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『三つの部族について思いつく限りを記す』 ~~パ族もしくはプ族と呼ばれる民について小項~~

 パ族について記す。正確な発音は『パ』と『プ』の中間位であるが温厚な彼らはその差異を気にしない。

 パ族は最大部族でありこの島の支配民族である。にもかかわらずガ族と4000年以上領有権を争っていた地を近年における列強の来訪の際ガ族に譲り渡したのは不可解であるが両者の翁に聞いても『いいのでは』とあっさりとした返答が帰ってきた。

 ガ族的にはパ族と定期的に相争うための口実の一つでしかないとのことで彼らの感覚は時としてわからない。

 パ族は『ガ族にはガ・ル ガ・ル(グ・ル グ・ル)があるからな』といい、ガ族は『パ・オ(※日本人)が戻ってきたのでパ族とは元の関係に戻っただけだ』と主張している。


 ン族の長からは興味深い話を聞けた。曰く「我々は元は一つの民。されど次なる地に向かうため語る板を焼き捨て言葉に勝る踊りを編み出し余計な言葉を封じ民を三つに分けて協調と対立を続けることで五〇〇〇年の時を待つことにした。わかるかパ・オの若者よ」とのことで遺伝子上ほとんど差異がないはずの三部族が外見も性格も生活もまるで異なる理由とともに伝えられた。興味深いが自身にはこれを立証する力はない。口惜しい限りだ。


 古老たちの一致するところ、この本拠地はあくまで三部族が『次なる地』に向かうための場所でしかないため絶滅するまで相争うほどの価値はないとのことである。


 この島の歴史的資料のほとんどはパ族の女たちからもたらされた情報が多い。彼らは大変人懐こく優しく温厚。容姿はガ族ほど整っていないが愛嬌あふれる顔立ちであり、男女共に均整のとれた引き締まった身体を誇る。そして女たちや子どもたちは日本人を見ると子どもと遊んでくれるものと信じている節がある。彼らは基本一夫一妻であるが通い婚であるため多夫多妻や一妻多夫、まれに一夫多妻も見受けられる。日本人は彼らにも魅力的に見えるらしいが前述した通り彼らは大変賢い民であるため資質のない日本人に対しては彼女らの貞節は大変有用に機能する。くれぐれも帝国の男である以上帝国の評判を下げる行為を異国にて行わないよう重ね重ねお願いする。

 このパ族の女の中でも『パプァ』なる少女は幼いながらも日本語や英語に堪能でこちらの質問や要望に的確にこたえる能力に長けており、よく一緒に遊んだ。

 その時の私は知る由もないが彼女もまた『守護者』であり私が『守護者』になるきっかけにもなったのだがその辺は後述したい。


 青い瞳に黒い縮毛のパ族はとても人懐こい一族であるが『守護者』制度を作ったのは元々パ族であり、ン族やガ族、ましてや列強国家の人間はかつてはメンバーには入っていなかった。各国列強とのタフな交渉や宗教問題、我々『ガ』(※外なるもの)が持ち込む伝染病、大麻などの危険な薬物。温暖化に伴うと一部の報道機関が伝える津波や震災などなどの問題に対応する過程で『ガ・ル』をガ族にあっさり譲り渡し、定住を5000年間行わなかったン族(※彼らは『浮かれ男、舞女』などと呼ぶ)も貿易以外の局面でガ族やパ族、自部族の利益を守るために合流し強固な体制になった現れであろう。


 余談だが私は当初、『パパぁ?』なる少女の振舞いから彼女がある種の貴族であると思っており、『守護者』とは貴族のことなのだろうと漠然と思っていた。

 具体的には働かない。それなのに島民から尊敬され慕われている。また率先して問題の解決にあたるのだが『パプァ』嬢の秘密探偵もかくやの数々の振舞いは私の頭を少々痛めさせるものだった。これについては記述を避ける。



 閑話休題。パ族に限ったことではないが、彼らの伝承を理解するためには彼らの『フ・ァラ』を理解せねばならないのだが、これが相当に難しく。いや、私の『フ・ァラ』は皆の言うところ『タコが丘の上でのたうっている』(※ゴ・ダダ・『発音不可』)らしく意味をなさないらしい。これがものすごく難しいものだけはわかるし、『パプァ』もしくは『パパぁ?』嬢の語学及び踊りのセンスはずば抜けていることだけは理解できた。

 一挙手一投足どころか細かな指先の動きが変わるだけで意味もかわっていくし、観客との配置も大事らしい。あきらめかけた私に『パプァ』はニコニコ笑いながら指導してくれた。


「親指を自分に向けて『私』」

「人差し指を向けて『あなた』」

「小指は『弱き者よ。愛しい人よ』、ただしこのみっつの指は相手に見せず皆に見せる。これで『私はこの人を愛しています』」



 私程度でも覚えられるという簡単な「フ・ァラ」は好意を伝えるものらしい。

 早速実践してほしいと言われたが断っておく。彼女は拗ねていた。


 胸も膨らんでおらず腹部のふくらみも残る(※本土の子供たちと比べて多分に腹筋があるが)幼女に指導されるのは情けないのだがこればかりは仕方ない。これならば女々しいからと嫌がらず実家の舞踊でも習っておけばよかったのだ。もっとも彼女らの踊りを理解する補助になったかどうかそれでも怪しいが。


 取敢えず困ったときは『ウッホウッホホ』と言ってゴリラの真似をすれば笑いがとれることが判明した。後に和解の舞と極めて似ているらしいと知ったが。


 彼らの和解の舞は心理学的な裏付けが取れるものらしい。

 まず、突き抜ける怒りを感じる前にお互い背を向けあい怒りの毒が九十秒の間に駆け巡る前に大きく足踏みをする。強い怒りならば距離を大きくとっていい。

 相手の声や姿を見ることで怒りが怒りを、憎しみまで発してくるのでその波に逆らわずそれとて流されずただ遠くから流れを眺めていくという心を持って舞を始める。

 この動きは『ポ』(泳げぬ者、無職、ねずみなど)と呼ばれる若者が陸上で行う立ち泳ぎの訓練と重なる。

 怒りの理由を分解して咀嚼し、分類と分析を行う歌を歌う。

 最終的には適度な隔離と運動で緩和された怒りや感情を改めて舞に託し判定を皆に委ねたりする。


 パ族はほとんど働かないように見えるが極めて勤勉で時間を守る。それは遅刻は秒単位で責めるくせに残業はいくらでも押し付けようとする日本人にも向けられる。彼らは我慢強くみえるが怒りや憎しみや喜び悲しみ恐怖といった感情のコントロール術に長け、結果的にレジリエンスが高いだけである。悪辣な雇用主には『守護者』として鉄槌を下すことを私は宣言する。それも暴力的解決よりも悲惨な解決となるので日本人たるもの異国の地では良心的な雇用契約を結んでおくことをお勧めする。


 彼らは働くことを三つの言葉に分けている。


 ン。食うため、日本人的には金銭的理由で働くこと。(ジヨブ型と私は命名する)。

 パ。名誉、地位、みなの評価、自己顕示によって働くこと。(同じくキヤリア型と呼ぼう)。

 ガ。最後に使命、天職、世のために行うことである。(これをコオル型とする)。


 当然後者になるほどモチベエシヨンは高いと理解できるであろう。

 食いつなぐための働きと人生は死や無と彼らは言う。しかし否定はしておらずむしろ推奨している。

 この上で自己顕示や世のためが付いてくると骨太の理論を持っている。

 悪辣な雇用主のようにやりがいだけ、働く喜びだけしか与えられないものは搾取と言うことを彼らは知っている。


 とはいえ、『守護者』や呪術や歌い手舞手神官などの一部の例外を除き、狩を陸上で行うものは変わり者として扱われるパ族は海洋民族であり職とはすなわち海の仕事であり家事である。ここに漫画家だの脚本家などは存在しない。それは舞手と同じ扱いと言えるが。


 パ族は徹底して立ち泳ぎを学び絶対に溺れない自信をもっているため信じられないほどの潜水能力を見せ彼らが通貨のように使う『プァィン』なる貝を拾いこれを惜しげなく人に譲渡することを喜びとする。これが出来て子供は青年とみなされる。

 ちなみに『プァィン』はいくら邪魔でも受取拒否はできない。と言うより彼らの経済活動は全て押し付け合うことで成り立ちその感謝の気持ちとしての『プァィン』を渡すことでお互いの関係性を維持する。


 金のやりとりで命を失うのは我々も変わらないが『プァィン』を得るために海に潜って死ぬのは如何なものかと私は案じてしまう。

 ちなみにン族はこの『プァィン』をたくさん活用するようだ。彼らはしたたかな商人としての一面もある。


 閑話休題。職についてだが最も類を見ないパ族の『守護者』制度については自身が守護者であるため多少は話せるがやはり前述したように舞の素養のない私には理解しがたいことが多いのでご容赦願いたい。彼らの言語の多くは『舞』が多勢を占める為、『パプァ』嬢が苦心して翻訳してもわからぬことは少なからずあった。歌もあるのだがヨオデルなどのように意味をなさない歌詞が一般的だ。ただ、即興歌には歌詞がつくこともある。祭りになると限らず住民は何かにつけて舞い、誰かが範奏として口で共鳴を増やす小さな弓のような楽器や太鼓などを鳴らす。たまに大きな法螺やお化けのような竹笛に類するものが登場することもある。彼らの音楽は雑音が多いがこれは意図的なものらしい。

 パ族本人たちですら意味を失伝したという歌や踊りも多数残っているのだがこれは仕方がない事ではないかと思われる。これが紙に残したものなら火山活動と同時に失伝していたかもしれない。形だけ残っているだけでも僥倖というものだ。いつかこれらの意味が解読できる日を楽しみにしておきたいというと古老から告げられた。


『世界が消した知識を求めてはいけない。世界が消えるから無くしたのだ。特に外から来た者には過ぎた知識だ』


 実は意図的に意味を伝えなかったものもあるかもしれないと戦慄するとともに『パプァ』から『楽しいのが一番のフ・ァラ! 踊って踊って! あなたの家のフ・ァラを!』と急かされ嫌々舞う羽目になった。


 貶され殴られ鞭が飛び罵倒と嘲りの中でしか私は舞を知らない。

 なのに理外の『フ・ァラ』を喜びみなで楽しんでくれるパプァとその一族の優しさと暖かさ、そして踊りを純粋に楽しむ心に触れ、私の瞳からは暖かいものがこぼれたのだった。

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