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サクラハイム物語   作者: さき太
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序章

 ふと西口和実(にしぐちかずみ)は、自分はこのままで良いのだろうかと思った。ここでこのままただ管理人を勤め続ける、それで本当に良いのだろうか。そんなことが頭をよぎって、和実は窓の外に視線を向けた。

 季節は春。庭の桜が綺麗に咲き誇り、風が花びらを散らす。その先を目で追って、庭に人が居るのに和実は気が付いた。ここの住人ではない。和服を着た女の子が桜の花びらとまるで遊ぶようにくるくると舞い踊っている姿を見て、幻想的だな思う。二階から見下ろすその風景は桜の陰に霞んで見えて、まるで女の子が桜の精の様で、まるで物語の中の世界のようで。和実は自分の中に広がりそうになる物語から目を逸らすように、室内に視線を戻した。

 ずっと夢を追い続けていた。すっと。周りから才能がないと言われようと、親からちゃんと就職しろと言われようと、ずっと。大学を卒業した後も夢を追い続けていたはずなのに、わたしは今その夢を追わずに何をやっているんだろう。どこででも夢は追えると、管理人をしながらだってできると自分で言ったのに、今自分は何もせずただこのサクラハイムの管理人をしている。


 「和実。叔母さんのお見舞いに行ってきて。」

 母から言われたその言葉がきっかけだった。どうせヒマなんだから、お見舞いに行ったついでに叔母に用事を聞いて助けてこい。そう言われて渋々お見舞いに行った。そして叔母から、自分が寮母を務めている学生寮がどうなっているのか気になるから見てきて欲しいと頼まれて訪ねたのが最初だった。

 私立高校の学生寮であるその建物は歴史を感じさせる風格のある建物で、和実はその前に立ったとき感動で息を呑んだ。庭には大きな桜の木が植えられていて、ここは寮生の憩いの場となっていたんだろうなと感じ、和実はこの場所で寮生達が談笑する情景を想像して胸が暖かくなった。でもそれは昔の話し。その私立高校が廃校となることが決まっている現在、新しい入居者もなく、現在入居しているのは四月に三年生になる学生一人のみ。そしてその最後の学生の卒業をもってこの寮も閉鎖することが決まっている。そんな叔母から聞いた話しを思い出して、和実はこんな素敵な建物なのに閉鎖されてしまうなんてもったいないなと思った。そんなことを考えながら寮の中へ入ると、中から声が聞こえた。

 「今すぐ出て行けなんて言われても困ります。」

 「寮母がいないんだからしかたがないだろ。代わりを探すつもりもない。荷造りしてさっさと出ていけ。」

 「そんなこと言われても、他に行く所なんて。俺が卒業するまでここに居させてくれる約束だったじゃないですか。」

 「それは(はら)さんがした約束だろ。あの人が面倒見るからって約束で本来とっくに閉鎖される予定だったここを今まで好意で閉鎖せずにいただけで、あの人が動けないならもうお終いだ。」

 「そんな・・・。」

 そんな会話を耳にして和実はとっさに話しに割っていた。

 「そんな、卒業まで待ってあげても良いじゃないですか。急に出てけなんて酷いです。」

 そう詰め寄る和実を見て、男が怪訝そうな顔をした。

 「お前、誰だよ。」

 「あ、すみません。わたしここの寮母をしている原一恵(はらかずえ)の姪で、西口和実(にしぐちかずみ)と言います。叔母に寮の様子を見てきて欲しいと頼まれまして・・・。」

 「俺はこの土地建物の権利を持ってる不動産屋の松岡雄三(まつおかゆうぞう)だ。で?あんたが代わりに寮母するのか?」

 そう凄まれて、和実は言葉を詰まらせた。

 「そもそもここはもうとっくに寮じゃないから寮母なんて仕事はないぞ。寮母なんて言っても給料も出なけりゃ、ここの一切合切全部仕切らなきゃいけない完全ボランティアだ。あんたがここの家賃を原さんの代わりに払って、こいつが卒業するまで面倒見て、ここの管理もするのか?」

 更にそう続けられて言葉を失う。

 「本当はここは三年前に閉鎖される予定だったんだよ。最後の代になる予定のこいつらの代は、はなから入寮させる予定はなかった。その前の連中にだって、退去のお願いをして出てってもらってたくらだしな。だけど、こいつが家の事情で寮に入れなければ通学できないとかなんとかで、原さんが勝手に受け入れちまったんだよ。それで話し合いの結果、三年契約で原さん個人に破格の値段で貸し出すことにした。で、原さんが入院になって、結構長いこと戻って来れなくなって、今月分の家賃は滞納してるし。それで管理する奴もいないとなったら閉鎖するしかないだろ。」

 「でも、ここまできたらあと一年ぐらい・・・。」

 「その一年の家賃を誰が出して、いったい誰が建物の管理するんだ。いいか、そもそも普通に寮として運営していたとしても、ここで普通に利益出すとしたら二人一部屋全五室の全てを満員にしてやっとの計算なんだよ。たった一人のためにこの広さの建物を維持するのにどんだけ金がかかると思う?例えば集団で使うために作られた広い浴室を一人だけで使うってだけで、バカみたいに経費がかかって無駄な料金が発生してるってバカでも解るだろ。その赤字分を全部原さんがまかなってたって言うのに、それをうちが代わりに出して一年もこのままにしといたらうちが倒産しちまう。原さんがもどって来る保証もないし、そもそも家賃滞納してる状態で管理する奴がいない物件を放置するなんて恐ろしいことできるわけがないだろ。だから家賃滞納を理由に契約を打ち切って、ここはさっさと次に利用する。それだけだ。」

 そうばっさり切られ、和実はそれはそうだよなと思いつつ、助けを求めるような少年の視線に心が苦しくなった。

 「えっと、ちなみに、閉鎖したらここはどうする予定なんですか?」

 「この建物は趣もあるしな。ちょっと改装してホテルにでもしようかと思ってる。」

 「じゃあ、ホテル止めてアパートにしません?ほら、ここら辺学生街だし、あんまり観光地とかそんな感じじゃないから、ホテルよりアパートにした方が収益が望めるような・・・。」

 「二人一部屋の、風呂トイレ共同、食堂も共用のままでか?」

 「ほら、シェアハウスとかも流行ってるし。二人一部屋だけど、一人で一部屋使う場合は家賃二倍にするとかどうでしょう?」

 そんな和実の苦し紛れの言葉に、松岡は考え込むような素振りをしてから、和実を真っ直ぐ見て口を開いた。

 「じゃあ、試しにお前が管理人勤めてここをシェアハウスとして再建して見せろ。アパートにするにも改装が必要だし、上手くいくか解らない事業にそんな投資はできないしな、建物はこのままでシェアハウスにするなら考えてやる。まずは一ヶ月。四月までに四部屋埋めろ。学生寮としての家賃のままでも四部屋埋まればここの家賃の支払い分くらいは賄えるようになるだろ。四部屋埋めてちゃんと家賃払うなら、とりあえずあと一年の契約は継続してやる。そんでもってその一年の間に五室目も埋めて実際に黒字経営できるようになったら、お前の提案通りここをアパートにでもシェアハウスにでもにして再建する案を採用してやるよ。」

 そう言われ、思わず和実はありがとうございますと頭を下げていた。松岡が去った後で、少年にこれで俺卒業までここにいられるってことですねとホッとしたような笑顔を向けられて、和実は、そっか、契約を継続してくれるってそういうことだと思い至って、あの人案外いい人なのかもしれないと思った。

 「安心するのは早いよ。とりあえず四月までに四部屋埋めないと。」

 そう言うと、少年がハッとしたように、あっそうかと言ってきて、和実は大丈夫かなと思った。

 「あと、君もルームメイト見付けないと、四月から家賃が二倍に・・・。」

 「え?それは困ります。」

 「じゃあ、入居者捜し協力してね。」

 「なんとしても四部屋埋めないとですね。俺の卒業のためにも。」

 そう意気込む少年を見て和実は苦笑した。素直というかなんというか。それ目標にしちゃっていいのかな?入居者を集める目的をこの子の卒業までの時間稼ぎにしてしまったら、新しく入ってくる人はどうなんだろ?ただの時間稼ぎに人を集めるんじゃ、あまりにも無責任な気がする。一年後のそこで終わりじゃなくて、やっぱりその先を考えていかなきゃいけないんじゃないかな。なんか流れで管理人することになっちゃったけど、ここでやらないとか言ったらこの子に恨まれそうだし、管理人は叔母さんが戻ってきたらやってもらえば良いし。とりあえずわたしはその間のつなぎを頑張ろう。最初はそう思っていた。

 そうして始まった管理人生活。なんとなく始めて、なんとなくでは続けてはいけなくなったこの生活。自分で決めたこと。だから自分が責任を持たなくてはいけない。だけど、自分はいったい何をやりたくて、何を頑張ってきたんだったっけ。本当にこのままで良いのかな。そんなことを思って、和実は溜め息を吐いた。

 四月になった現在。なんとか四部屋を入居者で埋めることはできた。でもこれから。ここからが始まり。この先を続けて、そこに何があるんだろう。期待のような不安のようなよく解らないモヤモヤが胸の中に広がって、和実は自分の中に燻っている何かを見ないようにそっとそれに蓋をした。


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