103:イリヤ様はお優しい
馬車を止めて荷下ろしを始める。
俺は面倒なのでキュプレイナと共にイリヤが待つ一室へと向かう。
ウィンとウォンとモンドは荷物整理で残りが俺の後をついてくる。
「ご案内を任せられました王国騎士団第一大隊所属ヘクトル・ル・ヴァンニです」
騎士団式の敬礼をして俺達の前に現れたのは茶髪の好青年であった。
キュプレイナと俺達は自己紹介をする。
「・・・・?」
した後にヘクトルはバンキッシュをまじまじと見つめていた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、前参謀に背格好が似ていらっしゃったので、その・・・面影を重ねてしまいました。
申し訳ない」
「へぇ君は背格好を記憶しているんだ」
「はい。お恥ずかしながら元参謀は俺・・・じゃなくて私の憧れでしたので」
憧れの人物を真似したり観察したりするのはよくある話だ。
背格好を見ただけで重ね合わせられるのは中々できないが。
「それでイリヤ殿下のお部屋は?」
「す、すみません。只今ご案内いたします」
キュプレイナの一言でヘクトルは慌てて姿勢を正して前を歩き始める。
王城の中へと入って感じたのは懐かしさであった。
三百年前に居住地としていた城の内見に似ているからである。
勇者の伝記によれば魔王城はリーチファルトと勇者達の最終決戦で倒壊し、現存してはいない。
図面も何も残っていないはずなのに、この城は類似している。
「彼は君のファンみたいだね」
「すみません。
ヴァンニさんが仰る通り私に憧れを抱いていらっしゃっているのは知っていましたが、まさか背格好だけで勘付かれるとは思いもしませんでした。
それにしても疑問なのですが私に憧れを抱くということは都合の良い仕事人間になりたいという事でしょうか?」
「仕事を任せられることが大層な事だと思っているんじゃないかな?
しかもその仕事をしっかりと捌けているなら、なおのこと君の背中が大きく見えたのかもしれないね」
「そういうものでしょうか」
「彼はそうだね。理想と憧れを混同しているから、ちょっと普通の価値観で見ると難しいかもね」
「何かあれば私が対処しましょうか?」
「君が対処したらややこしくなるから駄目だよ。
――まぁ城に亡霊が出るとか噂がたつと面白くなるけどね」
「ではどうしますか?」
「今回の場合は予め決定事項にしておくと支障がでる。
俺がいる場では俺が対処するけど、俺がいないならばイリヤの立場を優先して行動してほしい」
「了承しました」
他の全員も聞いていたようで頷く。
まぁ俺はイリヤの立場がかなり悪くなるまで自分中心に動くつもりだ。
「ねぇねぇイリヤってどういう人物?」
とりあえず王国騎士団の大隊に在中している人物にイリヤの評価を聞いておこうと思う。
たった一週間程度でぽっと出の少女がどこまでの評価になっているのか。
「イリヤ様ですか?優しいお方ですね。
私はイリヤ様のか・・・護衛を任せられることが多いのですが、その度に椅子やお菓子や飲み物を持ってきてくださいますね。
臣下を労う光景はこの城ではあまり見受けることはありませんから新鮮な気持ちです」
仮面の奥でバンキッシュがため息をついた。
わかるよ、余所者に言わなくていいことを言っている元部下を見て頭を抱えたくなる気持ち。
とりあえずイリヤはやはり突然現れた存在なので末端の者が対応している。
もしくはガラルドが他の継承権を持つ間者を近づけない様にしている為に末端の者が対応しているかだな。
それとイリヤが振舞う優しさは変わりないと。
「それとイリヤ様はユーフォリビア様と仲が良いようで」
「へぇお互い優しいから気が合うのかな?」
「そうでしょうね。
先日茶会をしていらしたのですが、まるで親子のような・・・・・あ、いえ姉妹のような微笑ましい光景でしたよ」
ユーフォリビアの年齢では子供はいてもおかしくはないからヘクトルがそう言うのもありなのだが、バンキッシュが言うにはそこに触れるのは禁忌らしい。
理由は見合う男がいないからとか、なんとか。
この情報は有難いな。
ガラルドに頼むまでもなくあちらから接触してきている。
ガラルドに頼みごとをする場合交渉が発生するから良かった良かった。
この前例があるならば交渉するまでもなく口で丸め込める。
裏の顔がガラルドの情報通りならば、この接触はイリヤの手の内をみるか、暗殺を狙ったかだな。 イリヤ自身に暗殺をしようと無駄な努力だが。
「他に仲がいい人は出来たのかな?」
「えぇっと、その、一度紅茶を頭から被って帰ってきた日がありましたね・・・
あ、安心してください火傷とかはしていらっしゃらなかったので、ただ・・・」
誰がとは言えないようだ。
大方継承権を持つならばシーマかカナビナのどちらかだろう。もしくはハトハルか。
男性三人は聞くところによると陰湿ではない。
「ただ?」
「怒っていらっしゃいました」
頭から紅茶をかけられたから怒っていた。
という解釈が妥当なのだが、イリヤの性格上、イリヤはかけられたから怒ったのではなく、怒ったからかけられたのだろう。――少しはかけられて怒っている気持ちもあるかもしれないが。
つまり相手方も癇癪を起して耐えきれずにイリヤに紅茶をかけたことになる。
まぁまぁ役に立つ情報である。
それにしてもヘクトルはバンキッシュに憧れているとは思えない程に口が軽いな。
チラリと横目でバンキッシュを見ると頭を振って辟易としていた。
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