1-1:プロローグ
人を殺してしまった。
ダンジョンの中で。
広い廊下のような空間だった。床や壁は古びた病院のものに似ている。
ただし、床はひび割れてそこから青々しい雑草が伸びていて、ところどころ樹さえ生えている。
天井で蛍光灯がチカチカと不規則に明滅している。
その光の下で、少年は壁に背中を預けながら茫然と立っていた。
足元には、人間の死体が二つ。
両方ともきれいに首が落ちている。
胴体の方は少年と同じブレザータイプの学生服を着ていた。
少年は荒々しく息をして、それから自分の顔を両手で覆った。
緊張と動揺、それ以外にもたくさんの感情が入り混じって体の中で暴れだす。
ぼやける思考をクリアにしようと深呼吸する。
それでも、はやる鼓動は一向に収まる気配を見せない。
「どうしよう……」
それは、人を殺してしまったことに対する感想ではない。
なぜなら、これが二回目だからだ。今更どうしようもクソもない。
彼は気づいてしまった。
このたくさん心に浮かび上がる感情の中で、もっとも多くの領域を占めるものが、興奮であると。
高揚感と言い換えてもいい。もしくは、
「――楽しい」
自分は、人を殺すことを楽しいと思ってしまった。
今まで自分を蹂躙してきた人たちを死体にすることを?
それとも純粋に暴力をふるうことを?
そんなことまではわからない。
ただ、今一番の幸福を感じていることだけは確かだった。今まで人生であまり心から楽しいと思ったことがなかったのに。
楽しくなさすぎて、嫌なことばかりで死にたかったのに。
そのとき、顔を覆った手の隙間から、女子の脚が見えた。
つやつや光る茶色いローファーに黒ソックス。
さっきまで見えていなかったものだ。
ばっと顔を上げる。
すると、ロングヘアーの女の子が、不満げな顔で眉をひそめて立っているのが見えた。
少年はその顔に見おぼえがあった。同じクラスの女子だ。
混乱していて名前が思い出せない。最初から憶えていなかったのかもしれない。
少女は足元の死体を一瞥してから、少年をきっとにらむ。
「悪いんだけど」
高くてよく通る声。不機嫌なのだけはよくわかった。
「人の作ったダンジョンで、こんなことで楽しまないでくれる?」
「ご、ごめ……ん?」
楽しんでいることを怒られた。
さっき、楽しいとつぶやいたのを聞いていたのだろう。
すこし遅れて気づく。前半部分で、彼女はなんといった?
人の作ったダンジョンで?
誰が何のために作ったのかもわからず、突如として現れたこのダンジョンを、彼女は自分が作ったと言った。
「行こう」
少女が手を差し伸べてくる。
少年は恐る恐る尋ねた。
「……警察へ?」
人を殺したのだから、犯罪を犯したのだから当然のことだ。
しかもこれが初めてではない。向こうから突っかかってきたとはいえ過剰防衛だ。
情状酌量の余地もない。
「何言ってんの? そんなことしたって、なんにも楽しくないじゃん」
少女はにやっと笑う。
「殺人より楽しいこと、探しにいこうよ!」
この言葉から、二人の楽しいこと探しが始まった。
ありがとうございました