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1-8:溶け切ったアイスを冷凍庫の底にしまうまで

 フカはその夜、中々寝付けなかった。

 目を閉じるたび、訓練のことがフラッシュバックする。


 どうしても眠れなかったので、あとすごくアイスが食べたくなったから、こっそりと家を出てコンビニへ出かけた。


 コンビニへの道中、フカはダンジョン領域のある方向を見つめた。

 フカの家は、ダンジョン領域からそう遠くない位置にある。しかし、境界が見えるほど近くはないので何も見えない。


 もっと領域から遠いところに引っ越したいと父は常々言っているが、ダンジョン発生以来安全な市街地の土地と家賃の価格は上がり続けていて、とても一般人が住めるようなものではない。

 そもそも、人気が高すぎて部屋の一つも空いていないと聞く。



 帰り道、高校生らしき二人組が前方から歩いて来るのが見えた。

 基本的にすれ違う人の顔は確認しないタチだか、その声に聞き覚えがあったせいでつい見てしまった。


 一人と目が合う。

 そして、それが同じクラスの人だと気づいた。


 名前はよく覚えていない。中なんとか君と、木村?君みたいな名前だったはず。

 一本道。曲がることもできず、引き返すのも逃げるようだからしたくなかった。


「あれ、深辺じゃん。ちょっと来いよ」


 なんとかそのまま通りすぎてくれないかと思ったが、やはり絡まれた。

 フカは、ため息をつきそうになってこらえる。

 変に目立つ態度をとると、そこに突っ込まれて余計に長引くことを経験から知っていた。


「何か用?」

「いいから。どうせ暇だろ」


 アイスが溶けるから暇じゃない、と答えるほど馬鹿ではなかった。

 仕方なしに、彼らについていくことにする。

 にやにやする二人に連れられ、ダンジョン領域の前まで来た。


「……僕、装備も何も持ってきてないから」


 さすがにまずい、と思って逃げようとするが、肩をつかまれる。


「大丈夫だろ、レベル四十五なんだから!」

「ほらほら、俺たちに指導すると思って、ね?」


 ふざけた調子の二人に、半ば無理やり押し込められた。


 ダンジョン領域をくぐると、手に持っていたコンビニのレジ袋が、ポーチに変わって腰に着く。

 アイスは、携帯食料に変わっていた。アイテムはそれだけ。


 フカは自分の能力に自信がない。


 ソノもエンもいない状態で、ダンジョンに入るのは不安だ。自分のレベルは、二人のおかげで不相応なくらい高い。

 レベル四十五相当の敵が来たら、一人ではまず勝てないだろう。


「どこ行く?」

「あそことかどうよ」


 ポータルの前で呑気に相談を始める二人。

 やがて行先が決まったようで、中なんとか君がフカの手をつかんでポータルの水晶に押し付けた。


「『病院032』」


 次の瞬間には、廃病院の前に移動していた。

 ダンジョン化しているのは、いわゆる観光名所的な建物だけでなく以前はどこにでもある普通の施設だった建物も数多くある。

 そういった施設は、施設名プラス番号がダンジョン名となる。このダンジョンも、その類だった。



 肝試しが捗りそうな病院に、強引に連れ込まれる。

 基本的に有名施設の方が難易度が高い。なので、このダンジョンはそう難しい敵や罠はないだろう。

 でもランダムエンカウントがあるから気を付ける必要がある。


 二人はその恐怖を感じていないだろうか、とフカは疑問に思った。

 フカが命の危険にあるとき、二人もまたそうなのだと気づいていないのかもしれない。

 あるいは、おとりにして逃げるつもりか。


 このダンジョンは、見た目通り中身も廃病院だった。

 オレンジ色の非常灯が点々と通路に設置されているおかげでなんとか周囲の様子はわかったが、少し先になるとまったく見えない。

 二人はこのダンジョンに来たことがあるようで、迷いなく進んでいく。


 通路をちょっと奥に入ったところで、二人は壁際に向かってフカを突き飛ばした。

 背中が壁に当たる。

 勢いが良かったので肩甲骨が痛い。


「深辺さ、何度も言ってんじゃん。なんで焔崎のチーム抜けないわけ?」

「……チームを学期の途中で変えるのは推奨されてないから……」


 そう答えている最中、木村?君が壁ドンしてくる。

 まったくうれしくない。ときめかない。

 しかし残念なことに、これが壁ドンの本来正しい使い方なのだ、とフカは心の中で己の不幸を嘆いた。


「そういうこと聞いてんじゃないんだよ。オレらだって知ってるよ、なぁ?」


 なんか顔を見合わせてうなずきあう。

 仲が良くって気持ち悪いと、吐き捨ててやりたい気分だったけどやめた。


「オレはさ、親切で言ってやってんの。わかる? 実力に見合ってないチームに入ってても、お前があとで困るだけだろ。穂高と有園にレベル上げてもらって、マジで大丈夫なん?」

「そーそー。二人といつまでも一緒にチーム組めるわけじゃないわけじゃん。一人でレベル四十五のモンスター相手できんの? 俺らマジで心配なわけよ」


 二人の言葉は、まことに不本意ながら的確にフカの図星をついてきた。


 ソノとエンがチームを組んでいてくれるのは、目的が一緒だからという理由。決して、実力や能力が見合っているからという理由ではない。

 だから、一人になったとき――


 そこまで考えて、フカはふと気づく。

 なんで一人になることを考えているんだ、と。


 二人がいなくなるときは、遠回りな自殺が成功したときだ。その時、フカ自身も死んでいるはず。


 もしくは、二人がフカを見限ったとき。

 そのときは、ただ死ねばいいだけの話じゃないか。


 なのに、なんで一人になった後も生き残っている設定で物事を考えているのか。

 わけがわからなくなった。


「だからさぁ、ここでオレらがテストしてやるよ」


 木村?君がナイフを腰から抜く。

 中なんとか君も同時に剣を抜いた。


「抜き打ちテスト。ほら、俺たちに負けたら、才能ないってことで」


 そんなことテストしなくても、自分に才能がないことはわかっている。 

 ないない。何もない。才能も、夢も希望も何もかも。

 

 なのに、なんでまだ生きているのだろう。

 

 エンのように、理想の死に場所があるわけでもない。

 究極、この間のドラゴンに負けて死んでしまってもよかった。

 そのはずなのに、いつでもエンの死に急ぐような態度に文句をつけている。


 フカはうつむく。

 

 生きていたいほど好きなものも、やりたいこともなにもない。


 なのに、なんで二人とダンジョン攻略なんてしてしまっているのだろう。


「何、深辺くんびびっちゃってんの?」

「大して役に立たないお前の能力、見せてみろよ」


 木村?君がナイフを振りかぶったのが分かった。


「……うるさい。うるさい!」


 フカは両手で耳を覆い頭をかかえる。


 それと同時に、ゴン、と何か重いものが床に落下する音が聞こえた。

 続いて、中なんとか君の悲鳴。


 フカは我に返り、ぱっと目を見開く。


 その視線の先、床の上に、人間の頭部が転がっていた。

 木村?君のものだと、少し遅れて気づく。よく見れば、胴体もすぐ近くに倒れていた。


 中なんとかくんが、怯えたように後ずさる。


 まずい、と思ったときには、体が勝手に能力を発動させてしまっていた。

 中なんとかくんの体が、首を境に二つへ分かれた。

 床に首が落ち、さっきと同じ音が聞こえた。

 それと同時に、ふらふらと体が力を失って倒れる。


 フカは茫然と地面に膝をつこうとして、血が滴っているのでやめた。


「どうしよう……」


 彼はしばし迷った末、そのまま立ち去った。

 自分のいた痕跡を残さないように気を付けながら。何度も振り返って。


 ポータルを経由して、ダンジョン領域を出る。

 元に戻ったレジ袋を握りしめながら、走って家に帰った。

 

 家に帰るころにはすっかりアイスは溶けて、袋の中で液状になっていた。仕方なしに、冷凍庫へ入れた。


 それからすぐさま、ベッドの中に潜り込んだ。

 その日の夜は、心臓の鼓動がうるさくて眠れなかった。

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