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捧詩〜13

     親愛なるエミリーへ 

 

 どうかエミリー、あなたに対して親愛なるという言葉を使うことをお許しくださいね。わたしがここに書き記すのは、天国にいらっしゃるであろうあなたへの手紙です。もしかしたらあなたは復活の時はまだ来ていないとおっしゃられるかもしれませんけれど――それでもいいのです。復活までの暇潰しとして、お墓の下で読んでくださってもいいですし、天国への階段の途中で骨休めに読んでくださっても、それからわたしたちの愛するあの方――あの至高の御方の御足許、あるいは天使たちの膝元でもしかしたら読んでくださっているかもしれない……などと想像するのがわたしには楽しいことなのですから。けれども「復活の時はまだ来ていない」というのは、今ここにこうして生きている私にとっても不思議な感じのする言葉です。だってそうでしょう?天なる方は時間と歴史を超越した、永遠不滅の方なのですもの。わたしの話している言葉の意味、あなたにならきっとわかっていただけるはずと思って書いているんですよ。

 おお、エミリー、わたしはあなたのことを愛しています――いうまでもなく心の奥底から。あなたの清らかな生涯と千七百篇以上にも上る詩に宿る至高の精神性と、そしてもちろん他ならぬあなた自身とを。  あなたにとってはきっととても不思議なことに思えるでしょうけれど――生きている間に出会えなかった見も知らぬ者から突然ラブレターもどきのこのような手紙を受け取るだなんて――わたしがこれからあなたに宛てて書き綴る詩は、言うまでもなくすべてあなたのものです。

 わたしにとってエミリー、あなたの詩はまるで一言一句無駄なところのない聖書の霊感に満ちた御言葉のように響くのです。そして飽きることなく何度読み返してみても、胸に響くのです。エミリー、わかっていただけますか?わたしがどんなにあなたのことを愛しているか。もしわたしがこれから後に天国に呼び戻されたとしたら、エミリー、あなたに英詩の手ほどきをしていただけるといいのに……と思っています。もしかしたらあなたは「わたしよりもW.S.さんにお願いしては?」と謙遜しておっしゃられるかもしれませんけれど――わたしはどうしてもあなたにお願いしたいのです!

 それではエミリー、どうかわたしの小さな詩の花束を受けとってくださいね――詩のひとつひとつに宿る、その命と言葉と魂とを!


 P.S.天国にはポストがない、なんてことはないでしょうね?


 P.S.2.わたしはエミリーよりも約一世紀ほどのちの時代に生まれた日本の娘なので、日本の国の言葉でこうして書いておりますけれども、その点についてはまったく心配しておりません――天の御国では言語の壁による問題など、すでに解決済みでしょうから!                    




  

<E.E.D.に捧ぐ>    その1

 あなたは小さな詩の巨人

 わたしはあなたの詩の杯に耽溺する者――

 あなたの類稀なる至高の精神性に


<E.E.D.に捧ぐ>    その2

 詩作は思索に他ならない

 最も良い詩行の生まれるのは

 美の詩神が薔薇色の指で

 わたしの額に触れるその瞬間    


   01  


 わたしは日陰の花

 誰かが踏み潰したとしても

 顧られることすらない

 日陰の花


 誰かが茎をへし折ったところで

 これっぽっちの同情すら得られない

 日陰の花     


   02


 夜の王の濃紺色をしたマントが

 黄昏の女王の緋色のドレスのたなびきを

 ゆっくりと覆い尽していきました――


 そしてあとには

 海辺の砂のように数えきれないほどの

 星々の口接けだけが残されて――


 明け方、暁の女王は

 夜の王のベッドからそっと抜けだしました

 その誇らしげな愛を燦然と輝かせるために――


 そして空に瞬く明けの明星と白い月とが

 夜の王との神聖な誓いの印なのでした    


   03  


 ああ、どうか

 金の眼差しで見つめないで

 銀の指で触れないで

 青銅の枷に繋がれているわたしには  

 そのようなことは恐れおおいことなのですから


 太陽は天に向かって顔を上げ

 月は海の瞳を優しく深く照らしだす――  


 ああ、わたしは恥かしい

 もし太陽と月とが滅んでも  

 わたしひとりが生き残らねばならないとしたなら――  


   04


 森をごらんなさい

 山々や丘陵や野原をごらんなさい

 そこに息づく生命の息吹とも呼ぶべきものの姿を――  


 昆虫たちは定められた割り当てに従って

 天からの使命を成就していく――


 それはあたかも地球に刻み込まれた壮大なDNAであるかのように

 精緻な神の仕業


 多くの人々はブラウン管の向こう側で自然の驚異に感嘆の息を洩らす――

 まるでその巨大な生命の円環に自分たちは加えられていないとでもいうかのように    


   05


 森へいって

 虫たちや草花たちの生活をじっと観察していると  

 そこにはたった一日しか生きられなかった昆虫の残骸や

 ほんの半日しか咲き誇ることのできなかった花々の無残な姿がありました


 わたしの隣にいた人は

 人生の虚しさや儚さについて物語っていたけれど

 やはりわたしも同じように感じずにはおれませんでした


 草や花や昆虫の生命が短く儚いものであるとするなら

 人間の一生はなおのこと

 虚しく過ぎゆくのではないかということを     


   06


 夜の森は

 闇の心を持つ者を決して拒みはしない


 ただ静かな威嚇によって

「光でわたしたちを傷つけたり引き裂いたりしないで」

 と小さな風のように大人しく懇願してくるだけ


 それでわたしも慰めを受けることができました

 本当は死ぬ意志を固めるために

 夜の森の中へと分け入っていたのだけれど――  


   07


 夕暮れ時の陽光は

 優しく柔らかく暖かく

 誰を彼をも包み込む


 その慰めの抱擁は

 拒まれることを知らぬ者であるかのように感じられるけれど――

 

 目に見える以上の恩寵に授かっていることを知る者は

 ほんのわずかなのではないでしょうか    


   08


 わたしが一番幸福なのは

 すべてのことが決して当たり前ではないと気づける瞬間――


 空の青さも

 雲の白さも

 野の緑も  

 自然の移り変わりも  


 すべてが巧妙に仕組まれた偶然に見せかけられているということに気づける時  


 自分の生命もまた偶然性にはよらず  


 空が青いように  

 雲が白いように  

 海が碧いように  

 定められてあるとおりに  


 この世界に存在するのだと思えるから――


   09


 わたしはとても我が儘な人間です

 夏の暑い盛りには冬の厳寒が懐かしくなり  

 冬の寒さの真っ直中にあっては  

 夏の猛暑が恋しく思えてしまうのですから  

 けれども去年のあの紅葉――夏と冬との気温差が激しければ激しいほど、   

              野山の紅葉は美しくなるのだと誰かに聞いた――


 あの深紅の命の燃え立つさまを思いだすと  

 夏の暑さが一体なんだろう  

 冬の寒さがいかほどのものだろうと思えてくるのです  


 それに短くても優しい春は  

 待ってさえいたら必ず巡ってきてくれるものなのですから――      


 10  


 春――桜の固い蕾の芽吹く時    

    新しい希望と予感が     

     わたしの心を占拠する  


 夏――色とりどりの花々の色彩は     

    まるで至福の杯のように     

    わたしの心を魅了する  


 秋――木の葉と枯れ葉が時節の相談を囁く頃     

    わたしの心は天の高みにまで到達する  


 冬――もの皆すべてが白く沈黙し     

    深い瞑想の奥へと沈み込み――     

    人々の死がこのように白い夜のようであったなら、と     

    わたしの心は天の御国に希求する      


   11  


 冬の雪道を歩いていると  

 ブーツの下で

 

 きゅっきゅっと  

 人の笑い声のような  

 愉快な音がした

 

 なんだかまるで  

 ベーキングパウダーを  

 踏みしだいているみたいな音

 

 それでわたしは朝一番の  

 眩しい雪景色を見渡して  

 真っ白なその衣装の裾を食べてみた

 

 雪はまるで  

 上等の小麦粉と砂糖や塩、それから片栗粉とを  

 配分よく調合したみたいな味がして  


 わたしはこの上もなく美味な<雪のマナ>の美味しさを  

 堪能することができたのでした      


   12  


 黄色い花は  

 希望の輝き  


 赤い花は  

 情熱の源  


 青い花は  

 清らかな漣  


 橙色の花は  

 魔法のように美しい太陽の落とし子  


 桃色の花は  

 馨しくて甘やかな口接け  


 そして紫色の花は  

 懐かしいあの人の優しさを  

 わたしの瞳にそっと届けてくれる


   13  


 わたしはとても大人しくて目立たない

 日陰に咲く花でした  

 その上見栄えがあまりに良くないという理由から  

 多くの人に踏みつけられて  

 わたしの花弁はまったく散ってしまったのでした  


 けれどもある時

 とても優しい人がわたしの脇を通りかかり――  

 哀れに思ってわたしを根から救いだしてくださったのでした

 

 わたしは日当たりの良い  

 栄養も十分な土地に植えかえられ  

 とても幸福になりました――  


 わたしが今いる土地は  

 エデンの園と同じ土から出来ていて  

 そこに群生する草花は  

 永遠に枯れることを知らないからです


 




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