111:鉄女
キュプレイナは普段から所持している魔遺物を取り出して、発動させる。
その魔遺物は手錠である。しかもただの犯罪者を捕まえる目的とした手錠。
特別な措置があるとしたら、嵌められた時点で抵抗を抑制する力があるくらいであった。
緑髪の女もその手錠を見て不思議に思い、首を傾げた。
「それでどうやって殺すのかな?殺すって言うのはさ、こうやってやるんだよ」
緑髪の女もスキルを発動させて右手の人差し指に小さな球体を作り上げる。
指を回して球体をキュプレイナへと向けて飛ばす。
余裕を持ってキュプレイナは避ける。
「ハハッ」
指をくんと曲げると、避けたキュプレイナを球体が追尾する。
更にはその速さは飛ばした時よりも早かった。
パンとキュプレイナ持っていた手錠で払うと軽めの破裂音と共に球体は飛び散った。
球体に触れた部分が煙を上げて腐食しているのをキュプレイナは一瞥し、緑髪の女と目を合わせた。
「ヴェルが持っている毒の鉤爪はユララとあたしで作ったんだよね。
この前はヴェルが後れを取ったみたいだけど、ヴェルの領分じゃなかったから仕方ないよね。
あ、これ言うと機嫌悪くなるんだけどね」
報告書とワワから聞かされていたヴェルファーレが使っていた市販では回っていない魔遺物。
エノンが使っている中央遺物協が取り扱っている魔遺物に酷似していた。
ユララ・マックス・ドゥ・ラインハルトが技術の盗用をしていたのだろう。
この緑髪の女の発言からユララも暗殺ギルドの一員だと理解した。
「暗殺者と言うのは口が過ぎるのだな」
「だって死人には口はないしね。まぁ口どころか骨の髄まで残さないけど」
舌を出して涎を垂らす。
舌にも丸ピアスが二個ついてあり、そこから涎が滴り落ちて、空中で停滞する。
ひたり、ひたりと落ちていき、掌サイズの球体になる。
「ねぇ攻撃してこないの?黙ってあたしの攻撃を受ける気なの?」
キュプレイナは手錠を揺らしながら黙って聞いているだけだった。
呆れたようなポーズを取ってから緑髪の女は今度は鍵型の魔遺物を起動する。
起動した瞬間に球体が膨張を始め、顔程の大きさ、上半身を包み込むような大きさ、全身を包み込む大きさへと変化していく。
「これねぇ、発動したら終わりなんだよ。
あんたもそこの娘も溶けて終わり。
安心してよ、あたしは効かないから」
「そうか。ならばお互いにそうなら勝敗は何で決まる?」
「負け惜しみ・・・じゃないよね。
仮にも支部長だし――ね!?!?!?」
突然緑髪の女の手に手錠がかけられた。
あまりにも突然のことなので緑髪の女も声を上ずらせてしまう。
緑髪の女はキュプレイナが何かをしてくるだろうとスキルを使っている最中も魔遺物を起動している時も、球体が膨張している時も警戒はしていた。
しかし突然に自らの手にかかっている手錠は熟練の警戒網を抜けてやってきた。
更にはこの手錠、ずっしりと重く、腕の全筋肉、それに足腰で支えないと立つことがままならない程であった。
緑髪の女は脚をついてたまるかと神経を一瞬だけ手錠に注いでしまった。
それがキュプレイナの次の攻撃の合図になった。
鉄の柱が球体を突き破り地面から何本も現れて緑髪の女を取り囲み、先が形状を変えて蓋をしてしまう。
正に檻である。
「ぐっ、成程ね。
そっちもスキルの為に時間を溜めていたってことね。
やるじゃん、でもこんな檻で閉じ込めた気になって貰っちゃ困るな」
「液状化して抜けるのだろう?」
「・・・・怖いスキルだね」
緑髪の女は宣言された通りに身体を液状化させて檻から抜け出そうとしていた。
だがそれが封じられている。
スキルを発動しても、したつもりに終わる。
キュプレイナのスキルで嵌められた手錠はスキルを使えなくする効力がある。
「そうか。まぁそれらの本領はここからだ」
檻の中に一本の太い柱が現れる。
「アイアンメイデンじゃん」
緑髪の女の目の前に現れたのはアイアンメイデン。
蓋を開ければ中には無数の棘があり、それらが全て致命傷を負わない場所へと刺さる様に仕組まれている。
対象者を中に入れて刺した時に血が溢れ、流れ出ることから鉄の処女と謂われている拷問器具である。
「あれ?勝手に身体が動くんだけど?」
一人でに身体が動いてアイアンメイデンの中へと自ら身体を収める。
「痛いんだけど?針治療より刺激的するんですけど?」
キュプレイナはただ煙草を吸って観ているだけ。
「良い趣味してるね」
「そりゃどうも」
バタンと扉が閉じられる。
緑髪の女は悲鳴の一つも上げないが、呻き声だけがアイアンメイデンの中で聞こえてくる。
一服の為に煙草の煙を吐くと、棘に血をつけながらアイアンメイデンの蓋が開く。
それは丁度緑髪の女が痛みに慣れてきた頃合いであった。
「やりなれてるじゃん・・・」
全身から血を流しながらも余裕ぶった言葉を投げる。
常人ならば悲鳴を上げ、奇声をあげて、精神状態が真面でなくなる。
それくらいの痛みと恐怖なのにも関わらず緑髪の女は変わらず言葉を交わしてくる。
ただ肉体的な疲労は顔から見れた。
「まだ一個目だぞ」
「へぇコース料理。あたし食べた事ないから楽しみ。
ねぇ食後にちゃんと煙草頂戴よ」
「醜い口だな」
大きく煙草を吸って、吐く。
「げひっ、いっでぇ」
スコールド・ブライドルと言った鉄マスクを緑髪の女の顔に急に張り付いた。
口の部分には棘があり、喋れば喋る程に傷を深めて、無理をすれば舌が切れてしまう代物。
「ほんはほヒアフあへふほほ、ははんはひ」
「お前の胸の中はどうなっているんだ?」
「がっ・・・それは・・・死ねるねぇ・・・」
ブレスト・スリッパーが勝手に胸を引き裂き始める、皮膚が裂け、筋肉が裂け、中身まで達しようとした時に、緑髪の女の目の前が暗闇に染まる。
何かの中に入れられたのは理解した。
感触からして鉄だとも判断が付く。中は狭くて丸まっていなければ態勢を整えずらい。
上を向くと先の方から光が指していた。緑髪の女は理解した。
「それがメインディッシュだよ」
「やったね。牛肉好きなんだよ」
ファラリスの雄牛。
これは鉄だが、対象者を真鍮で作った空洞の雄牛の中に入れて焼き殺す。
光指している部分は口であり、そこから対象者の声が漏れて、牛の鳴き声のような音が鳴る仕組み。
徐々に鉄が熱されて皮膚が張り付き、滴った血が蒸発していく。
呼吸をするために口の方へと移動して息を吸っても殆どが血汗で出来たむせ返る熱気。
流石に暗殺ギルドの熟練であると言えど限度がある。
心は屈せずとも、身体は限界を迎えていた。
熱が籠り、意識が朦朧とする中で、緑髪の女はあることに気付いた。
それは走馬灯から得たものではなく、単純な疑問であった。
キュプレイナの煙草・・・大きく吸っても短くなっていなかったな。
そう知覚した瞬間に眼前にキュプレイナの拳が迫っている場面へと変わった。
顔面を殴り抜けられて口の中が切れた。
頬に鈍い痛みと、口内に血の味が滲む。
ぺっ、と血を吐いて今の状況を確認する。
腕は後ろに回されて手首に手錠をかけられている。入念に両の親指にも手錠がかけられており、足首にさえもかかっており、徹底的にと言わんばかりに首にまであった。
首の方は壁に繋がっていて、自分がスキルを発動した場所に留められていた。
「以外に早かったな。
おはようの時間だ。いい夢見れたか?」
「成程、幻覚か、やっぱり怖いスキルだね」
幻覚と分かった所で事態は緑髪の女にとっては窮地にあるのは変わりなかった。
どこからが幻覚だったのか、どこまでが幻覚だったのか。
スキルが使えないあたりは幻覚じゃない。
あの突然現れた手錠も幻覚ではない?
この手錠そのものは魔遺物・・・ではない?
「考えている通りだ。
こちらが魔遺物で、こちらがスキルだ」
手に起動したものと、使用したものを二つ見せる。
どちらも遜色違わない見た目であり、初見では見抜くことはできない。
スキルを見抜くスキルか、魔力感知の魔遺物があれば見抜けていただろう。
緑髪の女が魔力感知の魔遺物は所持しているが、使わない。
自分に魔術の素養があり、見て感じることが出来るからだ。
だからこそ、同じ魔術の素養があるキュプレイナがスキルを使用した時に魔遺物と容量が同じの魔術を発動したのにも気が付けなかった。
意図的に対象部分へと出現させることができ、かかった時点で相手のスキルを使えなくさせる代物。
復讐を成し遂げる為に、師であるシスターが崇めていたワタ=シィに祈りを毎日捧げていたら身に付いたスキルであった。
「スキル複数所持は狡いじゃん」
「あれで死なないのはお前を少々甘くみていたよ」
「お前なんて他人行儀だね。
あたしの名前はブデスト・ジズマだよ」
「そうか、墓にはそう書いといてやる」
「見せしめにされて動物や魔物の餌にされる職業だってのに、墓を掘って貰えるなんて嬉しいねぇ。 なんだ、そんなにも気に入ってくれたのか」
「仕事上そうなんだよ。自分で手にかけたら墓を掘らなきゃならない」
「変な規則だ」
「私もそう思う」
キュプレイナはブデストの胸に短剣を突き立てる。
そして柄に力を入れて押し入れる。
その瞬間に後方から魔力反応を感じて避けた。
ドン!!!!!!
と地と身体を揺らす轟音が鳴ったのも同時であった。
後方の魔力反応がキュプレイナのいた場所を通過して壁に埋められている方の手錠を破壊した。
行動の自由を得たブデストは後方へと退いて、一目散に姿を消した。
後方の魔力反応の場所を見ても既にそこには存在は無く、もぬけの殻であった。
ブデストは逃したが手錠のスキルは一日は効果が続く。
例え破壊できる代物を持っていたとしてもスキル効果を外すことは不可能。
ブデストのスキルは使えないとみていい。
キュプレイナは身体で大きく息をして気を失っているジュリを抱えて、騒がしくなり始めた王城への中へと戻ってイリヤの元へと駆けるのであった。
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