第三章 真田一臣の一歩
「真田。写真部の新入生勧誘ブースのあれなんすか?」
片岡湊人にそう問い詰められて、真田一臣は疑問符を浮かべた。
「今回の写真部のテーマが日常風景で、どうしてそこに展示されてるお前の写真が俺がキッチンに立ってる写真なのかってことっすよ。」
そう言われて、真田はあぁと納得したように呟いて、良く撮れてるだろと言って笑った。
「良く撮れてるとかそういう問題じゃないっす。なんであそこに俺の写真が飾ってあるんすか。肖像権の侵害っすよ。」
「いや、同意をとるのを忘れてた。悪い。ノート写させてやる代わりの駄賃だと思って許してくれ。」
そう言うと不承不承と言った様子で、それなら仕方ないっすと片岡が言ってきて、真田は小さく笑った。本当は同意をとるのを忘れたのではなく、ダメと言われるだろうからとらなかったのだが、それは黙っておくことにする。
「全く、今度から人の写真使うときはちゃんと事前に了承とるっすよ。」
片岡がむくれてそう言って、どうして日常風景ってテーマで俺の写真にしたんすかと訊いてきて、真田はネタだと言って笑った。
「日常っぽさが出てるし、話題にもなるから丁度良いかと思ってな。」
「なんすか、それ。」
「実家写すより余程サクラハイムの方が日常っぽくてな。その中でも片岡のエプロン姿が一番それっぽかったから。最初はネタのつもりで写真部の皆に見せたんだが、思いの外受けも良かったし、そのまま使わせてもらった感じだ。」
「おかげで変な噂立てられて迷惑したっす。」
「変な噂?」
「耳に入ってないなら聞かない方がいいっすよ。マジで。」
げんなりした様子でそう言う片岡が本気で掘り下げてくれるなと言っている様子だったので、真田はそれ以上は何も聞かなかった。そうネタになるから使わせてもらった。自分が上手く自分の日常を撮ることができなかったのを隠すために。写真で表現するほどの日常が自分にはないということを人に悟られないために。
日常風景というテーマを与えられた時、真田は何を撮ればいいのか解らなかった。だから春休み中色々と普段歩いている道や、大学構内、実家の風景などを撮って回っていた。でも、どれもなんだか味気なくて、色あせて見えて、ぴんとくるものがなくて。だから、自分の日常は空っぽなんだなと思って虚しくなった。そう空っぽ。俺には何もない。ただ、無為にその日その日を過ごしてるだけのそんな人生。楽しかったことや好きだったものは色々とあったはずなのに、今は何が楽しいのか解らない。自分が何をしたいのか解らない。だからそんな自分が撮る写真も色あせて味気ないんだと、そう思っていた。そんな時にたまたまサクラハイムの前を通って、その建物に惹かれるものを感じ目を奪われた。管理人さんに声を掛けられて、彼女の言葉に耳を傾けながら写真を撮っていたら、とても暖かでそこに住んでいる人間の日常を感じ取ることができるような写真が撮れていて、自分にもこんな写真が撮れるんだと胸が躍り心が暖かくなった。サクラハイムに入居して、そこで撮る日常はどれも暖かで、光に溢れていて、どれも眩しくて、酷く苦しくなった。どうして俺は写真を撮ってるんだろう。気が付くとシャッターを押していた。サクラハイムに来てからいつも、気が付くと皆にカメラを向けていた。そして自然とシャッターを押していた。サクラハイムにいないときも、ふとした瞬間にシャッターを押していた。気が付けば写真を撮ることが楽しくなっていた。自分で撮った写真を見て、そこに写った情景を見て、良く撮れてるなと嬉しくなり、同時に苦しくなった。本当に、良く撮れてる。今までどれもぴんとこなかった自分の写真が、息づいて、色鮮やかに見えるようになっていた。そんな自分の撮った写真を見て喜んでくれる皆の声を聞いて、とても嬉しくて、そしてとても苦しかった。こうして写真の楽しさに触れていたのは本当は俺じゃない。俺はただあいつの影に誘われただけで、元々写真に興味があったわけじゃない。これは俺の夢じゃない。だから、これに俺がのめり込むのは筋違いだ。そう思う。そう思うのに、もっと巧く、もっと鮮明に、皆の生き生きとした姿を撮りたいと思う自分がいて辛くなった。
「一年でだいぶ腕あげたな。最近のお前の写真本当に良いし、今年のフォトコンテストはお前も参加してみないか?」
写真部の先輩にそう声を掛けられて真田は戸惑った。
「フォトコンテスト、ですか?」
「コンテストって言っても写真趣味にしてる素人が自分の撮った写真を同じ趣味のやつに見せ合うような感じのだから、そんな気負う必要も無いぞ。色んな人が撮った写真見るのも勉強になるし、自分の写真を人に評価してもらうって言うのも勉強になるからな。もしよかったら。全くの素人だったのに一年でこれだけ撮れるようになるとか、正直嫉妬したくなる程の才能だぞ。せっかくこれだけ撮れるようになったんだから、今年はもっと欲張ってステップアップしてみないかなって思ってさ。もし参加する気になったら声かけてくれ。詳しい要項とか説明するから。」
軽い調子でそう言う先輩に肩を叩かれて、真田は曖昧に返事した。参加するともしないとも言えなかった。自分がどうしたいのか解らなかった。自分が写真とどう向き合えば良いのかわからなかった。フォトコンテストか。コンテストに参加するということは今まで以上に沢山の人に見せるための写真を撮るってことで。今まで以上沢山の人に自分の写真が見られるということで。欲張ってステップアップって、俺はいったい何処に向かってステップアップするんだ?その先は?上がった先はどこなんだ。そんなことが頭の中をぐるぐる回って苦しくなった。
サクラハイムに戻り、カメラの画面を眺めているとサクラハイムの管理人である西口和実に声を掛けられて、真田は顔を上げた。
「どうかしたの?」
「いや、ここに来てから写真を撮る枚数が増えたなと思いまして。そろそろ整理しないととは思うんですが、消してしまうのはもったいない気がして。SDカードを取り替えたら取り替えたで、しまい込んでこうやって見返さなくなるような気がして。それもなんだか寂しいなって。」
そう言って言葉尻を濁すと、和実がそうだねと同調し、せっかくだから印刷してアルバムにしたらと言ってきて、真田は彼女を見た。
「真田君の写真、本当にどれも素敵に撮れてるし、しまい込んじゃうのはもったいないよ。今度コルクボードでも買ってきて食堂とかに飾ったらどうかな?修学旅行とかの写真みたいに壁に貼りだして、皆に欲しい写真持っててもらうとか。あとは・・・。」
そんな風に撮った写真をどうするか次々色々と案を出してくる和実を見て、真田は困ったように笑った。それに気が付いた和実が、どうかしたのと首を傾げる。
「あまり、自分の撮った写真を人に見せるのは得意じゃないんです。」
「何で?こんなに皆が生き生きと写ってる写真なのに皆に見せないのはもったいないよ。」
心底そう思っている調子で和実にそう言われて、真田は胸が少し苦しくなった。
「俺の写真、そんなに良く撮れてますか?」
「もちろん。良く撮れてるよ。というか、良く撮れてるなんてもんじゃないよ。真田君の写真はどれも生き生きとしてて、自分が見た景色じゃないのにそこに自分がいるみたいに感じて。わたしは真田君の写真見てるとそこに写ってない情景まで広がって見るようで、胸がいっぱいになるよ。だから、真田君の写真を他の人にも見てもらいたいと思うし、この気持ちを皆で共有できたら素敵だなって、わたしは思う。」
そう少し興奮気味で話す和実の言葉を聞いて真田は俯いた。どうして管理人さんはこんなに自分の写真を評価してくれるんだろう。出会ったときからそうだった。そもそも、自分が始めてこれだと思う写真が撮れたのは管理人さんのおかげだった。彼女がサクラハイムの説明を生き生きと楽しそうにしていたから、ここの生活が素敵なものだと想像させてくれたから。実際にここで暮らしている今、自分の生活はどうだろう?ここの生活は賑やかで、暖かで、少し胸が苦しくなる。自分にまた居場所ができたような、ぽっかり空いてしまった何かが埋められていくような、そんな安心感と、不安、そして少しの罪悪感。
「どうかしたの?」
心配そうな和実の声が聞こえて、真田はハッとした。
「何か悩み事?」
そう訊かれて曖昧に笑う。
「実は、先輩からフォトコンテスト出てみないかと言われて悩んでるんです。」
そう告げると出れば良いじゃんと即答されて真田は困ったように笑った。
「俺は写真に興味があったわけでも何か目標や目的があるわけでもなく、勧誘されてふらっと写真部に入ったので。そういうのはちょっと荷が重いというか、なんというか。」
「えー。もったいない、絶対出た方がいいよ。真田君の写真を人に見せないのは本当もったいないって。」
なんの迷いもなくそう言う和実の言葉を聞いて、真田は目を閉じた。どうして自分が悩むのか。どうして自分が苦しくなるのか。理由は解ってる。そう解ってる。でも、それの消化のしかたが解らない。俺はまだ、あれから立ち直れていない。だから・・・。
「管理人さん。少し長くなりますけど、俺の話し聞いてくれますか?」
少しだけ勇気を出してあの頃の自分と向き合う一歩を踏みだしてみる。俺の写真に色を与えてくれたこの人なら、モノクロの俺の世界にも色を与えてくれるかもしれない、そんな期待を抱いて。話しをすることで、自分の中で何かが変われば良いとそんな気持ちを抱いて。
「頼りにはならないだろうけど、話し聞くだけならいくらでも聞くよ。」
そう水を向けられて、俯き気味に言葉を紡ぐ。
「高校時代、いつも一緒につるんでた友達がいたんです。俺にとってそいつは、友達と言うより恩人でした。それで、そいつの夢がプロのカメラマンになることだったんです。大学入ってすぐの頃、各部の新入生勧誘合戦の中に写真部を見かけたとき、あいつの顔が頭に浮かんで足が止まりました。俺は全然カメラの事なんて解らないし、写真の良さも解らないし、全く興味も関心もなくて。本当にただ、あいつの顔が頭に浮かんで、それで。だけど先輩達に促されて展示ブースを見学して、カメラ触ってみるかって触らせてもらって、写真撮ってみて。なんなんですかね。気が付いたらそのまま写真部に入ってました。先輩達の話し聞いて、色々教えてもらいながら写真撮って、あいつはこんな事したかったのかなんて思って。でも全然自分が撮りたい物とかないし、自分の写真ってものもないし。何で自分はここにいるんだろうって、場違いな気がして。でも、なんか抜けられなくて。管理人さんと初めて会ったとき、あれが初めてだったんです。これが撮りたいなって思ったのも、あんな風に写真が撮れたのも。凄く感動しました。それで、もっと色々撮ってみたいって思いました。あれから撮るのが楽しくなって、ふとした瞬間に自然とシャッターを押している自分がいて、苦しくなりました。これがあいつがしたかったことなんだろうなって。あいつがしたかったことを今自分はしてて、あいつが感じたかった思いを、きっと人から言われたかった言葉を俺がもらってる。そんな考えが頭をよぎって、これは本当は俺のものじゃないって。俺が受け取って良い物じゃないって。だって、俺は本当は写真に何も思い入れなんてないんだから。本当なら俺が写真に携わることなんて絶対なかったはずなんだから。本当なら、今の俺が居る場所にはあいつが居たはずなんだって。そんなことばかり考えてしまって、それで、辛くなるんです。これ以上、写真にのめり込んだらますますあいつの影が濃くなる気がして、あいつにもっと引け目を感じてしまう気がして。だから、自分の写真をあまり表に出したくない。」
そう、結局は引け目。もう二度とあいつができないことを自分が楽しむ事への罪悪感。
「わたしなら、自分をきっかけに友達が自分の好きなことに関心を持ってくれて、それを楽しんでのめり込んでくれたら嬉しいけどな。」
そんな和実の声が耳に響いて、真田は顔を上げた。
「それにさ。本当はっていうなら、今の真田君が本当の真田君でしょ。きっかけなんて何処にあるか解らないよ。嵌まるのに早いも遅いもない。真田君と友達は別の人間なんだから、同じものを好きになったって、それは別の想いだよ。真田君が友達の居場所を奪ったんじゃない。友達をきっかけに、真田君が自分の居場所を見付けたんだよ。」
そう言って和実は、真田君は写真撮るのが好きでしょ、ならそれでいいんだよ、と真田を真っ直ぐ見つめて言った。
「その友達って、今の真田君見たら、俺の居場所とったなって怒って恨んでくるような人なの?」
そう訊かれてハッとする。
「恨み節は言ってくるかもしれないですけど、あいつなら、ほら楽しいだろって自慢してきますね、きっと。で、思いっきり楽しんでないことを怒られるかな。」
そう言って真田は笑った。楽しいくせに楽しまないで辛気くさい顔してんじゃねーと言う友人の姿が見えた気がして、お前が急にいなくなるから悪いんだろと心の中で返して真田は少し泣きたくなった。
「じゃあ、思いっきり楽しまないとね。」
そう言って笑顔を向けてくる和実を見て、そうですねと笑顔を返し、真田の脳裏にいつの日かの友人との思い出が蘇った。
「俺さ、実は小さい頃からプロのカメラマンになるのが夢だったんだよね。諦めようかと思って色々他の楽しいこと探してたんだけどさ、カメラ以上に惹かれるモノはなかったわ。だから俺、やっぱりカメラマン目指すことにした。」
「何だよ急に。そんな話し今まで聞いたことないぞ。」
「そりゃ、話したことなかったからな。俺の親父さ、プロのカメラマンで、結構有名だったんだぜ。ちいさい頃に親父の個展見に行って、親父の撮った写真見て、すげーって思って。それで、単純だけど俺も大人になったらカメラマンになるって思ってさ。自分用のカメラ買ってもらって昔は写真撮りまくってた。最初のうちは全然思ったように撮れなくて、悔しくて悔しくて、カメラのせいにしたりして。でも、同じカメラでも親父はすげー写真撮ってさ、それもまた本当に悔しくて。でもどうやったら親父みたいに撮れるのか聞いても全然技術とか教えてくんねーの。で、自分で色々調べたり撮り方工夫したりしながらヒマさえあればあっちこっちに写真撮りに行って、昔は本当に写真のことばっか考えてた。でもな、撮影の旅に出てた親父が行方不明になって、母さんの様子がおかしくなって、なんとなく写真撮りに行きづらくなって、そのままカメラもしまい込んで全く撮らなくなって。親父の死体が見つかったとき、無駄に有名だったせいでワラワラと無神経な連中が毎日おしかけてきてさ、親父の葬式も終わってそいつらの対応乗り切って、静かになったらプツンって。電池が切れたみたいに母さんが動かなくなった。母さんが完全におかしくなってた。それで母さんは精神病院に入院して、俺は親戚に引き取られて。高校入学を機に、親父の遺産で一人暮らし始めて今に至ると。何だろうな、母さんのこと考えるとカメラマンは諦めるべきだって思ったんだ。いくら今はもう俺のことも認識できないような状態になっててもさ、俺が親父と同じようになるってどうなんだろうなって思ってた。だから、違うのめり込めるものを探そうって、色々挑戦してたんだけどな。結局ダメだった。」
「そんなこと言って、お前は常に色々全力で楽しんでただろ。」
「あぁ、楽しんでたよ。でもさ、カヅキ見てたら、俺は今が一番楽しいって思い込もうとしてただけだなって気が付いた。あいつといると世界が広がって見えて、同じ景色が全然違って見えて、親父の写真見たときと同じ感動が俺の中に広がって。それで。今、この一瞬を残したいって、どうしようもなくシャッターを押したくなってる自分がいた。あいつの世界を枠の中におさめたいってそんな気持ちが抑えられなかった。結局、俺が一番したいことはコレだなって、俺はそう思ったんだ。だから、またカメラ始めることに決めたんだ。」
「そうか。急に何言い出すんだって思ったが、そういうことなら、な。」
「それにさ、あいつにあいつの知らない世界見せてやるって、もっと楽しいこと沢山教えてやるって言ったのに、俺が本気で楽しんでないなんて説得力ないだろ?自分が自分のしたいことから目を逸らしてるくせに、あいつにこっちの方が絶対楽しいからこっち来いって言えないし。次にあいつが来た時に、本気で人生楽しんでる俺を見せつけて、なんなら俺が撮った写真見せてお前がいない間に俺はこんだけ色々見て色々やってきたぞって自慢して、思いっきり羨ましがらせて。そんでもって今度こそ俺といる方を選ばせてやるって思ってさ。なんてたってお前の作った菓子で釣ってついてくるような奴だからな、餌ぶる下げときゃまた引っかかりそうだろ?」
「結局、本命はそこかよ。」
「いやいや、どっちも本命よ。カメラマンにもなりたいし、カヅキに俺を選ばなかったこと後悔させて思いっきり悔しがらせたいし。俺は欲張りなの。お前も欲張れよ。欲張って人生楽しまないと、いつまで経ってもお前は俺の下僕だぞ。」
「誰が誰の下僕だ。」
「俺を言い訳にしないと菓子作れないうちはお前は俺の下僕だろ?言い訳しないと好きなことができないとか、図体でかいくせにちっせー男だよな。誰に何言われたって好きなモノは好きだって胸張って言ってみろよ。無駄にでかいんだから、どうせなら本当にでかい男になれって。じゃないと張り合いがなくてつまらないだろ、俺が。いつまでも俺はお前の隣にいねーぞ。いつまでもうじうじして前に進まねーと俺はどんどん先に行っておいてっちまうからな。」
そう言ってからかうように笑うあいつの顔を今でも覚えている。いつも楽しそうで、明るくて、脳天気で、あいつに悩みとか葛藤とかそういうモノがあるなんて考えた事もなかった。あの時もいつも通りの軽い口調だったけど、でもあの時が始めてあいつが本音を漏らした時だったと思う。その姿を見て俺は、俺も変わろうと思ったんだ。ちゃんと俺も自分の道を見付けて、胸を張って歩いて行けるようになろうって。
「聞いて良いことなのか解らないんだけど、真田君の友達って・・・。」
そんな和実の声が聞こえてふと我に返る。
「亡くなりました。俺たちが高校二年生の時、交通事故で。」
そう、あの話をして、それぞれの進路を真面目に考えたりなんかして、それまでの生活を改めて。それで、春休みに入り高校三年生を迎えようとしていた矢先だった。あいつが帰らぬ人になったのは。こんなことってあるかよって、お前はしたいことがあったんじゃなかったのか、こんな終わり方していいのかよって。なんで俺が残ってお前が逝っちまうんだって、そう思って、置いていかれた気がした。あいつに見捨てられた気がして途方に暮れた。それで・・・。
「急にあいつがいなくなって、どうしたらいいのか解らなかったんです。ずっと自分が何かする理由をあいつのせいにしてたから。それで、今度は自分が何もしない理由をあいつのせいにしようとしてたんですね、俺は。本当、あいつに言われたとおり俺はちっさい男だな。」
そう言葉にして真田の口から苦笑が漏れた。
「真田君はさ。小さいんじゃなくて、若いんだよ。若いから、自分の中の色々なことをうまく処理できなくて、立ち止まったり逃げ出したり、それでも悩んで、もがいて。それって当たり前じゃない?」
そう言って和実が遠くを見た。
「わたしは絵本作家になるのが夢だった。小さい頃から絵を描くのが好きで、絵本を読むのが大好きで。自分も描いてみたいなって思って。それで、高校生の時に作った絵本がたまたま賞を受賞して、そんなことで調子に乗って本格的に絵の勉強しようって美大まで行って。でも、ダメだった。最初の一回だけ。それが奇跡で、それ以降は何処にも何にも引っかからなくて。とりあえずなにか描かなきゃって、自分はできるはずだって、大学卒業した後も家に引き籠って描き続けてた。描きたいが描かなきゃになって、その描かなきゃが自分が描きたいもの納得できるものをじゃなくて人に良く見られるものをに変わっていって、気が付けば絵本作家が自分の夢だってことに縋り付いてた。家から出て絵を描くことを止めた今は、家にいたときの自分は夢を追ってたんじゃなくて見失ってたんだなって思う。わたしが本当にしたかったのは、小さい頃に絵本を見て自分が感動したように、あの気持ちを人に伝えられる絵本を自分も描きたかったんだって思い出して、それで才能ないなら止めようって思った。まだちょっと心の中にモヤモヤした気持ちはあるんだけど、でも前みたいに引き籠って他のことを見ないようにするのは違うなって。ここにいると皆から色々刺激受けてさ、わたしも頑張らなきゃとか色々思って。でも、自分がどうしたいとか全然解らなくて、決められなくて、踏み出せなくて。」
そう言って和実は真田を見て苦笑した。
「真田君より四つも年上なのに、わたしなんてまだこんなだよ。本当、大学生組は皆、わたしよりずっとしっかりしてるし、大人だし。皆を見てて、わたしもしっかりしなきゃって思うんだけど、結局助けてもらってばっかで。自分が恥ずかしくてしょうがなくてさ。でも、今はこれでいいかなって。今のわたしがこうなのはしかたがないことだから、これから恥ずかしくない自分になれるように努力してけばいいって思ってる。真田君なんてまだ大学二回生でしょ?わたしよりずっとまだまだこれからじゃん。色々やってみなよ。」
そう言う和実の顔が友人の顔と重なって見えて、真田は目を細めた。そうだよな。お前は今の俺を見たら怒るよな。それとも、またそんな辛気くさい顔してって呆れられるのかな。そうやって俺を言い訳にしてるうちはお前は俺の下僕だぞ、と茶化してくる友人の姿が見えた気がして、真田は誰がお前の下僕だと心の中で毒づいた。
「管理人さん。俺、フォトコンテスト参加してみます。」
そう告げると和実が優しく微笑んで、真田も微笑んだ。
「管理人さんは自分が思ってるほど頼りなくないですよ。俺はいつもあなたに助けられてる。初めて会ったときも、今も。ありがとうございます。」
そう言うと和実が驚いたような顔をして、真田は笑った。今はまだあの頃のお前にすら追いつけてないけど、これから追いついて、そのうち追い越してやる。そしていつかは、お前の言うでかい男になってやる。将来俺もそっちにいった時、お前を羨ましがらせて悔しがらせられるくらい、自分の人生を謳歌してやるよ。それでいいんだろ?そう心の中で今はいない友人に語りかけて、真田は空を仰いだ。