104:心に刻む
「ここがイリヤ様の御部屋です」
他愛ない話をしているとイリヤがいる部屋へとやって来れていた。
城の位置でいうと中層の右端であり、極力人の出入りが少ない部屋であった。
魔王城と酷似しているならば兵団や騎士団の訓練施設も反対側かな。
角を曲がった先にあるので部屋に入るのさえも廊下から死角になっている。
あてがわれた部屋としては暗殺向きな部屋でもあるな。
部屋の前には王国兵士が一人在中していた。
長身で筋骨隆々な見た目。
彼の名前はジャガロニ。
いつも腕を前に組んでいたのに、腕を背中越しに手を当てて仕事モードなのは新鮮だった。
ジャガロニは俺達に気付いた。
「俺はイリヤ様の護衛担当のジャガロニ・ウェスタンです。よろしく」
どうやら初対面でありたいようなので、初対面の挨拶をしておく。
ヘクトルが扉の隣に備え付けてあるコンソールパネルへと親指を押し当てる。
「ギルド商会のキュプレイナ様とイリヤ様のご友人がご到着なさいました」
そう言うとコンソールパネルの向こうから緊張した声が返ってきた。
「ど、どうぞ!」
カチャンと鍵が外れる音がした後に、失礼いたします。と言いヘクトルは扉を開けて俺達を先に中へと案内させた。
扉を開けると狭い連絡通路がある。
それを抜けると三十二畳分の広さの部屋がある。
その奥には八畳間のイリヤの私室があり、右側には外を見渡せるバルコニーと小さな洗面、風呂、トイレがある。
左側には大きいキッチンと、従者が寝泊りする四畳分の仮眠室があった。
懐かしいな。
廊下を歩いている時から懐かしさはあった。
この部屋は俺が三百年前に寝泊りしていた部屋と同じだ。
これは果たして偶然なのだろうか?
ヘクトルは全員が入ったのを確認すると扉の前へと戻った。
通路を抜けると、俺が治した服よりも高価だと一目見てもわかる淡いピンクのドレスを着て、少しだけ豪華な椅子に座るイリヤと、紳士服を身に纏ったガラルドが立っていた。
「よ、ようこそ。
わ、私イリヤ・グラベル・メラディシアンの為にお越しいただきありがとうございます・・・です」
必死に覚えた挨拶の言葉も緊張してしまって素が出てしまっている。
おかげで俺は笑ってしまった。
「な、何が可笑しいんですか?」
身を乗り出して怒ろうとしたけど、それがはしたない行為だと教えられたのか抑えて俺に質問する。
「だってさ、無理して取り繕っているのを見ると笑えるんだもん」
キュプレイナがおいおい仮にも継承権を持った人物なのだぞ?と目で訴えているが、この部屋に入った時点で気ままにやらせてもらうと決めた。
「わ、私だって頑張って勉強中なんです、笑わないで貰いたいです」
「この場には形を気にする人間はいないから、いつも通りでいいよ。
少なくとも俺はそうさせてもらうよ」
「か、勝手にしてください」
おほんと咳払いしてからイリヤはキュプレイナに目を合わせる。
「ギルド商会メラディシアン支部支部長キュプレイナ・ワイナイナ様。
この度は私との契約を快く受けて抱きありがとうございます」
「イリヤ殿下の為ならばギルド商会は盾にも鉾にもなりましょう。何卒ご命令ください」
キュプレイナはイリヤの前で跪いてイリヤの手をとって自身の額に当てた。
「ではお言葉に甘えて命令させていただきます。
此度は長旅ご苦労様でした。
私の部屋の隣にギルド商会様のお部屋を四室ご用意させていただきました。
ささやかならがですが、旅の疲れを癒し下さい」
「俺達の部屋は?」
「リヴェンさん達の部屋もありますからちょっと黙っていてください!」
怒られてしまった。
「ではご命令を遂行させて頂きます。
遂行するにあたってガラルド氏をお借りしてもよろしいでしょうか?」
これには困ったイリヤは横目でガラルドに助けを求めると、ガラルドは静かに頷いた。
「どうぞ。何か分からないことがあればガラじ・・・ガラルドにお尋ねください」
「ありがとうございます」
そう言ってキュプレイナは下がった。
「・・・・」
イリヤは黙って俺を見ている。
何か話して進行しろとの訴えが見える。
しょうがないな。ずっと聞こうと思ってきたのを話そうか。
「じゃあガラルドとキュプレイナは部屋の確保でもしてもらってさ。
イリヤ、俺は君と二人で話がある」
「・・・分かりました」
ガラルドへと目で指示を出して他の全員は外へと出ていく。
この場には俺とイリヤだけになった。
「じゃあ話そう」
「えっと、パミュラさん戻ってよかったですね」
「アマネがアフターケアをしてくれたからね」
「その・・・ガストさんとパミュラさんも来てくれたんですね」
「イリヤに助けられた恩があるのと、俺が魔王だからだよ」
「いつもの調子で話すんじゃないんですね・・・・」
「いつも通りだよ。
いつも通り・・・・いや嘘は良く無いね。
イリヤ、俺は今イリヤに対して怒っている。
なぜかと言う前に自分に心当たりがあるか考えてほしい」
イリヤは小さく顔を伏せて言った。
「私が・・・勝手に王位継承権を持ったから?」
「違う」
「えっと・・・勝手にリヴェンさん達の元を離れたから?」
「それも違う」
「いい暮らしをしているから?」
「一番的外れ」
「私がリヴェンさんを裏切ったから?」
「・・・具体的には?」
「えっと、それは・・・ごめんなさい。分からないです」
「俺を救うには手順がいる。そう言われたでしょ?」
「え?・・・はい、ダントに言われました。それがどうかしましたか?」
「イリヤ、ヨーグジャの集落から出るときにガラルドになんて言われたか覚えている?」
「覚えていますよ。私は自由で何をするにも私が決めるって言われました。だから」
「だからダントの意見にのって恩赦を使い犯罪者である俺を解放した。
それは確かに良い手順だ。この国は冤罪が多く国外追放となっている貴族たちがいる。
それらを派閥に取り入れるのに大きく作用する。
それに俺に恩を売っておけば力になってもらえる」
「私はそんな風には考えていません!」
「そうだね。だから怒っている」
「それはどういうことです?」
「イリヤは自分で考えたつもりで決定を下した。
王族とは知っていたから王位継承権を持って継承に挑むのもいい。
俺を物扱いしようがそれもありだ、争い事にはそう考えるのもありだからね。
だがイリヤは心から望んでいないだろう?
それは自分で決定を下したつもりでいるだけだ。
今だってそうだ、俺に考えさせられている。
それは自由であり、自分で決定していると言えるのかい?」
「そ・・・れ・・・は・・・」
反論する言葉を詰まらせる。
イリヤにしては考えに考えただろう。
いくら冤罪が多いと言えど実際に悪意を持って犯罪をする者達をも解放してしまうのだから、そんな行為を快く思わない被害者がいる。
イリヤは弱者の気持ちに寄るだろう。
だけどその気持ちを押し切ってまでもイリヤは決断させられた。
ガラルド達はそんな腹積もりでなかったとしても、たった一週間の間の自由を堪能させた後に首輪をつけなおしたのだ。
こんな子供に。とは言わない。
それがイリヤの人生なのだから。
最終的な決断はイリヤがするのだから。
正直な話、俺の怒りは我儘であり、ただただイリヤを虐めているだけなのだ。
それでも事実を露呈させて、心に刻まさせなければいけない。
「この一週間イリヤの身に何があったかは知らないよ。どんなに辛いことがあったかも知らない。
それはこれから助けてくれる人がいない場で起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。
何が起ころうと継承が終わるまではイリヤの決定が事態を大きく左右する。
そう言われたよね?」
「はい・・・凄いですねリヴェンさんは、何でもお見通しですね」
「俺は自分の頭で考えて予測しているだけだ。
イリヤだってそうしたんだろう?」
「一応は頑張って考えました。
だけど・・・悪い事ばかりが頭に過ってしまうんです。
もしもうまくいかなかった時はどうしようとか、取り返しのつかないことになってしまったらどうしようとか・・・」
ぐっと膝の上に置いているドレスが握り締められる。
「私の意思で誰かが傷ついたらどうしようって!」
頑張って涙を流さないと堪えているせいで口元が震えている。
「それでいいんじゃないかな?」
「・・・・え?」
イリヤから呆気からん言葉が洩れた。
「だって私の決定のせいで人が傷つくんですよ!」
「そうだよ?イリヤはそれくらい大きな力を持ったんだよ?
自覚があるから悩んでいるんでしょう?」
「そです。そうですけども」
「俺は魔王と意見のすれ違いで口喧嘩、時には殴り合いをしながらでも全魔族に出す命令決めていた。
その命令で死人が出たら、それは俺達の責任になるのは当たり前だろう?
極力死人を出さないような計画を立てても上手くいくことなんて少ないんだよ。
だから大きな力を持ってそれを行使する時点で誰かは傷つき、責任は発生する。
イリヤ、君は今何だい?」
「私は・・・私はイリヤ・グラベル・メラディシアン・王位継承権を持つ王女・・・」
皺になりそうなドレスを握っている手を取って優しく握ってやる。
「俺は約束したよ、イリヤを守るって。辛くなったらいつでも守ってあげるよ」
そういうと逡巡した後に俯いていたイリヤが顔を上げた。
その朱色の瞳には力強さがあった。
「・・・分かりました。そう言う事だったのですね。
私が、私の強い意志で決定する。
それがもしも酷いことになったとしても、私が責任を取る。
言葉では分かったつもりでいましたが、リヴェンさんに言われて、真に心得ました」
「うん。それでいい」
これでイリヤの芯が固くなっただろう。
ちょっとやそっとの指示では迷いをみせないはずだ。
これは上に立つ者の心構えであり、必要不可欠な資格だ。それがないとこの城では生き残れない。 自信に幸運が降ったとしても周りから陥落していくからね。
「リヴェンさん」
手を離そうとすると小さな手で握られて呼び止められる。
「何でしょうかイリヤお姫様」
いつもの調子で揶揄うと、イリヤは八重歯を見せて屈託のない笑顔を作った。
「約束ですからね!」
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