112:魔物騒動
「今日は買い出しの為にやってきたんだが、どうしてお前達も付いてくるんだ?」
買い出し係として三人部隊に分かれ、庶民街へと降りて来たワワの部隊にはウィンとウォンが付いて来ていた。
「ええやん、ショッピングは人多い方が楽しいやろ。なぁ弟よ」
「せやな兄ちゃん。辛気臭いのは城内だけでええねん。気晴らしは必要やろ?」
「気晴らしとってもな。俺達は遊びに来たわけじゃないんだ」
王城で出される朝飯は口にするのは毒の耐性があるジュリくらいだ。その他のギルド員は使い捨ての毒を見抜く魔遺物を使って食べるのもかなりのコストがかかる為に、自分達で作るしかない。
――なので道中で買っていた食料が底をつく前に買い出しが必要になる。
「ずーっと気ぃ張ってたら頭おかしなるで、だから気ぃ抜けるときは抜かなあかんねん」
「そうですよワワさーん。
これからは忙しくなるんですし、訓練組には悪いけど、俺達はショッピングを楽しまないと」
明るい色をした髪が肩にかかり、冒険者風の恰好をした男がウィンとウォンの間におり、気楽に言う。
「イブレオは話のわかるやっちゃな!
どれどれわいが屋台の食べ物奢ったろ」
「うひょお、じゃああれがいいっすよ!
皆で食べれますしね!」
イブレオは一粒一粒がテニスボール程の大きさの化け海葡萄が売られている屋台を指した。
化け海葡萄は主に海で取れて、沿岸の街では主食として売られている。
繁殖力が高く、至る所に生えているおかげで安価。
一つの茎に複数実が存在している。実は固く苦いが熱を入れて灰汁を取ると、食べられるほどに柔らかくなり、苦みもとれ、程好い塩味が追加される。
沿岸の子供達にはおやつとして認知されている食べ物だ。
王都で売られているのは、それをもう少し加工したもので、ソースをかけて食べる。
屋台によっては同じソースでも違う味がするので、自分だけの化け海葡萄屋台を見つける趣味を持つ人間もいたりする。
「化け海葡萄やんか。わいのお財布にも優しいし、全員でシェアできる食べ物を選べるイブレオは優しいやっちゃなぁ」
「リーアちゃんもおれば良かったんやけどな」
「そうですねー、リーアもいればよかったんっすけどね――って何でニヤニヤしてるんです!?」
イブリオはリーアの事が好きであり、たった数日の付き合いのウィンとウォンでさえも見抜ける程周知の事実であった。
本人はその振舞いに気付いていない。
「なんもないで。おっちゃん化け海葡萄一つ」
金を払い、化け海葡萄を受け取ってイブリオへと渡そうとした時、屋台通りの奥の方から人々が走ってくるのが見えた。
「なんや?祭りか?」
「いや、そんな風には見えないな。
どうした?何があった?」
ギルド商会の名刺にもなる印を提示して走っていた一人の男を捕まえる。
「いきなり魔物が現れたんだよ!それも一匹じゃなくて大群だよ!
大慌てで逃げてきた!今は近場にいた兵士が戦ってくれているけど、それを邪魔する奴がいた。
そいつが滅法強くて・・・ヤバかった!とにかくヤバかった!
俺は親父と共に城近くまで逃げないと・・・くそ、店の商品もか・・・」
そんなことを呟きながら男は走って行ってしまった。
「イブレオ、行くぞ」
「んぐっ。了解です」
魔物が王都内に侵入することはまず在り得ない事態であった。
王都の周りにある壁は魔物を寄せ付けない代物であり、最上位級の魔物でなければ王都へと入ろうとは思えないのだ。無論それは上からも下からでもある。
それを掻い潜って現れたとなれば、まさに緊急事態である。
「なんで雷電狼がこんなとこにいるんだよ!」
「知らないわよ!そもそも王都に魔物がいるのがおかしいでしょ!」
「いいから黙って倒す!ロイ!そっちに行ったぞ!」
「あいよ!」
民家を襲おうとしていた雷電狼の集団を冒険者ギルドの中堅達が戦っていたのをワワが発見する。
ロイと呼ばれた冒険者が雷電狼へと弓から矢を放つ。
確実に胸に命中をする予定だった矢は刺さらずに雷電狼の肉体から弾かれる。
「なっ!んにゃろ!」
五本同時に放っても矢は肉体を貫通することは無く。
敵意を溜めたロイへと向かって雷電狼は突進し、咢を大きく開けた。
「剛断脚!」
ロイと雷電狼の間に入ったワワが噛みつかれる前に首を切断してしまう。
「ワワさん!?」
「気を抜くな、そこらの雷電狼とは違う。B+くらいと捉えろ」
自身が首を落としたことで雷電狼の力量を把握する。
普通ならば切れの良い刃物のようにストンと落とせるのだが、脚を叩きつけた瞬間に子供の腕力で薪を割った時のようなつっかえる硬さがあったので、力を入れて首を落とした。
「B+!?ニ段階も違うじゃないですか」
「お前達で何とかできるか?」
「無理です!」
「僕達全員合わせてB++です!」
冒険者の質が終わっているとジュリがボヤいていたのをワワは思い出す。
だがそれもカイやジュリのような飛び出た者が一人で片付けてしまうのにも原因があった。
「どおおりゃあああああああ」
イブレオの一振りで三体もの雷電狼が斬り薙ぎ倒される。
「イブレオ、任せれるか?」
「魔物は俺の専門ですよ。多少強くなろうがいけます」
ワワの走り出しより遅れて到着したイブレオは自分の身長と同じような大剣を起動し肩に担いで親指を立てた。
イブレオ・マレシアンジョー。
冒険者ギルドの一員であり、主に魔物討伐を生業としている。
今までに狩った魔物は五百体を超え、Sランクの魔物をも討伐したことがある。
メラディシアン支部での魔物討伐では右に出る者はいない。
今回は道中の魔物討伐の為に駆り出され、仕事事態は帰りの道まで無かった。
実力はワワより上のA+である。
「ワワさん、ヤバイ言うてた奴見つけたで、ここから南東の広場や」
アマネが作った魔力感知器でウォンは巨大な魔力反応を見つけた。
「よし、俺とヴィーゼル兄弟でそいつを抑える。
イブレオはユーリトとロイとフェンに援護してもらい住民を避難させながら、王都内に発生した魔物を討伐。
ティードは城にいる支部長へと連絡。
行動開始!」
ワワが叫ぶと全員が行動に移る。
「ええんか?イブレオとあれらに任せて」
「いいんだ。あいつらは冒険者だ、俺みたいな対人ばかりを相手にしている人間よりかは適性だ」
「ほんなら連絡係にしたのは?」
「あいつは足が速く持久力もある。
戦闘でも囮役をやっていると聞くからな。伝令役には向いている」
「ほーん。ただでさえ多いギルド員の名前や個性も覚えているんやな」
「支部長ほどではないがな」
キュプレイナとワワは畑違いのギルドであれどギルド員の名前と個性は覚えている。
キュプレイナは自身が統括するギルドの長である為もあるが、メラディシアン支部の一員を家族と思っているからでもある。
ワワはそんなキュプレイナを尊敬しており、少しでも役に立つために真似をして殆どのギルド員の名前と個性を覚えている。
「うっ」
広場へとやってきてその光景を目にした瞬間、ワワは胸から込み上げる胃液を抑え込んで、近場の木陰へと身を隠した。
「なんや、これ、魔物やないやろ」
同様に木陰へと身を隠したウィンが呟く。
広場には王国兵たちの死体が無数に転がっていた。
頭が砕かれ中身が飛び散った死体。
心臓部分が貫かれた死体。
両腕が千切れて涙を流しながら絶命している死体。
肩から胸にかけて裂けられた死体。
顔面が拳の形に凹んで目が飛び出した死体。
首の皮一枚だけが胴体と繋がっている死体。
上半身と下半身が分断され臓物を飛び散らせた死体。
少なくとも七人の死体が広場には転がって、広場は血だらけになっていた。
抑えるとは言ったものの、在り得ない光景を目にしてしまい、身を隠すことを優先する。
過去にヴェルファーレに襲われた事もあり、何事も敵の力量を見るのが癖になっている。
「ワワさん、兄ちゃん・・・あいつや」
今まさに最後に残った王国兵士が半狂乱でこの惨状を作った男へと斬りかかる。
もう静止の声さえも聞こえない怒号のような叫び声をあげているが、男が右手を払いのけた風圧だけで勢いは止まった。
少なくとも見ていた三人には右手を払いのけたようにみえた。
だがしかし、実際は右手で兵士の首をへし折ったのであった。
兵士はその場で倒れ伏して、絶命した。
「やっぱり金で雇われただけの兵士はこんなものかよ」
男はツンツン頭で眉が無く、二メートルは超える体躯をした長身の男リェンゲルス。
剛腕でもないが、二メートル越えの体躯に合った腕だけで全ての死体を作り上げたのはこの男である。
「なぁ、お前等もそう思わねぇか?」
ワワやウィンやウォンに語りかけているのかと思い身体を硬直させ、素直に目の前から出て行こうかと考えを過らせるが、リェンゲルスが広場の奥にあるテラス席がある喫茶店で茶をしている人物達へと向いていた。
そこには自身の長い髪の毛を後頭部にグルグルと巻き、モノクルをかけた物静かそうな色白の女が本を読んでおり、その対面には茶髪で丸顔を半分黒マスクで隠し、一心不乱にバタフライナイフで鉛筆を削っている中肉中背で猫背の男がいた。
「おぉい返事くらいしろや」
リェンゲルスがそう言うと、メメメが本を片手に持って視線を本から移動させずにワワ達が隠れている場所を指差した。
リェンゲルスがその方向をゆっくりと向くと、三人の背中にゾクリと寒気が走った。
眉が無いから威圧的に見えているだけと思ったが、人を腕力だけで殺せる実力を持った武闘派の男。
その目に射抜かれただけで、鳥肌が立ち、嫌気が差し、回れ右をして逃げ出したくなる。
ワワも、ウィンも、ウォンも、それなりの修羅場は切り抜けて生きてきている。
肉人だってそれなりの修羅場であったが、これはそれ以上の修羅場だと言い切れた。
「おい出て来いよ!」
血だらけの拳を死体の服で拭きながらリェンゲルスはワワ達に向かって叫ぶ。
「やるしかないっちゅうことやな。これ渡すわ」
「これは――お前達の曲か」
腹を括ったウィンが渡したのはウィンの曲が再生されるイヤホン。
「しかも特別なやつや。
一曲目から飛ばしていくようになっとって、全九曲四十三分や。
それまでにケリをつけへんと身体がオーバーフローしてえらいことになる。
わいらは前でてやられたらスキルが消えてまうから、ワワに頼むことになるけど、ええか?」
「俺が死にかけたら流石に助けてくれよ。
あと一撃でやられたら逃げろ」
「させへん」
「いやいや」
「させへん。漢に二言はない」
「・・・わかった。じゃあ行くぞ」
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