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サクラハイム物語   作者: さき太
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第五章 楠城浩太の恋

 「管理人さん、買い出し行ってたの?荷物持つよ。」

 そう楠城浩太(くすのきこうた)の声がして、何か返事をする前に買い物袋をとられていて、西口和実(にしぐちかずみ)はありがとうと言った。そのまま二人で並んでサクラハイムへの道のりを歩いて、浩太が楽しそうに今日学校であったことなどを話しながら何気なく車道側を歩いたり、さりげなくエスコートしてくるのを眺め、これって意識してやってるのかな、それともたまたまかなと和実は疑問に思った。そしてサクラハイムについて自分が荷物を持っているのにドアを開けて、管理人さんどうぞと言ってくる浩太を見て、あ、コレ意識してやってるんだと思う。

 「どうかした?」

 「いや、浩太君って紳士的だなと思って。」

 「だってかわいい女の子に優しくするのは当たり前でしょ?」

 「かわいい女の子って。わたし浩太君にそう言われるような年じゃないと思うんだけど。そもそもそんなかわいいなんて言われたことないし。」

 「何言ってるの。管理人さん、かわいいよ。管理人さんは素敵な女性なんだから、自信持って。そうやって自分のかわいさを否定するより、顔あげて笑った方がずっと素敵だよ。」

 そう笑顔で言われて和実は、浩太君ってこういうこと言って恥ずかしくないのかなと思った。言われてるこっちはちょっと恥ずかしい。思い返すと浩太君ってちょこちょここういうこと言ってくるよな。浩太君って実は女誑し?和実がそんなことを考えていると、なに玄関で管理人さんナンパしてんの?と柏木遙(かしわぎはるか)の声がして、浩太がナンパなんかしてないよと抗議した。

 「女性に会ったら褒めて口説くのが礼儀なのはお前の母さんのお国柄だから。日本じゃただのナンパ男。この国じゃそれは一般的じゃないからね。小さい頃にそれで修羅場ったのにまだ懲りてないの?」

 「そんなこと言われたって、自然とでちゃうんだからしょうがないだろ。それに俺、褒めてるだけで口説いてはないし。」

 「あぁ、お前の母さん会ったら褒めないとうるさいしね。毎日、あれやってたら癖にもなるか。」

 そんな二人のやりとりを見て、和実はそういえば浩太君ってハーフだったっけと思った。普段生活してると全然そんな感じしないから忘れてた。見た目も完全日本人だし。地毛で金髪なのも染めてるようにしか見えないし。

 「そういえば浩太君のお母さんって何処の国の人なの?」

 「イタリア。」

 そう言われて妙に納得する。

 「そういえば、母親イタリア人で父親日本人なのに、浩太、昔は英語話してたよね。」

 「父さんイタリア語できないし母さんは日本語が上手くなかったから、俺の小さい頃は家の中の会話は英語だったんだよ。テレビは日本の番組流してたし、家の外では日本語だったから日本語が解らない訳じゃなかったんだけど、英語の方が話すの楽で。というか日本語でどう言えばいいのかわからないこと多くてさ。」

 「それで昔は引っ込み思案というか、けっこう言われっぱなしでおとなしくしてたのか。俺とは普通に話してたから何でだろうとは思ってたんだ。」

 「ほら、遙ちゃん家はみんな英語話せるから無理に日本語で話さなくてもよかったから。小さい頃は日本語で言い返せなくて困ってると遙ちゃんによく助けてもらってたよね。小さい頃の遙ちゃん、気が強くて凜としてて、めちゃくちゃ可愛いのに格好良くて。遙ちゃんが俺の初恋だったんだよな。」

 懐かしそうにそう言う浩太に遙が、そんなカミングアウトいらないんだけどと眉をしかめた。

 「だって、遙ちゃんのこと女の子だと思ってたし。っていうか、遙ちゃんが俺のファーストキス奪ったんじゃん。幼馴染みの可愛い女の子にあんなことされて惚れるなって言う方が無理じゃない?」

 「え?遙君、浩太君のファーストキス奪ったの?」

 「いや、あれは・・・。ってか、ライトキスなんて挨拶みたいなもんでしょ。ほら、荷物持ったままこんなとこでいつまでも突っ立ってないでさっさと上がりなよ。」

 話しをごまかすように遙がそう言って中に入るように促してきて、和実はいったいなにがあたんだろうと思った。浩太君は遙君の事女の子だと思ってたって言ってたけど、遙君は普通に浩太君の事男の子だと思ってたんだよね?でもまぁ、小さい頃ってよく解ってなくて色々しちゃったりするしな。わたしも幼稚園の時、某アニメ映画のキスシーン見てキス魔になってたことがあったらしいし、覚えてないけど。男の子とか女の子とか関係なく誰彼構わずキスしてたって言うし、遙君のもそういう類いの恥ずかしい思い出なのかも。ああいうのって自分は覚えてないのに、親戚が集まったときとか何かのきかっけであの頃は・・・なんて話題にされて、本当恥ずかしいんだよね。本人も嫌がってるし掘り下げないでおこう。そう思って和実は屋内に入ると浩太にお礼を言って荷物を受け取り二人と別れた。


 「ったく、浩太。人の昔の話し誰彼構わず話さないでよ。」

 「だって事実だし。」

 「お前は平気でも、俺は嫌なの。女装させられて過ごしてたことも嫌なのに、そのうえ男とキスしたとか、変な想像されたらどうしてくれるの?俺はそういう趣味ないから。そう見られるの本当に嫌だから。」

 そう憤慨する遙を見て、浩太は、でもだって実際遙ちゃんが俺の唇うばったんじゃん。あの時、俺マジでドキドキしたし。あれで本当に遙ちゃんに惚れちゃったんだし。なんて考えて、そんなこと口に出したら怒られるだろうなと思って、何も反論せずごめんと言った。

 そうあの頃は遙ちゃんのこと本当に女の子だと思ってたんだよな。そんなことを考えて思い出に浸る。

 遙と浩太は物心ついたときから一緒だった。互いの両親が仲が良く、家も近所だったため小さい頃からずっと一緒だった。ただ、幼少期は遙が幼稚園で浩太が保育園、小学生の時は遙が私立で浩太が公立だったため、同じ所に通ったことはなかった。よく一緒に泊まりがけの旅行なんかも行ったが、遙は完全に女の子扱いで遙の姉達とずっと一緒に行動していたので、浩太は本当にずっと遙が女の子だと思い込んでいた。遙が自分のことを俺というのも、男の子に憧れて自分のこと俺とか言っちゃうのかなとしか考えておらず、遙が男かもなんて微塵も疑うことなく本気で気が強くて男勝りの女の子だとずっと思っていた。


 「浩太君は誰が一番かわいいと思ってるの?」

 「わたしが一番って言ってたよね。」

 「わたしのこと素敵だって言ってたじゃん。」

 「「「浩太君はいったい誰が好きなの?」」」

 女の子達にそう詰め寄られて浩太は戸惑った。

 「女の子はみんな可愛いよ。みんな大好き。」

 「それはなし。誰か選んで。」

 「一人としか結婚できないんだよ。浩太君は誰のお婿さんになるの?」

 「わたし達の中で誰をお嫁さんにするの?」

 え?そんなこと言われても、そんなことは考えられない。そう思って、でも女の子達の気迫に飲まれて、誰か選べと詰め寄られて、浩太は頭が真っ白になった。

 「勝手に人の物取り合わないでよ。浩太はわたしのだから。」

 そんな遙の声がして、いつの間にか自分の隣にいた遙にキスをされ、浩太は一気に顔が熱くなった。それを見た女の子達が口をわななかせて、浩太君のバカと言って走り去っていく姿を眺めながら、浩太は今自分の身に起きたことを考えて撃沈した。

 「遙ちゃん。今、俺にさ・・・。」

 「浩太困ってたみたいだしこうするのが一番手っ取り早いかなって。こないだドラマでこういうシーンがあったんだよね。俺、こんな格好させられてるし、あいつらよりかわいいしいけるかなって思って。」

 そうしれっと言う遙を見て、遙の顔が直視できなくて浩太は熱くなった顔を両手で押さえてうずくまり、俺のファーストキスと呟いた。心臓の音がうるさい。遙ちゃんとキスしちゃった。っていうかされちゃった。普段自分のこと俺って言ってるくせに、浩太はわたしのだからとかさ、なんなの。本当、なんなの。そんなことを思って動けないでいると遙が、

 「ごめんって。そんなに落ち込むなよ。こんなん挨拶みたいなもんでしょ?今のはなしにして次を初めてってことにすればいいじゃん。」

 と面倒くさそうに言ってきて、浩太はそういう問題じゃなくない?と呟いた。

 「そういう問題でしょ。一回目も二回目も変わらないって。自分が最初だと思いたいの最初だって思っとけば良いじゃん。」

 「遙ちゃん、軽い。軽すぎるよ。そんなホイホイ、キスとかしちゃダメだから。」

 「浩太の母さん挨拶代わりにしてくるじゃん。」

 「唇にじゃないよね?」

 「どこにしてもあんま変わらないでしょ?」

 「変わるよ。」

 「あー、もう、面倒くさいな。しちゃったもんはしょうがないでしょ。文句あんの?」

 そう睨まれて、浩太は文句ありませんと呟いた。

 「じゃあ、うだうだ言うな。」

 そう話を切られて、浩太は遙を横目で見ながら、遙ちゃんはそういうの全然気にしないのかななんて思ってモヤモヤした。された自分だけこんなドキドキして。遙ちゃんってもしかしてそういうの慣れてるのかな。そうならなんか複雑。そんなことを考えて、その後その時の事が頭をよぎってはモヤモヤする毎日を浩太は送ることになった。

 そうして遙を意識するようになって、遙ちゃんほんと可愛いよなとか思いながら恋心を募らせていって、数年。小学六年生の夏休み、浩太は遙に告白しようと意を決して花火大会に誘った。

 「ほら、浩太何してんの?花火始まっちゃうよ。」

 花火大会でとか定番だよねと思いつつ、どういったタイミングで告白すれば良いんだろ、人いっぱいいるしなんて考えてモヤモヤしていると、遙にそう急かされて浩太は顔を上げた。遙ちゃん本当かわいい。浴衣姿も凄い似合ってる。そんなことを思って胸が高鳴る。

 「もう。何ぼやっとしてんの。行くよ。」

 そう言う遙に手を引かれ、浩太は更にドキドキした。でも、俺はこんなにドキドキしてるのに、きっと遙ちゃんはいつも通りなんだろうな。キスした時と同じで遙ちゃんにとってはこんなこと大したことじゃないんだろうな。遙と繋いだ手の温もりを感じながらそんなことを考えて、浩太は苦しくなった。でも、俺たちももう六年生だし。告白すればきっと遙ちゃんだって俺のことちゃんと意識してくれるようになる。でもそうしたら、きっともうこうやって友達としていられなくなるってことだよな。そう思うと、告白しようと思って誘ったのに、告白するのに二の足を踏む自分がいた。

 花火が始まって、二人並んでそれを眺めながら浩太はずっと遙のことを考えていた。だからあの時の花火がどうだったのか正直覚えていない。覚えているのは、

 「俺、父さんの仕事の関係でイギリス行くことになったんだ。三年間。だから、暫く浩太とこうして遊べないね。」

 そう言って寂しそうに笑う遙の顔。

 告白する前に言われたその台詞に浩太は固まった。

 「なんて顔してんの。別に今生の別れじゃないし、三年したら戻ってくるんだし。そしたらまた、一緒に遊んでくれるよね?」

 「もちろん。俺、遙ちゃんが戻ってくるの待ってる。」

 そして完全に告白し損ね、海外に飛び立つ遙を見送った夏休み。あの時は色々ショックだったけど、今思うとあそこで告白できないままで良かったのかなと思う。だって、だってさ・・・。そんなことを考えて、浩太は今に戻ってきた。

 「小学生の時は遙ちゃん、俺より小さくてあんなに可愛かったのに。イギリスから帰ってきたらこんなにでかくなって声低くなってんだもん。遙ちゃんのお姉ちゃん達みんな美人だし、遙ちゃんも凄い綺麗になってるんだろうなって思ってわくわくしてたらこれだよ?俺が受けたショックほんと半端なかったから。初恋の相手が実は男だったとか、本当衝撃的すぎて寝込むかと思った。まぁ、でもホッとしたかな。これだけ男ぽっくなったらもう絶対女の子と間違えないし。女装姿見ても、さすが遙ちゃん美人だなって思うけど、ドキドキはしないし。遙ちゃんとはずっと友達でもいたかったし。ちょっと悩んでたから悩む必要がなくなってさ。」

 「いまだに恋愛感情抱かれてたら同室解消どころかちょっと今後の付き合い考えるから。いまだに女装させてくる姉さん達も浩太見習ってそろそろ俺のこと男扱いしてほしいんだけど。ってか、浩太が俺を女と勘違いしてたのも姉さん達のせいだよね。俺のこと常に女装させてたあげく俺が何言っても浩太の前でずっと俺のこと女扱いしてたから。」

 「にしても本当、遙ちゃん背伸びたよね。いいな。本当、羨ましい。今、身長いくつ?」

 「百七十五。中学あがってからかなり背が伸びたからね。正直ここまで伸びるとは思わなかった。浩太はあんま変わらないよね。」

 「いや、俺も伸びたよ。小学生の時よりかはだいぶでかくなったから。でもあと四センチは欲しいな。あと四センチで百七十いくんだよね。」

 「もう無理じゃない?伸びても精々一、二センチが限度でしょ。」

 「いやいや、まだいけるって。きっとまだ伸びる。毎日牛乳飲んで運動頑張るから。」

 「いや、お前は身長伸ばすことより中間テストのこと考えろよ。いつも遊んでばっかに見えるけど、ちょっとは勉強してるの?進学のこと考えたら、浩太の高校じゃ二年生の時に進学クラスに入れないと普通の大学いくのも厳しいぞ。確か、進学クラスに進めるの成績上位三十人だよね。初っぱなから赤点とったらしゃれにならないからね。」

 そうやって遙の話題が勉強のことに移っていって、浩太は苦い思いがして、そーっとその場を逃げ出した。

 スケートボードを持ってサクラハイムを後にする。遙ちゃんは真面目だよな。毎日予習復習かかさないし。学校の勉強だけじゃなくてなんか色々やってるし。難しそうな本読んでるし。こないだなんてイヤホン付けてるから音楽聴いてるのかと思ったらそれも勉強だったし。勉強の何が楽しいんだろ。そんなこと言ったら楽しいとか楽しくないとかの問題じゃないでしょって怒られそうだけど。そんなに勉強して何になるんだろ。まぁ、遙ちゃんはやりたいことがあるからそのためっていうのもあるみたいだけど。デザイナーになるのに地理とか歴史とか必要?化学とか物理とかさ。そもそも学校の勉強って何の役に立つの?必要ないならやらなくて良くない?就職するのに大学くらいいっとかないとって、それもできるだけ良い大学にって、何それ意味が解らない。そんなことを考えながら浩太はスケボーを走らせた。

 公園で適当に準備運して、プッシュして加速して、チックタック。うん、良い感じかも。基本的なテクニックだけどけっこう好きなんだよねこの動き。そんなことを考えて気分があがってくる。やっぱ気持ちいいな。うん、ノってきたしちょっと他の技も。あ、今日調子いいかも。もっと難易度高いやつやってみるか。本当、今日調子いい。マジ楽しい。そういえばあっちに階段あったよね。あそこの手すり使ってグラインドからの・・・。

 「あ・・・。」

 手すりの上を滑って飛んだ先にあるベンチに人が座っているのが見えて、浩太は声あげた。やばっと思ったもののもう技に入る体制に入っていたのでそのまま大技を決めて着地する。あー怒られるかな。そう思って顔を上げられないでいると、

 「凄いね。今の何?バッて出てきて、空中でクルって、それでスチャッザッて。何あれ。凄い。格好いいね。」

 そんな明るい女の子の声が聞こえてきて、浩太は顔を上げて目を見開いた。うわっ超かわいい。そう思って、目の前にいた和服姿の女の子に見とれてしまう。凄いかわいい女の子が、キラキラ目を輝かせて自分のことを見てる。俺のこと格好いいって・・・。

 「どうかした?」

 不思議そうな女の子の声が聞こえて、浩太はハッとした。

 「あ、いや、別に。あの、ごめん。夢中になってて人いるの確認しないで。」

 そう言うと女の子が疑問符を浮かべながら首を傾げて、浩太は、ほらぶつかったら危ないし、下手したら大怪我させちゃうとこだったしともごもご付け加えた。

 「そっか。そうだよね。でもぶつからなかったから大丈夫だよ。」

 「ありがとう。今度から気をつけるから・・・。」

 そう言うと女の子が、ねぇねぇ、さっきのってどうやったの?わたしにもできる?と詰め寄ってきて、浩太はドギマギしながら、いきなりは無理だけど練習すればできるんじゃないかなと答えた。それを聞いて、本当?と嬉しそうに笑う女の子を見て、浩太はマジでかわいいなんて思って、頭の中が彼女でいっぱいになった。

 「ねぇねぇ、わたしもやってみても良い?」

 そう訊かれて、もちろんと言いそうになって、浩太は、考えるようにあーと声を上げた。

 「その格好じゃちょっと難しいかも。けっこう動くからさ、もっと動きやすい格好じゃないと。」

 そう言うと、女の子が酷く残念そうにそっかと呟いて、浩太は胸が苦しくなった。そしてふと女の子が何も履き物を履いてないのに気が付いて、靴は?と訊いていた。

 「靴?」

 「いや、裸足だから。」

 「玄関から出られなかったから、窓から出てきちゃって履き物履けなかったんだ。」

 そんな女の子の回答に、何だそれと思う。

 「ずっと裸足で外歩いてたの?」

 「うん。」

 「痛くない?」

 「たまに変なもの踏んじゃうと痛いけど、大丈夫。」

 ニコニコしながらそう言う女の子を見て、この子けっこう野生児なのかなと浩太は思った。窓から出てきたり、裸足で外歩き回ったり、ワイルドすぎでしょ。こんな綺麗な着物着て、それに負けないくらい本人も綺麗なのに。見た目だけなら絶対いいところのお嬢様って感じなのに、このギャップ。この子なんだろう。そう思うが、なににせよ裸足のまま歩き続けるのはキツいよなと思って、浩太は女の子にちょっとここで待っててと声を掛けた。

 「すぐ戻ってくるから。」

 きょとんとする女の子にそう言って、浩太は近くの百円ショップに走った。着物には似合わないと思うけど、何も履かないよりかは良いよね。そう思ってサンダルを一足買って公園に戻る。

 「はいコレ。」

 そう言ってサンダルを渡すと女の子が何コレ?と首を傾げ、浩太はあげると言った。

 「いいの?」

 「着物には合わないと思うけど、何も履いてないよりいいかなって・・・。」

 そう言うと、女の子が本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべありがとうと言ってきて、浩太は胸が高鳴った。

 「大切にするね。」

 「いや、そんな大切にしてもらうようなものじゃ。百均のだし。とりあえずの代替品にしてもらえれば・・・。」

 「うーうん。大切にする。ありがとう。」

 そう笑いかけてくる女の子を見て、浩太はマジ天使と心の中で呟いて顔が熱くなった。

 女の子と別れた後、浩太は公園のベンチに座って呆然としていた。あの子、本当かわいかったな。何あれ。超かわいい。マジでヤバい。ふと女の子の笑顔が頭の中で蘇って、浩太は顔を押さえて蹲り悶えた。本当ヤバい。これはもうマジでヤバい。

 「こんなとこで何やってるの?」

 そんな遙の声が頭上から降ってきて、浩太は顔を上げた。

 「遙ちゃん。」

 「まったく。勉強しろって言われるの嫌で逃げて、また遊んでたの?本当、小学生の頃のまま変わってないよね。」

 呆れたようにそう言って、遙が帰るよと声を掛けてくる。

 「遙ちゃん、俺ヤバいかも。」

 「何が?」

 「本当、ヤバい。マジでヤバい。」

 「だから、何が?勉強できなくてヤバいって自覚したならちゃんと勉強しなよ。どうせ違うだろうけど。」

 そう言われて、浩太はまた顔を抑えた。

 「俺、好きな子できたかも。」

 「はぁ?」

 「今日、ここで会ったんだけどさ。マジかわいい。本当、超かわいい子で。いや、本当ヤバいって。」

 「まったく、何かと思えば。で?何処の誰なの?」

 「解んない。」

 「名前は?」

 「カヅキって言ってた。」

 「カヅキ?それ女?」

 「女の子だよ。自分のことわたしって言ってたし、声もちゃんと女の子の声でかわいかったし。背もちっちゃくて、ってか顔も手足もみんな小さくて。本当、超絶かわいかった。あんなキラキラした目で格好いいとか言われてさ、あんな笑顔でありがとうとか言われてさ。本当、天使。惚れるなって言う方が無理でしょ。無理だって。だってあんなにかわいいんだもん。」

 「あっそ。女装男子じゃないといいね。まだ小学生だから背も低くて声変わりしてないだけとかさ。」

 「遙ちゃん。そういうこと言うのやめてよ。」

 「どうせ格好いいって言われたの、浩太じゃなくて浩太が決めた技の方でしょ。浩太けっこうお節介だから何かしてお礼言われてって、凄い想像がつくんだけど。どうせ相手は浩太のことなんとも思ってないんだろうから、あんまり期待するなよ。」

 そう言われて浩太は言葉に詰まった。言われてみればそうかもしれない。ってか、そうだよね。格好いいって言われたの俺じゃなくて俺が決めた大技だよね。あの子はきっと俺のことなんてどうとも思ってない。でも・・・。そんな事を考えてモヤモヤしている浩太を遙が一瞥して溜め息を吐く。

 「浩太って、誰彼かまわずかわいいって言って口説いてるけど、けっこう面食いで美人に弱いからな。」

 「誰彼かまわず口説いてないから。ってか、そもそも口説いたことないし。」

 「いつか見た目だけの変な女に引っかかって、いいように使われてポイされて痛い目見るんじゃないかなって心配してるんだけど。バカだし。」

 「何それ、酷い。」

 「よく知らない相手にあんまり熱あげるなよってことだよ。」

 そう言われて、そうだよなと思う。あの子のこと俺何も知らないんだよな。よく知らない相手を好きになるって軽い気もするけど。でもさ、でも好きになっちゃったらしょうがなくない?まだ別れて時間経ってないからかもだけど、あの子のことが頭から離れなくて凄いドキドキするんだもん。明日になってもこれがずっと治まってなかったら、これって完全に恋だよね。これを自分で止めるとか無理だって。それに確かにあの子のこと全然知らないけど、悪い子じゃないと思う。だって・・・。百均のサンダルを受け取って、それを本当に大切そうに抱えながら大切にするねと言ったカヅキの姿が脳裏に蘇って、浩太は胸が暖かくなった。

 「ほら、そろそろ帰らないと夕飯になるよ。」

 遙にそう言われて、浩太は立ち上がった。

 「今日はコロッケだって。なんか湊人(みなと)がジャガイモ箱売りで安かったからって買ってきたら、管理人さんも不動産屋さんからもらったってジャガイモの入った箱持って帰ってきて、更に一臣(かずおみ)まで部活の先輩が実家から送られてきたけどこんなにいらないからってくれたってジャガイモ持って帰ってきて、ジャガイモが凄いことになってたよ。」

 「じゃあ、肉じゃがとかポテトサラダとか暫くジャガイモ料理が続くね。」

 「手抜きでベイクドポテトとかね。」

 「それ、管理人さんがやりそう。管理人さんの食事当番どっかにあったっけ?」

 「暫くなかったかな。湊人バイト減らして絶対食事時間にバイト被らないようにしたらしいし、もう食事当番譲らないんじゃない?一臣ならシェパーズパイとか普通に作れそうだけど、あいつそもそも普段の食事当番に入ってないからな。」

 「シェパーズパイって何?」

 「マッシュポテトのミートパイ。イギリスの家庭料理なんだけど、俺けっこう好きなんだよね。作ってって言えば、湊人、作り方調べて作ってくれるかな?ダメ元で頼んでみようかな。」

 遙と二人そんなことを話しながら公園を出て、浩太はちょっと立ち止まって振り返った。

 あの子とまた会えるかな。また会えたら、今度はもっと沢山話をして、もっとあの子のこと知りたいな。そして一緒に遊べたら。あの笑顔をもっと見れたら・・・。

 「浩太、どうかしたの?」

 「何でもない。帰ろ。」

 そう言って、浩太は遙と並んでサクラハイムへの帰路を歩き出した。


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