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サクラハイム物語   作者: さき太
11/17

第十章 五号室の住人

 『あ、西口(にしぐち)か?うちのHP見てサクラハイムに入居したいって客が現れてな。明後日、十時にうちに来ることになってるから頼んだぞ。』

 電話越しに聞こえるそんな松岡(まつおか)の声を聞いて、管理人の西口和実(にしぐちかずみ)は固まった。

 『良かったな、これで年内には五室全部埋まりそうで。この客ちゃんと捕まえれば、来年度以降もそこが継続できるわけだし、逃がさないようにしっかりやれよ。』

 そう続けられた松岡の言葉を聞いて和実は、そうだ、すっかり花月(かづき)ちゃんがいるのが定着しちゃってるけどちゃんとした住人で五号室も埋めないとサクラハイム続けられないんだと現状を思い出した。でも五号室は花月ちゃんがいるし。

 「えっと。五号室をわたしの私室としてわたしが借りるというのは可能でしょうか?」

 『管理人室があるのに何言ってんだ。』

 「ですよね。ちなみに、その方って男性の方ですか?女性の方ですか?」

 『篠宮(しのみや)結子(ゆうこ)って女性だ。』

 それを聞いてちょっとホッとする。でも花月ちゃんと同室で使ってもらうとしたら、家賃はやっぱり半額にすべきだよね。そうするとどうなるんだろう。

 『お前のその沈黙は、男所帯のサクラハイムに女性の入居希望者で心配してるのか、それとも五号室を無断で貸し出してることに対する対応どうしようか悩んでんのかどっちだ?』

 松岡にそう突っ込まれて、和実は息をつまらせた。

 「松岡さん、知ってたん・・・。」

 『当たり前だろ。あれだけ堂々と住まわせといてバレてねーと思ってたのかアホが。とりあえず問題は起こしてないみたいだし、お前が管理してるとこをお前の責任でどうしようと勝手にしろと思って見逃しといてやってたが、お前、言い忘れてたんじゃなくて本気で隠す気だったのかよ。ったく。随分と大それた事考えるようになったもんだな。』

 「すみません。」

 『正規の入居希望者が現れた以上、今まで通りとはいかないぞ。無論、お前が五号室を借りるっていうのも、新しい入居者の家賃を半額にするっていうのもなしだ。あの小娘住まわせてどれだけ経つ?何か進展はあったのか?いつまでもどこぞの誰ともしれない他人を養い続けるなんてできないぞ。そもそもお前、何かあっても責任とれねーだろ。どういう経緯でそうなったのかは知らねーが、そろそろ引き時なんじゃないか?』

 厳しい口調で、しかし存外優しい響きの声で松岡にそう言われ、和実は黙り込んだ。花月ちゃんが来てからもう四ヶ月の時が過ぎた。その間に警察からの連絡も何もない。花月ちゃん自身は成長したが、彼女の身元がわかるようなことは相変わらず一つもない。わたし達より前からの知り合いだった真田(さなだ)君も彼女がどこの誰だかは全く知らない。このままここにいても、身分証明書もなにも持っていない彼女が普通に社会で生活できないことは明白で、それは彼女自身も自覚したところで・・・。そんなことを考えて、ここにずっといたいと言った花月の姿を思い出して和実は苦しくなった。

 「もう少しだけ時間を下さい。花月ちゃんはサクラハイムに来た当初、社会のことをまったく知らなくて、何も解ってなくて、最近ようやく現実が解るようになってきたばかりなんです。今急にここから引き離したら、きっとあの子は潰れてしまう。あの子が自分の現状をちゃんと理解して納得した上で施設なり何なりに行かないとダメだと思うんです。だから、あと少しだけ、あの子がもう少し成長するまで待って下さい。」

 そう言うと、松岡が心底呆れたように溜め息を吐くのが電話越しに伝わってきて、和実は目を瞑った。

 『好きにしろ。それでどうなっても俺は何も知らなかったことにするぞ。』

 「ありがとうございます。」

 『礼言ったって、今年度中に五号室にもちゃんと住人を入れないとそこが閉鎖されるって現状は変わらないからな。小娘をそこに住まわせ続けるにしてもだ、そこを続けたかったらどうするかちゃんと考えろよ。お前の判断一つで、今そこに住んでる奴全員が来年度には新しい住居探さなきゃいけなくなるんだからな。自分の感情でばっか動いてねーで、お前こそちゃんと現実見ろよ。』

 そう釘を刺され、再度入居希望者との顔合わせの日時の確認をし、通話が切れた。

 通話の切れたスマートフォンを持った手を下ろし、和実はベットに仰向けで倒れこんだ。解ってる、ずっとこのままじゃいられないのは。でも、花月ちゃんはもう完全にここの一員で、ここの仲間だ。花月ちゃんの身元がわからなくても何とかなる方法ってないのかな。そんなことを考えて和実は苦しくなった。今までの事を考えても、新しい入居希望者の人には最初から包み隠さず全部話した方がいいよね。それで、ダメ元で花月ちゃんを同室に置いてもらえないかお願いしてみよう。それでダメならダメでしょうがない。とりあえず一回、この一回だけは、花月ちゃんを優先させよう。そう考えて和実は心を決めた。


 「別にいいんじゃないっすか?花月のことがあろうとなかろうと、入居してくれるかどうかは解んないっすし。女性ならこんな男ばっかのとこに入居するのは嫌だって断られるかもしれないっすし。」

 「そもそも今更花月を切るとかありえないでしょ。最悪、花月を五号室から管理人室に移動させれば良いじゃん。花月は野宿してたような奴だし、どんな環境でも大丈夫でしょ。あんたが部屋狭くなるの我慢して管理人室二人部屋にしたら?」

 たまたま食堂にいた片岡(かたおか)湊人(みなと)柏木遙(かしわぎはるか)に、松岡から入居希望者が現れたという連絡がきたことを話して相談するとそんな回答をされ、和実はぽかんとした。

 「何の話ししてるの?」

 「何か、新しい入居希望者が現れたんだって。」

 「新しい入居希望の方が来てくれたんですか。その方が入ってくれれば、これで安泰ですね。」

 「今、五号室は花月が使ってるだろ。どうするんだ?」

 「だから、その人がルームシェアは嫌だって言ったら、花月が管理人室に移動すればいいんじゃないって言ってたの。」

 「わたしお姉ちゃんと同じ部屋になるの?」

 「別に良いでしょ?」

 「うん。」

 「新しい入居希望者の方って女性なんですか?」

 「女じゃなきゃルームシェアの選択肢なんてありえないでしょ。」

 「はは。そうだね。一応聞いておこうかと思って。」

 夕食の時間が近づき食堂に集まってきた面々がそれぞれ会話に入って来て、入居希望者の話題でもちきりになる。誰もが花月がサクラハイムを出て行くとは考えずに前向きに話しをするのを聞きながら、和実は胸が暖かくなった。花月ちゃんが抱える問題は色々あるけど、でも、花月ちゃんはもう完全にここの仲間で、その問題を考えるとき考えるべきなのはどうしたら花月ちゃんがこのままここで過ごすことができるかだ。今まで警察からの連絡を待ちながらなんとなくこのままで過ごしてきたけれど、花月ちゃんがちゃんとこれからもここで暮らせるようにどうしたらいいか模索していかないと。今度、弁護士さんにでも相談してみようかな。相談だけなら無料の所もあるし。それで何か打つ手が解っても、実際色々するとなるとお金かかるだろうから貯めないとな。そんなことを考えて和実は自分に気合いを入れた。

 翌日、次の日の十時に松岡不動産で会うことになっていたはずの篠宮結子がサクラハイムを訪ねてきて和実は固まった。

 「突然来てしまってすみません。たまたま近くを通ったので少し見学できたらなと思ってよってしまったのですが、迷惑だったでしょうか?明日の約束だったので、明日また出直すでも大丈夫ですが。」

 そう申し訳なさそうに言う篠宮を見て、和実は別に大丈夫ですよと答えた。

 「ありがとうございます。」

 そう言って微笑む顔を見て、和実はこの人どっかで会ったことがある気がするなと思って不思議な気分がした。こんな長身美人、会ったことがあったら覚えてそうだけど。自分が普段あまり化粧もお洒落もしないせいで、来客が来る予定じゃなかった今完全に気を抜いた格好で出迎えてしまって、こうしてきちんとお化粧をして身なりも綺麗に整えている女性を見て和実はなんか恥ずかしくなってきた。

 「どうかしました?」

 「いえ、別に。どうぞ、中に入って下さい。住人の皆さんは今学校なのでいないですが。共有スペースと空き室の五号室の案内ならできますよ。」

 そう言って和実は篠宮を室内に誘導した。そして、玄関で脱いだ篠宮の靴と自分の靴の大きさの違いを見て、こうして並べると自分の靴が子供靴に見えるななんて思っておかしな気持ちになった。

 「篠宮さんって何かスポーツされてたんですか?」

 背も高いし全体的に締まった印象があるから何かやってたのかななんて考えて、和実は話題作りのために訊いてみた。

 「実は学生の頃にトライアスロンをやってたんです。」

 恥ずかしそうに返されたその言葉を聞いて和実は驚いた。トライアスロンって、あの泳いで自転車走らせてさらに長距離走するやつだよね。

 「そのおかげでだいぶ厳つくなってしまって。脱ぐと凄いんですよ。本当、女なのにごつくて恥ずかしくて、こうして服装でごまかしてるんですけど。学生時代は髪もショートにしてたし声もこの通り低めなので、よく男性と間違われてました。現役時代は全然気にならなかったんですが、今はこれが凄くコンプレックスなんですよね。だから髪を伸ばしたり、お化粧で女性らしさを出すように頑張っているんですが、お付き合いしてた人にも筋肉質なせいでフラれたので・・・。」

 そう言って顔を陰らす篠宮を見て、和実はひどいと呟いた。

 「わたしも悪いんですよ。これがコンプレックスと言っておきながら、やっぱり身体を動かすのが好きで、今でもジムに通ったりなんだりで現役時代の体格維持してるから。彼氏の前ではかわいい女の子でいたくて女性らしくを頑張ろうとしすぎて、過剰におしとやかに可愛らしくふるまっていたので、それが脱がせたらムキムキで一気に冷めちゃったんじゃないかなって思うんです。だから次はあんまり頑張らないようにしようって思ってるんですよね。引っ越ししようと思ったのも一回全部リセットしてやろうと思って。」

 そう言って笑う篠宮を見て、和実も一緒になって笑った。

 「お姉ちゃん。本とか勉強道具は段ボールに詰めて倉庫に移したけど、洋服はどうしたらいい?お布団は?管理人室に全部もってったら邪魔だよね。倉庫に入れといて毎日出し入れすれば良いのかな?」

 そんなことを言いながら花月が二階から降りてきて、踊り場にいた篠宮を認識して固まった。

 「あ、花月ちゃん。こちら篠宮結子さん。昨日話してた、五号室に入居希望の方で、明日来る予定だったんだけどちょっと予定が変わって。」

 「しのみやゆうこ・・・?」

 「あら、住人の方は皆学校に行ってるんじゃなかったんですか?」

 「あ、いえ。この子は居候なんです。ちょっと事情があってここで保護していて。今までは五号室が空室だったのでそこを使ってたんですが、正式に入居者が入るとなるとそういうわけにはいかないので、今片付けてる所で・・・。」

 「別にそのまま彼女に使って頂いてもいいですよ。」

 篠宮のその言葉を聞いて和実は固まった。

 「それって・・・。」

 「あ、いえ。ここを借りるのをやめようって訳ではなくて、同室でも大丈夫ですよってことです。」

 「いや、でも、そうすると花月ちゃんも住んでるのに家賃は一人部屋と同額になっちゃう訳で・・・。」

 「二人用の広い部屋を一人で使うより、誰か居いてくれた方が寂しくないかなって思って。あなたはわたしと一緒に部屋使うのどう?今まで一人で住んでた所にわたしがお邪魔しても良いかしら?」

 そう篠宮に視線を向けられて、花月はおずおずと彼女に近づいた。

 「サクラハイムでお世話になっている花月です。これからよろしくお願いします。」

 「わたしは篠宮結子です。よろしくね。」

 そうやって挨拶を交わして、花月は不安げに篠宮を見上げた。

 「わたし、結子と同じ部屋で一緒に暮らして良いの?」

 「えぇ。」

 「これからずっと?」

 「それはどうかしら。また引っ越ししたくなることもあるかもしれないし、わたしが越さなくてもあなたが出てくこともあるかもしれないでしょ?」

 その言葉を聞いて、花月は俯いて少し考えるような素振りをして、再び篠宮を見上げた。

 「お部屋、こっちだよ。」

 そう言うと花月が篠宮の手を引いて二階に上がっていく。その姿を見て和実は、うまくいきそうで良かったなと思った。篠宮さんが今のまま花月ちゃんに五号室使ってもらえばいいみたいなこと言った時は、契約してもらえないのかと思ってドキドキしたけど、入居してくれるみたいだし。そんなことを考えながら和実も二人を追って二階に行く。

 「花に月で花月ちゃんなんだ。」

 部屋の扉に掛けられたネームプレートを見てそう呟く篠宮に、花月が嬉しそうにお姉ちゃんが付けてくれたのと伝える。

 「わたしが生まれたとき満開の桜が月に照らされて綺麗だったんだってって話ししたら、お姉ちゃんがわたしの名前はそこから付けたのかもねって、この漢字当ててくれたの。」

 「そうなの。可愛らしくてよく似合ってると思うわ。」

 「本当?嬉しい。」

 そんな話しをしながら満面の笑顔を向けて、篠宮にあれこれ説明してまわる花月を見て、和実はさっきはさすがの花月ちゃんも少し緊張してたみたいだったけど、すっかりいつも通り、というかいつも以上にはしゃいでるなと思って目を細めた。入居希望者が篠宮さんみたいな人で良かったと思う。優しそうだし。何より花月ちゃんを同室に置いてくれて、花月ちゃん自身これだけ喜んでるし。これなら何も問題起きなさそうだななんて思ってホッとする。

 篠宮がサクラハイムを後にし、暫くして住人達が次々帰ってくる。その一人一人に花月が嬉しそうに篠宮のことを話してるのをみて、和実は本当に花月ちゃんは篠宮さんの事が気に入ったんだなと思って胸が暖かくなった。

 「湊人。結子がきたら最初のご飯わたしが作っていい?結子の歓迎会。わたしがご馳走作りたい。」

 「いいっすよ。予算他で抑えるっすから、そういうときぐらいちょっと奮発するっすかね。かといって買い出し花月に任せると割高でも気付かずに買ってくるから、何作るつもりなのか決まったら一緒に買い出し行くっすか?」

 「ありがとう。あとね、湊人のナポリタン結子に食べさせてあげたいから、結子来たらどっかで作って欲しいな。」

 「花月は本当ナポリタン好きっすね。何が食べたいか訊くとだいたいナポリタンって言うし。安上がりでいいっすけど。」

 「わたし、湊人が作るナポリタン大好き。ナポリタンが美味しいんだと思ってお店連れてってもらった時に頼んだことあるけど、湊人が作るのと違う味がしてがっかりしたんだ。それから色々食べたけど、やっぱり湊人が作るのが一番美味しかった。だから、結子にも食べさせてあげたいと思ったの。」

 「店よりうまいって、そんなこと言われると照れくさいっすね。なんかだいぶハードルあげられた気もするっすけど、篠宮さんがきたら腕により掛けて作るっすよ。」

 「ありがとう、湊人。ねぇねぇ一臣(かずおみ)。一臣にはアレ作ってほしいな。夏樹(なつき)が最初にわたしにくれた四角くて甘いやつ。」

 「四角くて甘いやつって。それはほとんどノーヒントだな。あいつが俺の作った菓子でお前を餌付けしたのは知ってるが、なに渡したのかは知らないし。持ち歩いてたくらいだし焼き菓子なんだろうけど。いや、チョコレートって可能性もあるのか?」

 「チョコレートじゃなかった。これくらいの大きさで、クッキーみたいなんだけど、蜂蜜?キャラメル?なんかあんな感じの・・・。」

 「うーん。エンガディーナとかフロランタンとかそこら辺か?もう少しヒントがあるといいんだが。他に何が入ってたか覚えてるか?クルミかアーモンドスライスかとか。」

 「えっと、アーモンドスライス。表面がキラキラしてた。」

 「じゃあ、フロランタンだな。」

 「エンガディーナって何?」

 「クルミを使ったスイスの焼き菓子だ。今度作ってやろうか?」

 「うん。」

 そんな風に篠宮が来る時を本当に楽しみにしている花月を見て、遙が和実の脇腹を肘でつついた。

 「この様子だと管理人さん、その篠宮結子って人に花月のお姉ちゃんポジションとらちゃうかもね。」

 そう言われて、和実はしみじみとそうかもしれないなと思った。もともと花月ちゃんがわたしをお姉ちゃんって呼ぶのは、最初おふざけでわたしの親戚設定で皆を騙そうとした時の名残なだけだし。多分それがなかったらわたしも皆みたいに和実って呼び捨てにされて、友達扱いになってたのかもしれない。そんなことを考えて和実はふと頭に疑問がよぎった。そう言えば花月ちゃん、篠宮さんに敬語使ってなかったような気が。最初から名前を呼び捨てのため口。ここに来たばかりの頃の花月ちゃんは確かにそれが普通だったけど、今はちゃんと初めて会った人には名字にさん付け敬語が普通になってたはずなのに、どうしてだろう。篠宮さんがサクラハイムの住人になるからここの人達と同じように扱おうとしたとか。でも、始めに篠宮さんを見たときは珍しく人見知りしてたというか、なんかいつもとちょっと様子が違ったように見えたけど。そんなことを考えて、和実はまぁいいかと思った。花月ちゃんのこの様子なら、きっと篠宮さんもすぐここに打ち解けてくれるだろうし。いや、この勢いに引いてやっぱりちょっととか思われるパターンもあるのかな。いやいや、でも今のところ入居してくれるって話しになって、明日正式に契約、近いうちに引っ越してくるって話しで纏まったんだから、いい方に考えよう。これでノルマ達成。安泰安泰。そんなことを考えて和実は自分の中に生まれた違和感を考えないことに決めた。


         ○                     ○


 篠宮が越してきてから暫く、すっかり彼女はサクラハイムに溶け込んでいた。

 花月が篠宮に、この絵本お姉ちゃんが描いたんだよとか言いながら『ゆうきのはな』を読み聞かせしている姿を見て酷く恥ずかしい思いをしたりもしたが、すっかり篠宮に懐いて毎日嬉しそうにしている花月を見ると、和実は胸が暖かくなった。花月ちゃん、篠宮さんには他の皆には見せないような顔してるよな。今までは自由気ままにやっているように見えてどこか遠慮がちというか、自分から誰かに何かを求めるってことをあまりしなかったけど、篠宮さんのことは連れ回して自分から色々積極的に関わってるもんな。今まで男の子ばっかだったから、女の人が来てくれて良かったのかも。ずっと一人部屋だったのが二人になったことも良かったのかもしれない。そんなことを考えて和実は遙に、お姉ちゃんポジションとられちゃうかもねと言われた事を思い出して、これは完全にとられたなきっとと思った。

 「ねぇ、管理人さん。ちょっと話ししたいことがあるんだけど。」

 いつになく真剣な顔をした遙に呼ばれて、和実は何の話しだろうと思いながら二号室に赴いた。

 「管理人さん。花月と篠宮結子を同室でいさせるのやめた方がいい。あいつ男だよ。」

 そう言われて和実はまさかと言って笑った。

 「確かに篠宮さん背も高いし声も低めだけど、それは本人も気にしてることだし男みたいだなんて言わない方がいいんじゃない?」

 「みたいじゃなくて、あいつは絶対男だから。絶対離した方がいい。なにかあってからじゃ遅いでしょ。今からでも花月を管理人室に移しなよ。」

 「いや、今せっかく良い雰囲気で落ち着いてるのに、遙君の話だけで花月ちゃんを別室にしたら篠宮さん嫌な思いするでしょ。それに契約するときに住民票も預かってるし、男の人な訳ないって。」

 そう言うと遙が俯いて黙り込んで、和実はどうした物かなと思った。他の皆は篠宮さんのこと普通に受け入れてたけど、遙君だけは最初から篠宮さんに対して懐疑的というか、当たりがキツかったんだよね。遙君もともと言葉がきついけど、他の皆に対してと違って篠宮さんには敵意があるというか。なんでそんなに篠宮さんの事が受け入れられないんだろう?

 「どうして俺の言うこと信じてくれないの。昔から女装させられてきたし、これだけでかくなってもさせられてきたから俺には解る。あいつの化粧の仕方も服の選び方も、男が女を装うときの物なんだよ。筋肉質の女でもやっぱり男と女じゃ違うから。だから男が女を装うときは女性らしい丸みがあるように見せかけるために、胸だけじゃなくて尻とかにも詰め物したりして。そういう見てくれだけじゃなくてさ、女に見せるための所作とか、色々。男を女に見せるには色々あるんだよ。あいつそれ全部やってる。」

 悔しそうにそう言葉を絞り出して、遙は和実を睨んだ。

 「もしかしたらあいつが性同一性障害でってこともあるのかもしれないけど。俺は花月を男と同じ部屋にしとくのが心配なだけだから。それに花月に五号室そのまま使ってても良いって言って実質二人部屋なのに一人部屋の家賃払うとか、おかしいでしょ。絶対あいつ何かある。俺は絶対あいつを信じないから。」

 苛々した口調でそういう遙を見て和実は困り果てた。遙君、一回こうなると本当に頑なだからな。今はまだ篠宮さんの事嫌ってるって態度とってるだけだけど、そのうち本人にお前男でしょとか詰め寄りそうで怖い。篠宮さんが大人で気にしないでいてくれてるからアレだけど、どうにかしないとそのうち大きなトラブルになるかも。和実がそんなことを考えて悩んでいると、二号室に楠城浩太(くすのきこうた)が戻ってきて、二人の様子を見てどうかしたのと訊いてきた。実はさ・・・と事情を話し、浩太君はどう思うか訊いてみると、浩太が遙ちゃんまだそんなこと言ってるのと珍しく遙をなだめるように言って、和実は不思議な気分がした。

 「浩太は花月が男と同室でいいの?」

 「篠宮さんは女の人でしょ。確証もないのに勘だけでそう言い張るの失礼だと思うよ。篠宮さん、見るからに大人のお姉さんって感じでさ、美人だし。あれのどこが男に見えるの?」

 「俺が女装した方がよっぽど美人。健人(けんと)が女装すればあんな感じになるから。」

 「いやいや、ならないでしょ。」

 「いや、なる。なんなら俺が健人女装させて証明してみせる。あの演劇バカなら芸の肥やしにしろって言えば女装くらいさせてくれそうだし。」

 「三島(みしま)さん女装させても篠宮さんが男だって証明にはならないからね。」

 そんな言い合いをして黙り込む遙を見て、浩太が困ったような顔をした。

 「ねぇ遙ちゃん。篠宮さんは来たばかりだし、正直、俺もあの人のことまだよく解んないけどさ。もう少し仲良くできないかな?俺はどうせなら皆仲良くできたらいいなって思うよ。それに俺は花月ちゃんが篠宮さんといたいって言うならそれでいいと思う。篠宮さんがもし男だったとしても、花月ちゃんがそれでいいならさ。だって花月ちゃん、篠宮さんといるときはすごく幸せそうだから。香坂(こうさか)さんが帰ってきたときみたいにはしゃいだりしないけど、篠宮さんが帰ってくると心底ホッとしたような顔して、本当に嬉しそうに笑って、お帰りって花月ちゃん言うんだよ。花月ちゃんいつも笑顔で、何するのも楽しそうにしてるけどさ。でも、俺、花月ちゃんのあんな顔見たことなかった。あんな静かで本当に嬉しそうな花月ちゃんの顔、見たことなかった。篠宮さんといるときの花月ちゃんは他の人といるときと違うから、花月ちゃんにとって篠宮さんが特別だって解るから。だから俺は。俺は、花月ちゃんが篠宮さんにいてほしいって言うなら、変な言いがかり付けて篠宮さんが出て行くようなことになって欲しくない。花月ちゃんが悲しむようなことしてほしくない。だから、遙ちゃん。お願いだからやめてよ。トラブル起こさないで。」

そんな浩太の懇願を聞いて遙は、浩太・・・と呟いて視線を落とした。

 「浩太は本当バカだね。花月のこととられるかもしれないのに。本当バカ。俺は絶対あいつを認めないから。絶対あいつの尻尾捕まえてやる。でも、浩太がそこまで言うなら、証拠掴むまではおとなしくしてる。それでいいでしょ?その間になにかあっても俺知らないからね。」

 ふて腐れたようにそう言う遙を見て和実はホッとした。同じようなことをわたしが言ったとしたら絶対もっと反発して躍起になってたと思うけど、浩太君に言われるとこんなおとなしくなるんだ。普段は遙君の方が浩太君をたしなめてる事の方が多いけど、こういうときは浩太君に言われると遙君弱いんだな。さすが幼馴染み。浩太君が遙君の尻に敷かれてるイメージ強かったけど、案外バランスとれてるんだな。そんなことを考えながら、和実は二人のやりとりを思い返して、遙の言った健人が女装すればあんな感じになるという言葉に引っかかりを覚えた。言われてみれば三島さんと篠宮さんって顔立ち似てるな。姉弟って言われたら納得できちゃう感じかも。三島さん、花月ちゃんのお兄さんに似てるらしいし、もしかしたら花月ちゃん、篠宮さんに家族の面影重ねてそれで懐いてるのかも。やっぱり花月ちゃんは家族が恋しいんだよね。そうするとやっぱ花月ちゃんにとってここにいるより家に帰った方がいいのかな。花月ちゃんのお婆さんかお兄さんが見つかるといいんだけど、それは難しそうだし。どうするのが一番いいんだろう。花月ちゃんにとって一番幸せな形ってなんなんだろう。弁護士さんにも相談しにいってみたけど、何もないところから戸籍なんかを作るってなかなか手続きとか大変そうで、任せるとかなりお金かかるみたいだったしな。花月ちゃんの家族捜しを探偵とかに頼むとしてもそれもかなりお金かかるだろうし。この情報のなさから探すなんて無謀だろうし。まぁどちらにしてもお金貯めないとな。そんなことを考えて和実は心の中で溜め息を吐いた。

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