終章
「会場準備できたけど、料理どうする?」
「まだ来てない人もいるし、外に出すのはもう少し待った方がいいんじゃないかな。」
「飲み物はクーラーボックスに入れてあるし、先に出しといても良いんじゃないっすか?」
「あと来てないの浩太だけだろ?来たらすぐ始められるようにラップ掛けて並べておけばいいんじゃないか?」
「先に始めてるって連絡入れて、先に食っててもいいんじゃないっすか?」
「ダメだよ、ちゃんと皆揃ってからじゃないと。」
「耀介は食い始めたら止まらないっすから、腹減ったからってつまみ食いしたらだめっすよ。お前がつまみだしたら会が始まる前に料理がなくなりそうっすから。」
サクラハイムの庭にブルーシートを広げ、そんな会話をしながら住人達がワイワイと会の準備をしていた。
「ここにこうして皆が集まるのも久しぶりですね。」
そう風間祐二の声がして、西口和実はそうだねと呟いた。
「ここ数年はずっと、昔みたいにこうして皆揃ってなにかするって全然なかったもんね。」
ここが下村学園高等学校第二学生寮からサクラハイムという名前に変わって六年。ここが学生寮だったときから住んでいる風間祐二は翻訳家になるという夢を叶え、今では一年のほとんどを海外で過ごしているし、二人目の住人、片岡湊人は学生時代のバイト先の一つに就職し、今では喫茶店の店長をしている。二号室の住人、柏木遙は服飾デザイナーになるべく勉強する為イタリアに留学し、楠城浩太は大学受験に失敗した後日本を離れイタリアの祖父母の元で生活するようになり、現在は二人ともサクラハイムに住んではいない。三号室の住人、香坂光は私立高校の教師になりそのままここに住んでいるが、三島健人は舞台俳優になって、テレビ出演を機に人気が出た現在は違う場所で生活している。四号室の住人、真田一臣は学生時代に写真部の活動を通して知り合った人が経営する写真館に勤め、藤堂耀介は美術系の専門学校を卒業した後に舞台美術を職にした。そして、五号室の住人、篠宮花月は、高認試験合格後大学受験をし、現在は大学三回生だ。ここがシェアハウスとして始まった当初に集まった住人達は、今ではそうやってそれぞれの場所でそれぞれの道を歩いている。
そして管理人の西口和実は、変わらず管理人を続けながら、気が向いた時に絵本を作っている。絵本作家になることが夢だった。サクラハイムに来る前は夢を追い続け、本当に自分がしたかったことを見失っていた。そして管理人と言う職に就いて、夢を諦めようと思ったこともあった。でも今は、これでいいと思う。絵本作家で食べていけなくても、他に本職をもちながら、趣味として絵本を作りそれを身近な誰かに読んでもらう。それでいい。それくらいが自分には合っていると、今は思っていた。
「それでも、離ればなれになってもずっと皆ここで繋がってるって感じていたんですが。俺たちの家であるこの場所がなくなると思うと、凄く寂しいです。俺にとってもここは実家みたいなものでしたから。」
そんな風間の言葉に、和実もしみじみと同意した。
そう、今日はサクラハイムのお別れ会。皆で過ごしたこの場所との最後の別れをするために皆集まっているのだ。和実達が生まれるずっと前に学生寮として建てられたこの建物は、老朽化からあちこちにガタがきて、まだかろうじて生活はできるが、これからもここで生活を続けるには大きな改修工事が必要な状態になってしまった。ずっとごまかしごまかしやってきた。でも、ごまかしがきかなくなって、ここの収入でそんな大きな工事をする予算は得られないことや、住人達もそれぞれの道を行き最後には皆ここを離れていく時が来るという現実に、ここを閉める決断をしたのだった。
「あーあ。ここなくなっちゃうのか。俺もここを実家扱いしてたのに。」
「遙君。イタリアに留学したのに二号室借りたままにして荷物置きっ放しにしてたもんね。」
「俺は出てった身だが。ここに来れば皆がいて、そして俺を受け入れてくれる。そんな安心感がここにはあったな。」
「そんなこと言って、三島君は出てってから全然ここに来てなかったじゃん。」
「でも、ここを出たからって健人がここの住人じゃなくなったって感じは全くしなかった。遠く離れた場所で生活してる、遙君や浩太君も。離れた皆も気軽に戻ってくると信じられる。ここはそんな、本当に僕達の家でした。」
そんな話しをしみじみとして、皆この場所との別れを惜しんだ。
「でも、ここがなくなったって皆との繋がりはなくならないよね。離れてたって、会えなくなったって、ずっと。ここで過ごしたわたし達の日々はなくならない。皆で育んだわたし達の絆はなくならない。わたしはそうだって信じてる。だから大丈夫。」
そう言って花月が笑った。
「だから今日はお別れ会じゃないよ。皆で過ごしたこの場所に今までのありがとうを伝えて、そして、わたし達の新しい門出を祝う会だよ。だから皆、楽しくいこう。ね。」
そんな花月の明るい声に、和実は胸が暖かくなって、そうだねと笑った。
「ごめん、遅くなって。」
そう声がして、大きな荷物を抱えた浩太が息を切らせて走って入って来る。
「本当。浩太、遅い。」
「ごめん。どうしても外せない仕事が入っちゃって。これでもかなり頑張ってスケジュール調整したんだよ?」
「有名人は大変だね。浩太君、今じゃ世界的に有名なストリートパフォーマーだもんね。」
「浩太が世界大会優勝したときの動画、DVDに焼いてうちの部室に置いてあるよ。本当、凄かったな。皆もアレ見て凄く盛り上がってた。」
「浩太はある意味、受験失敗してイタリアのばーちゃん家に逃げて正解だったよね。まぁ、浩太に市ヶ谷学園大学は最初からムリだとは思ってたけどさ。」
「でも受験の時、浩太君、凄く頑張ったよね。花月ちゃんと一緒に市ヶ谷学園大学に進学してストリートパフォーマンス研究会入るんだって言ってさ。最後の模試じゃギリギリ合格圏内までいってたし。」
「まさか、やっぱ勉強は向いてないって言って浪人するの諦めて、芸で食ってくってイタリアで本当の路上パフォーマンスから始めて、ここまでなるなんて思ってなかったっすけどね。正直、当時はただの現実逃避しに日本離れてばーちゃん家に行っただけだと思ってたっす。」
「皆揃ったし、さっさと始めないっすか?腹減った。」
「あ、そうだね。じゃあ、始めようか。」
「管理人さん、少しは乾杯の音頭とるのうまくなったの?」
「それは全く期待しないで下さい。変わらないから。」
「ねぇ浩太。わたし浩太のストリートパフォーマンス見たいな。」
「じゃあ、会が始まったら出し物として披露しようか。というか見せようと思ってちゃんと道具持ってきたんだ。久しぶりに花月ちゃんも一緒にやる?」
「うん。わたしもだいぶ上手くなったんだよ。見せてあげるよ、わたしの今の実力を。」
「皆、飲み物回ったか?二人はなに飲む?」
「花月、お前は前科があるから酒は呑むなよ。」
「わたしだってちゃんと自分の許容量覚えたよ。もう正体なくなるほど呑まないし。でも、一応お茶にしとく。」
「俺も芸事するなら最初はソフトドリンクにしとこうかな。お酒は後でもらうよ。」
そうやって皆の手に飲み物が回って、さて会を始めようかとして、
「あ、始める前に皆で記念写真をとらないか?会が始まったらぐだぐだになって撮るタイミングがなくなりそうだしな。」
そう真田が声を上げ、そうだねとサクラハイムの建物を背景に皆で並んで写真を撮った。
これで終わり。いや、ここが新しいスタートだ。ここから皆巣立ちして、そしてそれぞれの未来に羽ばたいていく。今日はそんな日だ。そんなことを考えて、和実は乾杯の音頭をとり、賑やかな宴会の始まりを告げた。




