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サクラハイム物語   作者: さき太
13/17

第十二章 三島健人の思い

 舞台から目が離せなかった。気が付けば物語は終わりの時を迎え、立ち上がってカーテンコールをする俳優達に拍手と声援を送る自分がいた。すげー。学芸会の劇なんかと全然違う。劇ってこんなに凄い物なんだ。感動に胸が膨らみ、それを共有したくて自分の隣の席に目を向けた。そこに自分と同じように立ち上がり舞台にキラキラした目を向けた幼馴染みの姿を見て、三島(みしま)健人(けんと)は声を掛けていた。

 「(ひかる)。大きくなったら役者になって俺たちもあんな風に舞台に立とうぜ。」

 驚いたような顔で振り向いた幼馴染みが嬉しそうに笑う。

 「うん。いつか僕達もこんな劇がしてみたいね。」

 そうやって将来は役者になろうと約束した。二人で舞台に立って、今度は自分達がこの拍手喝采を浴びる側になるのだと。沢山話をした。沢山語り合った。色々な舞台を見に行って、いろいろな物語を読んで、舞台について勉強して。二人で同じ夢を追いかけていた。


 ふと目が覚めて、三島は溜め息を吐いた。懐かしい夢を見た。あんなのは昔の話し。今はもうあんな風に同じ夢を追いかけることなんてないのに。そんなことを考えて香坂光(こうさかひかる)のベットに視線を向ける。こうやって同じ場所で暮らしているのに俺たちの距離は離れたままだな。中学生の時離れてからずっと、光は俺を避けたままだ。そんなことを考えて、中学生の頃に一緒に演劇に強い高校に進学しようと言って香坂に断られたときのことを思い出して、三島は苦しくなった。

 別々の高校に進学し疎遠になってから三年後、大学で再会しまた二人演劇部に入部して、また昔みたいに戻れると思っていたのに。同じ場所に居ても今も心は離れたままだった。そもそも通う学校は違っても、すぐ隣に住んでいたのに疎遠になってしまうほど距離ができてしまったのに、また同じ環境で過ごすようになったからといってそうそうこの距離が縮まる訳はないか。そんなことを思って、三島はでもじゃあなんでお前は俺の誘いにのって演劇部に入って、このサクラハイムでルームシェアすることを了承したんだよと心の中で悪態を吐いた。お前も俺と同じように、昔のことは水に流してまた一緒に演劇がしたいと思ってくれているんだと期待してたのに。他の住人とは打ち解けていくのに俺とはずっと距離をとったまま。本当、お前は何がしたいんだ。そんなことを考えて、三島は深い溜め息を吐いた。

 「なぁ、光。お前は演劇がしたいのか?したくないのか?子供の頃の約束気にして付き合ってるだけなら辞めたっていいんだぞ。そうじゃないなら、もっと真剣に、もっとまじめにやれよ。」

 眠っている幼馴染みにそう声を掛けて、三島は辛そうに笑った。中学生の頃は、光は演劇への興味が薄れて役者になんかなりたくないと思い始めていたのに自分がどんどん演劇に嵌まっていって役者になる夢をより強く描くようになっていったから、やっぱやめたって言い辛くて、言い出せなくて、自分と距離を置いていったのだと思っていた。中学在校中、三島は何度も香坂に話しかけ、何度も本心を聞き出そうとした。でも、その全てを躱されごまかされ、そして避けられた。何も教えてくれないまま一方的に拒絶する香坂に腹を立て、三島も光が何も言う気がないなら俺はもう知らないとそっぽを向いた。でも、本当はずっと、香坂ががあの時はごめんって、あの時は本当はこうだったんだって言ってきてくれるのを待っていた。ちゃんと心を打ち明けてくれて、彼と仲直りできることをずっと望んでいた。同じ夢を追えなくてもいい。同じ舞台に立って一緒に拍手喝采を浴びる側になれなくても、それでもずっと友達ではいたかったから。なのに、それこそ赤ん坊の時から一緒に兄弟の様に育ってお互いのことはよく解っていると思っていたのに、喧嘩しても絶対に仲直りができると、お互いのことを信頼し合えていると思っていたのに、香坂に拒絶されいつまでも彼が自分に本音を話さなくて、それに苛立つと同時に三島はそう思っていたのは自分だけだったのかと酷く寂しい思いがした。だから光が自分から本音を話してくるまで絶対折れてやるものかと、許してやるものかと、当時の三島は頑なになっていた。そしてそのまま別々の高校に進学し仲直りのタイミングを逃したまま顔を合わせなくなり、それで、時間が経てば経つほど顔を合わせ辛くなって、その時のことを言い辛くなって、だから隣に住んでいるのに疎遠になってしまったのだと三島は思っていた。でも、今は本当にそうだったのかも解らない。香坂が演劇を辞めたいのかどうか、自分と向き合う気があるのかどうか。どうするにせよ全て中途半端でハッキリしない香坂の態度に、三島は中学生の時と同じように苛立ちを覚え、辛くなった。

 花月(かづき)を中心に他の連中といるときは、光は普通に笑ってる。普通に打ち解けて、普通に話をし、普通に・・・。でも、俺といるときだけはどこかぎこちなくて、俺のことは避けてて。つまり俺が気付いてなかっただけで、本当はあの頃、俺が光になんかしてしまったのか?俺がいるから演劇に打ち込めないってことなのか?だから俺といると萎縮して、あんな自信なさげになって、俺の目を気にして全力出させないってことなのか?そんなことを思って三島は苦しくなった。大学入学時、演劇部が新入生勧誘でやっていた大道演劇に捕まって、それに乗せられ演技していた香坂を見たとき、三島は光も演劇を続けていたんだと思った。部員達に混ざり演劇をする香坂は楽しそうで、中学生の頃より断然演技力も表現力が増していて、それを見て、光はまだ演劇が好きで役者の道を諦めていなかったのだと思って、嬉しくなって声を掛けていた。誘いに対し後ろ向きなことを言いつつ香坂はどこか嬉しそうで、そして一緒に演劇部に入部した。そしてどこかぎこちなかったものの昔と同じように一緒に練習して、沢山話をして、そしてお披露目公演を皆で一緒に全力で走りきって。だからそのまま、その勢いに乗って、また昔のように戻れると期待していた。トラブルもあったが、それを乗り越え元に戻れると信じていた。なのにいつまでもそこから立ち直らない光に苛々し、そして関係は悪化する一方で良くはならなかった。でも自分達のぎくしゃくした関係の原因が最初から自分にあるのなら、原因を他に押しつけてただ苛々していた自分とあいつの関係が良くなるなんて、そんなことあるわけがないよな。そう思って、もしそうなら自分はいったい彼に何をしてしまったのだろうと思い悩むと同時し、そんなに引きずることなら余計ちゃんと話せよと、三島は香坂に腹を立てた。

 身支度を整えて下に降りるとジャージ姿の花月がいて、三島はおはようと声を掛けた。

 「今日も早起きだな。一緒にランニング行くか?」

 彼女がもとよりそのつもりなのを解っていながら三島はそう声を掛け、笑顔でうんと答える彼女を見て小さく笑って、軽く準備運動したら行くかと外に促した。

 一緒に準備運動をし、走り出して、すっかりこうやって花月と早朝ランニング行くのが日課になったよなと三島はしみじみと思った。元々、体力作りのために毎日行っていた日課に彼女が加わったのは、彼女がサクラハイムに来てすぐの事だった。いつも通り起きて、いつも通りランニングに行こうと思ったら、彼女が起きていたからなんとなく声を掛けて、一緒に来るというからそのまま一緒に連れてって、それからずっと毎朝同じ事を繰り返していた。普段運動していない人間ではとてもついていけない速さと距離の三島のランニングに、花月は最初から何のことなくついていった。別におしゃべりをするわけでもなく黙々と一緒に走っているだけの花月が邪魔になることもなかったが、こうやって自分の日課に誰かが入るということが最初三島には変な感じがした。でもそれに慣れると、走りながら世間話をしたり、極希に寄り道をしたりするようにもなって、そんな自分の変化に三島は不思議な気分がした。

 「光は健人と同じ演劇部なのに一緒に走らないの?」

 そんな問いを投げかけられて三島は複雑な思いがした。

 「何度か誘ってはみたが、稽古も体力作りや筋トレも全部断られた。お前等の勉強見たりなんだりしてる方があいつは楽しいんだろ。」

 「そうなのかな?健人が稽古してるとき、光よく見てるから一緒にやりたいのかと思ってた。それに、光、色々教えてくれるけど、特に演劇のこと教えてくれる時は楽しそうだから、光も演劇が好きで演劇部にいるんだと思ってたんだけど。違うのかな?」

 花月が何の気なしに言ったその言葉を聞いて、三島は驚いた。

 「光が俺の稽古見てる?」

 「うん。耀介(ようすけ)みたいに近くには来ないけど二階の窓からよく見てるよ。で、時々健人の動きに合わせて一緒に動いてたりするから、本当は一緒にやりたいのかなって。でも、光に聞いたら笑ってごまかされちゃって、どうしたいのか教えてくれなかったんだ。でも、きっと光は健人と一緒に演劇したいんだと思うよ。」

 そう言われて、三島はモヤモヤした。一緒にやりたいなら、なんで誘っても一緒にやらないんだ。俺の動きに合わせて動いたりしてるならなんで・・・。

 「健人と光は喧嘩でもしたの?」

 「いや、喧嘩すらしてない。喧嘩はしてないが、ずっとすれ違ったままなんだ。」

 「そっか、すれ違っちゃってるのか。」

 そんな花月の呟きを耳にして、三島は苦しくなった。そう、ずっと俺たちはすれ違っている。中学生の頃からずっと。そしてそれはきっと、光が本心を打ち明けてこない限り解消されない。俺が悪くても、あいつが悪くても、結局あいつが俺に話す気にならないと。そんなことを考えて、三島は話を逸らした。

 「もうすぐうちの大学の文化祭があるんだが遊びに来るか?うちの文化祭は毎年十一月一週目の金・土・日の三日間でやって、出店も出るし、舞台だけじゃなくてあちこちで各部がパフォーマンスしてかなり盛り上がるんだ。」

 「健人達も劇やるんだよね。」

 「あぁ。演劇部は大講堂の舞台で一日一回十四時から一時間の演目を公演予定だ。同じ演目を役者を変えて三回上演するんだが、俺と光の出演は最終日だな。」

 「わたし、光の役の台詞なら全部言えるよ。この間、光が台本読んでたから、お願いしてどんな風な役なのかやってもらったんだ。物語の冒頭部分と終わりのちょっとしか台詞はないけど、光の雰囲気にのまれちゃって凄いなって思った。それで、わたしもやってみたくなって教えてもらってたら、光も健人みたいにここはもっとこうした方がとか、声の出し方とか抑揚の付け方がどうとか、動きはもっとこうした方が、このタイミングでこうして、いやこうの方がいいかなとか言い出して、そんな感じで結構長い時間練習したから全部覚えちゃったんだよ。健人が稽古してるのもいつも見てるし、二人が実際に演じてるところ見てみたいから、絶対に遊びに行くね。」

 楽しそうにそう言う花月の声を聞いて、三島は本当光は俺以外の前では素を出してるんだなと思って苦しくなった。やっぱり光は演劇が嫌になった訳じゃないんだ。嫌になったのは俺のことで、でもきっと光はまた俺と劇をしようと思ってくれていて、それで俺への苦手意識を克服するために努力しているに違いない。なのに俺は、いつだって光を責めるようなことしか言ってこなかった。問い詰めるようなことばかりして、光が何も言わないのに腹を立てて、もういいと切り捨てて。俺がずっとそんな態度だったから光は余計俺に何も話せなくなっていたのかもしれない。そんなことを考えて、三島は自分の方こそもっと歩み寄る姿勢が必要なのかもなと思った。

 サクラハイムに戻って、起きてきていた住人達に嬉しそうに文化祭に誘われたことを話し、他の学校の文化祭にも誘われ、皆と遊びに行く計画を立てる花月を見て、三島は小さく笑い、そして香坂を見た。

 「光。文化祭公演では久しぶりに同じ舞台に立つな。」

 「そうだね。」

 「役同士の絡みはないが、俺はお前とまた舞台に立てて嬉しいと思う。良い舞台にしような。」

 そう伝えると、香坂が少し困ったようなそれでいてどこか嬉しそうに微笑んでそうだねと返してきて、三島は少し気持ちが前向きになった。今はこれでいい。今はこれでも、これから今までの溝を埋めていって。そして約一年後。引退公演の時にはちゃんと向き合って、昔と同じように何でも言い合って、お互いに高め合って、そして今度は肩を並べて同じ舞台に立てるようになりたい。そうなれるように俺もまたちゃんと気持ちを伝えて、思いを伝えて、歩み寄る努力しようと三島は思った。


         ○                     ○


 「なに?事故起こしただと。怪我は?公演までにはこっちこれそうか?」

 文化祭最終日、公演前のリハーサルと打ち合わせのための集合時間に現れなかった部員に連絡をして、ようやく繋がった彼から大学に向かう途中事故に巻き込まれ現在病院におり、公演迄に行けそうにない旨を伝えられ、三島は焦った。

 「事故って、大丈夫なの?」

 「いや、あいつは来れそうにない。公演は誰か代役立てるしかない。」

 「代役って誰がやるんだよ。あいつの役、一回、二回の奴等がインフルと身内の不幸でいなくなって、あいつが全公演代役してただろ。準主役なのに、今からアレを一から練習してどうにかできる役者なんていないぞ。」

 「うわっ、ここに来てあいつも潰れるとか、今年の副主演呪われてるのか?」

 そんな部員達の言葉を聞いて三島は頭を悩ませた。台本なら自分以外の役もきっと皆頭に入ってる。でも、今日の今日でいきなりそれができるとなると・・・。そんなことを考えて、三島は香坂を見た。

 「光。お前がやれ。」

 「僕が?」

 「台詞は全部頭に入ってるだろ?それにお前は役柄上いつも全体を見てたし、演出なんかにもだいぶ意見だしてただろ。時間がないし、今いるメンバーで何とかしないといけない中、お前ほど流れやその役を理解できてる奴はいない。何かあっても俺がカバーする。だから、お願いだからやってくれ。お前以外に適役が思いつかない。」

 そう真剣に頼み込まれ、香坂は少し逡巡するような素振りを見せ、そして、意を決した様に三島を真っ直ぐ見つめ返し、解ったと答えた。それを見て三島は満足そうに笑うと、光の代わりは・・・と言って部員達に視線を向けた。そして、誰もに無理と言われてまた思い悩んだ。

 「台詞は少ないとはいえ香坂先輩の役は物語の導入と終幕を告げる重要な役ですから。香坂先輩の練習見てきましたし、とてもあんな演技自分にはできないです。それに先輩達の実力と自分じゃ差がありすぎて、とても・・・。」

 一回目の公演で香坂の役を演じた後輩がそう言うのに合わせて、他の部員達も同調し、三島は心の中で溜め息を吐いた。この調子じゃ、無理に舞台に上げてもろくな演技はできないだろうと思うと気が重かった。もっと役者として自分の演技に自信を持って貪欲に上に行く気概はないんだろうかと思うが、今はそんなことを言っている時間はない。多分、これが昨日だったらここまで皆引くことはなかっただろうが、当日の当日、しかも公演までに割ける練習時間が五時間しかない状況でのこの事態に皆怖じけ付いてしまっているのだ。ここで怒鳴ってもきっと萎縮させるだけでどうにもならない。今この状況でできる最大限の演技をする。自分達にできるのはそれだけだ。そう思って三島は意を決した。

 「やりたいって奴がいないなら、光の役は最悪ナレーションに変更し、その時出番がない奴でなんとかする。役がつかない分、第一、第二公演よりは見劣りするだろうが、やる気がないやつに嫌々立たれるよりマシだろ。」

 部員達を睨み付けてそう言って、三島は香坂に視線を向けた。

 「光、衣装の調整行ってこい。その間にこっちで、色々話し合っとく。戻ってきたらそく稽古始めるぞ。」

 そう言って三島は香坂を送り出し、他の部員と打ち合わせを始めた。色々意見を言い合って、検討し、やはりナレーションにして演出でどうにかするかなんて考えて、他の公演よりしょぼくなったなんて言わせないようにするにはどんな演出で魅せればいいのかなんて考えて、裏方にも意見を求めて・・・。

 「ねぇ、健人。僕の役、花月ちゃんに任せたらどうかな?あの子は雰囲気もあるし、台詞も覚えてる。運動神経も勘もいいから、ちょっと練習すればモノになると思う。なによりあの子は物事に動じないし、きっとこんな場面も楽しんでやると思うんだ。」

 衣装合わせから帰ってきた香坂にそう提案されて、三島はハッとした。

 「確かに、あいつにやらせたら他の公演とは違った雰囲気が出て面白くなるかもな。お前の役は別に衣装は何でも良いし。」

 そう言って笑う三島を見て、他の出演者達が花月って誰だよと疑問を投げかける。

 「俺たちが住んでるシェアハウスの住人だよ。確かあいつ始めから来るって言ってたから、もう来てるはずだよな。俺もあいつの実際の演技は見たことないし皆にも観てもらって、そっからどうするか考えよう。」

 そんなことを言いながら三島は管理人の西口和実(にしぐちかずみ)に電話を掛けた。

 『三島君?どうかしたの?』

 「管理人さん、悪いんだが花月を第三部活棟の舞台まで連れてきて欲しいんだが。」

 『え?花月ちゃん?花月ちゃん、今、浩太(こうた)君達と出し物観に行ってて近くにいないんだけど、急ぎ?』

 「あぁ、どうしても至急あいつに頼みたいことがあるんだ。」

 『ちょっと待って、そんな離れてないと思うから。確かあっちの方に・・・。あ、いたいた。うわっ浩太君凄い。あー。花月ちゃん運動神経いいけど、案外こういうのダメなんだ。花月ちゃんならやったことなくても軽くやっちゃいそうなのに、意外。あ、頭にぶつけてる。かわいい。』

 「すまないが、本当に急ぎなんだ。」

 『あ、ごめんなさい。花月ちゃん、三島君が花月ちゃんに頼みたいことがあるって。』

 携帯電話越しに色々な人物の話し声や雑音が聞こえて、どうかしたの?と花月の声がする。

 「お前、光の台詞全部覚えてるって言ってたよな。演技指導も受けたんだろ?なら、俺たちの舞台に出てみないか?」

 『え?わたしが出ても良いの?光は?』

 「光は他の役をやることになった、それで光の代役をやる奴を探してるんだ。どうだ、やるか?」

 『うん、やる。やってみたい。』

 嬉しそうにそう言う花月の声が聞こえて、三島は笑った。

 「なら、今すぐ全速力で第三部活棟の舞台に来い。場所は受付で配ってる地図に載ってるはずだ。」

 『わかった。今すぐ全速力で行く。』

 そんな花月の明るい元気な声が聞こえて通話が切れて、三島は皆に向き直った。

 「よっし。こうなったら、思いっきりアレンジ加えてこの舞台を俺たちにしかできない俺たちのものにしよう。妥協はしない。ぎりぎりまで突き詰めて、最高の舞台にするぞ。」

 そう言って、そこに気持ちを同じく強い意思を持った瞳で自分に視線を向ける同期達の姿を見て、三島はこれならいけると思った。このメンバーなら、この状況でも最高の舞台ができる。そう確信し、三島は気合いを入れて稽古に入った。

 それぞれが意見を言い合いぶつけ合い、その中に香坂もいて、今までどこか演技に消極的だった彼が昔の様に本気で舞台と向き合う姿を見て、三島は嬉しくなった。今日、始めて演じるはずの副主演の役を、今日来れなくなった部員の真似事ではなく自分なりの表現で自分の役として演る香坂を見て、三島はさすがだなと思った。自分の役じゃなくても、台本読み込んで、自分ならどう演じるかずっと考えてたんだろ。そんなことを思って、やっぱり光は変わっていないんだなと思った。だから、俺がもっと歩み寄る努力をすればきっと。そんな期待が胸に膨らんで、彼と肩を並べて舞台に立てることに胸が躍った。そして、花月も合流し。彼女の演技を観て、皆がこの子がやるならここをもっとこうした方がとか、小柄だからもっと動きを大きくしてもっとこんななのも入れたらどうだろうとか言いながら、彼女にこういうことはできるかとか、もっとこうできるかなんて言って、最大限舞台を良い物にしようと指導した。そしてあっという間に時間が過ぎ。最初で最後の通し稽古をし、そして本番を迎えた。

 ちょっとした合間に差し入れられたバナナや栄養補強ゼリーなどを口にしながら、ぶっ続けで稽古し続け、ぎりぎりまで微調整を繰り返しながら迎えた本番。ランナーズハイのような状態なのか、よく解らない高揚感をおぼえながら、それにのまれないように冷静にそしてめいいっぱい楽しんで三島は役を演じきった。楽しかった。本当に楽しくてしかたがなかった。そして、香坂が真剣に演技に向き合わないことに怒っていながら、自分自身ずっと、彼の事が気にかかって演技を心から楽しんで全力でできてなかったのだと痛感した。自分はずっと光への当てつけで演技してたんだなと思い、そして、カーテンコールで彼と並んで立って会場中の拍手喝采を浴びて、自分が本当にしたかったことはずっとこれだったんだと実感した。俺はずっと光と演技がしたかった。こうやって一緒に舞台に立って、こうして一緒に拍手喝采を浴びたかった。そう、ずっとこの景色を夢見てた。そんなことを思って、三島は隣に立つ香坂に視線を向けた。そこに自分と同じように感動に目を輝かす幼馴染みの姿を見て、三島は光もずっとあの頃と同じように同じ夢を見てくれてたんだなと感じた。本当に、すれ違っていただけで今でも俺たちは同じ夢を見ていた。そう思って三島は胸がいっぱいになった。

 舞台をはけた後の部室で、皆でお互いを労い合った。抱き合って、舞台の成功を喜んで、そして。

 「香坂。お前やればできるじゃん。凄かったな。」

 「これなら本当に俺たちの引退公演、お前がジュリエットでいけるんじゃね?お前の表現力があれば絶対いける。お前ならやれるって俺は今日確信した。」

 「俺も、俺も。俺等の世代脚本家志望いないし、お前がやる気出せば内容そんなにアレンジしなくても通常の台本に手加えてでいけるんじゃない?」

 同期達に囲まれてそう声を掛けられ、僕がジュリエットとかちょっと、とたじろぐ香坂を見て、三島も声を掛けた。

 「俺もお前ならいけると思う。今日みたいにまた皆で全力で最高の舞台を作りあげたい。今度は今日出れなかったあいつも一緒に。また皆で全力で意見をぶつけ合って、稽古して。今度は引退公演で、俺はもう一度今日見たあの景色をお前と見たい。」

 三島は香坂がそれに応えてくれると信じて、自分の今の気持ちを素直に真っ直ぐ彼に伝えた。でも、香坂はそれにうんとは言わなかった。一瞬驚いたように目を見開いて、そして困ったような少しだけ嬉しそうな顔をして、そして目を伏せて、考えるように黙り込んで。顔を上げたとき、香坂は申し訳なさそうな顔で笑った。

 「今日は勢いで突っ走れたけど。やっぱ歴史ある引退公演のジュリエットは僕には荷が重いと思う。」

 そんな香坂の言葉を聞いて三島は酷くショックを受けた。そんなこと言うなよ。お前ならできるって。そう香坂に声を掛ける同期達の言葉がただの意味を持たない音として耳を通り過ぎ、三島はただ呆然と香坂を見ていた。今日を乗り越えて、お前もあの舞台で、昔と同じようにあんなキラキラした顔をしてたのに。お前も俺と同じ気持ちでいてくれたんだと、また同じ場所に立てるって、また一緒に昔みたいにやれるって俺は本気で思って、本当に嬉しくて、期待して・・・。そんなことを考えて三島は胸が押しつぶされそうになった。そして、同期達の言葉を気弱げに笑いながらいやいやと流し続ける香坂見て、三島はもういいと呟いた。

 「お前が俺たちと本気で向き合う気がないっていうならもういい。今日、俺たちのお披露目公演の時以来始めてお前が本気で俺たちとぶつかり合って、お前も一緒に舞台を造り上げて、俺は嬉しかった。またお前と本気で芝居ができるって思って、嬉しかったんだ。でもそれはその時限りでまた元通りに戻るって言うならもういい。お前にはもう期待しない。期待するのはやめる。やりたくなきゃやらなきゃいい。やる気のない奴と引退公演で一緒に俺は芝居したくない。やる気がないなら演劇部なんて今すぐ辞めちまえ。ジュリエットは誰か客演してくれる人探すか、男だけで何とかなるように台本作ってくれる誰かを探す。」

 いつもと違い静かに香坂を見つめながら三島は落ち着いた声でそう言って、そして踵を返して部室を後にした。

 まだ女役をやりたくないというなら解る。女を演じるのは荷が重いというなら。でも、歴史ある引退公演のジュリエット(主役の一人)が荷が重いって言うのは、それはお前のやる気の問題だろ。皆にも評価され、お前ならできると期待され、本気でこっちはお前とやりたいって思ってるのに。それを適当に流すとかふざけるな。本当、ふざけるな。心の中でそんな悪態を吐きながら、三島は文化祭の喧噪から離れ、会場として使われない場所にあるベンチにどかっと座った。俺たちの距離が離れたままなのは俺の態度も悪かったんだと思った。俺がもっと歩み寄る姿勢を見せればなんて思ってた。でも、なんだよ。ちゃんとぶつかれるくせに、ちゃんと向き合えるくせに、別に人の勢いや態度に萎縮して何も言えなくなる訳じゃないくせに、光、お前は。そんなことを考えて三島は頭を垂れて泣きたくなった。

 「健人、見付けた。」

 そう明るい声が聞こえて顔を上げるとそこになにやら食べ物の入ったビニール袋を持った花月が立っていた。

 「皆と別れてお姉ちゃん達とまた文化祭回ろうと思ったら、色んな人に劇良かったよって声かけてもらって、お菓子とか焼きそばとかフランクフルトとかなんか色々沢山食べ物もらったの。皆の所にも持ってってあげようと思ってさっき部室行ったら健人いなかったから、どこに行ったのってきいたら、光が多分ここだって言ってたから、健人の分持ってきてあげたんだ。」

 そう言って袋を差し出され、三島はお礼を言って受け取った。

 「お前はなんか食べたのか?どれか食べるか?」

 そう訊くと花月が食べると言って笑って隣に座ってきて、三島は彼女に見えるように袋を開いた。そして袋の中身を分け合って並んで食べる。遠くに文化祭の喧噪が聞こえる中、人気のないベンチで二人並んで冷めてしまった出店の食べ物を黙々と食べているのはとても変な感じだった。

 「管理人さん達は?」

 「出店見ながら広場で待ってるって。五時には戻ってくるようにって言われた。」

 「そうか。五時じゃ、もうそんなに時間ないな。少しは文化祭楽しめたのか?」

 「楽しかったよ。お姉ちゃん、着いてすぐに人酔いしちゃって、休んでるからそこら辺の出し物皆で見てきてって。それで、浩太と(はるか)と出店回って。綿菓子食べて。ストリートパフォーマンス研究会って人達が、手品したり、お手玉?ジャグリングっていうらしいんだけど、ひょいひょいっていっぱい物投げてくるくるって。浩太がアレなら俺もできるって言って、色んな物をひょいひょいって投げながらくるっと回ったり後ろ手で受け取って投げたり凄かったんだよ。わたしもやらせてもらったんだけど、一個二個なら簡単だったんだけど浩太みたいに沢山は難しくて、いっぱい投げたら受け取り損ねて頭ぶつけちゃったりとかしちゃった。やってた人が浩太のこと凄いねって褒めて、これはどうだって紐のついた棒と独楽みたいなの出してきて、棒で独楽回して投げたりして。浩太それに挑戦してたけど、うまくできなくて悔しがってた。」

 そう身振り手振りでその時の事を表現しながら楽しそうに話す花月を見て、三島は管理人さんに電話したときのアレはソレかと思った。

 「じゃあ、本当に来てすぐこっちに来た感じであんま楽しめなかったんだな。こっちは助かったが、悪かったな。」

 「うーうん。健人達と劇できて凄く楽しかったよ。いつも健人が練習してるの見たり、光から話し聞いたりはしてたけど、わたしああいうことするの初めてで。なんだろう。皆の一生懸命な気持ちが伝わってきて、わたしも頑張んなきゃって、お客さんに楽しいを皆と一緒に届けたいなって思って。皆のもっとに応えないとって思って。わたしあんなに一生懸命に何かするの初めてで、皆と練習するのも、舞台に立つのも凄く楽しかった。皆と並んで挨拶して、お客さんから拍手喝采もらって、凄く嬉しくて、胸がいっぱいになって、頑張って良かったなって。本当に、本当に、嬉しくて、楽しくて。今日ここに来れて良かった。だから、健人。誘ってくれてありがとう。」

 本当に嬉しそうに、本当に幸せそうに、目を細め笑う花月にそう言われ、三島は小さく笑った。

 「最初から俺の隣に居るのがお前だったなら、何も躊躇わずに真っ直ぐ進み続けられただろうな。例え進む道が途中で分かれたって。お前とだったならきっと。」

 そう呟いて、三島は目を伏せ、少し黙り込み、視線を上げて花月を真っ直ぐ見た。

 「花月。お前、来年はジュリエットやらないか?」

 「ジュリエット?」

 「引退公演のヒロインだ。うちの引退公演はロミオとジュリエットをやるって決まってるんだ。決まった演目で、自分達の代の色で自分達にしかできない劇をする。毎年同じ題材をやるから自ずそれまでと比べられるしごまかしもきかない。本当に自分達の集大成を発表する最後の舞台だ。俺たちの代は俺たちが一年の時に色々あって部員がだいぶ辞めてな。その時に役者組の女性部員が全員辞めてるから、俺等の代は女性がいないんだ。出演できる在学生は引退する代だけって決まりがあるから俺たちの代が引退公演をする時はかなり工夫して、必要なところは外部に客演を頼むしかない。ジュリエット役は光にって話しもあったんだけどな、あいつはやる気がないらしいし。お前なら今から仕込めばきっとどうにかなる。俺は一緒に最高の舞台ができると信じれる奴と芝居がしたい。特に学生最後の芝居は。本音でぶつかり合って、お互いに高め合い妥協せずに突き詰めて、心から自分達の最高の芝居をしたと言えるものにしたい。余計なことをごちゃごちゃ考えて、そんな物に足を取られて、純粋に芝居に熱中できないなんて嫌なんだ。やる気のない誰かに喧嘩売るみたいに、見せつけて誇示するような、そんな余計な力が入った芝居なんかしたくない。俺は、俺の芝居がちゃんとしたい。俺の最高の芝居を・・・。」

 そう言う三島を見上げて、花月は彼を見つめたまま少し考えるように間を開けて、それから口を開いた。

 「健人は、わたしとだったら最高の芝居ができると本気で思ってるの?」

 そう問いかける花月は真剣で、普段とは打って変わって酷く大人びた表情をしていて、三島は息をのんだ。

 「健人が一緒にお芝居したいのは光でしょ?わたしじゃ光の代わりはできない。健人にとっての光の立ち位置にわたしが代わりに立っても、きっと、健人は光が気になって最高のお芝居はできないとわたしは思うよ。」

 そう静かに放たれた花月の言葉を聞いて、三島はそうだなと呟いた。

 「ちょっと前の俺だったらそうだったろうな。俺は本当は光と芝居がしたかった。昔みたいに真剣に。今日みたいにただ夢中になって。俺はずっとあいつと一緒に芝居しがたかった。」

 そう言うと三島は視線を下げて前を向き地面を睨み付けた。

 「でも、もういい。真剣にやる気のない奴となんか芝居はしたくない。今まで俺が苛ついてたのは光とまた真剣に芝居がしたいって未練があったからだ。だから、芝居に本気で取り組まないあいつにずっと腹を立ててた。でも、あいつに本当にやる気がないって解った今。もうあいつに期待するのはやめる。そう決めたんだ。」

 そう、そう決めた。身長や体格だけでヒロインに抜擢されたくないとか、他の役がやりたいとか、ちゃんといつも通り全ての役はオーディションで決めるべきだとか、そう言うんだったら納得できた。そうやって真剣に言ってくるなら良かった。でもあいつは引退公演で自分はどうしたいのか本音を何一つ言わなかった。何か思うことはあるくせに、その言葉を呑み込みやがった。ぶつかる前に呑み込んで、ヘラヘラと周りの言葉を受け流しやがった。

 「だから、花月。引退公演のヒロインの件、真剣に考えておいてくれ。お前がうんと言ってくれるなら、俺は絶対にお前にやらなきゃ良かったなんて後悔はさせない。俺自身後悔しない、最高の芝居をしてみせる。」

 真剣な目を向けてそう言ってくる三島を見つめ、花月は深く考え込むように眉間にしわを寄せ、俯いた。黙り込む彼女を眺め、三島は困らせるようなこと言って悪いなと謝った。

 「五時までもうたいして時間ないけど、一緒に回るか?少しぐらい普通に文化祭楽しんでけよ。」

 そう言って立ち上がると、花月がうんと言って笑って立ち上がり、三島はそれを見て小さく笑った。そして二人は文化祭の喧噪の中へと歩みを進めた。


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