14〜33
14
人の一生は長い
もしわたしたちが寿命を全うして死ぬのなら
人の一生は短い
もしわたしたちが寿命の半ばで息絶えるとしたなら
15
わたしが十字架以外によって
他者を理解することなどはありえない
例え多くの人々が
職業や経歴や容姿や住んでいる家などで
他者を理解しようとするのだとしても――
わたしはただ十字架によってのみ
人間を理解する
16
彼らはわたしのみすぼらしい魂のことで
あれやこれやと文句を言う
わたしの魂の燃える苦悩のひとさしが
もしも彼らの口に放り込まれたなら――
それだけで彼らはすぐにも息絶えるだろうに!
17
<熟考>がいつもわたしの喉を詰まらせた
誰のことをも傷つけることのないようにとの配慮から――
ある時、わたしは酒場で<熟考>の末に
<ある言葉>を発言した――
ところが言葉の受取人は
何を勘違いしたのか
わたしの言葉を<挑発>として受けとめたので――
口論の果てにわたしは彼の喉にとどめを刺して
窒息死させてしまったのだ――
目には見えぬ言葉の剣によって――
18
わたしにとっては
<成功>も<名声>も虚しいものだ
それらがもし愛によって裏打ちされていないものならば
19
素晴らしいものを手に入れた、と思いました――
長年夢見続けてきたものが
とうとうわたしにも与えられたのだと――
けれどもわたしが手にしたものはといえば
よくよく見てみるとただのガラクタで――
その保証書も偽物でした
そして長年夢見続けてきたわたしの心のほうこそが
実は尊い宝石だったのです
20
有名になることや
お金持ちになることには
わたしはさして興味がない
<有名人>になることの代価と
<お金持ち>になることの代価が
どこか魂の裏側で知らないうちに取引されているのではないか、
ということを考えると――
たまらなく不安になって
自分が乞食のようにしか思えなくなってしまいそうだから
21
わたしは人生の貸方と借方が
ぴったりと合っている人に出会ったことがない
人生の帳尻とは常に合わぬもので
愛情というものは誰もが抱える
返しつくせない大きな負債なのだから
22
苦しみに苦しみを
悲しみに哀しみを継ぎあわせた
染みくいだらけのみすぼらしいタペストリー
それがわたしの人生でした
23
わたし自身にもし
苦しみというものがなかったとしたら――
果たしてわたしには想像できただろうか?
他の人々の苦しみや悲しみといったものを――
わたしは思う
だからこそこの世に苦しみや哀しみといったものが
消えてなくなることはないのだと――
24
10tの苦痛を背負うことには慣れている
何故ならわたしの足に繋がれている鎖の先には
同じ重さのものが日常的にとりつけられているから――
けれども1mmgの<歓喜>に対して
わたしはあまりにも無防備――
馴れないものを口にする時
人は必要以上に拒絶反応を示してしまうもの――
あるいは過剰に反応を示しすぎて
せっかくの幸福である<歓喜>の小鳥を
むざむざ捕り逃してしまうのです
25
人生とは 時に 苦しく
つらく
虚しいもの
そして 時に 明るく
楽しく
喜ばしいもの
わたしたちに襲いかかる
この幾重もの感情の波――
苦しくても明るく
つらくても楽しく
虚しくても喜ぼうとする前向きな精神――
これこそが<生きる>ということなのではないでしょうか
26
知っているわ
この世では苦しみが避け難いものであるということ
知っているわ
けれども世界は苦しみだけで
構成されているのではないということも
おお、小さな<歓喜>の微粒子よ
<苦悩>という名の巨石を形作る
原子の連環をどうか打ち砕いて!
そしてその細かく破砕された粒子を
あなたの更なる仲間に加えてあげてね
それがわたしの知る唯一の
苦難を乗り越える方法なのだから
27
その昔
わたしが精神においてまだ若かった頃
大変に有難い助言をしてくれた人がいた
「あなたは若いのだから
絶望するのはまだ早い」
とその人は言った――
わたしは思った――
「この人はわたしよりもずっと年嵩なのに
何故そんなことを言えるのだろう。
絶望と死とに若さや老いが一体なんの関係があろうか」
と――
そしてわたしは彼と話し終えてから
やっと気づいたのだった――
問題を持ちかける相談相手を誤ってしまったのだということに――
何故なら彼よりもわたしのほうが
僅かばかり悟りと分別とに秀でていたのだから――
28
わたしにとって<青>という色は
ただ哀しみだけを意味しはしない
それから憂鬱な色だなんてことも
一度として思ったことがない
でもそう……
<赤>という色はまるで
ルビーのような
情熱の象徴で
<黄色>は<黄色>で
蜜蜂たちの運ぶ
花粉のような豊穣を匂わせる
だけどわたしにとって
染みひとつない雪のような白さは
まるで絶望の象徴であるかのよう
そして闇のように濃密な黒さは
わたしにとっては
希望の喜びであるかのよう
諦めという名の――
29
ズボンの右のポケットに
小石をたくさん入れました
もしも何かあった時には
それで敵をやっつけるため――
けれどもわたしは人からいくら非難されても
いわれのない中傷を受けても
ただひたすらじっと我慢しました――
ズボンのポケットに入っている小石を
つらい時にはぎゅっと握るようにして――
するとある時、あることに気づかされました
小石が互いにくっつきあって
大きな石の塊になっているということに
そしてそれをポケットからとりだすと
オパールのように虹色に輝く宝石になっていたのです
わたしは心の底から驚いてしまいました――
わたしはなんという貧乏な金持ちなのだろうと――
30
わたしは人生のある時期に
<苦悩>という名の金鉱を掘り当て――
それ以来ずっとその鉱山に住んでいる
<苦悩>という名の錆びた鉄屑を
<歓喜>や<恍惚>という名の黄金に変えるため――
その錬金術の業を習得するために――
31
わたしたちには越えなければならない
苦しみの山脈がある
しかしどうやっても越えられない壁というものも
またある
わたしは頭上を見上げて
「なんという切り立った険しい岸壁なのだろう」
と諦めの溜息を洩らし
ザイルを手と手の間から
滑り落としてしまいそうなくらいだった――
けれども眼下に広がる谷間は奈落の底で
わたしには登り続けるより他に道はなかったのだ
32
結局のところ――
「人生は闇だ、孤独だ、地獄だ、監獄だ」
と無様に叫び散らしてみたところで――
同時に人生が光であり、自由であり、
希望であり、愛であることにも変わりがない
でもそれなら何故わたしたちはこんなにも苦悩に喘ぎ、
苦痛を耐え忍び、絶望に沈み込んだその上で
死に打ち勝とうとするのか――
もしもそれこそが太古の昔からの
人類の編み継いできた哲学的歴史だとでもいうのなら
わたしは高らかにこう宣言しよう
「悩みのない世界を求めて悩むことこそ我が哲学」と――
33
わたしは毎日<命の井戸>から水を汲んだ――
それは並大抵の作業ではない――
命の水はとても重くて貴重なものなのだ
一日一杯、自分の飲み水を確保するのにも
事欠くことさえあった――
命の水はとても深いところにあり
その水は重く
桶を綱で引き上げるのには
とてつもない労力を必要とする――
しかしわたしはこの仕事を
一日たりとも休むわけにはいかないのだ
心の砂漠で死にかかっている者を
ひとりでも多く救いだすために――