界に入ったものを攻撃しようとしている。
ドン!!!!!!
その轟音が城の上空で鳴り響いた。
咄嗟に耳を塞ごうとするも間に合わずに、近場の全員が耳鳴りをくらってしまう。
ユララが放った花火は合図である。
これから行われる暗殺を超えた虐殺の合図。
既に王城にはユララとブデストとザイバックとヴェルファーレが侵入している。ユララはユーフォリビアとリヴェンがいる元に、ブデストはキュプレイナとジュリの元に、ヴェルファーレはそれらの援護に、残ったザイバックはこの訓練場にいた。
ザイバックは暗殺ギルドの中で気配を断つのが最も得意であり、最も暗殺に適したスキルを所有している。
そのスキルがどんなスキルかを一部知り得ているユララでさえも気づくことは難しい。
だからこの場の誰もがザイバックの存在を認知することはできない。
耳鳴りと共にワイリーが羽交い絞めにしていた騎士団員から抜けて、向き直り、人差し指を突き立てて羽交い絞めにした団員の耳の中へと差し込んだ。
「ぎゃあああああ」
鼓膜を突き破られ脳までに達した指を中でかき回してから引き抜いた。
人差し指は血と脳漿で汚れていた。
その場の誰もが今、何が起こったのかを処理していた。
そして一早く処理し終えたのはアッシュであった。
「捕縛できないぞ、いいな!」
その声でキュレイズも処理を終わらせた。
「構わん!」
アッシュが所持している剣を鞘から抜いてワイリーに向けて斬りかかった。
しかしワイリーは高く飛び上がり、攻撃を避けてしまう。
その動きは騎士団員の誰もが知っているワイリーではなかった。
アッシュの所見でもここまでの力を持っているとは思えなかった。
隠していたのなら相当に狡猾な人間だ。
空へと飛んだワイリーは次の攻撃行動へと移らずに脱力して頭から落ちてきた。
何らかの作戦だと考えてアッシュは落ちてくるワイリーを受け止めもせずに避けたので、五メートルほどの高さから頭から落ちたワイリーは動かなくなっていた。
誰も生死を確かめようとはしないので、アッシュが率先して頸動脈へと触れ、脈がない事を確認してから焦点の合っていない目の瞼を降ろした。
「全員等間隔で距離をとれ!
少しでも変な素振りをした人間は攻撃しろ!
たとえそれが仲間であったとしてもだ!」
キュレイズは多くの戦場や国を回ってきたのでこれが攻撃であり、更には遠隔から人間を操っている攻撃と認識した。
皮を使った場合ならばワイリーが死んだ時点で、怪しいのはワイリーと対峙していた男になる。
そいつを糾弾するのはキュレイズではなく、アッシュの役目である。
長年の仲であるからこそアッシュはキュレイズの意図を汲むことが出来た。
しかしギルド商会の中には皮を被った人間は一人もいない。
それは確定している。絶対だと言える。
これでもかと、嫌になる程確認をしている。
だからこそ遠隔攻撃であるとアッシュも予想する。
「ジョナサン、お前は一応角に移動していろ・・・・ジョナサン?」
ワイリーと対峙していた剣士ギルド員の男、ジョナサンは返事をしなかった。
アッシュとしてはあってほしくない状況なので、それが行動に現れてしまって信用しているジョナサンには背中から声をかけてしまっていた。
ジョナサンの腕がアッシュの首を切り裂く様に狙う。
アッシュでなければ避けられていない攻撃だったが、それでも皮膚が少し裂かれて血が首元へと伝う。
「皮か!」
「ギルド員に皮被った奴はいねぇ!これは!確実だ!」
ジョナサンの攻撃を剣で受け流し、受け躱しながらアッシュは言う。
ジョナサンの狙いは確実にアッシュなので等間隔に離れた騎士団員とギルド商会員は見ている事しかできない。
そもそもここにいる統率者以外の人間がこの猛攻に入れる隙が無かった。
「こちらも捕縛はできないぞ!」
「あぁ構わねぇよ、あの爆発音は何かが起こったに違いない」
内乱か、他の継承者が仕掛けてきたか、他国が侵攻してきたか。
考えることは沢山あるが、今はこの場の被害を最小限に抑えて原因を探り、対処するのが先決。
心の中で三角十字をきってキュレイズはアッシュに合わせてジョナサンを斬った。
命を絶つ斬撃だったのでジョナサンは地に倒れる。
誰もが叫び声を上げようともしない、そう訓練されてきたから。
異常事態でも非常事態でも冷静を欠いた者が死ぬと教えられてきたから。
ザイバックはそこが弱点だと知っている。
教えられてきた行動以外はしてはならない。
統率者がいる限りはそうである。
だから指示に従う。自分の頭で考えはするも実行には移せない。
上下関係がしっかりとしている組織とはそんなものであり、脆弱である。
統率者を失えば有象無象と変わらない。
「これで終わり・・・な訳ないな」
「これでは終われないな」
キュレイズの攻撃がアッシュへと振り下ろされる。
「お前、どういうつもりだ!」
「全員ギルド商会員を殺せ!そやつらは遠隔でワイリーを操っていた。
私が対象のギルド員を斬ったことにより終わった。
つまりはギルド商会が仕掛けた内乱である。国家反逆犯を殺せ」
「何言ってやがる!気でも狂った・・・
・・・ギルド員全員抵抗しろ、だが殺人は許さない。
こいつとは私がやる」
模擬訓練では力を温存していたのでギルド員の方が技量は高いが、騎士団員の方が数が多い。
その中で殺さず戦えと無茶を言うのだ。ため息をつきたくなるだろう。だがギルド員はそれでも応えてみせる。何があろうと、自分の生命に関わる仕事をしてきたのだから。
「全く、人族ってなんでこうもお馬鹿で愚かですの?」
全員が戦闘を始めようかと剣を抜き、起動した瞬間に予期せぬ女性の声が聞えた。
その声は訓練所の入り口から聞こえてきて、全員の視線がそちらへと集まる。
集まった瞬間に全員は同様の物を見た。
見てしまった。
それは蛇の瞳であった。
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