98:リヴェンとボォク
「あれは・・・そうじゃの三百十年前の話かの。
余、オーレ、ワタ=シィは数百年に一回の一興であるげぇむをしておったんじゃな。
げぇむの内容は自分の駒をしたてあげて、駒が敵陣を落とし切って、駒を殺せば勝ちという如何にも単純なげぇむじゃの。
駒には自分が持つスキルを分け与えることができるのじゃ。
そのげぇむの報酬が今度のげぇむまでこの世界の信仰心を全て勝者が所持するのじゃ。
なのにじゃよ、なのにじゃよ!余はお主を転生させて魔王として育てようとしたのにじゃ、お主はなんじゃ?
魔王になるのではなく魔王の右手になりおって!
しかも託宣スキルを自ら無効化しよって!
慈悲のある余じゃからこそ、唾を飲み込み、震える手を地に叩きつけるのを堪えたがの、神の賜物を無下にするのは、どうかと思うのじゃよ」
「俺は君を知らないし、自分で貰ったスキルを無効化した覚えもない。
・・・今でも神などいないと思っている自分がいるよ」
「それじゃ、それなんじゃよ!
お主!託宣スキルを無効化するはおろか余と会った記憶さえも無くしておるのじゃよ!
通常は転生、転移者は神と出会った記憶は持っておるものじゃ、じゃなければ使命がないからの。 本当にお主記憶がないのかの?」
「ない。
あったらもうちょっと感動の再会をしているね。
それで結果俺は勇者に負けた。だから今この世の信仰心はオーレにある、それでいいかい?」
俺の瞳や表情から嘘の色がないかを確認してから、
「そうか・・・」
と言ってボォクは何故か寂しそうな表情になった。それも一瞬だけで俺の問いに答える。
「大体半々じゃの。
オーレが用意したのは勇者と呼ばれるグランベル・マグナスじゃ。
確かにお主は敗北した・・・まぁ死んでおらんから敗北とは言えんが詰みじゃったから敗北扱いじゃの。
その後の事じゃ、ワタ=シィが用意したのはお主の世界で御馴染みの織田信長じゃな。
厳密に言えばお主が認知している世界とは違う場所から連れてきたのじゃが、余は転移は専門外じゃからよく知らん。
転移には時間がかかるからと言い訳して遅れて参戦しよった時、余は暴れまわりかけたものじゃ。余は偉いから抑えたがの」
「世界の信仰心を支配する一大行事なのに適当だね」
そんな身勝手な行事に巻き込まれた身にもなってくれ。
「余はげぇむには真摯に向き合うタイプじゃよ!
オーレやワタ=シィが姑息なのじゃ!」
ボォクはルールに乗っ取ってゲームする真面目な神のようだ。
そのせいか俺みたいなイレギュラーが起きると対処できないとみた。
「勇者と信長は熾烈ながらも戦争を起こした。
結果、二人は打ち解け合い、二つの国に和平が結ばれて締結した。
半々ってこういうことでしょ?この場合どうなったの?
戦いはまだ続いているってこと?」
「寝起きにしては物知りな奴じゃの
・・・いやの、げぇむは既に終わっておる。
グランベルと信長は和平を結んだ。
そしてそのままグランベルは老衰で死におったわ」
「ワタ=シィってなんの神だっけ?」
ボォクは魔力を与え魔族の神、魔神。
オーレはスキルを授け人族の神、普遍神。
ではワタ=シィは?
「天神じゃの。
天から見下す下種下種の神であり、全てに精通する神じゃ。
あ奴は余のように魔力を分け与える能力はあるが、余よりは分け与えられぬ。
スキルも分け与えられるが、オーレのように万物万象程分け与えられぬ。
所謂器用貧乏じゃの。かっかっか」
「勇者は織田信長よりも先に死んだんだね」
「そうじゃ。
じゃがげぇむの内容としては如何せん疎かじゃ。
相手の敵陣を攻め落とし、駒を殺した時点で勝敗を決するのじゃ。
余は惨敗を喫したので発言権は無かったのじゃが提案したのじゃ。
じゃったら今回は全員引き分けにすればいいとな。
名案じゃったのじゃがの、あ奴等勝負に引き分けはないとか言うのじゃよ。
じゃあ引き分けって言葉ってなんじゃ?頭の中の辞書を引いて検索しても、勝負ごとに対しての引用ばかりでの・・・
余がそんな検索をしている間にあ奴ら勝手に話をつけおっての6:4で報酬を分けようと言いおったのじゃよ。
余は問うたよ、抗議したのじゃよ。
しかし余の駒は既に死んだと認定されてのじゃよ。
結果この世の中じゃ。
六割はワタ=シィが信仰し、四割はオーレが信仰されておる。
余は悪神と言われる始末よ・・・」
ネロの顔で落ち込んで見せると、俺の幼少期を見ているようで嫌な気分でもあり、懐かしくもあった。
「その悪神がどうしてネロの中にいるのかな?」
「余とオーレは基本的に地上におるのじゃ。
崇め祀れられ、願われば願いを叶えることもある。
余は信仰心を奪われたおかげで依り代が必要になったのじゃ。
余と魔王だけがお主が死んだと認識していないからの、お主の身体を依り代としたのじゃ。
魔王のスキルと余の存在自体があやふやになっていたから、お主の中で交わってしまい、共に封印されておった玉座と合体してしまったのじゃ」
元々ネロの中にいたのではなくて、俺の中にいたのか。
「ここからが本題じゃよ!心して聞くのじゃ!
余はお主のおかげでこうして仮初の身体を持ち、意識さえも取り戻した。
どうして三百六年もの間眠っていたと訊いたの?
それは余が力を取り戻し、あのげぇむを再度あ奴らに勝負を挑むためなのじゃ!
これが余の目的であるのじゃ!かっかっか!」
高笑いをしているボォクの後ろでシンクロウと呼ばれた鳥人が小さく拍手をしてボォクを立てていた。
「あぁそう。
つまり俺は未だに君の駒で、それをまた手伝えと言うんだね」
「転生前とは違い、物わかりの良い奴になったの。
そうじゃよ、余の手伝いができるのじゃよ光栄じゃろ?」
転生前、このボォクと会った記憶が無かったからか、それとも有ったとしても、同じ答えを言っていただろう。
「嫌だよ。
俺は君みたいな傲慢な奴の手伝いはしない。
そもそも俺を使ってゲームに負けたのは君だよ。
操作する奴が無能なのに、またそれに付いて行くと考えるのは思い違いも甚だしいね。
俺と君の間に信頼関係は一切ない。
俺は自力であそこまで対処し、魔王リーチファルトと仲間たちと共に勇者に抵抗した。
君はその間何をしたんだい?
話を聞いている限り何もしていない。
仮に俺が君から受けたスキルを無効化したのならば、それは君が俺を制御しきれていない君の落ち度だ。
なのにだ、君はその落ち度をひけらかして謝罪の言葉も姿勢もなく、再度手伝えと上から言ってくる。
ハッキリ言おう、俺はそんな奴が大嫌いだ。
だから手伝わない」
ポカンと小さな口が開いていた。
まるで自分が何を言われたかのを理解していない様にも見える。
まさか断れるとは思ってもいなかったのだろう。
多分転生前の俺も同じような事を言っているはずだ。だって俺だもの。
ボォクはふるふると震えている。
自分の自尊心を傷つけられた神は何をするだろうか?
俺の知っている神話の神は破壊の限りを尽くす。
コアを破壊してでもこの神をここで屠るのもありだろう。
神への叛逆ってやってみたかったんだよね。
「ううっ・・・そんなに言わんでもよかろう・・・
余だって、余だって頑張ったんじゃから・・・」
怒り狂うのかと思えば涙目になっていた。
何かの策かと思って警戒しているとシンクロウが立ち上がって俺に耳打ちしてくる。
「ボォク様は酷く打たれ弱い神なのです。
其方を手助けする為に色々と手段を講じておりましたが、其方には一切合切届くことは無かったのでございます。
恐らくは其方が神よりも自分を信じていたからでありましょう。
オレも勇者に立ち向かおうとしましたが、不甲斐なくも相手の神官と痛み分けに終わりましたからね」
「そんなことを言われても俺には関係ないよ」
「いえいえ関係はあります。
其方はボォク様と合体したことによって神としての資質もあるのですよ」
「・・・・」
俺に神の資質?
俺は人間から神に昇華する訳でもない。
機械と同じ魔遺物が物体が神になる等笑い話だ。
シンクロウはボォクに慰めの言葉をかけると、ボォクは目に溜まった涙を拭って改めて俺へと視線を合わせる。
「余は頑張ったんじゃよ。
お主が余を拠り所とせぬから、こうなったんじゃよ!
このままでは今度のげぇむで再度余は負けてしまうのじゃよ!
じゃからお主にお願いがあるのじゃよ!」
どうしても謝る姿勢はみせないらしい。一応話だけは聞いておこうか。
「今度のゲームはいつなのかな?」
「一年後じゃよ。
既に駒は用意されておる。
余はお主で行くつもりじゃ。
あ奴らの駒は用意されているとしか知らぬ。
今回は駒を探し出すところから始まるのじゃ。
しかもじゃよ?介添神として駒の傍らに付かねばならぬのじゃ。
余はお主から離れられぬし、お主も余から離れられぬじゃろ?
ちょ、丁度いいじゃろ!」
勉強しない神のようだな。
俺は自分よりも無能の下に付き従うつもりは一切ない。
合理的な判断だったとしても従う振りをするくらいだ。
ボォクには従う振りさえもする意味もない。
シンクロウがチラリと俺を見た。
先程の会話が意味のない会話ではなく、シンクロウからの進言であったのを理解する。
「分かった」
「おぉ!わかってくれたかの!ではの、ではの」
「俺がそのゲームにプレイヤーとして参加する」
「は・・・え?」
嬉しそうに説明しようとしたボォクの顔から疑問符が湧きだす。
「俺はボォクと合体したおかげで神の資質がある。そうだよね?」
「そう・・・じゃが」
「だったら俺がプレイヤーとして参加しても構わないはずだよね?」
「いや、そんな前代未聞じゃよ。
余の信仰心じゃよ?
余が本命じゃよ?」
「信仰心なんて俺にはいらないよ。
勝ったら君にあげるよ。
ただゲームに負けるってのは個人的に癪でね。
しかもそれが自分のせいじゃないってのが最も腹立たしい。
だから俺がプレイヤーになる」
「待つのじゃ、その方向でいくには問題があるじゃろ?
誰が駒になるのじゃ?」
俺は黙ってボォクを見つめる。
答えを渋っていると思ってボォクは暫くは黙っているが、俺の目線の先の人物が答えだと理解して冷や汗を流した。
「ま、待つのじゃ、それはいかんぞ」
「何を言っているんだい?
俺と君は一心同体だよ。
ほら、丁度いいじゃないか」
「余が、駒?
在り得ぬ!あってはならぬ!
余は神ぞ!転生者に扱き使われる神なぞ恥ではないか!」
「そう?俺は負ける方がよっぽどの恥だと思うけどね。
まぁ君がこの意見に賛同できないなら、それでいいよ。
俺は勝手にエントリーしてやらせてもらうよ」
どこまで本気なのかを確かめるような目。
目で語らせておこう。
俺は本気だと。
お前の意見など聞いていない。
俺の意見を受け入れて駒になるか、受け入れないで再び雪辱を味わうかの二択なのだと。
「・・・・主が、お主が勝つ見込みはあるのかの?」
「そうだね。前回の点を踏まえて言うとあるね。
後は君の手助け次第なんじゃないかな?」
ボォクは必死に考え込む。
今までとは違う、出会ったことの無い出来事のせいで思考を張り巡らせる時間が長くなる。
神に叛逆する者などいなかった。
しかも神を駒扱いするものなどいるはずもなかった。
ここまで不敬に扱われて、苛立ちが募らないのはリヴェン・ゾディアックと交わりすぎたと言ってもいいだろう。
リヴェン・ゾディアックはボォクの権能を無効化して、それでもなお相手方の駒である勇者グランベルに立ち向かい、一度は殺した。
転生前とは経験値も知識量も戦闘値も桁が違うほどに成長している。
ボォクは決心する。
「しょうがないの・・・余はお主の駒になろう。
お主が次回開催のげぇむのぷれいやぁとする。
余は主の手助けをするのは変わりない。これでいいかの?」
「いいよ。
それじゃあ君のお願いを訊いておこうか。
あるんでしょゲームに勝つためのお願いが」
「あるけど、本当にいいのかの?
余が死ねば、余は概念じゃから残るが、お主は死ぬのじゃぞ?
死が怖くないのかの?」
「何当たり前の事を言っているの?怖いに決まっているじゃないか。
ただ今は死よりも怖いものが上にあるんだよ。
それだけ。
ほら、早くいいなよ。
そろそろ寝ておかないと、明日に支障が出る」
「むむ誠に不敬な奴じゃな。
言いじゃろう、このげぇむに勝つために必要なのは・・・」
「・・・・なのは?」
急にピタリと止まって黙るボォクに訊ねても答えは返って来ない。
「おーい」
目の前で手を振っても眼球はついてこない。
「あ、それ、活動限界来てますね。
ボォク様、まだ力をちゃんと回復しきっていないので月夜が出ている夜の数時間しか動けないんですよ。
オレの口から言ってもいいんですけど、それするとボォク様拗ねちゃうので、また明日に続きを話しましょう」
シンクロウはボォクであったネロを抱いてから俺に渡し、翼を広げた。
「オレの名前はチョウソウ・シンクロウ。
魔神ボォク様の神官を務めさせていただいています。
いつでもボォク様を監視しているので、名前を読んでいただければすっ飛んできます。
これからよろしくお願いしますよ。リヴェン様」
そう言い残してシンクロウは飛び立ってしまった。
シンクロウの背中を見送ってから、スヤスヤと眠るネロの寝顔を見てから、今の会話を反芻する。
俺の中で止まっていた時間がようやく動き出したのだと確信した。
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