1-7:訓練パートは人気ないからやめたほうがいいと思う
翌週月曜日、フカは二人と昼食を食べていた。
早々と醤油ラーメンを食べ終えたエンが、スマホをいじりながら二人に話しかける。
「いやぁ……こないだのギアアーム、まじでやばかったな」
「もー、思い出させないで……」
フカも無言でうなずき同意する。
「腕二本ぶん回しまくってて全然近寄れねーし、弱点の位置も変わってて特定するまでクソ時間かかったし……」
「攻撃パターン多すぎ。防御力高すぎ。しかもレアアイテム落としてかないし!」
歯車を狙っていたのに、落としていったのはネジだった。
その辺のモンスターでもドロップするようなアイテム。最低レアリティ。
「次会ったら絶っ対逃げるから」
「今回ばかりは同意見だわ」
珍しくエンがソノの意見を肯定した。
よほど懲りたらしい。
「そういや、今日はダンジョン攻略じゃなくて訓練なんだよな。めんどい」
「あー、そっか。月一の訓練って今日だったかー」
ダンジョン攻略授業は週に三回だが、月に一回は代わりに合同訓練を行う。
主にアルバイトの大学生を指導員として、能力の指導を受ける。
その訓練が、フカは死ぬほど嫌いだった。
食欲がなくなり、箸が止まる。
「フカ? どーかした?」
様子の変化に気づいたのか、ソノが顔を覗き込んでくる。
「いや、訓練めんどくさいなって」
「だよねー。やりたい人だけやってくれればいいじゃんねー」
能力を向上させることで、ダンジョン攻略の効率や安全性を高めるための訓練。また、能力の評価結果が授業の成績にも反映される。
だから、強制参加だった。卒業要件に含まれるので、欠席するのも厳しい。
フカは付け合わせの味噌汁をくるくる箸でかき混ぜて、その動きを目で追った。
***
六時間目になると、一学年全員バスに乗せられていつものようにダンジョン領域付近までいく。
普段は早いもの勝ちだが、ここではクラスごとにバスに乗る。
訓練は、能力の種類ごとに異なる内容で行う。
近接系、遠距離系は的相手に能力を使う。そして、その結果を見て指導員が評価をつけ、簡単なアドバイスを行う。
防御系は、自動で遠距離攻撃してくる装置を使って。それ以外の支援系は個々に対応。
なので支援系が一番指導員数が多い。
フカは嫌々ながら遠距離系の集合場所へ向かう。
その背中をソノがぽんと叩く。
「がんばろーね。めんどいけどー」
「うん。がんばるよ」
ちょっと気持ちが楽になったような気がする。気持ちを共有できることは気分が良い。
ただし、彼女とは真の意味で気持ちを共有できているわけじゃない。
優秀な彼女とは、面倒、嫌だと思うことが違う。そう思うと悲しかった。
遠距離系の集まりの後ろの方につく。
前に立つ男子大学生が、手元のタブレットを見ながら言う。
「じゃあ、いつものように一人ずつ能力使ってもらって、それで評価とアドバイスしていく感じでいきまーす。今日もよろしくー」
後からやってきた女子大学生も合わせ、指導員二人で四角形の粗雑な的を適当に設置する。
少し離れて、的の斜め前に指導員が立った。
「ここに一列に並んでくださーい」
指示はとてつもなく適当だが、いつもの流れなので言われなくても大体把握していて、もう生徒は一列に並び始めている。
フカは、いつものように中間あたりの位置に並んだ。
最初の方にやるのも嫌だが、最後の方も嫌だ。
終わった人たちが自己反省や自主訓練を終えて、見物に回り始めるので。
一人目の生徒が、炎の塊を手元に発生させる。
それはゆっくりと飛んで行って、的にぶつかった。
的は、ぶつかった位置だけちょっと焦げた。
しばらくして、ゆっくりと焦げがなくなり、元の白っぽい色に戻っていく。
この的は支援系能力者によって作られたもので、形状記憶素材のようにどんな攻撃を受けても十秒後には元の形に復元する優れものだ。
能力を使い終わると、生徒は指導員二人のところに近づく。
「もーちょっと飛ばす速度速くできるといいよねー。普段どうやって戦ってんの?」
男性の指導員の方と話をし始める。
その間に、もう一人の女性指導員の方が、次に並ぶ生徒に手を挙げて合図を送る。
効率化のため、一人ずつ対処することになっているのだ。
死刑宣告を受けた死刑囚のような気分で待っていると、とうとうフカの番がやってきた。
ふと見ると、同じクラスの、自分の番を終えたと思しき近接系の男子たちが見物にやってきていた。
最悪だ。と口の中で悪態をつく。
合図が来たので、手を前に掲げる。
一つ呼吸をして、能力を発動した。
少しだけ的が、横から殴られたようにぐらついた。それで終わり。
くすくすと、小さな、しかしあからさまな嘲笑が浴びせられる。
無視して、指導員の元へ。
女性指導員は初めて見る顔。タブレットのデータと的を、困惑した表情で交互に見比べている。
「えっと、あなた……これって本気でやってる……よね?」
言われた瞬間、顔に熱がこもる。
恥ずかしい。こういう時、舌をかみちぎってさっさと死んでしまいたい思いに駆られる。
「……本気です」
「でも、レベル45、なんだよね?」
そんなこと、確認されなくてもわかっている。
的の形状記憶性能が必要ないくらい、被害がない。
「能力の、仕組みがはっきりしていなくて……効果がランダムなんです。役に立つときも、時々あります」
クマのモンスターやギアアームには、傷つける程度には役に立った。
でも、なぜだか訓練では百パーセントこんな感じだ。ランダムだとしたら、さすがに確率がおかしい。
「いつもはめっちゃ役に立つんすよ、こいつの能力」
横から肩に手を回される。
顔を向けると、エンだった。
指導員は「誰?」という顔で訝し気にエンに視線を向ける。
「あ、俺こいつと同じパーティなんですけど」
エンがそう説明すると、指導員は納得したようにうなずいた。
「そうなの。……不思議ね。あなたの能力って、念動力系? どんなイメージで使ってるの?」
「イメージ……。いえ、なんていうか、能力を的に使おうと思っているだけで」
「もっと具体的なイメージを固めた方がいいと思うけど……って、そんなのいままでの訓練で言われてるか」
「はい……。具体的にしてしまうと、発動すらできなくなってしまうので」
いままでにもアドバイスに従って、能力イメージを改善しようとしたことがある。例えば普通の念動力のように、透明な手を出現させるイメージなど。
すると今度は、的が動くことさえしなくなってしまうのだ。
「じゃあ能力とかみ合ったイメージじゃないんだね。うーん、やっぱり自分の心ともう一度向き合うしかないかな」
最終的にはこんな結論になる。いつもそうだった。
でも、どんなに向き合っても、答えは出ない。
というか、ちゃんと向き合えていないのだろう。
自分ほど、向き合いたくないものがこの世にあるだろうか。
アドバイスする人たちは、自分とちゃんと向き合っているのか。それとも、向き合うのが嫌じゃないのか。
お礼を言って指導員のもとを離れる。
また評価は最悪だろう。
攻略授業でのノルマ達成率のおかげで、成績全体は悪くないから問題ないが、精神的にしんどい。
「ま、気にすんなよ。考えすぎで緊張してるだけじゃね?」
エンがフォローしてくれるのが、うれしいが心苦しかった。
「焔崎ー、お前の番ー!」
近接系の列から、エンの友人が叫んでいる。
「やべ、じゃあまたあとで!」
エンはまだ自分の番が終わっていないのに、抜け出してきてくれたらしかった。
彼は慌てて走り去っていく。
後ろから、誰かの声が聞こえた。
「やっぱクソ能力じゃん」
「なんであんな奴がレベル45なんだよ。ほんとクソシステム」
まったく反論できなかった。本当にクソ能力だ。
より一層、死にたくなった。