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サクラハイム物語   作者: さき太
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第八章 和解

 「一臣(かずおみ)。待って。」

 そう声を掛けられて、真田(さなだ)一臣(かずおみ)は足を止め眉根を寄せて振り向いた。

 「わたし、一臣とちゃんと話がしたい。」

 「俺はお前と話すことは何もない。」

 花月(かづき)の言葉を一蹴して真田はまた歩き出そうとして、

 「一臣!」

 自分を呼ぶ花月の声が背中に刺さって真田はもう一度振り向いた。

 「勝負しよう。強い方が偉い。負けた方は勝った方の言うことをきく、恨みっこなしの一発勝負。かかってこい。」

 そう言ってファイティングポーズをとる花月を確認して、真田は彼女を睨み付けた。

 「俺はもう喧嘩はしない。殴り合いがしたきゃよそ当たれ。」

 冷え切った声音でそう告げて、踵を返し歩き出す。

 「違うよ。わたしは殴り合いがしたいんじゃなくて、一臣と仲直りしたいの。同じ所に住んでるのにぎくしゃくしたままなんて嫌だよ。別に怒ってないって、ここに住んでて良いって言ったのに、一臣ずっとわたしのこと避けてるじゃん。怒ってないならなんで避けるの?なんで、他の皆とみたいにできないの?わたし一臣が何考えてるのか全然解らないよ。お願いだから、ちゃんと話ししようよ。」

 後ろからそう縋るような花月の声が聞こえるが、真田はそれを無視して自室に入り、ぴしゃりとドアを閉めた。ドアの外に彼女が立っている気配がして少しだけ胸がいたくなる。暫くして諦めたのか何も言わないまま彼女が去って行く足音が聞こえて、真田は少しホッとした。

 「あんた、あいつに怒ってんなら中途半端に許したフリしてねーでちゃんと怒れよ。」

 同室の藤堂耀介(とうどうようすけ)にそう言われ、真田は視線を落とした。

 「花月のことは本当に怒っていないし恨んでもいない。ただ、苦手なんだ。あいつのことが・・・。」

 「そうか。でもあんた、あいつといるとき顔つきも言葉遣いもかなり柄が悪いぞ。あんたはただ苦手ってだけで女相手にあんな態度とるのか?」

 そう問われて、真田はそういうわけではないんだがと困ったような顔をした。

 「どうでもいいが、あんたとあいつの空気なんとかしろ。どっちかっていうとあんたの問題だろ。共同生活してる中であれが続くのは正直迷惑だ。」

 そう言われ、真田はまいったなと言って笑った。藤堂はそんな真田をじっと見て、何も言わず自分の机に向き直った。

 「テスト終わったのにまだ勉強続けてるのか?」

 「あぁ、復習だ。採点済んで返ってきたんで。(はるか)がテストが返ってきたらできなかったところを見直しして、苦手なとこ潰してけって。遙もそうだが、他の皆も色々助けてくれたから、今回はいつもよりだいぶ点数が良かった。」

 「そうか、それは良かったな。」

 そんな会話をして、藤堂は勉強しようとしていた手を止めて真田を見上げた。

 「今度一回実家帰ってくる。うちの親父も短気だからな。これまでは顔合わせればすぐ怒鳴り合って殴られて。当時は人の話聞かねぇでって腹立ててたけど。それは俺のやってることに信憑性がなかったからだって今なら解る。ここに来てから喧嘩もしてねぇ。こうしてテストで点もとれるようになった。バイトも初めて自分の身を自分で立てるってことも考えるようになった。考えるようになっただけで色々あんた頼りで養ってもらってる状態だけどな。でも、いつまでもこのままって訳にはいかないだろ。俺も来年は三年で進路も考えねーとならねーし、いつまでも人頼りで甘えてばっかいねーでちゃんとしねーとって、そう思ったんだ。だから一回実家に帰って、俺が変わったって事を見せてちゃんと親父と話ししてこようと思う。勘当解いてもらえるかは解んねーけど、でも自分なりにケジメってやつを付けてこようと思う。」

 そう言う藤堂に真剣な目を向けられて、真田はそうかと言って笑った。

 「俺も逃げねーでちゃんとケリ付けてくるから、あんたも逃げてばっかいねーでちゃんとケリつけろよ。」

 そう藤堂が真剣な目のまま真っ直ぐ見つめてきて、真田は困ったように笑ってそうだなと呟き、そして心の中でそうだよなと呟いて溜め息を吐いた。頭では解っている。花月を避け続けていても何の解決にならないと。でも、だからといってどうすれば良いのか解らなかった。花月の中身が子供だって事は最初から知っていた。昔もそうだったから、全然変わってない彼女の様子を見てあの頃のままなんだろうなと思っていた。本当か嘘かも解らないが、祖母と二人でずっと山の中で暮らしていたという彼女。街に出たことも、祖母以外には小さい頃にいなくなった兄としか人と関わった事がないと言っていた彼女。高校時代、ある日突然今は亡き友人の夏樹(なつき)がどこからか連れてきて、花月は暫く彼の住んでいたマンションに住み着いていた。彼女は本当に何も知らなくて、何をするにも新鮮な様子でいちいち目を輝かして楽しそうにしていた。そんな彼女を夏樹は酷く気に入って、あっちこっちいつも連れ回して。夏樹からいつも愚痴なのか惚気なのかよく解らない話しを聞かされてたから、二人の間に何もなかったことも知っている。夏樹の片思いで、花月はそもそもそういうモノが理解できていなくて、彼はいつも悔しがっていた。あいつが俺のことなんとも思ってないのに何かなんてできるわけないだろ。まずは俺に惚れさせて色々するのはそれからだからとか言って紳士ぶって、一緒に住んでたくせに何もしないで。何かしそうになると人の家に泊まりにきたり、人呼び出して朝まで付き合わせたり。くっそ、解ってなくても少しはさ、少しはときめいたりするもんじゃないの?あいつがそういうの感じるようになったら、こうさ色々教えてやろうって思ってんのに、何あの無反応。ちょっとは俺にドキドキしろよ。ったく、絶対俺に惚れさせてやるとかなんとか言いながら、夏樹はいつも楽しそうに花月を構っていた。だから、花月のことは彼女本人との関わりより夏樹を通しての彼女の方がよく知っていて、だからあの頃と全然変わっていない彼女を見ると夏樹の姿か色濃く思い出されて苦しくなる。あの頃の情景が思い出されて、あまりにもあの頃と変わらない彼女といるとついあの頃の自分がでてきてしまう。突然ここで花月と再会したときは反射的に拒絶してしまったが、本当に、俺は花月のことを怒っていない。花月が夏樹のもとを去った理由も知っていたし、その後あいつがああなったのは花月とは全く関係のない事で、彼女が何も知らずにあいつに会いに来たからってそれを怒る道理はどこにもなくて。本当に、あれはただの八つ当たりだった。だから全部俺が悪い。でも・・・。そんなことを考えて、真田は気が塞いだ。

 

 ある休日、真田は一人部屋で悩んでいた。花月に対しての態度をどうにかしなければならないことは解っている。何とかしなくてはとは思うが、でもどうすれば良いのか解らなかった。花月の要望を聞いて話しをしたところで自分には本当に話すことはない。再会したあの日、頭を冷やした後に話した以上のことは自分にはなにもない。本当に花月のことを怒っていないし、むしろ八つ当たりをしてしまったことを申し訳ないと思っていて。でもそれはもう伝えて謝った。花月がサクラハイムで暮らすことに対しても別に好きにすれば良いと思う。それでも自分が彼女を避けるのは本当に自分の問題で。正直、彼女には自分と関わらずほっておいてくれればいいのにと思う。なのにあいつがしつこくつきまとってくるから。そんなことを考えて、真田は溜め息を吐いた。

 「真田君、ちょっといいかな?」

 ノックの音が聞こえ、部屋を訪ねて来た管理人の西口和実(にしぐちかずみ)にそう訊かれて、真田は花月のことですかと訊ね返した。そうすると、和実が気まずそうに苦笑いして、いやー、えーっと、あぁ、まぁ、そうなんだけど・・・と言ってきて、真田は笑った。

 「やっぱり、管理人さんも花月とのことをどうにかしろって言いに来たんですか?」

 「いや、何とかしろとかそんなことは。何とかしろって言われて何とかできるもんでもないだろうし。ただ、ちょっと話し聞けたらって思って・・・。」

 しどろもどろに弁解して、和実が、え?も?と疑問符を浮かべるのを見て、真田はこの前耀介にも花月との間の空気を何とかしろって言われたんですよと言って苦笑した。

 「耀介には、共同生活してる中であれが続くのは正直迷惑だと言われてしまいました。」

 「それはまた、藤堂君もハッキリ言うね。」

 「実際に俺が花月を避けてるからこうなっているので。皆には気まずい思いをさせてすまないとは思っているんですが・・・。」

 そう言って真田は苦しそうに視線を落とした。そうすると和実が、やっぱり花月ちゃんのこと受け入れ辛い?と訊いてきて、真田はそういう訳ではないんですがと言葉を濁し暫く黙り込んで、またちょっと話し聞いてもらってもいいですかと困ったような顔を和実に向けた。そして、もちろんと答える和実にありがとうございますと告げ、二人で落ち着いて話せる場所に出掛けた。

 二人でお茶を飲みながら真田はどう話しをし始めればいいのか悩んでいた。沈黙だけが流れ、ただ飲み物だけが減っていく。

 「何かおかわり頼む?」

 そう言って和実がメニュー表を差し出してきて、真田はありがとうございますとそれを受け取った。メーニュー表を眺めながら、何してるんだろうと思う。本当に。自分で話しを聞いて欲しいと連れ出したくせに何も話せないままただ時間を潰させて。そんなことを考えて、真田は何も頼まずにメニュー表を置いた。

 「真田君?」

 「いや、何か頼んだらそれに逃げて何も話さないままでいてしまいそうで。だから俺はいいです。管理人さん、何か頼むならどうぞ。」

 そう言って真田は和実の方にメニュー表を差し出した。じゃあと和実が追加注文し、それが届くのを待って口を開く。

 「実は俺、高校時代荒れてたんです。酷いときは本当、ちょっとやんちゃしてたとかのレベルじゃなくて、警察の世話にもなったことがあるくらいでした。花月と出会った頃はそこまでは酷くなかったですけど、でもまだ不良やってた頃で。不良やめたのは花月がいなくなった後で。だから花月は不良時代の俺しか知らないんですよ。」

 そう言って、真田は困ったように笑った。

 「あぁ、それで花月ちゃん、真田君に凄まれても平気なんだ。」

 そう妙に納得したように和実に呟かれて、真田はハハッと乾いた笑いを返した。

 「花月に対する俺、怖いでしょ?花月は元々物怖じしないしああいう俺しか知らないのであんな感じですけど、普通は怖がって避けるのが当然で。言われてる本人は気にしてなくても周りで見ている人からしたら関わりたくないと思われるのが当然で・・・。」

 「つまり、花月ちゃんといると普段人に隠してる素が出ちゃうから避けてるってこと、なのかな?」

 「そういうことになるんでしょうか。別に普段自分を偽っているつもりはないんですが。でも、花月といるとついあの頃の自分が出てきて嫌になるって、きっとそういうことなんですよね。否定したくても俺の素はやっぱりあっちで、それを認めたくないから余計花月に対して拒絶反応を起こしてしまうってことなんでしょうか。」

 そう言って、苦しくなって、真田は手元に視線を落とした。誰も怖がらせたくない、誰のことも傷つけたくないと思っているのに、でも、結局素がアレなら、俺の本質はやっぱりそういうものなんだろうか。人を怯えさせて傷つける、そういうモノが俺の本質なんだろうか。そう思うと辛くなった。

 「一臣は本当に手先が器用で繊細ね。お菓子作りも小物作りもこんなに上手になって、大きくなったらお母さんとお店でもやりましょうか。お母さん、お菓子屋さんとか小物屋さんとか、喫茶店とか、そういうお店開くのが夢だったのよね。」

 幼い頃母にそう言われ、本当にそれを夢見ていた頃があった。

 「一臣。男なんだから母さんの趣味に付き合ってそんなことやらなくてもいいんだぞ。ほら、父さんと格闘ごっこやろうな。今日は何の技教えてやろうか?父さんのお勧めは・・・。」

 そうやってヒマさえあると自分の趣味である異種格闘技に誘ってくる父親は、自分が母親に気を遣って母の趣味に付き合っていると本気で考えていたようだった。でも実際はそうではなくて、母親の趣味が自分の趣味で本当に好きでやっていた。別に格闘技も嫌いではなかったが、母と一緒に料理や手芸、お菓子作りをしている方が好きだった。むしろ、父親の趣味の方が付き合いでやっているようなものだった。あの頃は誰かに声を荒立てるようなことはなかった。誰かに腹を立てるようなことさえなかった。なのに、どうしてこうなったんだっけ。そんなことを考えて真田は苦しくなった。

 「俺、元々は諍い事が苦手で、幼い頃は人と言い争ったりもしたことなかったんです。父が異種格闘技が好きで技の掛け合いによく付き合っていましたが、人と殴り合うのも好きじゃなくて、昔は喧嘩もしたこともなかったのに、どうしてそれがこうなってしまったのか・・・。」

 そう、昔は本当に諍い事が苦手だった。人と争うくらいなら自分が引くのが当たり前で、小さい頃からやんちゃだった弟からは良いこぶってるだのなんだのとよく悪態を吐かれてはそれを笑って流していた。諍い事が苦手なことも、人と争いたくないのも変わらないはずなのに、どうして俺は人に怒鳴って殴り合いをするようになったんだったっけ。

 「昔は二コ下の弟から、良いこぶってるだのなんだのと悪態を吐かれても、それを怒るわけでもなく笑って済ましてしまうくらい人と諍う事を避けてたんです。母親が手芸とか料理とかお菓子作りなんかが好きで、売り物になるくらい凝った物を作る人で。俺もそういうモノが好きで。小さい頃は母にくっついてはいつも一緒にそういうことをやってたくらい、外で元気に遊ぶより家の中でそういうことをやっている方が好きな子供でした。母に大きくなったら一緒にお店やろうかって言われてそれを本当に夢見てしまうくらい、こんな見た目してるくせに少女趣味なおとなしいやつだったんです。十二の時に母が病気で他界して、親父も弟も家事はからっきしだったので、それからはずっと俺が母親代わりで。それまで母がやっていたように、毎日食事を用意して家を清潔に保って、おやつ用のお菓子を作ったり、繕い物をしたり、弟の給食袋とか体操着入れとかそういう物も作って刺繍で名前付けてついでに絵なんかも入れたりして。自分の趣味でもあったので全然苦なくそういうことをこなしていたんです。でも、高一の始めの頃だったかな。弟から男のくせに気持ち悪いんだよって怒鳴られて、色々罵倒されて。気が付いたら、俺、家の中メチャクチャにしてました。弟の事も殴ったらしくて、メチャクチャになった部屋の中に顔腫らして恐怖に怯えた目で俺のこと見てる弟がいて。俺何したんだろって訳がわからなくなって、怖くなって。とりあえず片付けて。それからも変わらず食事作りと掃除はやってましたけど、でも元通りにはもどれなくて。なんですかね。なにかがぷつんって切れてしまって、むしゃくしゃしてどうしようもなくなって。気が付いたら、毎日のように喧嘩するようになっていました。殴り合いしたって、人を怒鳴り散らしたって全然、本当全然スッキリもしなけりゃ、むしゃくしゃした気持ちがどんどん募っていくばかりで。本当、訳がわかんなくて、でもそこぐらいしかそれをぶつける場所が思いつかなくて、そんなことしても気分が良いわけでも晴れるわけでもないのに喧嘩に明け暮れて。相手に大怪我負わせて警察の世話になったりもしたのに、親父も弟も何も言わなくて。家ではなんか腫れ物扱うみたいな扱いで、話しもしなくなって。本当、なんでこんななってるんだろうって訳がわからなくて。結局また喧嘩して。そんな頃に夏樹と出会ったんです。いつも通り喧嘩してたらあいつに、ずいぶんとつまらなそうに喧嘩してんなって声かけられて、つまんねーならそれやめてもっと楽しい事しようぜって言われて。最初は喧嘩売られてるのかと思ったんですけど、でも、気付いたらあいつとつるむようになってて、あいつに振り回されながら一緒にいるのが案外居心地良くて。あいつに、お前菓子作るの得意なんだって?なら俺甘いもん好きだから俺のために毎日菓子を作って献上しろとか言われて、なんか毎日のようにあいつの家でお菓子作ってて。喧嘩もふっかけられたら相手するくらいであんまりしなくなって、してるとそんな嫌そうに喧嘩すんならいいかげん止めろよとか夏樹に笑われて。あいつが、どうせ喧嘩するならもっと楽しそうなのしようぜとか言って、なんかあそこで最近喝上げ多いって話しだし喝上げ狩りしにいこうぜとか訳のわからないこと言いだして、二人で喝上げ犯たこ殴りに行ったりとか、本当、意味わかんないことばっかするようになって。気が付いたら気が楽になってました。元通りには戻れなかったけど、家族ともまた話すようになって。これでいいかなって、元には戻らなくてもこのままで良いかなって思えるようにはなりました。夏樹とつるんでるのがすっかり当たり前になってた頃に、あいつが花月を連れてきて、暫く三人でバカやって。あの頃はアレがずっと続くような気がしてたんです。でも、花月は家に帰って、夏樹も不良止めて真面目に進路考えるとか言い出して。それで、俺も感化されて真面目に進路考えようってなって。この見た目で柄悪いままは本当ヤバいから表情と口調直せって夏樹に指摘されて、すっかり癖になってた口調とか顔つきとかあいつにからかわれながら必死に直して・・・。」

 やり直しの最初の一歩になるはずだった新学期を迎える前に夏樹があんなことになって、それで俺はまた自分を見失った。サクラハイムに来て、改めて新しい自分をちゃんと歩き出そうと、あいつに笑われない自分に、あいつに恥じない自分になろうと決めたはずだったのに。

 「花月といると、どうしてもあの頃を思い出してしまって。苦しくなるんです。それで、拒否反応を起こしてしまって、反射的にあの頃の自分が出てきて突き放そうとして。そんな荒れてた頃の自分を皆に見られるのも、皆に怖がられて拒絶されるんじゃないかって怖くて。花月のことを傷つけたい訳でも、皆を怖がらせたり嫌な思いさせたい訳でもないのに、自分で自分がどうにもできなくて。それで。気持ちの整理をする時間がほしいんです。花月相手でもちゃんとできるようになるまで、あいつと関わりたくない。」

 そう言って、真田はあぁこれが自分の本音なのかと思った。

 「ならさ、ちゃんと花月ちゃんにそれ伝えたらいいんじゃない?」

 そう言う和実の声が聞こえて、真田は顔を上げた。

 「飲み物のおかわりと一緒。状況を変えないと、このまま花月ちゃんのこと避け続けててもきっと真田君が花月ちゃんに皆と同じように接せられるようになることはないと思う。だから花月ちゃんと話をして、気持ちの整理ができるまで待ってってお願いしよう。」

 そう言って笑う和実を見て、真田は曖昧に笑った。

 「それに、確かに柄の悪い真田君を初めて見たときは驚いたし怖いなって思ったけど、見慣れちゃえばそうでもないよ。いや、あれを自分に向けられたら怖いだろうけど。何しろ花月ちゃんがあの通りだから、なんか不思議とそこまで怖く見えないというか、ただ喧嘩してるだけに見えるというか。あまり気負いすぎるのも良くないんじゃないかな?ちょっと言葉遣いや顔つきが怖いことがあるからって、いきなり避けるなんて事しないよ。拒絶されることを怖がるんじゃなくて、皆が真田君のこともサクラハイムの仲間だって思って、一緒にやってこうって思ってることをもう少し信じてくれても良いんじゃないかな。一人でどうにもならないなら誰かを頼って、間に入ってもらってもいいんじゃない?わたしにできることなら協力するよ。」

 そう言われて、真田はハッとして、そうですねと言って笑った。

 「管理人さん。俺、ちゃんと花月と話しをしようと思います。」

 そう伝えると、和実が嬉しそうに目を細めて頑張ってと言ってきて、真田はそれに微笑みで返した。

 「ありがとうございます。本当、管理人さんにはいつも助けてもらってばかりですね。」

 「そうかな?わたしはただ思ったままのことを言ってるだけで、何もしてない気がするけど。」

 「でも、俺はいつもそれに助けられています。本当に、ありがとうございます。」

 そう伝えると和実が謙遜しつつ少し照れたように笑って、それを見て真田は笑った。


 サクラハイムに戻ると、花月が楠城浩太(くすのきこうた)と一緒に食堂で勉強をしていて、真田は声を掛けず自分の部屋に戻った。

 部屋に入って、深呼吸をする。ただ話しをするだけ。それだけのことなのに、妙に心臓がバクバクして身体が強張る。俺はいったい何を怖がっているんだろう。何を怖れているんだろう。そう思って情けなくなる。

 「なんだ、いたのか。」

 部屋に入ってきた藤堂にそう声を掛けられて、真田は曖昧に笑った。

 「そうだ、これ。親父からあんたにって。」

 そう言って藤堂が封筒を差し出してきて、真田は疑問符を浮かべた。

 「今まであんたが払ってくれてた俺の分の家賃だ。今度ちゃんと礼をしたいから連れてこいって言ってた。」

 「いや、俺は別に礼をされるようなことは何も。全部勝手にやったことだしな。それより、ちゃんと和解できたみたいで良かったな。」

 「あぁ。最初はどの面下げて帰ってきやがったって怒鳴られたけどな。怒鳴り返さず、あんたの真似して土下座して話し聞いてくれって頼み込んで、そのままずっと頭下げて頼みこんでたら親父も折れて話ができた。誤解が解けたって言っていいのかよく解んねーけど。まぁ、今の俺のことは解ってもらえたとは思う。今後は仕送りしてもらえることになったから、もうあんたに養ってもらわなくても大丈夫だ。」

 そう言って藤堂は真田を真っ直ぐ見た。

 「全部あんたが俺を見捨てないで、拾って、ここに連れてきてくれたおかげだ。あざっした。」

 そう言って頭を下げる藤堂を見て、真田はいやそういうのは、頭上げてくれと焦って声をかけた。

 「俺はずっとこの見た目のせいで誰からも理解されねぇって思い込んでたんだ。怖がられて避けられるのが当たり前で、それで何もしてなくても何かしたって勘違いされるのが当たり前で。一回そう思い込まれたらもうお終いだって。一回怖がられたらもうそいつとは絶対仲良くできねーって。そうずっと思い込んでた。でもここに来てそうじゃないんだって知った。自分のことビビってた奴とだって普通に関われるようになるし、勘違いされても仕切り直しできるんだって、ここに来て初めて知った。始めはここの連中が特別なんだって思ってたけど、こないだ街中で落とし物拾って声かけたら喝上げと勘違いされて騒動になりそうになって、そこにたまたま花月が鉢合わせて、あいつが間に入ってくれて、誤解が解けた上にすげー謝られて礼まで言ってもらって。今まで俺が勝手に線引きして、自分を解ってもらうの諦めて人を避けてただけで、本当は誰とでもここの連中と同じようにできたんじゃないかって、そう思った。俺がそれに気づけたのはやっぱあんたのおかげだ。正直、最初会ったときはあんたのことお節介でうざい奴だと思ってたけど、あんたが諦めないで俺に声かけ続けてくれたから、勘当されて行き場のなくなった俺に手を差し伸べてくれたから、俺はここにきてここの連中と出会えて、こんな風に変わることができた。だから本当にあんたには感謝してる。ありがとうござーっした。」

 藤堂が頭を下げたまま真剣な声でそう言ってきて、真田は困ったような顔で笑った。

 「なんか真剣にそんなことを言われるとちょっと恥ずかしいな。それに俺はここに連れてきただけで、正直お前が更生したのはお前自身の努力で、それを助けたのは他の連中だと思うし。本当に俺は礼を言われるような事なんて何も・・・。」

 そう言うと藤堂が顔を上げて睨み付けてきて真田は疑問府を浮かべた。

 「俺があんたに感謝して礼言ってんのにそれを否定すんじゃねー。あんたがそう思ってても、俺があんたに感謝してるって事実は変わんねーんだよ、ボケが。うだうだ言ってるとぶっ飛ばすぞ。」

 そう言われて、真田はハッとした。

 「それはまた、物騒だな。」

 「お節介で行動力もあるくせに、変なとこで引きまくりやがって。あんたはもっと自分に自信持てよ。」

 そう言って藤堂は真田の胸を拳で軽く叩いた。それを受けて呆然とする真田に藤堂が小さく笑いかける。それを受けて真田も微笑み返し、二人は拳をぶつけ合った。

 「俺もちょっと自分にケリ付けに行ってくる。」

 「おう。行ってこい。」

 藤堂の声に背中を押されて、真田はドアノブに手を掛けた。

 「逃げんなよ。」

 出ようとしたところでそう声を掛けられて、真田は一度振り返って逃げねーよと言って部屋を後にした。

 食堂に行くと、香坂光(こうさかひかる)片岡湊人(かたおかみなと)も帰ってきており、和実や浩太、花月と共に皆でお茶をしていた。

 「真田、お前もなんか飲むっすか?」

 片岡にそう訊かれて、真田は俺はいいと答えた。そして、一呼吸ついて花月に向き直る。

 「花月。話しがあるんだが、ちょっといいか?」

 そう訊くと、花月の顔がパーッと明るくなり、元気にもちろんと言ってきて、真田は少し苦しくなった。

 「僕達はちょっと席を外していた方がいいのかな?」

 そう香坂が訊いてきて、真田は外さないで大丈夫ですと答えた。

 「逆にいてもらった方が。俺自身の事なので、皆にも知ってもらえたらと思います。自分にケジメを付けるために。」

 そう言って、覚悟を決めて、真田は話し始めた。

 「花月に対しての俺を見てバレてるとは思いますが、俺元ヤンなんです。耀介に声かけたのも、喧嘩してるあいつ見て、あいつの姿が喧嘩したいわけでもないのに人と殴り合ってた頃の自分と重なってで。俺の時は夏樹が、友達が俺をどん底からひっぱりあげてくれたから、俺にとってのあいつに俺もなれるかなって・・・。」

 そう言いながら真田は花月に視線を向けた。

 「花月。お前は俺にとってあの頃の象徴なんだ。夏樹といた頃の、俺がまだ不良してた頃のお前は象徴なんだ。お前が悪いんじゃない。でも、俺はお前を見てるとあの頃を思い出して辛くなる。お前といるとついあの頃の自分が出てきて、口調とか顔つきとか悪くなって。そういう俺を人に見られるのも嫌で、だから、ずっとお前の事を避けてた。すまない。」

 「それって一臣はわたしといるのが嫌だってこと?わたしとはもう仲良くできないってこと?」

 「そうじゃない。そうじゃなくて。時間が欲しいんだ。お前といても昔の自分が出てこなくなるまで。ちゃんと自分を取り繕えるようになるまで。気持ちを整理する時間が欲しい。」

 「一臣が何言ってるのかわたし解らない。時間が欲しいって、どれだけ?いつになったら一臣と普通に話せるようになるの?そのままじゃダメなの?どうして昔の一臣が出てきちゃダメなの?一臣にとって、わたしや夏樹といた時間ってなかったことにしたいようなものなの?」

 「違う。そうじゃなくて・・・。」

 「そうじゃないならなんでダメなの?わたし解らないよ。何で昔の一臣が出てきたらいけないの?何で一臣は自分を取り繕わなきゃいけないの?解らない。どうしてそれができないと仲良くできないのか解らない。」

 「だから・・・。」

 「一臣の言ってる事って、昔の自分が嫌だから、わたしといるとそれが出てきちゃうからわたしといたくないって事でしょ。なら、もう関わりたくないって、もう仲良くできないって言われた方が解るよ。わたし達とのことをもう思い出したくもないって、なかったことにしたいって言われた方が解るよ。そうじゃないけど、取り繕わなくちゃいけなくて、それまで仲良くできないなんて意味が解らない。わたしには全く理解できない。」

 叫ぶように花月がそう言って、悲しそうな目を真田に向けた。それを受けて言葉をつまらせる真田を見て、花月は立ち上がり、彼と向き合った。

 「話してもらちがあかないなら、勝負だよ。問答無用の一発勝負。一臣が勝ったら、意味が解らなくてもわたし一臣の言う通りにする。一臣が自分を取り繕えるようになるまで、わたし一臣と友達辞める。一臣が嫌ならもう話しかけたりしない。」

 真剣な目を向けてそう言ってファイティングポーズをとる花月を見て、真田はふざけるなと叫んだ。

 「ふざけてない。わたし達のケリの付け方はいつもこうだったでしょ。」

 「俺はもう喧嘩はしねーって言っただろうが。」

 「喧嘩じゃない。これは真剣勝負だよ。」

 「何が真剣勝負だ。そんなもん喧嘩と変わらねーだろ。俺は・・・」

 「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ!これで勝てばお前のわがまま受け入れてやるっつってんだよ。わがまま通したかったら力ずくでも納得させてみろ。かかってこい。」

 「ったく。夏樹にバカなことばっか教え込まれやがって、めんどくせぇ。」

 「一臣が来ないなら、わたしからいくよ。」

 そう声がして、花月が一気に詰めて拳を顔面に向けて突き出してくる。それを咄嗟にガードして、腹に重い一撃を食らって、真田はその場に崩れ落ちた。

 「一臣、弱くなったね。わたしの身長じゃ一臣の顔面にまともにくらわせられるわけないんだから陽動に決まってるじゃん。なのにボディーがら空きにさせてさ。」

 そんなことを言いながら花月が横に座り込んできて、真田は腹を抑え苦痛に顔を歪めながら彼女に視線を向けた。

 「わたしの勝ち。だから、わたしと改めて友達になってくれる?」

 不安そうな顔でそう言う花月に真田はお前な・・・と呻いた。

 「言葉遣いが変わったからって、顔つきが変わったからって、一臣は何か変わったの?取り繕うって、自分をごまかすって事でしょ?中身は変わらないのに外側だけ変えるって事でしょ?一臣はさ、昔からそんなことしてばっかじゃん。本当の自分から逃げて、本当の自分を置いてけぼりにして。そうやって置いてけぼりにされた一臣はどうなるの?それで一臣は楽しいの?幸せなの?」

 そう問いかけられて真田は顔を顰めて黙り込んだ。

 「一臣。一臣は一臣でしょ。無理に取り繕わなくてもそのままでいいじゃん。わたしはそのままの一臣と友達になりたい。夏樹よく言ってたよ。一臣は図体でかいくせにちっせー男だからなって。誰に何言われてもこれが俺だって胸張って言えるように早くなって、さっさと俺と肩並べられるようになんねーかなって。そうすりゃちゃんとダチになれるのに、いつまでも俺の下僕のままでいられてもつまんねーって。そう言ってる時の夏樹、ちょっと寂しそうだった。わたしも今の一臣見てると寂しい。夏樹や一臣といた時間はわたしがそれまで生きてた中で一番楽しい時間だったから。今は他にも楽しいこといっぱいあるけど、でも、今でもあの時間はわたしにとって特別な思い出だから。一臣があの頃の自分がダメって言うのは、わたしにとって特別だったあの時が全部がダメって言われてるみたいで。今の一臣に、昔の一臣と一緒にわたしも置いてけぼりにされちゃったみたいで、夏樹のことも一臣は置いてっちゃうように感じて、凄く寂しい。だからさ、お願い。開き直ってそのままの一臣で、わたしと一から友達やり直してよ。」

 花月のその言葉を聞いて、真田はぐっと目を瞑った。本当お前はちっせー男だな。そう言う夏樹の姿が頭の中に浮かんできて、頭の中の彼がよく知った顔で笑う。いつまでぐじぐじしてんだよ。無駄にでかいんだから、どうせなら本当にでかい男になれって言っただろ。そう言う夏樹に拳で胸を押された気がした。夏樹、お前俺の前ではいつもヘラヘラしてたくせに、花月には違う顔見せてたんだな。俺には何も言わなかったくせに、花月には・・・。そんなことを考えて、俺は頼りなくて弱み見せらんなかったってことかと思って、結局俺が一番ガキ扱いされてたのかよ、こんなまんまガキみたいな奴より俺の方がガキだって言うのかと、真田は心の中で毒づいた。

 「敵わないな。」

 そう呟いて、真田は小さく笑い、そして声を立てて笑い出した。疑問符を浮かべて自分を眺める花月を見て、本当に敵わないと思う。花月は何も知らないから、何も解っていないから、だから普通の奴が縛られてる世間体とか色々そんな柵みが何もなく、ただ思うままに思ったままに生きている。それがどんなに怖くて恐ろしいことか知らずに、全力で全身全霊で生きている。そんな彼女が眩しくて、羨ましくて、それで・・・。

 「本当、お前には敵わない。俺の負けだ。お前の言う通りにするよ。」

 そう言って真田は花月に手を差し伸べた。そう勝てるわけがない。本当は自分だってそうあれたらと思っているのだから。本当は偽らないままの自分を受け入れて欲しいと、何が好きでもどんな過去があっても、それを笑わずに蔑まずに、普通に受け入れて欲しいと。それが叶わないと思うから偽らなければと思う。そして隠そうとすればするほど苦しくなって、強く自分を否定するようになって、そんな中で新しい自分を見付けて、その新しい自分で一から前に進んでいこうともがいていたのに。なのに、そんな真っ直ぐなんでそのままじゃいけないんだって、そのままの俺と友達になりたいなんて、そんなこと言われて勝てるわけがない。

 「改めてこれからよろしくな。」

 そう伝えると、花月が心底嬉しそうに差し出した手をとる。

 「うん。これからよろしくね。」

 そう言う花月の満面の笑顔を見て、何がそんなに嬉しいんだかと思って真田も笑った。

 「今度お詫びにお前の好きな菓子作ってやるよ。何がいい?」

 そう言うと花月が目をキラキラ輝かせて本当?と訊いてきて一臣はなんとも言えない気持ちになった。散々悩んだ挙げ句、何でも良いと言ってくる彼女に呆れたような気持ちになって、でも、一臣の作るお菓子どれも美味しくて全部好きだからと言われてちょっと胸が暖かくなる。

 「仲直りがすんだなら二人ともそこに正座っすよ。」

 そんな片岡の声が聞こえて、彼の笑顔の圧力に二人は強制的に正座させられた。

 「色々言いたい事はあるっすけど、とりあえず。二人とも喧嘩するなら外でしろ。」

 「あれは喧嘩じゃなくて真剣勝負・・・。」

 「言い方変えてもアレは喧嘩っす。何にせよ室内で暴れるな。物壊れたらどうするっすか?巻き添いくらって誰かが怪我したら?そもそも女の子があんなことするもんじゃないっすから。勉強も良いけど、花月はまず常識覚えるっすよ。」

 言い訳しようとして即座に切られて怒られて、花月は小さくなってごめんなさいと呟いた。

 「真田も何のせられてるんすか。いくら俺達と同い年とはいえ、花月はこんなんなんだからこっちが大人にならなきゃダメに決まってるっしょ。」

 真面目な顔でそう言われて真田は困ったように笑ってすまないと答える。まったく、二人とも謝ればなんでも許されると思ってんじゃないっすよ、そもそも・・・と、その後も片岡の説教が続いて、二人は正座のまますみませんとごめんなさいをひたすら続けていた。


         ○                     ○


 「真田、何作ってるっすか?」

 片岡にそう問われて、真田はブレッドプディングだと答えた。

 「花月の好物なんだ。何でもいいって言ってたが、どうせならあいつが気に入ってたやつ作ってやろうかと思ってな。ちゃんと皆の分もあるぞ。」

 そんなことを言いながら楽しそうにお菓子作りをしている真田を眺めて、片岡はお前こういうの得意なんすねと呟いた。

 「実は、菓子作りとか料理とか小物作りとかが昔からの趣味なんだ。母親がこういうのが得意で楽しそうにやってるの見て興味持って、一緒にやってるうちにそのまま嵌まった感じで。親父や弟にはあんまり理解されなくて、弟の反抗期に男のくせに気持ち悪いだの何だの本気で軽蔑したような視線向けられて暴言吐かれて以来、あんまこういうのが好きだって大っぴらに言えなくなってな。高校時代は甘いもんが大好きな友達がいて、そいつが毎日菓子作れって言ってくるからってそれを言い訳にしてそいつの家でしょっちゅう作ってて。でもそいつがいなくなって。それ以降はずっと作ってなかった。ここの花見の時、久しぶりに凝った料理作って楽しかったんだ。皆にも喜んでもらって、褒められて。嬉しかったけど、でも、やっぱどっかでこんな見た目してって思われてるんじゃないかとか、それで調子にのって色々作り出したら気持ち悪いって言われるんじゃないかとか怖くなって。こういうのが好きだってバレたくないというか何というか、そんな事考えてずっとモヤモヤしてたんだが。でもな。結局、俺はこういうのが好きだし、それを偽ってもしょうがないから。今まではそんな身近に人を寄せ付けなかったからアレだけど、ここの奴らとはやっぱちゃんと向き合いたいしな。いいかげん開き直ろうかと思ってな。」

 そう言って恥ずかしそうに笑う真田を見て、片岡はいいんじゃないっすかと言って目を細めた。

 「材料は自分で用意するから、今度からここでちょこちょこ作ってもいいか?これだけ人数いれば色々作っても消費してくれそうだしな。」

 「あれだったら余った食費で材料買っても怒られないと思うっすよ。俺も今度、菓子作り教えてもらおうかな。家に帰ったとき作ってやったら結奈(ゆいな)とか喜びそうだし。あんまり作りすぎたら太るって怒られそうっすけど。」

 「菓子作りまで覚えたら、片岡の女子力がまた上がるな。」

 「そしたらまた遙に茶化されるっすね。」

 「で、ついでに管理人さんがいじられる、と。」

 「管理人さんもできないわけじゃないんすけど、色々雑っすからね。最近かなり意外なことに、花月が実は料理上手で料亭で出てきそうな感じの綺麗な料理作ることが判明したから、余計遙のネタにされてるんすよね。俺ならあんだけいじられたら怒ってるとこなのに、管理人さん怒るどころか、どうしたらもっと見栄え良くなると思う?とか、この味付けどうしたらもっとおいしくなるかなとか訊いてきていじらしいんすよ。結局ものぐさで手間かかることはできるだけ省こうとするあたりアレっすけど。なんか簡単でかつ美味しくてかわいくできないかなってネットで調べて挑戦してたり、けっこう努力してるんすよね。」

 そんな話をしながら楽しそうに笑う片岡を眺めて、真田はちょっとニヤついた。

 「なんすかその顔?」

 「いや、片岡が楽しそうだと思ってな。」

 そう言って真田はブレッドプディングの型を並べた鉄板を余熱で暖めたオーブンに入れてスイッチを押した。これであとは焼けたら粗熱をとって冷やせば完成。

 「皆にはだいぶ迷惑掛けたが、こんな物で許してくれれば良いんだけどな。」

 こんなもので機嫌が良くなるのは花月ぐらいだろうけどなんて思いつつ、真田はそんなことを呟いた。

 「許すも何も誰も怒ってないっすよ。ちょっと心配はしてたっすけど。」

 「なら、これは花月への仲直りの証と、皆に心配掛けたお詫びの品だな。」

 そうこれは俺から皆への気持ち。お詫びと、お礼と、これからもよろしくお願いしますという気持ち。自分を知ってもらって、偽らない自分で皆とこれからを過ごしていきたいという意思表示。

 「喜ぶんじゃないっすか、皆。幸いここに甘い物苦手な人いないっすし。それに、こういうのは気持ちっすからね。」

 そう言う片岡の声が優しく響いて、自分の作った物を喜んで食べてくれる皆の姿を想像して、真田は笑った。


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