若き天才ドラマー
どこかで見下してたんだろう。まさか元メジャーの誘いを断るなんて想定外の事。だが、どうしても彼にベースを担当して欲しかった。音楽はベースとドラム、つまり、リズム隊がとても大切である。あまり目立たないポジションなので、優秀な人材となればかなりレアだ。元メジャーのクソみたいなプライドと決別すべく、頭を深々と下げ、健太郎に再度お願いした。
「あなたのようなベーシストに出会う可能性はゼロに等しいと思います。一緒にやりませんか?」
同業者にここまで言われて嬉しくないはずがない。しかし、彼は首を縦に振らなかった。何か特別な理由があるんではないかと、彼の目の動きで感じたが、仮にそうだとして、その理由をここで話せるほどの仲でもない。当たり前と言えば当たり前の話しだ。ついさっき出会ったばかりなのだから。
「元メジャーにそこまで言われたら嬉しいよ。でも、無理やわ。いろいろと問題あってな」
「問題とは?」
「ちょっと言えないな。とにかく、メジャーを目指すには練習もせなあかんし。さっきの遊び程度ならいくらでも出来るけどな。君は最高のバンドを作りたいって言ったやん?」
小さく頷き、健太郎の話を聞いた。
「俺から言わしたら、最高のバンドは、君が脱退したバンドやけどな。なりたくてもなれない最高の形やで」
想像もしなかった健太郎の言葉にどう言い返せばいいかわからなかった。彼の言う『最高の形』とは、劣化が著しい音楽でも、ビジネスとして大成功という事を言いたいのか、それとも別の意味なのか。
「それはドル箱バンドだから最高だと?」
「せや。それ以外にありまっか? 最高のバンドやん」
子供の頃に似た感覚があった事を思い出した。小学生の時、好きだった女の子が、音楽の時間にアルトリコーダーを吹いていて、下から唾が滴り落ちたのを目撃した時に似ていた。つまり、シンプルにがっかりした。あれだけの腕前なのに。彼に対しての苛立ちを隠せず、少し喧嘩腰に言った。
「金より大切なものもありますよ。金を手にしたから分かります」
嫌味にも取れる言い方を、わざと健太郎に投げかけた。大人気ない事は承知の上だった。
「それは無い物ねだり言うやっちゃ。とにかくさっきの話しのドラマーは本物や。一度見た方がいいけどな」
健太郎は財布からレシートのようなものを取り出し、裏に何かを書いた。
「とりあえずこれがライブハウスの住所や。スタッフに合言葉言ったら楽屋通してくれるから。合言葉は“青いカナリア”や。俺の紹介て言ったら、そのドラマーに会えると思う」
そのレシートのようなものを無言で受け取った。




