第十五章 新しい年が来る
「うわっ。やっぱこういう物を作らせたら花月が一番っすね。すげー。」
「お節って、こんな風に手作りできる物だったんだ。できあがった物を買う印象しかなかったから、家庭でこんな風にできるなんて吃驚だよ。」
年始に向けてせっせとお節を作る花月の作業を覗きながら、片岡湊人と管理人の西口和実がそう感嘆の声を上げた。
「でも、お正月ここに残るの、わたしと花月ちゃんと風間君の三人だけなんだよね。重箱に詰めて綺麗に飾ったこれが皆の目に入る前にわたし達のお腹の中に入ると思うと、なんか残念な気がするな。」
そんな和実のぼやきを聞いて、片岡が吹き出した。
「管理人さん。三人でいったいどんだけ食べる気っすか。年末年始ぐらいって食費奮発して材料買ってるし、俺たちが帰ってくるまでに全部なくなってたらそれこそ吃驚っすよ。どうせ元々全部は重箱に入りきらないっすから、皆揃ったらまた詰め直して、皆で新年会しましょ。」
そんな片岡の言葉を聞いて和実はそうですねと恥ずかしくなった。
「新年会。新年会って何やるの?」
「うーん。皆で新年の挨拶して、お節食べて、お酒飲んだりしながらワイワイがやがや?」
目を輝かせながら訊いてきた花月の問いにそう答えながら、和実はそういえば春にお花見をしながら親睦会をした時は市ヶ谷学園組ぐらいしかお酒呑める人いなかったけど、今は片岡君も真田君も呑めるんだよなと思って時間の経過を感じ、不思議な気分になった。
「そういえば片岡君、年明けは成人式でしょ?三十一日に家に帰って二日には戻ってくるって言ってたけど、実家にいなくていいの?」
「俺は実家近いっすから。一回こっち戻ってきて、また成人の日前に実家に行ってくるっす。」
「近いって言っても、それってけっこう面倒臭くない?」
「そんなことないっすよ。それに、ここの食費を持って初売りバーゲンに乗り出さないとっすから。チラシチェックして、もう狙い定めてるっすよ。絶対これは逃せないっす。」
真剣な顔をしてそう言う片岡を見て、和実はぶれないなと思って小さく笑った。
「だから、花月。正月は俺と一緒に商店街とショッピングモールはしごっすよ。正月の買い物は普段以上に戦いっすから、俺が帰ってきたら一緒に特攻できるようにしっかり備えとくっす。正月だからって俺たちにだらけてるヒマはないっすよ。」
「わかった。湊人と特攻できるように、夜更かししないでちゃんと寝て、しっかり体調整えておく。」
「俺たちの奮闘でここの食事の彩りが変わるっすから、気合い入れていくっすよ。」
「おー。」
そんな二人のやりとりを見て和実は微笑ましく思った。来た当初は皆から一歩引いたところにいて人の世話ばかり焼いて、自分は人に頼らず何でも大変なことは一人でやっていた片岡君が、今はこうして普通に誰かと協力してなにかをするのが当たり前になって。ここにきたばっかの頃は字の読み書きさえできず何も知らなかった花月ちゃんは、今じゃ普通にバイトで生計を立てながら高認試験を受けるべく勉強に励んでいる。この二人だけじゃない。家庭の事情から夢を諦めていた風間君は、ここの人達と出会い、励まされ、また夢に向かって走り出した。始めて出会ったときと比べ、今の彼は凄く明るく生き生きしている。勉強嫌いだった浩太君は、花月ちゃんと勉強するようになって勉強嫌いを克服したし、遙君はあまり変わってないような気はしないでもないけど、でも少しだけ丸くなった気がする。三島君と香坂君は幼馴染みで同じ大学の同じ演劇部に入っている仲なのに、関係がどこかぎこちなくて、ずっとぎくしゃくしていた。でも今は二人同じ方向を向いて全力で引退公演に向けての稽古に励んでいる。自分の人相にコンプレックスを持ち、解ってもらおうとする前に人を拒絶していた藤堂君は、皆との関わりを通して人に歩み寄る努力をするようになり、そうして広げた世界で興味を持つことを見付た。自分の過去を受け入れられず、親友の死からも立ち直れずいた真田君は、どこか引っ込み思案なところがあったけど、自分の全てを受け入れ開き直る覚悟を決めて、今は堂々としてるしどちらかというと強気になった気がする。ここで暮らす皆がそうやって、ここで過ごす間に変わった。皆良い方に、そして生き生きと。そんなことを考えて、和実は自分は何か変わっただろうかと考えた。
絵本作家になりたかった。なれなくて、なれないままその夢にしがみついてずっと引き籠って絵を描き続けていた。そうやって閉じ籠もってずっと自分の世界を閉じていた。今は、ここに来て、こうして皆と過ごして、自分がしがみついていた世界がいかに狭く、自分の視野が酷く狭められていたことを知った。そして、なれもしない夢にしがみつくのは止めようと思った。でも、やっぱり自分は絵本が好きだし、絵を描くことが好きだ。今でも諦め切れない感情が自分の中に燻っているのを感じ、和実は小さく笑った。近くで皆を見てきて、みんな若いななんて思いつつ、また自分もなにかしてみたいと思う自分がいた。もう一度、夢に向かって一歩踏み出してみようと思う自分がいた。ここの管理人をしていても自分の夢は追える。諦めきれないなら、もう一度挑戦してみよう。そう思って、和実はまた絵本を描こう、そう思った。
年が明けて、実家に戻っていた住人達も帰ってきて、サクラハイムはまた賑やかになった。
「なんだ、真田も片岡も成人式があるっていうのにもうここに戻ってきてるのか。」
自分より先に戻ってきていた新成人二人を見て三島健人が呆れたようにそんなことを言う。
「湊人はお正月バーゲンに特攻するために皆より早く戻ってきたんだよ。」
「花月と二人で挑んで目当ての物はばっちり手に入れて来たっす。やっぱ花月の身軽さとパワーは侮れないっすね。あの人混みの中、ひょいひょい取ってくるし、けっこうな量の買い物になっても軽々荷物持つっすから。」
「湊人も凄かったよ。普段からタイムセールの時とか凄いけど、普段以上に気迫があって。争奪戦勝ち抜いてたし。」
「あと、前からすごいなとは思ってたっすけど花月の運の良さが半端なくて。買い物でもらった券でくじ引きして色々当てたりで・・・。」
「結局、持ちきれなくなってお姉ちゃんに車で迎えに来てもらったんだよね。」
「あの時はここでダラダラしてたら急に荷物が持ちきれないから助けてって連絡入って吃驚しちゃった。丁度、風間君留守にしてて、わたし一人で行っても頼りにならなそうだし、どうしようって思って松岡さんに連絡したら会社の車使って良いって言ってくれたから良かったけど。車出せなかったらあれ運ぶのはムリだったと思うよ。」
「そんなに凄かったんだ。」
「凄かったも何も、自転車まであったし。」
「自転車は俺が乗って帰ったっすけどね。」
「湊人が、今乗ってる自転車ガタ来てるからそろそろ新しいの欲しいって言ってたから、自転車当たらないかなってガラガラ回したら自転車出てきたんだよ。」
「あぁ、それで帰ってきたら片岡の自転車が新しくなってたのか。」
「狙って当てれるってどんな強運だよ。」
「普通、狙うと物欲センサー働いて当てられないものなのにな。花月ちゃん凄い。」
「物欲センサー?」
「欲しい欲しいって強く思えば思うほどそれに反応してそれを手に入れられなくしてくるという恐ろしいセンサーのことだよ。」
「へー。そんなセンサーあるんだ。」
「迷信だ。信じるなよ。」
「いやいや、けっこう侮れないよ。本当、そういうセンサーあるんじゃないかって思うとき僕もあるし。」
「光まで、そんなこと・・・。」
「そういえば花月さんも新成人ですよね。成人式はどうなるんですか?」
「なんかお知らせ来てたけど、成人式ってなにするの?湊人も一臣も違うところで出るんだよね。なんで皆バラバラでするの?」
「その年度に成人する奴を地域ごとで纏めてお祝いする会だ。正直、あそこに行ってもお偉いさんの長い話し聞かされるだけだろうし、行かなくてもいいんじゃないかと思うぞ。」
「でも、一生に一度のことだし、良い思い出にはなるんじゃない?」
「成人式出なかった奴が何言ってやがる。」
「いや、自分が出なかったから余計さ。今になって出とけば良かったかななんて思ったりして。」
「成人式か。二人とも袴着るの?二人とも結構似合いそうだよね。」
「花月ちゃんの振り袖姿とか絶対綺麗だよね。ちょー見たい。」
「そういえば花月、振り袖持ってるの?成人式の着物ってレンタルとか結構前から予約しとくもんだよね。持ってないなら今更用意できないんじゃない?」
「実はちょっと前に成人のお祝いって包みが届いて、そこに振り袖が入ってたんだ。桜を基調にした柄の薄紅のやつ。」
「お祝い?誰から?」
「名前はなかったけど。」
「何それ怖いんだけど。」
「怖くないよ。だって、仕立てがお婆ちゃんと同じだったもん。きっとお婆ちゃんがわたしのために仕立ててくれた物だって信じてる。」
そう言って嬉しそうに微笑む花月を見て、和実は良かったねと思った。本当の所はどうかはわからない。きっと送り主の正体を明らかにすることは許されない。でも、その贈り物は彼女を想ってのものに間違いない。そう思って和実はそれを彼女に届けたであろう人物を思い浮かべた。
「耀介の奴、遅いっすね。今日の昼には戻ってくるって言ってたのに。」
時計を見てそう片岡が言って、誰かが先に始めちゃう?なんて言って、
「ただいま。ちょっと遅くなった。」
と玄関の方から声がして、
「あけましておめでとうっす。」
と食堂の扉を開けて藤堂耀介が入って来た。
「噂をすればなんとやらだね。」
「ほら、耀介。早く座って。待ってたんだからね。」
「飲み物はどうする?新成人組もせっかくだから酒いっとくか?」
「お酒。湊人や一臣は呑んでも良いって言われてたのに、ずっとわたしは呑ませてもらえなかったあの飲み物・・・。」
「いや、だって、花月ちゃんは成人してるってことが自称なだけで、本当のところはどうだか解らなかったし。どう見ても成人してるようには見えなかったし。」
「正直、片岡や真田と同い年って言うより柏木や楠城と同い年って言われた方が納得できる感じだったしな。」
「それは花月ちゃんが年の割に幼いだけじゃなくて、片岡君や真田君が年の割に落ち着いてるせいもある気がするけど。」
「まぁ、今は確実に成人してるって解ってるし、試しに呑んでみるか?とりあえずちょっとだけな。」
そう言われて花月は嬉しそうにうんと言ってコップを差し出した。そして、それにお酒そそがれるのを期待と好奇心に満ちた目で眺めていた。
「じゃあ、皆揃ったことだし。飲み物も回ったっすね。サクラハイムの新年会、始めますか。」
そう片岡の声がして、皆の視線が和実に集まった。
「え?なんで、皆わたし見てるの?」
「何でって、あんたの乾杯の音頭待ってるんでしょ。学習能力ないの?」
「え?だって、さっきのノリならそのまま片岡君が乾杯の音頭とってくれてもいいのに。」
「いやいや、ここはやっぱり管理人さんで。だって、管理人さんは管理人さんっすから。」
「なにそれ・・・。」
「ほら早く。みんなあんたのこと待ってんだけど。」
「いつも口喧嘩ばっかしてるくせに、こんな時だけ二人とも息がぴったりなんだから。」
そう文句を言いつつ、和実は立ち上がった。
「こういうときなんて言えばいいのか解らないから。とりあえず。皆さんあけましておめでとうございます。今年も一年、皆が仲良く過ごせますように、よろしくお願いします。乾杯!」
「「「「「「「「「乾杯。」」」」」」」」」
そして持っていた飲み物を一気に飲み干して、
「あいかわらず、なんなのその挨拶?」
からかうように柏木遙にそう言われて、和実はむくれた。
「今年も仲良くって、去年はそんなに仲良くできてたか怪しいけど。」
「まず、お前のその口の利き方がトラブルの原因っすけどね。」
「色々ありましたが、でも、こうして五室みんな埋まって、ちゃんと一つに纏まって。これからもこのメンバーで過ごすことができると思うと、俺、凄く感動します。」
「そういえば、祐二はもうすぐセンター試験だね。」
「うん。AO入試もセンター試験必須で。でもここで基準が満たせれば、俺は四月から東外国語大学で勉強できる。」
「風間君、ずっと頑張ってきたもんね。あとちょっと、ラストスパート頑張って。」
「ありがとう。俺、全力で頑張るよ。そして受かって、沢山勉強して、絶対翻訳家になってみせるから。」
「祐二、いい顔するようになったじゃん。俺も応援してる。頑張れ。」
「勉強中また甘い物の差し入れするから、リクエストがあったら言ってくれ。」
「受かったらまた皆でお祝いしような。なんかご馳走のリクエストあったら言うっすよ。」
「って、ご馳走系は主に一臣か花月の領分でしょ。湊人はそういうのあまり得意じゃないくせに何言ってんの。」
「俺は財政担当っす。材料仕入れるのは俺の領分っすから。それに、パーティー食に欠かせない唐揚げなら俺だって作れるっすよ。」
「片岡の作る唐揚げ美味いよな。」
「アレはいくらでも食える。」
「片岡君の唐揚げ、時間経っても衣のサクサク感が変わらなくて、冷めても美味しいんだよね。」
「良いですね唐揚げ。関係ないですが、センター試験当日はやっぱ願掛けにカツ丼を作ってもらいたいです。」
「了解。じゃあ、その日はカツ丼にしとくっすね。」
「え?朝から揚げ物いくの?俺はちょっとやめて欲しいんだけど。」
「解った、解った。じゃあ、当日は祐二にはカツ丼で、他は別メニュー考えとくっすよ。」
「ありがとう。ところで管理人さんは少しは料理の腕あがったの?ここんとこ完全に料理してない気がするんだけど。お節だって全部花月作なんでしょ?お雑煮は湊人が作ってたし。甘酒は一臣作だし。この中に一つでもあんたが作った物あるの?」
「う。ないです。ないですよ。新成人三人組の腕が良くて、わたしの出番なんて全くないんです。いいんだ、わたしはたまに作るくらいで。皆が作った方が美味しいし、見た目も綺麗だし。頑張ったけど全然追いつけなかったんだからしょうがないじゃん。」
「大丈夫。管理人さん、ちゃんと腕あがってるよ。特に盛り付けなんか、最初は凄く男らしかったけどかわいくなったし。もう、遙ちゃん。管理人さんも頑張ってるのに遙ちゃんが全然褒めてあげないから、あれだけことあるごとに遙ちゃんに言われ続けてめげなかった管理人さんも、ついにいじけちゃったじゃん。」
「まぁ、管理人さんはものぐさっすから。ちょっと手間掛けるだけでだいぶ違うと思うけど、そのちょっとが管理人さんにとってはキツいんすよね。バイト先で、管理人さんでも面倒臭がらずにできそうな簡単でちょっとお洒落なレシピ教えてもらったんで、今度教えるっすよ。」
「本当?片岡君ありがとう。」
「まったく、湊人はすぐ甘やかすんだから。そんなんだから上達しないんじゃないの?」
「全くできないわけじゃないからいいんです。もうわたしはこれに関しては開き直ることにしたの。頑張れないことは頑張らない。頑張れそうなことだけ頑張る。」
「そういえばさっきから花月の存在感が全くない気がするんだが。って、おい花月、大丈夫か?お前これ。いつの間に一瓶空けやがった。呑んだことないくせにいきなりどんなハイペースで消費したんだ。ちょっとにしとけって言っただろ。とりあえず水だ、水。」
酔い潰れた花月を発見した三島がそう焦ったように言って、慌てて和実が寄り添った。声を掛け、むにゃむにゃ言っている花月を見て、何だ寝てるだけかと思ってホッとする。
「花月ちゃん。大丈夫?寝るならちゃんとお部屋行かないと。」
「こんだけ呑んで寝てるなら、逆にここに置いておいた方が安全なんじゃないか?酒がまわった状態で一人にさせて、起きてきて階段踏み外したりされても怖いしな。」
「ここにいても椅子から転げ落ちる気が。」
「じゃあ、談話スペースのソファーに連れてくか。」
そんな三島の言葉に、それがいいかなと思う。そんな話をしていると花月がぼんやりとした様子で目を開けた。
「あ。花月ちゃん、目覚めた?大丈夫?お水飲める?」
そう声を掛けると、花月がへらっと笑ってお姉ちゃんだと言って抱きついてきて、和実は溜め息を吐いた。
「花月ちゃん。完全に酔っ払ってるでしょ。いきなりあんなに呑んじゃダメだよ。下手したら急性アルコール中毒で救急車だからね。」
「うん。ごめんなさい。お姉ちゃん、大好き。」
完全に酔っ払いの様子でじゃれついてくる花月の様子に、和実は困ったように小さく笑った。
「気持ち悪くない?」
「何かふわふわしてるけど、大丈夫。」
「お水飲める?」
「飲めない。飲めないから、お姉ちゃん飲ませて。」
「自分で飲めないのにどうやって飲ませるの。はい。ちゃんとコップ持って・・・。」
そんなやりとりをしながら支えて水を飲ませる。普段聞き分けがよくて全く手がかからない花月がぐだぐだ言いながら甘えてくっついてくる様子に、和実はこういう花月ちゃんも本当かわいいななんて思いつつ、いつも聞き分けが良くて一人でも静かに過ごしてたのは本当はずっと我慢してたのかななんて思って、少し胸が痛くなった。お酒の力を借りてこうやって素直に甘えられるなら、たまにはこういうのもいいのかもしれない、なんて思っていると、
「ほら、花月。いつまでもそんなくっついてたら管理人さんが何にもできないっすよ。フラフラするなら向こうで横になってこい。」
「みなと~。湊人だ。湊人、運んで~。」
片岡に声を掛けられた花月が、和実から離れてそんなことを言いながら片岡に抱きついて、和実は一瞬固まった。前言撤回。やっぱダメだ。花月ちゃんにお酒飲ませちゃいけない。
「こらこら、まったく・・・。」
「花月ちゃん。ちょっ、それは。男の人にはダメだって。」
片岡が呆れたように呟いて、それと同時に焦ったように楠城浩太が立ち上がり声を掛けて、
「あ、浩太だ。こうた~。」
浩太の声に反応した花月が片岡の所から浩太に向かって飛びついて、二人は床に倒れ込んだ。
「ちょっ、花月ちゃん。ってか大丈夫?」
「浩太。浩太。」
「って、うわっ。ダメ、ダメだって。花月ちゃん。」
顔を真っ赤にさせて焦る浩太と裏腹に、花月が彼の名前を呼びながら抱きついてくっついて、そして起き上がると彼に跨がったまま本当に嬉しそうにへへへと笑顔を向けて、そしてまた倒れ込もうとして、真田一臣に後ろ襟を掴まれて起こされた。
「あ、一臣。」
「ほら、酔っ払いはあっちで寝てろ。」
そう言って真田が花月をひょいと抱き上げ、談話スペースのソファーに運び横にする。
「一臣、ありがとう。」
横になった花月が目を細めてそう言ってきて、真田はあぁと答えた。
「一臣がふざけるなって怒ってくれたから、わたし。」
「ありがとうって、今になってあの時のことなのか。」
「だって、あの時一臣が、らしくないことしてんじゃねーって、自分の居場所は自分で決めろって言ってくれたから、だから、わたし今こうしてここに居れる。今もまだ皆と居れる。それが凄く幸せだなって。だから、ありがとう。これからもよろしくね。」
そう言って花月が拳を差し出してきて、真田は小さく笑ってそれに自分の拳をぶつけた。
「みんな大好き。みんな、ありがとう。みんなといられてわたし、本当に、本当に、幸せなんだ。」
そう呟いて、花月は眠りに落ちた。
「こうして見てると、本当、小さい子供みたい。」
花月の寝顔を眺め、和実はそう呟いた。そう、彼女が最初にここに来たとき、彼女は本当に小さな子供みたいだった。何も知らず、何も解らず、見るもの全てが新鮮で、与えられる全てを吸収して。色々なことが解るようになった彼女は、何も持たない自分という存在の在り方に悩み苦しんだことだろう。自分自身の真実を知って、きっと、周りが感じていたよりずっと苦しんでいたんだろう。そうして彼女が選んだ自分の居場所。それがこのサクラハイム。ここに住む皆の家になるように願ってそう名付けたこの場所は、今はちゃんと皆の家になっているのだろうか。今の皆の姿を見ていると本当にここがそう言う場所になれていると感じる事ができて、和実は胸が暖かくなった。
「花月ちゃんにとってはきっとここが実家になるんだよね。」
「そうっすね。そうなると、花月にとって俺たちが家族ってことになるんすかね。そうすると、ここはただのシェアハウスじゃなくてちゃんとした家になったんすね。花月の。そして俺たちの。ここを始めたばかりの頃に管理人さんが言ってたみたいに。」
そう自分が思っていたことと同じようなことを言って笑う片岡を見て、和実は嬉しくなって笑った。
「なに、また二人でいちゃついてんの?」
そう遙が割って入ってきて、二人揃って別にいちゃついてなんかと食いついて、そして、なんかこんなやりとり春もしたなと思って可笑しくなって和実は笑った。
「ちょっ、管理人さん。急になんすか笑い出して。」
「いや、こんなやりとり親睦会の時にもしたなって思い出したらなんか可笑しくてさ。」
「もう、二人で夫婦でいいんじゃない?管理人さんと湊人でサクラハイムのおとんとおかん。ちなみに管理人さんがおとんで湊人がおかんね。」
「え?わたし父親なの?」
「俺が母親かよ。」
「湊人はサクラハイムのおかんなんだから母親で当たり前でしょ。そして管理人さんは女子力低すぎ。」
「ったく。そのあだ名付けたの遙っしょ。他に誰がそんなこと言ってるっすか。」
「いや、片岡が母親は俺も賛成だな。」
「三島さんまで。」
「ごめん。僕もそう思う。」
「香坂さん・・・。」
そうして結局誰も否定してくれる人がいなくて、片岡は諦めたように溜め息を吐いた。
そんな皆の様子を眺め和実は笑った。親睦会の時と似たようなやりとりがあっても、あの時と今じゃ全然違う。わたし達の間に流れている空気も一体感も。課題をクリアしたから、春が来れば、猶予期間が終わりサクラハイムはシェアハウスとして正式に始動する。このメンバーで、また新しい一年を。そしてこれからはその先もずっと、何回だって新しい年を皆で迎え過ごしていける。
「みんな。これからも、ずっとよろしくね。」
そんな自分の言葉に応える皆の笑顔を見て、和実は大丈夫だと思った。これからもきっと色んな事が起こるだろう。でも、きっと皆でだったら乗り越えていける。そう思って、和実はサクラハイムのこれからに胸を躍らせた。




