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5コイチ  作者: 稲田心楽
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3ページ目

 

 店内には、ギターやサックスを持ったお客さんが沢山いた。彼らもまた、ミュージシャンなのかどうかはわからないが、ステージに釘付けになっていた。



『自分のスキルでは大恥をかくかもしれない』、そんな思いからか、とにかく誰一人としてステージに上がる者はいなかった。



 ジントニックを一口飲み、ギターケースからギターを取り出した。チューニングメーターなど必要ない。軸となる5弦の(ラ)を、すでにステージ上から放たれるベース音で記憶した。そして、迷う事なくその仁王立ちのベーシストのいるステージに上がった。その勇敢ともとれる姿に、客席からはやし立てる声が一斉に響いた。ステージ上から客席を見渡し、ギャラリーとベースマンに軽くお辞儀をした。



(岡田健太郎)

 のちに、メンバー入りをする子持ちベーシスト。いろいろなバンド、弾き語りのサポートをしている一匹狼である。



「にーちゃん、アコギやん! しかも生ギター。大丈夫?」



 『アコギ』とは、アコースティックギターの事である。『生ギター』とは加工されてない状態のもの。アンプを通せないので、そのものの響きしか出せない。カラオケでマイクなしで歌うような感じと言えばわかりやすいか──。



 日本に10台しかないビンテージのアコギをかき鳴らした。渇いた音が箱全体に響き渡った。騒ついていた客席が一瞬で静寂に包まれた。



『なるほど。こいつヤバイわ。Aadd9一発でわかった。あんまり得意なkeyやないけど、Aのブルースでちょっとご挨拶しよか』



(Aadd9)──このaddとは追加の意味。9を追加という事になる。つまり、Aから数えて9番目、『シ』の音を加えた和音。



 彼の顔色が変わったのを見た。おそらく舐めていたんだろう。今のストロークを聴いて、本気でセッションしてくれるだろうと思った。



 どのライブでも、最初に出す音はそれと決めていた。とくに意味はないが、自分にとって一番心地よい響きが、このコードであるという単純な理由だ。瞬時にそのkeyに合わせて彼がブルースのリズムを刻む。即興のセッションでは鉄板だが、だからこそ、演者のスキルが丸裸になるこのブルースセッション。例えるなら、美味い中華屋は『焼飯を食えばわかる』のような事だ。



 『コイツ何もん? めっちゃ気持ちいい。ほんまに気持ちいい。最近こんな感覚なかったな。いつぶりやろか? 何で生アコギのパワーに、アンプ通した俺のベースが負けそうになってんねん。あかん、ほんまに気持ちいい』


 

 客席がかなり沸いているのを感じた。なんて事ないブルースセッションでこんなに熱くなったのは初めてかもしれない。技量、知識、配慮、プロのミュージシャンに引けを取らないと感じた。



「イエーイ!」


「最高っ!」



 客席から割れんばかりの拍手喝采。演じる側と聴く側が、一つになった良いセッションだった。



「上手いっすね!」


「何をおっしゃる。あんさんこそ。久しぶりに熱かったわ」


「完全同意す。ほんと楽しかった」



 差し出した彼の手を握った。彼の熱が、手のひらを通して伝わった。



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