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サクラハイム物語   作者: さき太
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第十一章 藤堂耀介の夢

 「藤堂(とうどう)。いつも俺が稽古してるとき見てるけど、演劇に興味があるのか?」

 そう三島(みしま)健人(けんと)に声を掛けられて藤堂耀介(とうどうようすけ)は、ちょっとだけと答えた。

 「なら、この台本の掛け合いちょっとやってみるか?」

 「いや、俺は。演劇経験ないっすから。」

 「別になくても構わないさ。下手だろうが何だろうが練習相手がいた方が俺も助かる。やっぱ相手がいた方が見えてくるものもあるしな。」

 「香坂(こうさか)さんとはしないんすか?」

 「(ひかる)はあまりこういうことに付き合ってはくれないんだ。」

 そんな話をして、サクラハイムの庭で二人掛け合いの練習をした。軽く付き合うはずだったのに、ここはもっとこうした方がとか、こうすると舞台に立ったとき見栄えがするぞとか、存外真剣に演技指導をしてくる三島を見て、藤堂はこの人は本当に芝居が好きなんだなと思った。台本の読み込みに夢中になって立ち回りまで始めて騒音問題で以前住んでいたアパートを追い出されたというだけあって、三島の演技に対する熱は目を見張る物があった。熱中すると本当に周りの物が目に入らなくなってその役に入り込んで一人で芝居をしている彼を見て、藤堂は目が離せなくなったこともしばしばあった。いつの間にか近所の人が覗きに来てギャラリーができていて、ふと我に返った三島が苦笑して、謝ったり声援に感謝しながら、近所の人と交流をしている姿を見て、藤堂はこういう人が俳優とかそういうのになるんだろうなと思った。

 「演劇大会も終わって落ち着いたし、次は四回生の引退公演で、俺達は文化祭公演まで出番がないからな。しばらく部活も基礎連主体の稽古になるんだが、見学しにきてみるか?楽しいぞ。」

 そう誘われて、藤堂は少し考えて、じゃあ今度見学させて下さいと答えていた。それを聞いて嬉しそうに笑う三島を見て、演劇って興味持ってくれる奴がなかなかいないからなと言いながら、劇について色々語りはじめる三島の話しを聞いて、藤堂はやっぱこういう風にそれにのめり込める人がそういう世界には入るものなんだよなきっとと思った。

 テレビに映る強面の俳優の姿を見て、俳優という職業に憧れた。バラエティー番組やインタビューを受ける彼らの姿をテレビの画面越しに見て、自分達のその見た目やそれで起きたトラブルのエピソードをネタにする彼らを見て、それが普通に受け入れられている姿を見て、自分も俳優になればこうやって人に受け入れてもらえるのだろうか、この見た目でも怖がられないですむのだろうか、この見た目を生かすことができるのだろうか、そんなことを考えて俳優に憧れた時期が藤堂にはあった。でも、憧れていただけ。実際に自分がなれるなんて思ってもいなかった。実際になろうと努力もしなかった。自分はただ、俳優になれば自分の人相の悪さを受け入れてもらえるかもしれないと思っていただけ。受け入れられている俳優達を羨ましいと眺めていただけ。別にそう言う世界に入りたいとか、芝居がしたいとかそういう気持ちはなかったから。でも三島に出会って、彼が稽古する姿を見て、役ごとに全くの別人のように変貌しそれらを演じる彼を見て、少しだけ演技をすることに興味が湧いた。実際に誘われて、彼と掛け合いをしてみて、ちょっと楽しいかもしれないとも思った。でも、やっぱり彼のようにはそれにのめり込めないと思う。でも、そういう世界をもっと知ってみたいと、そしてもっと興味をもつことができたなら、実際にその世界で生きていく事を考えてもいいのかもしれないと、夏休み中に片岡湊人(かたおかみなと)から興味がある程度でもやってみたい職業があるならそれ目指してみてもいいんじゃないっすかと言われたことを思い出して藤堂は思った。だから、部活を見学に来てみないかと誘われて、それにのることにした。

 「ここはいいところだな。元々学生寮だっただけあって、俺がこんなことしてても近所の人達も学生がいたころの活気が戻ってきたみたいで嬉しいなんて言って許してくれるし、サクラハイムの皆も受け入れてくれるしな。ここに来れて良かったよ。」

 そう言って小さく笑う三島を見て、藤堂はそうっすねと呟いた。自分もここに来れて良かったと思う。ずっと他人に受け入れらられることはないと思い込んでいた自分が、ここに来て普通に過ごせるようになった。今までただ拒絶するだけだった人との距離の取り方も、関わり方も、少しずつ変わった。そうすると凄く世界が広く見て、今までの自分が何だったんだろうと思うくらい、それまでの自分の世界がちっぽけでどうでもいいものだったように思えて、心が軽くなった。ここに来て俺は前を向けるようになった。だから、諦める前に何かしてみようと思う。ダメだと決めつける前に何か挑戦してみようと思う。ここに来てここで過ごしてそう思えるようになった。

 「三島さんは大学卒業したら俳優とかそういうのになるつもりなんすか?」

 「第一志望は舞台俳優だな。中高大と演劇一本できて、知り合いがいる劇団に客演として出させてもらったりもして、それなりに実績も作ってきた。でもま、俺ぐらいの役者なんてごろごろいるしな。実際その業界でどれだけいけるのか解らないが、子供の頃からの夢だったし、実は入りたい劇団もあるんだ。だから役者としてもっと突き詰めて、もっと成長して、いけるところまで挑戦し続けたい。」

 そう強い意志を感じさせる声音で話して、そして三島は少し表情を陰らせた。それを見て疑問符を浮かべる藤堂の視線を受けて、三島が苦笑する。

 「舞台俳優は俺だけの夢じゃなくて、本当は光も一緒に夢見てたはずだったんだ。でもあいつは中学で演劇やめて、大学入ってまた演劇始めたけどなんかな。正直、俺にはあいつが何考えてるのか解らん。一緒に住むの了承したくせになんか俺のこと避けてるみたいだし。あいつはいったい何がしたんだろうな。あいつの本音がどこにあるのか解らなくてむしゃくしゃする。」

 そう言う三島が辛そうで、藤堂はあんたはどうしたいんすかと訊いていた。

 「俺はどうしたいんだろうな。実際、光が役者になんかなりたくないって言うならそれでいいんだ。だけど、今の中途半端なあいつの態度は腹が立つ。やるならやる、やめるならやめるでハッキリさせろって思って苛々する。」

 そう言って三島は一回視線を落とし、顔を上げて、光の事はともかくいつ見学に来るか、と藤堂に話しかけた。演劇部の練習日と藤堂の予定を照らし合せて見学日の調整をする。

 見学当日、藤堂は三島に連れられてやって来た市ヶ谷学園大学のキャンパスの広さに驚いていた。

 「うちは無駄に広くて建物も沢山あるせいで始めて来た奴はだいたい迷うから、はぐれるなよ。」

 そう言われて藤堂はこっちだと案内する三島の後をついていった。

 「もう大学って言うよりちょっとした街みたいだろ。うちは文化部が盛んで各部にけっこうちゃんとした部室があってな、文化部の部活棟だけで三棟あるんだ。演劇部は歴史もあるし、物置に使ってる場所と稽古場に使う場所、ミーティング室の三部屋を専用で使わせてもらってる。あそこにあるのが大講堂であの中にでっかい舞台があるんだ。校内での公演はだいたいあそこでやる。大講堂の舞台使っての稽古はそうそうできないが、部活棟の中にも舞台があってそこで舞台稽古ができる。俺たちは今日は舞台使う予定はないが、四回生が舞台で引退公演の稽古してるから、もし興味があったら後で覗いてみるのもいいかもしれないぞ。」

 そうやって三島が歩きながら、文化祭の時はここら辺がどうなって、あっちの建物で何をして、この建物がどうで等とキャンパス内を案内してきて、藤堂は頭の中が混乱した。

 「ついたぞ。」

 そう三島に声を掛けられて、藤堂は促されるままに演劇部の部室に足を踏み入れ、部員達に囲まれて言葉を失った。

 「君が三島が言ってた子か。背丈もあるし、舞台映えしそうだな。」

 「公演の時外部の人に客演頼むこともままあるし、もしよかったら今度うちの舞台立ってみなよ。」

 「引退公演に在校生はその年の引退組だけしか出れないって縛りがあるのに、今の三回生の代は色々あったせいで人数少ないからな。今から練習してうちらの引退公演の時端役で出てみるか?」

 「そもそも俺等の代男しかいないのに、ロミジュリどうすんだよ。さすがに主役二人は在校生じゃないとまずいだろ。誰か女装してジュリエットやるのか?それとも男だけでできるように台本アレンジするのか?一年後のこととは言え、台本どうするかも含めてキャストの編成や客演依頼とかも始めてかないと。どう足掻いても俺等の代は在校生だけじゃどうにもできないからかなりキツいぞ。」

 「まぁまぁ、自分達の引退公演のことはまた後で三回生だけで集まってするとして、稽古始めようよ。せっかく藤堂君も見学来てくれてるのに、話しについてけなくて戸惑ってるよ。」

 どんどん話がそれていく部員達に香坂光(こうさかひかる)がそう声を掛けて藤堂に視線を向けてごめんねと謝る。

 「それもそうだな。悪い悪い。」

 「じゃあ、俺等の代は香坂が女装してジュリエットやるって事で。」

 「え?なんでそんな話しになるの?」

 「お前が一番背が低くて線も細いだろ。声も元々中性的だし、俺等の中で女役できるとしたらお前だけだ。今から高音出せるように練習しとけよ。」

 「いやいや、そんな大役僕には無理だよ。そこは脚本をアレンジする方で考えていったほうがいいんじゃないかな?」

 そんな風に話しがまたずれていって、三島が手を叩いて稽古始めるから私語やめて集まれと号令を掛けた。三島に呼ばれて、部員達に紹介されて、藤堂は小さく頭を下げて挨拶する。さっきまでのワイワイした雰囲気が消えて、真剣な顔で今日の練習の打ち合わせをしていく部員達を見て藤堂は場の雰囲気にのまれた。そして、流れに流されるまま部員達に混ざって筋トレや発声練習をして、グループに分かれて入れ替わり立ち替わりで色々な部員達とエチュードをして、一つのテーマが終わるとそれぞれが意見を言い合うのを聞きながら時に意見を求められて戸惑って、藤堂はどっと疲れた。

 「おい、お前。ちょっとこっち来いよ。」

 誰かに背中をつつかれてそう声を掛けられて振り向くと、さっき紹介されたときにはいなかった男性部員がそこにいて、藤堂は怪訝そうな顔をした。

 「怪しいもんじゃないからそう警戒するなって。俺は平岡裕貴(ひらおかゆうき)。三島や香坂と同じ演劇部の三回生だ。俺は役者じゃないけどな。」

 そう言って笑うと平岡は三島に、ちょっとこいつ裏方に借りてくぞと声を掛けて藤堂を部室から連れ出した。

 「三島から話しは聞いてるけど、お前演劇経験ないんだろ?うちの役者組は演劇ガチ勢ばっかだからな、素人がいきなりあれに混ざって稽古するのはキツいだろ。ちょっと覗いたらだいぶ参ってるみたいだったから、逃がしてやろうと思ってさ。」

 そう言われて、藤堂はあざーっすと頭を下げた。

 「演劇に興味があるって話しだったけど、実際やってみてどうよ?こういう世界入ってみたいって思うか?」

 「いや、正直あの熱気に当てられて俺には合わねーって思ったっす。俺はあそこまで本気になれそうにないっすから。」

 「正直でいいね。でもま、演劇は役者だけの世界じゃないからな。演劇に興味をもったなら、せっかくだから裏方の仕事も見てけよ。俺は舞台背景やってるんだが、舞台背景楽しいぞ。役者が合わなくてもこういう仕事で演劇に関わるのも悪くないぞ。」

 そんなことを言いながら平岡に倉庫に連れて行かれて、藤堂は息をのんだ。そこには様々な舞台の装置や衣装小物などが並んで、その一部を部員達が広げ何か作業をしていた。

 「今はとりあえず、次の引退公演に使う備品チェックして、何かあったら修理とか修復とか、作り直したり、ない物は一から作ったりとかな。予算との戦いもあるから、けっこう修羅場よ。役者組はこっちの事情考えずにけっこう好き放題言ってくれるしな。しかも役者になりたい奴は多くても裏方したいって奴は中々いなくて、人材集めるのもけっこう大変なんだぜ。お前、美術とか技術とか裁縫とかなんか得意なことあるか?」

 「いや、どれもそんなに。」

 「うっし。じゃあお前がたいもいいし力ありそうだし、とりあえずもの動かしたり運んだり手伝ってくれ。」

 「うっす。」

 「ほら、宮崎(みやざき)ちゃん。そういう重いの運ぶの手伝ってもらえよ。ちっさいんだから。」

 「平岡先輩、それ失礼ですよ。小さいからってわたしそんな非力じゃありませんから、これくらい平気です。」

 「そんなかわいくないこと言わずに、せっかく男手が来たんだからそこは甘えとけよ。お願い助けてって甘えるくらいの方が女の子はかわいいぞ。」

 「それ、セクハラですよ。」

 「え?マジで?」

 「ここの女子がそんななよなよしてたらやってけるわけないでしょ。無駄口叩いてないで平岡君もさっさと仕事して。」

 そう女性陣に突き放されて、平岡はここの女子本当強いんだよと藤堂に苦笑して見せた。

 「平岡先輩、ここの色どうしたらいいですか?」

 「あぁ、そこは演出絡んでくるから、今舞台の方行ってる佐川(さがわ)先輩が戻ってきたら確認しとく。とりあえずこないだ使った背景使い回しできそうだから出しといて。そっちも先輩戻ってきたら合わせてちょっと手加えるから同じとこ置いといてくれる?」

 「先輩、こっちは?」

 「それは小道具だから俺じゃなくて島倉(しまくら)に聞いてくれ。俺じゃ解んねーから。」

 そんな風に次から次に声を掛けられ、それをてきぱき捌きながら自分の仕事に取り掛かる平岡を見て、藤堂は凄いなと思った。

 「藤堂だっけ?お前、塗装してみるか?とりあえずこれは塗り直しするのに今下地の段階で仕上げは俺がするから、これをむらなく塗ってくれ。」

 そう言って、藤堂に下地の塗り方を教えて実際やらせてみて、初めてにしちゃ手際いいじゃねーかと満足そうに笑って、平岡はじゃあこれ全部よろしくなと仕事を押しつけて去って行った。そんな彼の背中を見送って藤堂は言われた通り下地を塗っていく。ただ塗ればいいと思った作業が案外綺麗に塗ることが難しくて、通りがかった部員に塗料を無駄にしないコツや、筋やムラを作らず均等に塗るコツなんかを教わりながら、藤堂は案外奥がふかいんだなと思い黙々と作業を続けた。暫くするとなんとなく自分でもコツが掴めてきて、無駄なく綺麗に塗れるようになってきて、そうなると楽しいもので、気が付くと藤堂は夢中で作業に没頭していた。

 「お疲れ様。お前、筋いいな。他の作業もやってみるか?」

 頼まれた作業が終わる頃、タイミングを見計らったように平岡にそう声を掛けられて、藤堂は言われるがまま、促されるままに色々な作業に挑戦していった。そうやって作業に没頭していると、ちょっと休憩するかと声がかかって藤堂は手を止め、時計を見て、もうこんなに時間が経ってたのかと思った。

 「どうだ。裏方楽しいだろ?」

 そう平岡に声を掛けられて藤堂は彼の方を見た。

 「って、先輩。体よく藤堂君の事こき使ってるだけじゃないですか。」

 藤堂が何か答える前に部員の突っ込みが入る。

 「そんなことないよな。楽しいよな?」

 「うっす。楽しいっす。」

 「ほら、本人楽しいって言ってるぞ。」

 「藤堂君。嫌なら嫌って言っていいんだよ?この人このノリで人使うから、ハッキリ言わないと本当いいように使われるからね。」

 「大丈夫っす。」

 「いや、いい人材が来てくれたな。お前いつでも遊びに来て良いぞ。なんならもっと色々教えてやるから、本格的に舞台美術とかやってみるか?一から、背景作るのも装置作るのも楽しいぞ。」

 本当に楽しそうにそう言う平岡を見て、藤堂はそれも悪くないかなと考えた。今日ここに来て、芝居の稽古に参加させてもらって、自分に役者は向いてないと思った。でも、裏方の仕事は楽しかった。気付けば時間を忘れるぐらい没頭して言われたように作業している自分がいた。人の作業を見ながら凄いなと感心すると同時に、どうやったらあんな風にできるんだろうと自分から聞いて挑戦している自分がいた。そんなことは初めてで、こんな気持ちは初めてで、藤堂は悪くないと思った。

 「藤堂君。悪いこと言わないから、あんまり平岡君に乗せられて変なこと吹き込まれないようにしなよ。この人、色物だから。」

 「なんだと?」

 「そうですよ。平岡先輩、しょっちゅう役者組とトラブル起こすしやめて欲しいです。こなだも役者組の要望無視してこの話のこの背景は絶対こうだって、勝手にかなりアレンジ加えて、役者より背景目立たせてるんじゃないって怒られてたじゃないですか。しかも開き直って、お前等が背景に負けない程の芝居をすれば問題ないって。背景に喰われるようじゃお前等その程度の役者なんだろって喧嘩売って。かなり激しい言い合いしてたし、見てるこっちは冷や汗ものでしたよ。」

 「実際そうだろ。役者の力量に合わせて背景手を抜くなんてありえない。こっちは予算と時間と戦いながら限られた物の中で最大限芝居を魅せるための物を作ってるて言うのに、あいつら何でも自分ら中心で色々押しつけてきて高慢なんだよ。だから俺は主役はなにも役者だけじゃないって危機感煽って成長させてやってんの。」

 「全く、ちゃんとバランスとらないと物語自体が台無しになるでしょ。子供みたいなこと言ってないで、少しは周りに合わせるってこと考えなさいよ。背景がなくても役者がいれば芝居はできるけど、背景だけじゃ芝居はできないのよ。劇をより素晴らしいもの魅せるために役者を引き立たせるのが裏方の仕事。主役より目立たせてどうするの。バカじゃないの。」

 「俺はそうは思わない。絶対これは譲らないからな。藤堂、モチモチの木って話し知ってるか?俺はあれの舞台を見て、舞台背景やろうって思ったんだ。アレは凄いぞ。物語中のほとんどをそんなに存在感のないただのでかい木だった背景が、物語の終盤には一気に主役になるからな。あの演出は凄かった。本当にただのでかい木でしかなかったのに、灯がともるシーンではその場の何もかも呑み込んで、誰もがその木に釘付けになった。」

 そう語り出す平岡に部員達がまたでたよとうんざりした顔をする。

 「藤堂君。この話し始まると長いから右から左にしていいよ。全く、それだって物語あってこその演出で、なにも背景が全てじゃないのにこの男は。物語を魅せるためには時にはそういう演出もアリだけど、やっぱバランスが大事。譲れないところは役者と戦わなきゃいけない時もあるけどそれは劇を良くするためであって、役者をおざなりにしていいわけじゃない。劇をより良くしたいって気持ちは役者組も裏方組も同じなんだから、そこはちゃんと信頼関係築いてうまくやってかないと。お互いにただ我を通して相手に押しつけるんじゃダメなのよ。腕は確かだけどその辺この人はダメなのよね。この人から技術は学んでも、考え方真似しちゃダメよ。」

 そう言われて藤堂はうっすと答えつつ、まだ長々と続く平岡の話に耳を傾けていた。モチモチの木だけではなく、他の様々な舞台での背景の話しし、舞台背景の役割やそれを使った演出方法について熱く語る平岡の話を聞きながら、藤堂は演劇って奥が深いんだなと思い、舞台背景について興味が湧いてきた。こうやって皆が作った背景や小物が実際の劇でどのように使われ劇を魅せるのか、それが気になって、藤堂は実際に観劇してみるのも悪くないと思った。実際に観劇してみれば、自分にも何か見える物があるかもしれない。そう思ってわくわくしている自分を感じて、藤堂は小さく笑った。

 サクラハイムに帰って、藤堂は西口和実(にしぐちかずみ)を呼び止めた。

 「藤堂君がわたしに用事なんて珍しいね。どうかしたの?」

 そう言う和実に、藤堂は管理人さんは確か美大出身だったよなと話しかけた。

 「そうだけど、それがどうかした?」

 「いや。今日ちょっと三島さんとこの演劇部見学させてもらって、舞台背景に興味もって。それで、そっちの方に進路考えるのも悪くないかなと思ったっす。俺、なんの技術も知識もないから、やっぱそういう知識とか技術学ぶには美大かなって。俺、頭良くねーし。そういうこともよく解んねーから、どうしたらいいかとか相談のってもらえたらって。」

 「そっか、舞台背景か。なら、美大より芸大の方がいいかも。ここら辺だと、深山(みやま)芸術(げいじゅつ)大学(だいがく)に演劇科があって、そこに舞台美術コースがあったような気が。やっぱそういう所の方がそれに特化した勉強ができると思うし。あ、大学じゃなくても専門学校とかもありかもよ。あー。でもわたしが受験した頃と色々変わってるだろうしな。せっかくやりたいことが見つかったなら、どういう学校があるのか色々調べて実際見学とか行ってさ、自分に合うところ探してみれば?そういう所はだいたい実技試験があるから、それ対策の技術とかなら教えてあげられるかも。わたしがダメでもそっち方面は知り合いもけっこういるし、助けになる人紹介できると思うよ。」

 そう言って和実が笑いかけてきて、藤堂はあざーっすと頭を下げた。

 「藤堂君も来年は受験生だもんね。そっか、そういう方面に進路考えたんだ。わたしも美術してた人間だから、そういう方面に興味もってもらえて何か嬉しいな。舞台美術とはまた違うけど、今度デッサンとか、なんなら写生とかしてみる?なんか話ししてたら楽しくなってきちゃった。今度実家から道具持ってきて、わたしも久しぶりに絵描いてみようかな。いや、藤堂君が美術か。なんか意外だけど嬉しい。わたしで力になれることなら何でも教えるから、いつでも声かけてね。美術史とかそういうのなら教えられるし。藤堂君の受験勉強協力するよ。今から頑張ればきっと大丈夫。一緒に頑張ろう。」

 どこか浮かれた調子でそう言う和実を見て、藤堂はまだそっちに進路決めたとは言ってないと思ったが口には出さなかった。よく解らないけど喜んでるみたいだし、一緒に頑張ろうと言われるのも悪くない。そう思う。

 「舞台背景の人から色々お勧めの劇を聞いたんだ。いつやってるのか調べとくから、一緒に行ってくれないっすか?」

 「もちろん、いいよ。でも、わたしが行っても舞台背景のことは教えてあげられないとは思うけど、いいの?」

 「別にいい。あと市ヶ谷学園大学の引退公演も観たい。今日、俺が手伝った背景がつかわれるから、実際の舞台でそれがどんな風になんのか見てみてーっす。」

 「じゃあ、それも観に行こうか。でも、引退公演って外部の人が観れるのかな?」

 「言えばチケット用意してくれるって言ってたんで。管理人さんも一緒に来てくれるなら二枚お願いしとくっす。」

 そう言うと和実がじゃあお願いしようかなと言って、自分が作った物が舞台で使われるなんてドキドキしちゃうねなんて、何故か彼女の方が少し興奮した様子で言ってきて、藤堂は小さく笑った。


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